中村うさぎのレビュー一覧
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佐藤優と中村うさぎの対談集。
聖書そのものを語っているのは最初だけで、宗教や哲学を中心に話はあちこちに展開する。村上春樹をけなし、エヴァンゲリオンを考察する。最後は3.11の震災の問題から、人はどうつながるか、と展開。
中村うさぎという人は初めて知ったが、両者とも知識量とその言語化能力がすごい。
以下は読書メモ:
プロテスタント
カルヴァン派 自分は神に選ばれている
バプテスト派 人間は努力すれば報われる(清教徒)
終末遅延問題 すでに2000年遅れている。
クロノス 座標軸を流れる時間
カイロス 点 事件史
終末はカイロスの感覚では歴史、決まっている未来、だから終末は来ないのではなく遅れていると考える。
震災の既視感、エヴンゲリオンでの原体験
全体主義と揺り戻し
ライプニッツの単子論で言うモナドでつながる
全体主義はオーケストラ、各パートは自由
宗教=洗脳という刷り込み
最大の洗脳は貨幣
全体主義に対立する概念は普遍主義。ナチスは普遍主義。全体主義は多元的。
メメントモリ 死を想え。 -
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佐藤 優、なんでも知ってるなぁというのは、西原 理恵子との本でも感じていたのですが、それ以上に読んでいた思ったのは、中村 うさぎって、メチャクチャ賢いですねぇ。
この人の本は、今までよんだことがなかったのですが、これだけいろいろなことを考えている人の本ならば、楽しいかもしれません。
しかし、これだけ考えて、しかも、なんでも自分で体当たりで体験しなりつきつめないといけない人生というのは、メチャクチャしんどいのではないかとも思ったりします。
これだけ賢い人同士(しかね融通が全然きいてなさそうな人同士)の話は、そりゃ、面白いわ。
「エヴァ」の話が出たら、次の対談までにちゃんと見ている佐藤 優も、偉い。
中村 うさぎ、今は、なんか体を悪くされているようで心配です。 -
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神様のノートみたいなものが天国にはあって、そこに書かれていれはなにしていても天国にいける。誰にも確認できないけども、自分は書かれていると信じ、逆に、「この世で(書かれていないのに)力を握っている悪魔の手先どもにどう対抗するか」と考えるカルヴァン派の佐藤優と、あくまで努力によって人は救われると考えるバプテスト派の中村うさぎ。
性格も物言いも生き方もなにもかもが違う2人。佐藤が解く(説く)キリスト教の思想を、卑近なコトバでばきばきなぎ倒すのがとにかくそうかい。
でてくる表現も、キリストを「元本保証型」とか、肩が触れただけで「死ね」といって相手を殺す悪ガキとか、おもしろぶっとびすぎ。うさぎさん、やおい的観点から聖書の登場人物ならヨハネ!とかいっちゃってます。
入りやすいが抜けやすい点でヤクザの結社原理はキリスト教と似てるとか。
全てのページを引用したい、なんて罰当たりな欲望まで掻き立てられて、この文庫本、すごい。
と、第一章の「聖書を語る」がおわり、次の章はなんと、サリンジャーと村上春樹を読んでます、おふたり。あれ聖書は?
もちろんキリスト教的な読み解きは佐藤さんにはありますが、うさぎさんの1Q84への怒りがとにかくおかしい笑
エヴァのエンディングはいい、三歩さがってスリラーもあり、でもこれは許せない!っていうのがもう、共感しまくりました。
しかも次の3章では震災をテーマにしながら日本人としてのありかたや神学とはに進むのですが、またここでもうさぎ節と、それをくーるにいなす佐藤節のゼツミョーな調べに大興奮!!!
