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私自身がずっと運動しか出来ないキャラだったんだけど、同じエネルギーを勉強に全振りしてみたら数学しか出来なかったからスポーツと理科系科目は近いと自分の経験上も思う。オリンピック級の選手は間違いなく頭の良さが異常だと思う。究極の叡智を感じるからプロスポーツ観戦好きなんだよね。
池谷裕二(いけがやゆうじ) 東京大学・薬学部・教授
こんにちは、池谷です。脳の健康や発達、老化を探求する基礎研究を行いながら、脳に関する一般向けの本を書いています。脳は知れば知るほど奥が深く、さらなる探究心がくすぐられます。研究現場は毎日がわくわくの連続です。この高揚感を自分だけにとどめておくのはもったいない ── 脳研究の最前線のトピックを、できるだけ噛み砕いて語ることで、「知の興奮」を皆様と共有したいと願っています。初めて拙著を読まれる方は、高校生への講義シリーズ『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』『夢を叶えるために脳はある』(講談社)の3冊を、まずはお手に取ってみてください。私の「脳観」を感じ取っていただけると思います。『脳はこんなに悩ましい』(新潮社)、『脳はみんな病んでいる』(新潮社)、『ココロの盲点 完全版』(講談社)も個人的に大好きな本です。より手軽な本としては、『海馬』(新潮社)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)、『パパは脳研究者』(扶桑社)、『記憶力を強くする』(講談社)などもございます。
脳には妙なクセがある (扶桑社BOOKS)
by 池谷 裕二
カリフォルニア大学のナール博士らは「脳の大きさと知能指数(IQ)の関係」をつぶさに調べています(2)。すると、わずかな傾向とはいえ、脳の大きな人ほどIQが高いことがわかりました。とくに「大脳皮質」がポイントで、皮質が厚ければ厚いほどIQは高かったのです。博士らは、さらにデータを解析し、皮質の中でも「 前頭 前 野」と「 後 側頭葉」が決め手であることを突き止めました。
将来の 膨張率を稼ぐために、幼少の頃は皮質を薄く保っているのでしょうか。「大器晩成」とはよく言ったものです。かつて 流行った「小さく産んで大きく育てる」という標語は近年では「母親のエゴ。栄養状態を考えれば胎児によくないだろう」と見直されつつありますが、生後の脳の育成についていえば、「はじめ小さく、あとから急成長」という 経緯 はよさそうな気配です。
● 運動が得意な生徒ほど、勉強の成績もよい?
公立小学校の三年生と五年生について運動能力と学力の関係を大規模に調べたところ、両者に正の相関を認めたというのです。つまり「運動が得意な生徒ほど、勉強の成績もよい」という、なんとも身もふたもない関係があるというわけです。とくにエアロビクスなどの有酸素運動が学力とよく一致しました。
カリフォルニア州の教育省も、運動と学力について、ほぼ同じようなデータを発表しています(5)。こちらはさらに面白いものです。 科目別 に解析されているのです。運動能力については、たとえば 20 メートルの「反復シャトル走」を指標としています。この成績ともっとも強く相関する科目は、どうやら「算数」らしいのです。運動と算数の成績は、なんと 48%もの率で一致するといいます。国語の読解力についても 40%の一致率を示すといいます。
読書の内容を理解するときには、脳の前頭前野や「 帯状 野」が活性化します。計算をするときには「 頭頂 間 溝」などが活動します。子供の場合はさらに「 背 側 前頭前野」も活動します。じつは、これらの領域は有酸素運動のときに活動する脳部位でもあるのです。このため運動と学力に正の関係が生まれるのではないかと推測する研究者もいます。ちなみに、筋肉トレーニングや柔軟体操では脳の別の領域が活性化し、学業成績とは強い関連がみられなかったことも書き添えておきましょう。
