岩田健太郎のレビュー一覧
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大学は勉強するところではない。大学とは、知識を商品のように学生に売るところではありません。知とはデジタルデータではなく、身体と感情を持った人間一人一人が身につけ、実践し、対話し、試行錯誤する中でしか役立たない。
あらかじめ用意された正解をたくさん覚えることが優秀だというのは、いわば知識ベースの勉強です。しかし、非常事態に対処するには、そんな勉強だけでは限界があります。そこで力を発揮するのが、物事をいろいろな角度から観察し、今までに知った事実と組み合わせて、全体の構造を考えるという知性ベースの学びです。
まだ答えがない問題への対処については、先生と生徒の立場は対等です。 -
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『コロナと生きる』 内田樹&岩田健太郎
内田老師の新刊であり、ダイヤモンドプリンセス号の一件で有名となった岩田氏の対談である故、購入。
本書は3回に渡って行われた内田老師と岩田氏の対談をまとめたもので、感染症における専門家である岩田氏の話は非常に面白い。そもそも、日本において感染症の専門家は極めて少ない。理由は二つあり、一つは根本的に日本で医師になる場合、産婦人科や整形外科等多くの専門分野に分かれることが原則であるからである。丸山眞男よろしく、タコツボ化している日本の医科では感染症医学の様なある種の分野横断的な専門家を輩出しにくい仕組みとなっている。もう一つが、シンプルに日本が今まであまり感染症で痛い目を見ていないという事実がある。CDCを立ち上げる喫緊の理由がなかったというところが実情らしい。
印象的であったことは、やはり医療制度と新自由主義の相性の悪さというところがコロナで浮き彫りになったという点である。これも一つの見方に過ぎないが、アメリカにおけるパンデミックの原因の一つは無保険の貧困層が医療機関に行くことが出来ず密集して暮らしている部分がクラスター化し、感染のエンジンとなってしまっているというものである。感染症は皆平等に医療を受けられるような社会でこそせき止められ、医療が手を差し伸べられない階級がいる限りにおいて収束は困難を極める。このような医療が手を差し伸べられない領域を生み出してしまったのが、まさしく新自由主義的な医療制度設計に他ならないという談である。医学においてはヒポクラテスの誓いというものがあり、何人にも平等に医学の施しをなさねばならないとされている。しかしながら、新自由主義とこの概念は矛盾する。その矛盾が今回のコロナで浮き彫りになっている。
脇道にそれるが、神学と法学と医学は大学の原点ともいえる学問である。これらに共通する概念は皆「平等」であることに気づいた。何人も神の前では平等であり、法の下に平等であり、医学も平等に行き渡らねばならない。これは中世の人々が処世術として得た実感なのだろう。法・信仰・医は平等でなければならないという実感である。
もう一つ印象に残ったのが、政権が国民分断を煽ることの意味である。国民国家の原点に立ち返ると、国民に分断を煽ることは、自殺行為である。しかし、国民分断を煽ることは短期的にではあるが、政治的な熱狂を引き出すことができる。国民国家として全ての集団に平等に便益が与えられる仕組みを作ると、多くは全国民が同程度に不満足な仕組みしか作れなくなる。その様な解を出すためには国民から信頼される人望や、国民を纏め上げるビジョンを持った政治家がいなければならないが、なかなかそのような政治家は現れないゆえに、国民分断を煽るような禁じ手に頼らざるを得ない。といったロジックであるが、これまた難しいと感じた。政治家には人望やカリスマ性があることはうなずけるが、人間性ばかりにフォーカスされることはやはり危うさがあるだろう。9月中旬に発足した菅内閣は近年まれに見る平民宰相ともてはやされ、内閣支持率の支持の理由に最も多いのが人柄というものである。特に菅氏の人格を否定するつもりはないのだが、内閣支持率の支持理由が人柄というのはいかがなものだろうと感じる。人柄なんて国民にわかるのだろうか。やはり、政治家である限り政策に共感するということが支持理由のナンバーワンでしかるべきではないかと考えるのだが、上記の内田老師の話では、国家という極めて長い時間を射程にした虚構の政治戦略を語る上では、どの集団も同程度に不満足な政策を、人望でなんとか納得してもらい、ちょっと泣いてもらうことが正しいとされるようにも受け取れる。そう考えると、そのような優れた政治家と呼べる存在はやはりどの集団も同程度に不満足な政策を提示するはずなので、どの集団にも支持されないことになる。パラドックスじみた話になってしまい頭がこんがらがってしまった。まあ内田老師曰く、葛藤は知性の養分とのことなので、もう少し葛藤して生きてみようと思う。
人と違うことをして生きる。コロナにおいて、相性が悪いのは、同調圧力であるとのこと。
