中村うさぎのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
グィグィいける、うさぎさん。
最高に面白いです。笑えます。
どんな状態でも「このやろー」と言えるような人。
悲観に暮れるわけでもなく、
人生このくらいなきゃつまらん!
と堂々としてるうさぎさんはホントにカッコ良い!
大好きなマツコデラックスが登場してる箇所もあり、
本当楽しめました。
「もしも女王様が死んだら、夫よ、
ルイ・ヴィトンの棺桶を発注してちょうだい。
死者とともに焼かれるためだけに作られた
ブランド品・・・・・・ねぇ、これ以上に無駄な浪費が、
この世にある?
人も物も、すべては灰になるべき存在。
そのような無常、そのような空虚が、私は好き。」
なんて言いながら、
美容整形の手術台で、催眠状態の女王様は
「私の前世はね、中国のアサリ売りよっ!」と言い放つ。笑
はー、楽しかったぁ♪ -
Posted by ブクログ
浪費地獄、借金地獄、悪口地獄、博打地獄、
もーぅ人ってヤツは。笑
だけど、
程度も規模も違うけど
人事じゃないんだよなあ、なんて思います。苦笑
今回は雑誌の掲載(?)のものもあるようで、
雑誌のテイストに合わせて書いているような感じのものは
今まで読んだうさぎさんの本のなかでは、
あっさり軽く書かれています。
だけど、
やっぱり鋭いものを持っていて
絶対賢者なのになあ。
衝動と欲望と「限定品」の言葉についお金が・・・・笑
でも、楽しそうだし
オバサンの定義だとか
自立だとか
自己責任だとか
ばっちりがっしりくるトコもあります。
好きなものを好き
嫌いなものは嫌い
甘いとこも
容赦ないとこも
併せ持っている、うさぎさん。
でもなんか。
やっぱり可愛らしくて、
文章はこれでもか!ってブッた切ってるのに、
なんか優しいんです。
だから好きなんです。
解説もマツコデラックスさん、
贅沢です。 -
Posted by ブクログ
桐野夏生の「グロテスク」を読んで、モデルの事件の解釈にぐさりとくるものがあった。自分の内部にも通じるものを感じたからだ。中村うさぎがこの本でそれに触れていると知り読んでみた。
彼女は3日でやめてしまったがデリヘル体験をし、その体験が語られている。そのさわりだけの本の紹介をみて、読んでない人は単なる興味本位の体験ルポととるだろうが、実は中身は、女という性の、自身の考察である。
「グロテスク」を読んだ時、4人の登場人物すべてが自分にあてはまる気がしたが、小説なのである意味、著者ともども第三者的に俯瞰する感じになる。ところがこれは中村うさぎがさらけだされているので、そこに共感する部分があると、より直截的にこちらにはね返る。この本の感想も男性からは揶揄と侮蔑であったのに対し、女性からは批判と軽蔑はそれほど届かなく共感さえもあったという。その違いは見出しの「男の自己正当化病と女の引き裂かれ症候群」「欲望する側とされる側」といった言葉にも表れている。
東電OLに関しては、「たった一人の戦い」として、彼女の濃い化粧をコスプレに例え、濃い化粧をすることで、「もうひとりの自分」が殻を突き破って躍り出た瞬間に、彼女は凄まじい恐怖と快感を同時に覚えたはずだ、と分析している。どちらが本当の自分なのかという疑問が愚かしくも空疎に感じただろうとし、うさぎ氏とおなじように、自分が「女」という性的存在であることに、嫌悪感や罪悪感を抱いていたタイプであろうとしている。
「もうひとりの自分」は周囲に認められないと潜在化する自分。周囲とは男である。そしてこれが男女逆転することは無いであろう。男は男に認められることを欲し、女は男に認められることを欲するのではないか。 -
Posted by ブクログ
自称「欲と悪徳にまみれた暴走ババ」である中村うさぎさんと、「デブでゲイの女装癖キワモノ」であるマツコ・デラックスさん。二人が隔週(?)で「サンデー毎日」で連載(意見交換)していたもの。女性政治家とフェミニズム、性とコンプレックス、本当の自分探しと女装癖、人生の意味と神様、などなどについて、お二人の赤裸々な考えやお互いに対する想いがすごい。
もうお二人は神の域に達しているかのように思えた。崇拝。
新宿の街に魅せられてハマってしまいそうになった後だったから、P194のご叱責が身にしみた(笑)もし東京に住んでたら…しばらくは通っちゃってたかもなぁ。ほんと居心地よかったんだもん。「女のはみ出し者」なんだろね、私。 -
Posted by ブクログ
ネタバレあはは。泣いちゃった。この本で。
マツコさんのお母さんの
「今日の五時の生放送を見ます」
の一言に、大笑いしたあと、孤独じゃないんだって号泣したっていう件で。
同じじゃないし、マツコさんの状況とか気持ちとか計り知れないものがあるけれど、