しかし、脳活動のデータは、不安と劣等感は、じつは、共通した動物的な情動であることをほのめかしているようです。案外、進化的には共通のルーツを持っているのかもしれません。こうした視点から、フリードリチ博士らは、論文の中では「劣等感」「 妬み」ではなく「不安」という表現を 頻繁 に用いています。
シャーデンフロイデという言葉があります。他人の不幸を喜ぶ感情のことです。人の失敗を喜ぶなどという露骨な行為は、世間的には「 汚らわしい心」として 忌み嫌われます。しかし、高橋博士らのデータは、シャーデンフロイデが 紛れもなく脳回路に組み込まれた感情であることを示しています。どんなに表面をつくろって同情する素振りを見せたところで、他人の不幸を気持よく感じてしまう本心は、根源的な感情として脳に備わっているわけです。
たしかに、「いつも自信がありません」という弱気な社長はあまり見かけません。自分を過大評価することはリーダーには必須な資質なのでしょう。自信やプライドを持って仕事をしている人は、輝いているし、魅力的に映ります。 ただし、日本社会においては少なくとも表面的には「 謙遜 さ」が重要視されているようにも思えます。うっかり自分を過大評価してしまう脳を持っていることを自覚して、すこし謙遜な気持ちでいるくらいが、適度な自己評価になるのでしょう。「実るほど 頭 を 垂れる稲穂かな」――日本語にはよい格言があるものです。
プライドを生み出す例としては「最高学府を卒業した」「数学で満点を取った」といった状況、また、喜びについては「クリスマスプレゼントをもらった」「大好きなケーキを食べた」などの状況が用いられました。一方、「風邪をひいたので薬を買った」「テレビでスポーツニュースを見た」などの場面が中立的な状況として使用されました。
古き良きものを大切にする習慣は日本人ならではの伝統でしょうか。もちろん、日本人に限ったことではないでしょう。しかし、ノーベル平和賞を受賞したケニアの環境保護活動家ワンガリ・マータイは、「もったいない」は日本人独特の感性が反映された単語だと感慨深く語っています。実際、「もったいない」に相当する単語を持つ言語は少ないようです。
自分の手をじっくりと眺めてみてください。指の長さを比べてみましょう。 注目すべきポイントは、「人差し指(第二指)」と「薬指(第四指)」の比。この2本を比べたとき、どちらが長いでしょうか。長さに差があるとしたら、どれほどの差があるでしょうか。 じつは、この2本の指の比率は、人によって異なることが知られています。 最近、指の比率の意味について、意外な調査データが報告されました。なんと、人差し指が短い人(左図のタイプ)のほうが、株取引で「 儲け上手」だというのです。ケンブリッジ大学のコーツ博士らの研究です( 26・27)。
コーツ博士らは、ロンドンの個人投資家 49 名(うち3人は女性)を集め、指の比率と株取引における年間損得額を比較しました。その結果、薬指に対する人差し指の比率が小さければ小さいほど収入が多いことがわかったのです。比率の小さい人ほど、ビジネス現場で長くサバイバルできることも示されました。 論文中には具体的な数字も示されています。比率の大きい人、たとえば0・99あたりの比率(つまり人差し指と薬指がほぼ同じ長さ)の人では、年間の平均獲得金額は約 60 万ポンドであるのに対し、0・93前後の低比率の人では680万ポンドと、 11 倍以上の差がありました。
● 巨万の富を稼ぐトレーダーには男性ホルモンの影響が なぜ指の長さによってトレードの成功率が異なるのでしょうか。じつはこの結果は、科学的に見れば「それほど驚くべき結果ではない」という 捉え方もできます。 なぜなら、指の長さは、 胎生 期 に 浴びたテストステロン(男性ホルモンの一つ)の量を反映しているからです( 28)。つまり、生まれる前にテストステロンをどれだけ浴びたかが反映されているのです。
テストステロンは脳の発達にも影響を与えます。ヒトでも動物でも、誕生前にテストステロンに多く 曝されると、自信に満ちたタイプになり、危険を好み、ねばり強く調査し、注意深くなり、反応や動作が早くなる傾向があります。 そうした人は、数学が得意なタイプが多く( 30)、またサッカーやラグビー、バスケットボール、スキーといったスポーツ競技においてもよい成績を残すことが知られています。