動物や虫はそれぞれ食べるものや生きる場所、起きている時間などのエコロジカルニッチを追い求めて今の形になる。コロナで密を避けよという号令は人々が改めてエコロジカルニッチな生存戦略を立てるべくしてなされた啓示かもしれない。 -
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あまりないタイプの時間の賢い使い方についての本なんてあったけど、読み進めていくうちに、あぁそういうことかと気がついた。前半はわりと具体的な時間術、仕事術的な話なんだ。ボトルネックをなくすとか、思い混みによってけっこう無駄なことをしているよ、というのは共感する内容であるとともに、著者の具体的な体験を交えて書かれているのでわかりやすい。ただ後半からだんだん様子がかわってきてさ。それだけ工夫して時間を削って、その時間をどうするの?という話になっていく。
5分、10分を節約して、で、またその時間で仕事をするのか?俺だったら、間ぁその時間で本を読むか模型を作るかするだろうけど、そういう話ではない。
人間は必ず死ぬ。それだけは確実なことで、その中で何を大切に生きていくのか、という問題提起がされていたように感じた。家族を過ごすとか、大切なことってあるでしょ、と。
共感できる話なんだけど、えらく情緒的な話に持っていくなあと思っていたら、この本、3.11のすぐあとに書かれた本なのだそうな。なるほど、そういうことを考えたくなるよね。
無常とともに、大切なものを確かめたくなるような、さ。 -
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ネタバレ
本書の主張はいたってシンプルです。「病気は実在しない,現象である」(p.307)。基本的にはこの1点を主張するためだけに様々な事例が引っ張り出されます。ですので,本書を読み解くためには,「実在」および「現象」をきちんと押さえる必要があります。
「実在」とは意識から独立して存在するもの,あるいは,「現象」の背後にある実体を指します。「現象」とは意識できる出来事です。「コミュ障」で考えてみましょう。「コミュ障」とはコミュニケーションがうまくとれない状態,転じて,そのような人物を表す言葉です。たとえば,異性とうまくコミュニケーションがとれなかったときに,言い訳として「私,コミュ障だから」というように使われたりします。このとき,私は「実在」しますが,「コミュ障」は実在しません。あくまでコミュニケーションがうまくとれない状態(=意識できる出来事=現象)をコミュ障と称しているだけです。しかし,「コミュ障」がコミュニケーションが取れない人物を表すようになると,「コミュ障」は「実在」するように感じてきます。もともとは私(=「実在」)に生じる現象でしかなかった「コミュ障」の意味が転じたことで,「コミュ障」という「モノ」があるように思えてくるわけです(私はどこでも「コミュ障」)。
本書で批判されるのはまさにこの点です。もともとは「現象」でしかなった「コト」が時を経て「モノ」のように感じられてくる。結核(「長い間熱が出て,咳が出て,緑色の痰がでて,ときどき血を吐いて,体重が下がっていってどんどん消耗する,場合によってはそのまま死んでしまう」p.69)という現象の背後に結核菌という「実在」が発見されたことによって,現象であった結核が実在化してしまう(結核とは結核菌が体内から見つかること)。このように現在病気と呼ばれる「モノ」(=意識から独立して存在するもの)は,本来的には「コト」(=意識できる出来事)である,と。
そして,そのように病気を「モノ」と認識するのは誤りであるだけでなく,デメリットも大きいと著者は指摘します。たとえば,インフルエンザを「モノ」と認識すると(=インフルエンザウイルスによる感染症),たとえ症状が出ていなくとも,インフルエンザを取り除かなければならない=治療しなければならないと考えます(本書ではこれをパターナリズムやオートマティズムとして批判します)。しかし,治療=人体に手を加えるのは本質的に身体を傷つける行為であり,身体をより良くするという医療の原則からして,症状が出ていないインフルエンザの治療は果たして本当に良いのかという問いが生まれます。症状がないのであれば,身体に悪影響が出ていないので,わざわざ身体に手を加える治療をするよりも自然治癒の方が自然=人体にとって無害だからです。ただし,本来的には「コト」であるインフルエンザを「モノ」と考えるからその問いが生まれるのであり,インフルエンザを「コト」(=急速な発熱,悪寒,倦怠感)と捉えられば,そもそも症状が出ていない時点でこの患者はインフルエンザではなくなり,治療の必要もないわけです。
このように,著者曰く,病気を「現象」=意識できる出来事と捉えることは様々なメリットを生みます。その最たるメリットは「医療とは,ある人の生き方の規定,目的に照らし合わせ,それに不都合がある場合に提供される支援のあり方である」(p.303)と医療の意味を再構成できることです。
