糸井重里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【読書ノート】
・ニーモシネ1-27
【要約】
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【ノート】
・PHP新書の「インターネット的」を読んだ時から糸井重里の知見には教えられることが多い。最近は「ほぼ日手帳」が大ヒットしており、家内がユーザーということもあり、自分もほぼ日WEEKSを使ってたりする。
・本書はタイトル通り、ほぼ日サイトの誕生から形成期までの期間が対象だが、もっとも心に残るのは最後の章のラストに記された次の文章だった。「つまり、ぼくは『あらゆる不幸は、全力を尽くせないという悲しみにあるのではないか?』と考えているのだ」
これは、例えば中村天風師が「人生はこころひとつの置きどころ」と言っているのに通じる(天風さんのこの言葉自体、確か高杉晋作の言葉を引用していたはず)
・なぜか「荒俣宏は、心意気に感じ入る漢」のエピソードが印象深い。
・なお、糸井さんとほぼ日は、今、資本主義に対して投じる一石として上場を目指しているそうだ。 -
Posted by ブクログ
糸井重里さんがインターネットにまつわるビジネスや人々の行動について語ったもの。初出は10年ほど前ということであるが、現在の状況を言い当てていることもあり、今読んでも楽しめる。哲学的というか、本質は何であるかを軽やかに考えさせられる記述が豊富で、タイトルとは異なり、人付き合いとか、人と欲望の関係など、糸井さんの考えや価値観がうまく表現されていると思う。「息を吐き続けると、出し切ったところで自然と息が入ってくる」「飛行機がどうやって飛ぶかは知らなくても、それに乗ってどこかへ行くことはできる(=つまり、どこへ行くかが重要)」「位置(演歌)ではなく勢い(AKB)が価値の時代」「技術が発達し、便利になり、時間が節約できるようになったが、その分忙しくもなった。再び時短が価値となる時代が来る」「正義を振りかざして言論レイプ/ストーキングを続けざるを得なくなり、自分を嫌いになる」「立候補をしない人に、票は入らない」
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Posted by ブクログ
フリーミアムという言葉が出てくるずいぶん前から、それを実践してきたバンド。
「グレイトフル・デッドは、40年以上前から、ファンのみんなに自分たちの音楽を無料で開放していました。ツアーの音楽は録音してコピーし放題。」
名前は覚えていなかったが、たまに事例として見かける。ほぼ日でこれまたフリーミアムを実践してきた糸井重里氏が監修・解説しているのも興味深い。
以下、引用。
「機能よりも官能。快楽原則をなによりも大事にして創り続ける。」
「当たり前とされている常識に挑戦したり、一見すると奇妙な製品を開発したりする発想が、マーケティングの戦略として大成功をもたらすことがある。他者をまねした商品ばかりがあふれているので、こうした『例外的な存在』であることをアピールする戦略がうまくいくのだ。
独自性を重視する人たちが、これからお客さんになってくれると考えてみよう。特に注目すべきなのは、他人と違う『例外的な存在』になるために、お金をさらに払ってくれる人がけっこう多いということだ。」
「新しい特別価格やサービスの情報を、真っ先にメディアに知らせる企業は多い。自分が運転しているクルマの最新モデルが出たときに、自動車メーカーや販売店から知らされるのではなく、新聞や雑誌を読んで知ることがよくある。なぜ、メーカーや販売店は『ご愛顧いただいているお客さまに限定で』注目の新モデルの試乗会を開かないのか、僕たちは不思議に思う。…
企業はビジネスのやり方をひっくり返す必要がある。ファンである既存のお客さんを優遇し、情報を最初に知らせるべきだ。自社に対して時間とお金を費やしてくれている人に、『あなたは大切な方です』と知らせよう。」
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Posted by ブクログ
グレイトフルデッドは60年代から続くアメリカのロックバンド。グレイトフルデッドのビジネス展開は、実は現在のネット中心のビジネス状況を先取りしていた。
という内容。
あくまでビジネス本だということだが、ビジネス本としては、あまり目新しいことを語っていない。現状のSNS等の興隆により既存のビジネスが大きく変動していることは、いまや、常識となっているためだろう。
どちらかというと、グレイトフルデッドを知らない人たちに、こんなロックバンドがいたんだ!という驚きというか、トリビア的情報を伝えられることが本書の今の魅力ではないだろうか。
グレイトフルデッドは、デッドヘッズという、ツアーにキャンプカーのような車で常に付き添い、一種のコミュニティーとして世界を作り上げたファンたちが有名で、私も学生時代に、その事実を知った時に、このバンドだけなんで異様な状況なのか、不思議に思いCDを聞いたが、音楽的に特別にそのような状況になることはわからなかった。
この本にも記載があるが、それは、ライブに行ってその空間を体験しないとわからない事なのだと思う。毎回違う曲の演奏の仕方、曲目リスト、デッドヘッズたちの雰囲気、ライブが開場する前の朝から延々と楽しまれるお祭りのような雰囲気。
そして最終的に演奏されるライブでそのマジカルな雰囲気が頂点に達する。
こんなライブ体験をしてみたいものだなと思う。
10年くらい前にフジロックにフィッシュというグレイトフルデッド系のバンド(デッドヘッズのような追っかけがいる)が来た時に、外国からの追っかけファンがバックパックをしょってたくさんきていた。これが、現代のデッドヘッズか?と感慨深かった。「フィッシュヲミニイコウー!」とたどたどしい日本語でファンたちがプロモーションする姿もなんだかかわいらしかった。
ちなみに、フィッシュのライブ自体はジャズっぽい即興演奏的雰囲気もあり、アシッドで泥臭いのかと勝手に雰囲気で想像していたのがいい意味で裏切られ、大人っぽくカッコ良かったです。
グレイトフルデッドのライブは多分もっとサイケデリックなのだと思いますが。
グレイトフルデッドの「体験すること」に価値があるという事自体が、現代のモノではなく、コトを提供するという部分に大きくあっていることはその通り。
ただし、簡単にそのようなコトを提供できるバンドはやはりそうとうの実力者、素質、努力がないといけないと思う。