自分の中にもある、頭でっかちで、醜くて、それでも自分が可愛くてならない醜悪なモンスターみたいな自意識に苛まれながら、自由を叫んでる愚かな自分を重ねてしまいました。
先日学校のカウンセリングの先生の講義を聞く機会があり、
異性に執着を求める傾向の中に、父親との関係によるものを上げていた。
父性が脆弱な家庭環境の女の子は、男性関係に問題を抱える傾向にある。
うん、なんかそーいうのは聞いたことあった。うちはお父さんが家庭とか子供に全然興味を示さなかった人だった。今思えば、父親はとても愛情に飢えた人だった。子どもとして愛情をかけて欲しかった気持ちは否定出来ない。だからって、愛情なんて家庭のものだけじゃ足りない。子供の存在で、自分を犠牲にして育ててきてくれた親を、愛情をかけてくれなかったなんて責められるわけがない。
だから、いつだったか、脆弱な存在の影響を、私は知らないふりをして生きてくことに決めたことを、なんとなく覚えている。
わたしは、人と結婚して生きていく選択肢を、選べない人間だと思っている。
自分が一番なのだ。なんどもこのマツコさんかうさぎさんの本を読み終わったあとに書いていることなんだけど。
本当はとても依存心の強い人間だということを、自分も良く分かっている。
でも、自分が一番の癖に、誰かに頼ろうなんて虫の良い話は、他人になんて求められない。
一人で、生きて行くのだと、いつの頃からか思い始めてた。
今私には、恋人がいる。
わたしのわがままさをすべて受け入れてくれて、私を待っていてくれる人がいる。
私は、この人が幸せになってくれるんだったら、なんだってしようという気持ちになる、世界で一番大切に思っている「他人」だと、今のところ思っている。
でもそれは、世界で一番自分が大切な私の自由が保証される限り、という条件付きなのだ。
自分は一体何様なんだと、本当によく考える。
この異常なまでの自意識って、一体なんなんだろう。
自分以外で、とても大切に思っている人の幸せに感じることが、私と一緒にいてくれることだと、涙が出るくらいありがたい愛情(なんだろうかね。)の欲求をしてくれているのに、
わたしは、自分が自由でいられないのだったら、
その気持を足蹴にできるような人間なのだ。
泣く権利もない。歯を食いしばってわたしは彼を拒絶するのだろう。
大切に思う人の望むことをあげられないジレンマ。
それでも私は、孤独を選ぼうとしている。
いつしかそれを、後悔する日が来るんだろうか。
後悔してでも、わたしは、自分の自由が欲しいのだ。
孤独が怖くないのは、今彼がそばにいるっていう現実を差し引いてなお。
私はきっと、狂っている。
恵まれすぎた環境で孤独を望む、甘ったれた悲劇のヒロインぶりたいどーしようもない愚か者だと思う。
だから、
勝手に、
本当に勝手に、
孤独じゃないのだと、大笑いして泣いたマツコさんに、
あこがれと共感めいたものを持ったんだと思った。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「 思うに,『美しい』とか『温かい』とか,口当たりのいい抽象的な言葉を平気で唱える人間って,言葉に対する感受性が鈍いのではないか。・・・言葉を生業にする職業じゃなくたって,人間は言葉で自己表現する生き物だろう。
女王様は日ごろから『言葉の雑な人間は,概念が雑だ』と考えている。大ざっぱで耳障りのいい言葉を言いたがる人間に限って,ものすごく大ざっぱで単純できれいごとだけの人生観や世界観しか持っていない。『言葉』は『その人』なのである。」
中村うさぎって,ぶっ飛んでる人というイメージがあるけれど,実は,物事に対する分析力や,自分が納得するまで考える姿勢がすごい。渋谷区役所や,港区役所の税金支払い請求に対する,態度が見習いたいとおもったくらい冷静かつ,理性的だった。渋谷税務署が差押にきたときの描写は爆笑 -
Posted by ブクログ
中村うさぎさんのエッセイ
かなり文体を含めて全体的にライトな印象です
文章自体は重くないのに内容はドンと響くものがある
この人は自分というものと切に向かい合い過ぎている
が、故の自虐なんだろうというのをひしひしと感じます
だからこそ痛々しく、それを隠すようにバカ明るく振る舞う
そこまで複雑になってしまっていることに悲しさを感じます
脳科学の茂木先生とうさぎさんが話していて
恋をしている時の脳は親バカと同じ状態だという話が
とても興味深かったです
そのほかにも研究者の人と話している内容が載っていて
中村うさぎさんって絶対研究者と話が合う人だなと改めて思いました -
Posted by ブクログ
「若いと幼いは違う」というフレーズが頭に残る。
私は教員だが、教員ぽくないとよく言われる。
若いというのもあるけれど(教員にしてはね!)