デイ・トレーダーたちも似たようなものです。株取引の現場はさまざまな情報が高速に飛び交う戦場です。単に正確な数値計算ができればよいというわけではなく、瞬発力や注意力など、体育会系の競技に似た要素も要求されます。
コーツ博士らの研究に参加した投資家たちの中には、なんと年400万ポンド以上も稼ぐ人もいます。そういう人は、1回の売買が 10 億ポンドに達することも珍しくありません。銘柄を保持している時間も数分、いえ、秒単位のことさえあるのです。となれば、慎重な洞察力だけではダメで、迅速な判断力と行動力も問われるでしょう。
これで、コーツ博士らの「指比率」の調査データも納得できます。人差し指の短い人は、発達期にテストステロンのシャワーをより浴びているから、結果として、投資家に向いているというわけです。 ところで、人差し指の長さは、一般に男性のほうが短いことが知られています。これはテストステロンが男性ホルモンであることを考えれば納得いただけるでしょう。ところが、女性でも人差し指の長さが短い方がいます。胎児のときに、何らかの理由で(たとえば環境的な要因で不意に)テストステロンに 曝されたことで、人差し指が短めになるわけです。このような女性たちは同性愛の傾向が強いことが知られています( 31)。
いずれにしても、このようにヒトは数値に対して冷静な判断ができないことが多々あります。損するとわかっていても宝くじを買ってしまったり、住宅ローンを返済しつつ定期預金を組んでしまったり、などは典型的な行動矛盾です。そもそも、こうしたヒトの判断ミスが普遍的に存在するから、金融や投資信託がビジネスとして成立するのでしょう。
ところが先日、農学部の先生と話す機会がありました。「昔ながらの伝統的な栽培法がベターであるという保証はまったくない」と彼は言います。「農薬を使わない自然派野菜が 優れていると感じるのは妄想にすぎない。現実には、使用すべきところでしかるべき農薬を用いないと、 病んだ農作物ができてしまい、かえって健康に悪い食品になることもありうる」
私の 乏しい恋愛経験からいっても、これは確かに納得できます。恋愛は盲目性を生み、この盲目性が原動力となって、普段ならば思いもよらない行動を取ることさえあります。そんな「意外な勇気(あるいは 無謀)」を与えてくれるのです。 ところが最近の脳研究から、「愛」はもっと異なった能力も同時に私たちにもたらしてくれることが明らかになっています。恋をすると、脳の処理能力も上昇するのです。これを示したのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学者グラフトン博士らです( 48)。
恋人同士でなく、母子の関係についても、面白い事実がわかっています。なんと、母親が若い頃によい経験をすると、そのよい影響が子どもに〝遺伝〟するというのです。 そもそも「遺伝」とは遺伝子が 媒介 するものであって、たとえば、親が 個人的に 経験したことは子孫に遺伝しないと考えるのが常識でしょう。この常識を 覆す実験データが、タフツ大学のフェイグ博士らによって報告されました( 49)。あくまでもネズミの実験ではありますが、フェイグ博士ら自身も、「似た現象がヒトでも生じるとしたら」と想像を 膨らませるほど、思わず考えさせられてしまう実験です。詳しく説明しましょう。
MRIは画期的です。2003年のノーベル医学生理学賞はMRIの開発者に与えられています。MRIには人間の脳を 非侵襲的に 観察できるという利点があります。非侵襲的とは「苦痛や身体損傷を伴わない」といったニュアンスです。 つまり、MRIは「ほぼありのままの状態」の脳を観察できるのです。恋愛、自尊心、正義感、意志など、過去の神経科学者たちが手を出せないでいた未知の領域へと研究範囲を広げることを可能にします。これによって、脳研究と心理学や哲学にあった 溝 は一気に狭まりました。つまり、異分野が融合されつつあるのが今の脳科学の現状です。