病気は現象でしかありません。ですので,病気は恣意的に規定できます。たとえば,インフルエンザを急性の高熱と捉えることもできますし,急性の高熱+悪寒とすることもできますし,急性の高熱+悪寒+倦怠感とすることもできます。そしてこれは医療者だけでなく,自分自身で病気を規定することができることを意味します。身体倦怠感が大敵=病気であり,それをなくして快活に生きることが大事(=ある人の生き方)であれば,それを取り除くために医療を受ける。身体倦怠感は特に問題ないのであれば,わざわざ医療を受けない。要するに,自分がどのように生きたいか(人生の目的)を自分自身で決定し,その目的に合わせて医療を受けるかどうかを決めることができる。そして,医療者と協同してその目的を達成することができる。そのような生き方や医療を享受することが可能になります。これが「病気は現象である」と著者が何回も唱える理由です。
「感染症は実在しない」以外にも著者はいくつかのことを情熱を込めて主張します。たとえば,第9章は「科学的に,本当に科学的に考えてみる」です。その意味で本書は感染症だけの話ではありません。吉と出るか凶と出るかは読者次第です。著者がダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んだ背景が透けて見えるような気がしました。
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糖質制限は体に合うか合わないか。
トランス脂肪酸や人工甘味料、着色料、農薬、化学肥料。
年に1~2回添加物をとっても健康被害は起きない。
トンデモ本の特徴
極端が多い、西洋医学は信用できない、化学では説明できないこともある。
真のサイエンティストは、科学で説明できないなら、もっと検証しよう、となる。
自然治癒力、日本古来の、古代からの、自然免疫力、抗酸化作用、などのキラキラワード。
ビタミンCで風邪の治りがよくなる、ことはない。ただし定期的な摂取で風邪の期間が短くなる可能性はある。
実験室データでは、活性酸素がガンの一因になっている。ビタミンは活性酸素を阻害する。ただし実験室と人間の体は同じではない。
笑いは免疫力を増加しそうだが、エビデンスは取れない。
栄養過多のほうが栄養不足よりいい。
「人々は体の声を聴かず、脳の欲望に負けている。知識に負けている」
昔はよかった、はうそ。
イヌイットは炭水化物は食べない。しかし平均寿命は68歳。
地中海食が体にいいのは、ゆっくりのんびり穏やかに食べるから、ではないか。
赤ワインのレスベラトール効果はデータの捏造。
漢方で進行がんは直せない。一方で自然に治ることもある。特に腎細胞がん。
「やせたければ脂肪をたくさんとりなさい」は臨床データがたくさんある。
臨床試験は、帰納法で構成されている。正しくないこともある。
空腹の時、「今の俺は何腹だ?」と自問して、体が欲しているモノを食べる。
ショーペンハウアー「読書について」本を読んでいると考える能力が次第に失われていく。 -
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・時間は上手に使うためには「今一番やりたいことを、やる。自分の気持ちに素直に行動していれば、それはプライオリティー・リストからそんなに逸脱するものはありません。」とのこと……。
教育者養成セミナーなどでアンケートをとると、ほとんどの人は「仕事は、緊急性と重要性がより高いものを優先的にやります。」と答えるそうです。しかし、著者の岩田健太郎さんは「こういう原則を固定的に運用させても、時間は上手に使えないのではないかと思います。」と書いています。
岩田さんの結論は「今一番やりたいことを、やる」だそうです。「自分の気持ちに素直に行動していれば、それはプライオリティー・リストからそんなに逸脱するものはありません。」と…。
一番やってはいけないのは「周りの眼を気にすること」。他者の意思をいくら気にしても、仕事のパフォーマンスはよくなりません。
他者に規定されるのではなく、自分のパフォーマンスを自分の気持ちに照し合せて管理する習慣を付けていると、だんだん自分の気持ちの動きに鋭敏になってきます。自分の気持ちに素直になればなるほど、自分の気持ちがわかりやすくなっていくのです。
1秒もムダにしたくないのは自分の時間です。だから他者の価値観・行動原則に規定されるのではなく、自分の気持ちに素直に従うことで、自分の時間を上手に使うのです。
よく費用対効果が良いとか悪いとか言いますけど、人の眼を気にして行動を決める、という方法は、どんなに気を使っても人の思惑は推測しきれないわけですから、極めて効率の悪い方法だと思われます。しかも、自分の気持ちに素直ではないわけですから、精神衛生上も良くないと思われます。