幼いからというのが本当のところだろう。
では幼いとは何か。
それは社会的自立ができていなかったり、社会的責任を負う能力のキャパの大きさだったりするのだろうと思う。
でもそれだけじゃないと思う。
一応仕事をこなし、自立した生活を送っている自分が
幼いかと聞かれたら、そういう点ではわたしは大人だ。
わたしは、私と私の就いてる職業という点を考慮に入れてその幼さを考えてみたところ、
他者の苦難や困難を受け止めてやるキャパが小さすぎるという点が幼いのだと思う。
自分のことしか考えられないという点が非常に幼いのだ。
人の痛みなんて、私は分かってやれない。だっていつも自分が一番のナルシストだから。
共感はしてやれる。そばにいてやることはできる。
でもそれ以上わたしは人に何をしてやれるのだろう。
誰かのために生きるとか自分を犠牲にするとか、
そんなこと私がするなんて思い上がりだと思ってしまう。
それがわたしの抱える大きな問題であり、
一生解決できないかもしれないって、
このひとの作品を読むと思うんだ。
何もかもかなぐり捨てて
誰かを思ってみたい。
重いと思われようがなんだろうが、
あなたなしじゃ生きていけないよって
心底思ってみたい。
できないんだよ。
ね、それ、自立した女だと思う?
違うね。苦しいんだよ。
誰かを思ってやれない、自分が一番を捨てられないのに、
誰かに思われたり、誰かを思う振りするのは
苦しいんだよ。
一人じゃ生きて行けないくせに、
自分が一番を、
何があっても最後の砦で、
それを失う選択ができないのは、
とても苦しい。
いったい何が、私をこのようにしたんだろう。 -
Posted by ブクログ
この人の考えること、よく分かるなぁと思い、よく読む。
共感を呼ぶ本は、出合うと嬉しい。
でもある程度読むと、飽きてきたり不安になったりする。
それで今度は、違いを探し始める。
それで、あぁここが違うから、自分は大丈夫だって思って
なんか救われた気になる。
おかしな話なんだが。
違いを認識しつつ(私はこんな破滅的な行動はしない)
自分を投影していたはずなのに、(それでも彼女の言う「愚かしさ」はよく理解できる)
最終的にはその投影を捨て去ることで救済を得る。
その「自分は大丈夫」は、別にこの人を卑下して感じるものではなく、
ただ「違う」という認識だけ。
自分が囚われている愚かしさに終わりが見えない不安に対し、「違い」を「自身の終わりへの可能性」と感じるからなのだろうか。
(あぁ、でもそれって「中村うさぎは未だ救われていない」って目線だ。いや、救われるようなことがあったら、わたしは彼女の作品をもう読めないのだろうけど。救われないから書いてるとでもいうか。)
はてさて
太陽のもとで咲く大輪の花よりも、泥沼の中で凛と咲く水連に魅かれる
的なことが書いてありました。
だから、夜の街の王子様にハマったのだと。(多分そんなニュアンス)
暗喩に他ならないが、私はここに彼女との違いを見た気がしました。
私も多分、睡蓮に心ひかれる人間なのですが、
私は、睡蓮は、遠くから見てこそ美しいのだ、と思う。
睡蓮を近くで見ると、雄蕊雌蕊の生えているところには、「これから蓮根になるんだ。」という形状が見られる。それが睡蓮のリアル。わたしはそこに触れて、幻想を壊すことが、怖くてできない人間なんじゃないかな、と。
それか・・・「睡蓮のリアル」なんて、この人百も承知だと思うんだけど、私はそこまで深く関われないからそこに幻滅はしないかな。「あ、この人も人間か。」と。ただそれだけ。
関われない分思うのは、「夜の街」の泥沼具合と「睡蓮」の美しさ。
睡蓮は、泥の中でしか生きられないが、泥の中で生きることを選んだ「睡蓮」は、私は美しいとは思わない。だったら不当なまでの過剰労働で泥だらけ傷だらけになってる中で見出す美しさの方が私のイメージに近い。
この人は、夜の街の様々な内情を知ってるからこそ書けるのであろうが、
ネオン街の王子様を「泥沼の中の睡蓮」と例えられるほど想像力の及ばない私は、凡人の領域に住むそこそこの自意識のもとに、葛藤に耐えて生きていくのでしょうな。