なぜ私たちは人の物を盗まないのか、あるいは、なぜ盗んでは いけないような気がする のか――唯一はっきりしていることは「他人の所有物を自由に盗んでよいとすると、回り回って、結局は自分の物も盗まれる可能性が高い」ということです。すると、物を盗まないのは、実は「自分のため」だという隠れた意味が浮かび上がってきます。
「怒れる 拳、笑顔に当たらず」という 諺 があります。怒って拳を振り上げても、相手が笑っていると殴れない、という意味です。これこそが笑顔の力。笑顔はコミュニケーションにおける最強の武器です。
ミュンテ博士らは、笑顔に似た表情をつくると、ドーパミン系の神経活動が変化することを見いだしています。「ドーパミン」は脳の報酬系、つまり「快楽」に関係した神経伝達物質であることを考えると、楽しいから笑顔を作るというより、 笑顔を作ると楽しくなる という逆因果が、私たちの脳にはあることがわかります。 実際、図のような二つの表情をつくってマンガを読み、マンガの面白さに点数を付けていくと、 同じマンガであっても箸を横にくわえたほうが高得点になる ことが知られています( 65)。
これらの単語が「楽しい」と「悲しい」のどちらの感情に属するかを分類してみましょう。箸を横にくわえると、楽しい単語を「楽しい単語だ」と判断するまでの時間が、悲しい単語を「悲しい単語だ」と判断する時間よりも短くなることがわかりました。つまり、笑顔は楽しいものを見いだす能力を高めてくれるということです( 66)。 笑顔が、明るく 朗らかな事象を収集するフィルターの役割があるとは、なんとなく不思議な気もしますが、これを裏付けるデータが「ボトックス」の実験から得られています。
この毒素を顔に注射すると、顔面筋の動きが 鈍ります。だからシワができにくくなります。これが老化予防の原理です。表情が多少 乏しくなるという欠点はありますが、美貌の劣化を恐れる富裕層や芸能界を中心に広く用いられています。
ニール博士は、総勢126人の参加者にさまざまな表情の写真を見てもらい、その表情から、「楽しい」や「悲しい」などの感情を読み取ってもらいました。その結果、ボトックスを顔に注射すると、表情を読み取る能力が低下することがわかりました。 ニール博士はこのデータを「無意識のうちに相手の表情を模倣しながら、相手の感情を解釈している」と説明しています。笑顔の人を見て、「楽しそうだ」と感じるのは、なんとも自明で、問うまでもない気がしますが、実際にはまったく自明ではないということです。
ちなみに、対談中に相手がコーヒーを飲んだらこちらもカップに手を伸ばしたり、相手が 頰 づえをついたらこちらも頰づえをついたりなど、さりげなく相手の行動を真似すると、相手からの好感度が増すことが知られています。サルでも自分の真似をしてくれる人を好きになるといいますから( 68)、真似は種を超えて心を近づけ合う力があるといってよいでしょう。
さらに強調すれば、重要なのは表情だけではありません。 姿勢 も重要です。 「腰骨を立てる」という言葉があります。椅子に背をもたれかけることなく、背筋をピンと伸ばして座る。姿勢を正すと、なぜか不思議と気分がよいものです。 日本では柔道、弓道や茶道のように「○○道」と呼ばれる伝統が存在します。こうした「道」に共通して強調されることは「姿勢」です。
近年の日本では、さらに精神性を重んじる余り、身体の重要性をさらに 疎かにする傾向がみられます。自分探しの旅や、ネットサーフィンなど、身体性を 放棄 して意識や心を探求する「メンタルトラベル」がもてはやされています。 私は日々脳を研究していて感じるのですが、「健全な魂は健全な肉体に宿る」という、いまや前時代的とも言えるユウェナリスの言葉にこそ、より生物学的な本質が 潜んでいるのではないでしょうか。
ちなみに、ヒトで存在することがほぼ確定的だとされるフェロモンは、シカゴ大学のマクリントック博士らが 40 年ほど前に「寮で共同生活をしている女子学生の月経周期が揃う」という現象からその存在を予言したものです。現在では 腋 のアポクリン腺から出るアンドロスタジエノンという無臭の物質が候補だろうと言われています( 75)。ただし、まだ完全な結論が出たわけではありません。