(今のところ)緊急ではないが(将来を見据えると)重要なことを(緊急にならないうちに)完成するためには、逆説的ですが、毎日、少しずつ手をつけること…いつも頭の片隅に置き意識すると共に、達成するために必要なタスクを毎日、少しずつ進めることで、習慣にして始めるまでのハードルを下げることだと思います。 -
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リスクコミュニケーションというけれど、言われている内容はふだんの仕事においても求められることではないか、と思った。会議においては、必ず異論を言うチャンスを十全に提供する、とかね。俺自身の仕事関係でも、ときどき感じることだけど一枚板というのは実は怖いものであって、みんな黙って従っているようにみえて、異論があった場合、いざ行動に出る場面で動きが鈍くなる。会議とかで異論続出した場面を経て、お互いが納得する形をつくってはじめて、行動する場面において協力して行動することができる。その過程を経ないから、上意下達とか、先輩後輩とかいって、黙って命令にしたがえ、とか、一方で言われたことしかできない的な不満が出るのだろう。
示唆に富んだ本だった。ときどき読み返したいな。特に今のような、昨日と同じパターンが通用しない状況においてはね。 -
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ダイヤモンド・プリンセス号に乗船し、すぐ退去させられた感染症の専門医であり第一人者の岩田健太郎教授が、新型コロナウイルスについて、それからダイヤモンド・プリンセス号における顚末、日本の感染予防のあり方について語った本。
新型コロナウイルスについては、まずは飛沫感染と接触感染の予防が重要だ(空気感染は考えにくい)という見方を知ることができて、業務上の、そして私生活上の感染予防の指針を考えることができたことが、一番の収穫。
お役所仕事や、同調圧力についての見方は、個人的には共感するところだったけど、価値観が相入れない人、どちらかというと批判対象の立場に近い人には、認めがたいだろうし、読んでて面白くないだろうと思うが、どうだろうか。 -
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「もやしもん」が流行っていて、関連絵本とか、ぬいぐるみとかあった頃、買って読んでいなかった本。
時節柄読んでみたら、なんと、今を時めく、イワケンこと、岩田健太郎先生のご著書でした。
感染症全般について、広く、浅く、駆け足で書いてある。医者に抗生物質もらった時、どんなんだっけ、とか見る役には立ちそう。
細菌の感染症の話がメインで、ウイルスはちょっとしか出てこない。コロナは名前も出てこない。
はじめの石川雅之のマンガで、イワケンいつもTwitterでケンカしてると書かれている。この本、2015年の本なんだけど、その頃からそうだったのね。
この後、J -IDEOっていう雑誌出してるんですね。もやしもんの絵はついてるけど、一般向けの雑誌じゃ無さそう。真面目にお仕事されてるんですね。そっちの増刊号なのかJ -IDEO +としてCOVID -19特集が出るよう(2020/4/13)なので、それはかなり売れそう。
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岩田健太郎×「もやしもん」ということで思わず手にとる。しかし、なんでこんな感染症について薬や症状や微生物やと詳しく淡々と総説した本を読んでいるのだろうか。ただ、ひとつ言えるのは、その道の達人が道について説くのを聞くのは、だいたいそれがどんな道であっても面白いものだ。
PK/PD理論
PK 薬物動態学、投与した薬がどれくらい血液中に入っていくか
PD 薬力学、感染部位に達した薬がどれくらい微生物を殺すか。時間依存性の抗菌薬と濃度依存性の抗菌薬とがある。時間依存性なら頻回投与、濃度依存性なら1日1回とかで
ピペラシリン。日本の添付文書は審査当時の問題で投与量が少なすぎ。これに他の薬を合わせてその後に承認されたピペラシリン・タゾバクタムが適切な投与量になっている。しかし本家ピペラシリンのほうは直さない不思議。
広域すぎる抗菌薬も問題になりうる。キノロンは肺炎に用いられるが抗結核作用もある。結核を肺炎と誤診して短期間キノロンを使うと結核の発見を遅らせる(結核は長期治療を要す)。
真菌の2分類。「酵母用真菌」イースト、テラテラ光る。「糸状菌」モールド、カサカサ
抗ヘルペス薬。バラシクロビルはアシクロビルのプロドラッグで消化管からの吸収を改善させてある。
痛みの種類:体性痛、内臓痛、関連痛、心理的痛み
病原性ではない大腸菌というのは病気を起こさないわけではなく、腸管にいる限りは病気を起こさないということ
肝炎
A型とE型:主に経口感染、Eは慢性化することがわかってきた
B型とC型:血液や性行為、母子感染。慢性肝炎や肝硬変、ガンの原因にも
D型:不完全ウイルスでBと一緒に感染すると劇症肝炎を起こすことが
AとBはワクチンがある。Bはアメリカで必須だが、日本では定期接種化されていない