【あらすじ】
共にキリスト教徒(プロテスタント)、同志社大学出身の二人が、聖書をベースに宗教・哲学・社会問題と縦横無尽に語りつくす異色の対談集。第一章では、カルヴァン派の佐藤氏とバプテスト派の中村氏が、同じプロテスタントでありながら宗派によって異なる、他力本願と自力本願などの相違点、終末論など神学的な問題を語りあう。第二章のテーマは、村上春樹の『1Q84』とサリンジャーを読む。そして、「新世紀エヴァンゲリオン」など、文学やサブカルに見られるキリスト教の影響を読み解く。第三章は、3・11を契機に激変した日本社会を伝統宗教は救えるのかがテーマとなっている。不安定な世の中にはスピリチュアル的なものがはびこるが、本当の意味で自分と他者をつなぐことのできるものは何なのか。ライプニッツのモナド論など引用しながら考察する。
【きっかけ】
大昔、高校時代くらいに中村うさぎと佐藤優の対談本を読んだ記憶があった。聖書について語っていたと思う。面白かったので再読してみようと思った。
が、昔読んだのは『聖書を読む』の方だった……!間違えてしまったので、本作は初読。
【特徴】
・キリスト教の価値観について知りたい人向け
私はミッション系スクール出身で聖書に馴染みがあるが、多くの日本人はキリスト教を知らないはず。
私も、根本の価値観や死生観はキリスト教ではないのだけど、キリスト教から見た世界とはどういうものかがわかって面白い。
・頭がいい人の会話を覗きたい人
2人とも、頭がいい。佐藤優は外務省出身のエリートかつ知識人。質問に対して、様々な角度から知識が出てくる。また中村うさぎは、とにかく鋭い観察眼と、それを言語化する力が強いと思う。
そんな天才2人の対談をそばで聞き耳立てているような気持ちになる。
頭がいい人の世界の見え方/捉え方を知りたい人におすすめ。
【感想】
そもそも、キリスト教にも種類があるようだ。カトリック/プロテスタント以外にも宗派がある。
(仏教ですらあれだけ種類があるのだから、改めて考えると当たり前かもしれない)
佐藤優=カルヴァン派。神様のノートに救われる人が描かれていて、自分はそのノートに書かれてる、つまり救われる人間であると信じている。自分の努力でなんとかなると思うことは傲慢である。
※社会の支配者層の中の主流派。
中村うさぎ=バプテスト派。自分の行動は全てら自己責任である。人生の選択は自分で行い、行動に伴う結果を反省。
キリスト教は否定神学。合理的な言語でもって非合理を説明する。神様とは、これではない、これでもないと次々に否定して、それでも否定できないもののあるところに神様や宗教がある。
人間の言語では説明できないなにか。ウィトゲンシュタインの「語り得ぬことについては沈黙しなければならない」
それでも、語り得ないことについて語る努力を続けていくこと。
エヴァについて語るシーン。
人間を完全な単体生物に進化させようと人類補完計画(全ての個を一つの全体に融合させる)が生まれる。主人公の碇シンジは、この計画にノーと言うことで計画は頓挫、人類はまた個に戻ってしまう。
最後、アダムとイヴのように目覚めたシンジとアスカだが、アスカはシンジを見て「気持ち悪い」と言う。
全体となることを拒否した以上、個であり続けなければならない。その時に課せられるのは、他者からの拒絶である。
サリンジャーの話。フラニーとゾーイーについて語っている。要約が難しいけど、サリンジャーってすごいんだ読んでみたい。
そして、なんか心に残った一説。
こういうものって、自分のために書くものじゃないの?
それだけ、自分のために書いている人が少ないってこと。
佐藤さんは変なことまで詳しい。インクの黄色が不足していると、エロ雑誌が困るらしい。乳首の色が出なくて、乳首の色だけで本の売り上げにすごく影響する。