20 代の男性 20 名にビデオを見てもらいます。ビデオは 20 分間で二種類。片方は教育番組のビデオ、もう一方は男女二人が性行為をしている、いわゆるアダルトビデオ。見終わった後に汗を集め、その汗を女性 19 名に 嗅いでもらいました。 二つの汗は、女性にとって特にどちらが好ましいということはありませんでした。つまり意識の上では両者の価値はほぼ同等であるということです。ところが、脳の活動をみると、アダルトビデオを見ながら出した汗を嗅いだときのほうが、「 眼窩 前頭 野」や「 紡錘 状 回」、「 視床下部」といった脳部位が強く活動していました。このケースでも先ほどと同様、意識上はともかく、無意識の脳は両者をきちんと区別しているといえます。
彼は研究室で化学実験をしている最中、爆発事故を起こし、手に大 火傷 を負いました。しかし、偶然にラベンダーオイルが火傷の 痕 に触れ、治癒効果のあることに気付きます。一般的にはこれが、アロマセラピーが産声をあげた瞬間だとされています。
ちなみに、さまざまな調査結果を丁寧に調べてみますと、アロマの心理効果は男性よりも女性により強く現れることがわかります( 78)。これは複数の研究グループが独立に同じ結論に達しているので確かな事実といってよさそうです。アロマセラピーが女性により強く支持されるのは、単にお洒落 だとか、雰囲気が素敵などという外面的効果だけでは説明しきれない性差があるのかもしれません。
ハーツ博士らの科学論説には、アロマセラピーからは少し離れてしまいますが、面白い実験が紹介されていました。 焙煎 したコーヒー豆を用いた実験です。コーヒー豆の香りを嗅ぐと、なんと、他人に対して親切になるのです。
コーヒーといえば、そこに含まれるカフェインの作用に注目が集まりますが、この実験が示すように、飲まずとも、その芳香にも作用があるという点は見逃せません。 コーヒーはアフリカ原産の植物で、人類との付き合いは1000年以上にわたります。これほど長きにわたり親しまれていたということは、昔から人々はコーヒーの芳香の秘密を経験的に知っていたにちがいありません。
13 脳は妙に 勉強法にこだわる 「入力」よりも「出力」を重視!
より専門的に説明すれば「入力を繰り返すよりも、出力を繰り返すほうが、脳回路への定着がよい」ということになります。カーピック博士らはよく練られた実験デザインを活用して、この事実を発見しました。実験内容は次の通りです。
なぜ私たちはRとLの聞き分けができないのでしょうか。理由は単純で、日本語にRとLに相当する発音がないからです。つまり、日常生活においてRとLを区別する必要がないため、しだいに区別の能力が退化し、最終的には日本語の「ラ行」に同化されてしまうのです。このように外国語特有の 音韻 が母国語の音に飲み込まれてしまう現象を「認知マグネット効果」と呼びます( 96)。脳活動の測定データでも、外国語よりも母国語の音韻に脳が強く反応することから、認知マグネット効果が確認されています。
● 音痴の人は空間処理能力が低い!?
では脳の何が違うのでしょうか。意外なことに、ビルキー博士らのデータによれば、音痴の人は空間処理能力が低いというのです。 これはメンタル回転という簡単な試験で確かめられます。立体図形を頭の中でグルグルと回転させる試験です。モニターに映し出された物体を立体的に回転させ、その図形が別のどの図形と一致するのかを言い当てるのです。すると、音痴の人の正答率は、通常の半分以下であることがわかります。
リバプール大学のスラミング博士らは「オーケストラ楽団員たちは空間能力が高い」ことを報告しています( 109)。一般の人では、立体図形の回転角が大きくなるとイメージを思い浮かべるまでに時間を要しますが、楽団員は瞬時に立体イメージが湧くといいます。