行動経済学は底が浅い、否定神学、ずれてずれてそれにおかしいと思うことから近代文学は発達している、ドストエフスキーは永遠に納得できないから書き続ける・・
この本すごい。薄いのに濃密、えらぶってないのに森羅万象がつまってる。今年一番のすご本、ここにあり。です。 -
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佐藤優と中村うさぎ。共にキリスト教徒の二人が火花を散らす異色対談です。クロノスとカイロス、「新世紀エヴァンゲリオン」の最終結論、宗教に何が出来るのか…。などのテーマを縦横無尽に語りつくします。
中村うさぎさんと佐藤優さんは文学部と神学部で学部こそ違えど同じ同志社大学の先輩後輩の仲だということは知っていました。しかし、中村うさぎさんのほうが先輩で、佐藤優さんのほうが後輩だということを僕はこの本を読むまで知りませんでした。この本は宗派こそ違えど、同じキリスト教を信じる二人が、時間の概念であるクロノスとカイロスにはじまって、キリスト教は元本保証型ファンドであるとか、「新世紀エヴァンゲリオン」の最終結論について。『1Q84』は男のハーレクイン、日本は近代以前かポスト近代か、そして、宗教に何が出来るのか…。というさまざまなテーマに基づいて、縦横無尽に語りつくす対談本です。
佐藤優さんの古今東西の知識を駆使した語り口と、中村うさぎさんの体を張って獲得した「知恵」があいまって、ものすごく刺激に満ちた物となっております。面白いなと思ったのが「旧世紀版」の「新世紀エヴァンゲリオン」のラストの解釈。佐藤優さんは「モナド」という言葉を使って説明されていましたが、それがすごく印象に残っています。
次に、中村うさぎさんが村上春樹の名作「1Q84」について、ヒロインである青豆の行動が終始一貫していない、ということを語り倒す場面があって、僕が今まで考えたことのない読み方で、彼女ならではの読みの鋭さに舌を巻いてしまったことを思い出します。
そして、最後のほうに『「地震と原発」を読む。―日本人を繋ぐものは?』という箇所で出てくる「ニガヨモギ」と「メメント・モリ」という箇所で
「お笑い番組がはやるのは、実は死を忘れようとしていることの現われだということですね」
という佐藤優さんに、
「(中略)目の前にドーンと真っ黒い「死」が立ち塞がったのよ。それでも目をそむけて続けている人はいるけどね」
と重ねていたことが強くこころに残っています。すごく異色といえば異色の対談本なんですけれど、読んでいてすごく面白かったです。 -
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ホストにハマり、デリヘル嬢も経験した中村うさぎ(ここら辺は『私という病』に詳しい)、彼女はその後もウリセンの男につぎ込み、SMクラブで縄に吊るされ、人に見られながらのセックスも体験し…彼女の行動は一見すると(いや、しなくても)奇怪だ。なのだがなぜか清々しい。自分とは何者かーこの根源的な問いに体を張って挑む姿勢が格好いいと思うからだ。
「主体的」な私と「客観的」な私、この分裂した「自己」を中村うさぎは「女」を切り口にして考え続ける(逐一「いや自分が醜いなど分かっている!」というような自分への容赦ないツッコミをせずにはいられないあたり、いかに自分が主体的な自分と客観的な自分との狭間で揺れ動いているか、分かる気がする)。だがしかし、この悩みはなにも女に限ったことではない。「男」とか「母」とか万人が何らかに属するようなカテゴリーだけではなく、「容姿」や「性格」といった極めて属人的なものであっても、それにより決定される「キャラ」があり、その客観的な「キャラ」と主観的な「自分」の齟齬に悩む人にも、また通づる内容だろう。これらが一致していたり、あるいはなにも考えずにどちらかになびいてしまう方がある意味では幸せだろうが、そうはしない人には心に響く内容なのではないだろうか。この本は、戦いの記録なのである。
思うに、中村うさぎは「思考する人」であり、そしてまた、「妥協しない人」でもある。変に"悟ったふり"などしない。己で体得する、そうこの「体得」という言葉こそが彼女に一番しっくりする言葉である気がする(「何も得てなどいない」と、彼女は言いそうだが)。「大人になれよ」と時に人は諭したりするが、それはとりも直さず「思考するのを止めよ」ということと同義だ。考えず、ありのままを受け入れよ、と。それを拒み続ける中村うさぎは一見すると「幼稚」だが、真の意味で生きるのを諦めない「大人」なのである。だからこそ、中村うさぎには戦いを挑み続けてほしいと思うのだ。 -
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矛盾に満ちた自己との闘いの記録、というべきか。男に主体性を奪われた自分と、それに肯定的な自分が同居している、矛盾に満ち満ちた自己の内面。普通なら自己の一貫性を保ちつつ社会に適応していくが、中村うさぎ、そして東電OLは、肥大化していく「隠蔽した自己」と意識的にせよ無意識にせよ、付き合わずにはいれなかったのだろう。
思うに、男は自分を否定されることに女以上に怯えている。社会的地位、それに付随するプライド、権威、男としての価値…それらを失いたくないが故に「逆ギレ他罰(p116)」して自己正当化に走る(男女の世界だけではなく、会社などの組織でも起こりそうなことだ)。中村うさぎは本書を女たちに読んでほしいというが、そんな思考停止に陥った男性こそ読むべきだろう。無論、理解のキャパシティがあるかは別問題ではあるが。