一般的にいえば、酒は「酔って感覚を 麻痺 させる」ための嗜好品という印象があるでしょうから、「快楽」というイメージは湧きにくいかもしれません。また仮に「飲む」ことが快楽だったとしても、それは「うまい酒」を 舌で味わうからであって、アルコールを注射されるとなれば、話は別だという気もします。 しかしアルコールという化学物質は、脳の報酬系を活性化して、多幸感ひいては習慣性を引き起こします。この意味で「クーブ説」(「すべての乱用ドラッグは線条体を活性化する」という仮説( 118))は、アルコールにも当てはまります。 この実験で重要なことは、「酔っている」という自覚の強さは、血中アルコール濃度とは相関が見られなかったことです。同じく、アルコールによって 惹起 される脳活動の強さも血中アルコール濃度と相関がありませんでした。 つまり、アルコールの摂取量や 代謝 速度は、自覚症状とは直接的にはあまり関係しないということになります。むしろ「酔っている」という感覚に相関するのは、線条体の活動強度そのものでした。
さて、ギルマン博士らは、さらなる実験を展開しています。被検者に顔写真を見せたのです。通常、私たちは「恐怖におののく表情」を見ると不安に 駆られます。不安感は伝染するのです。実際、「恐怖におびえる顔」を見たとき、「 扁桃 体」や「 帯状 皮質」などの不安情動に関係する脳部位が活性化することが知られています。 ところが、ギルマン博士らの実験によれば、アルコールを投与した人では「恐怖におびえる顔」の写真を見せても、脳に強い不安反応が生じませんでした。恐怖を恐怖として正しく認識できなくなっているのでしょう。 酒を飲んだときの、あの「でっかくなった気分」や「大胆な高揚感」を味わったことのある人だったら、納得できるデータに違いありません。
● ビタミン剤を飲むと犯罪が減る!?
● 健全な精神は健康な胃腸に宿る これを端的に示す例として、うつ病の治療法に消化器官を標的にするものがあります。意外に思われるかもしれませんが、この治療法は、2005年にアメリカ食品医薬品局(FDA)が承認した、いわばお役所お墨付きの方法なのです( 124)。
アメリカ国立衛生研究所のヒベルン博士らは「うつ病の 罹患率と魚の摂取量は負に相関する」という論文を報告しています( 127)。報告によれば、魚をあまり食べないドイツやカナダではうつ病の率が高いが、日本のように日常的に魚を食べる国のうつ病率は何分の一に留まるといいます。
驚かれるかもしれませんが、じつは、幽体離脱に似た現象は日常生活でもよく見られます。たとえば、有能なサッカー選手には、プレイ中に上空からフィールドが見え、有効なパスのコースが読めるという人がいます。こうした 俯瞰力 は、ブランケ博士らが実験的に導きだした幽体離脱現象とよく似ています。
さらに言えば、客観的に自己評価し、自分の振る舞いを省みる「反省」も、 他者の視点で自分を眺める ことが必要です。自己を離れて眺める能力があるからこそ、私たちは社会的に成長できるわけです。 幽体離脱の脳回路は 俯瞰 力 のために備わっているのかもしれません。主観と客観――その妙なるバランスに乗って立ち、「自分とは何か」を考えるとき、頭頂葉はとりわけ味わい深い脳部位です。
世界のほんの一地域の習慣にすぎなかったヨーガが、世界的に流行するようになって、いまや常識的な存在となりました。ヨーガ関連のグッズや書籍、さらには家庭用テレビゲームまでもが続々と発売されています。
海馬が関与するとなると、やはり気になるのが老化です。認知症でとりわけ障害を受けているのが海馬です。海馬が衰えると、鮮やかに未来像を描くことができません。ひょっとしたら、脳が「老ける」とは 夢を持てなくなること と似ているのかもしれません。たしかに夢に目を輝かせている人はいつまでも若々しいものです。夢を持つことの大切さ――最新の脳研究成果を眺めてみると、そんなことが改めて新鮮に感じられます。
脳は、外界の情報を処理して、適切な運動を起こす「入出力変換装置」です。 餌 ならば近寄る、敵や毒ならば 避けるといった、単純ですが生命にとって大切な 反射 行動を生み出す装置です。 つまり当時の脳は、とことん身体感覚(入力)と身体運動(出力)の処理に特化した組織だったはずです。
「やる気」も同様です。やる気が出たからやるというより、やり始めるとやる気が出るというケースが多くあります。年末の大掃除などはよい例で、乗り気がしないまま始めたかもしれませんが、いざ作業を開始すると、次第に気分が乗ってきて、部屋をすっかりきれいにしてしまったという経験は誰にでもあるはずです。