嵐山光三郎のレビュー一覧
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明治から大正時代の、今では文豪と言われる人々が、何者かになろうと模索しつつ温泉に浸かる話。たくさんの文士が登場してそれぞれがもちろん関連するので、そういう関係を見る楽しみもある。
へえ、と思ったのは、むしろ娘の幸田文かが語った姿しか見てないのでかつては風呂にも入っておらず垢だらけだった田舎者の幸田露伴とか、各国で女を探しているラフカディオ・ハーンとか(笑)。ハーンは東大で面白い講義をするのでかなりの人気があったそうで、それに負けていた漱石が人気ぶりを研究してやっと学生に振り向いてもらえたことなど。
漱石は英文学者なのでどうしても外国人教師から報酬が安い日本人教師に変わる端境期で、ハーンの後釜に漱石のパターンになるのよな。これは高校の頃から気になっていた。『坊っちゃん』の松山中学も熊本の旧制五高もそうだもんね。
ラスト近くは漱石の危機、修善寺危篤の話や葬儀の話などがあり、鴎外ももちろん登場する。やはりこのときの文壇シーンの背骨は、この二人だったのかなあ、と感じた。
彼らの退場と入れ替えに芥川や、川端康成が次世代の顔として登場するのが印象的。
それにしても鉄幹は姑息な奴だよな(笑)。
この作品、それぞれのエピソードが見てきたかのようにやたらと細かい。すごい資料調べたんだろうな、と感心しつつ読んだけれども、あとがきに伊藤整『日本文壇史』がとにかく参考になったとあり、積読なのでやはり読まないとと思った。買っておいてよかった。
わたしも温泉や銭湯に浸かりまくる人生送りたいなー(笑)。
これ、それぞれの文壇スターが目の前で生きているようだし、みんなキャラ立ってるし、とにかく楽しいので、みんな読むといいと思うよ。
ちなみに、タイトルの「ざぶん」はお風呂に入るときの水音だと思うけれども、「ザ・文豪(または文壇)」の略で、ダブルミーニングだと思うの。 -
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2024年刊、文庫オリジナル。荒野をめざす老人は、おんとし82歳。まだまだ元気。
元気なのはよいが、本体である「週刊朝日」のほうが終刊になり、そのため26年続いた名物コラム「コンセント抜いたか」も打ち止めとなった。連載開始時は55歳、81歳で終了。連載はみな単行本と文庫になっているが、本書はその最後の2年分を収める。
23年3月、これまた長寿番組だった「タモリ倶楽部」も40年の歴史に幕。嵐山も出演したことがあった。その思い出話もある。そして、最後には「週刊朝日」の思い出が来る。
もちろん、通常のエッセイもおもしろい。横尾忠則、川崎長十郎、大村彦次郎、柳田國男、五木寛之、尾崎放哉、野口英世など、みなきっちり料理している。筆はまったく衰えていない。
書名は五木寛之の小説『青年は荒野をめざす』のもじり。ザ・フォーク・クルセダーズのヒット曲のタイトルでもあった(作詞は五木寛之、作曲は加藤和彦)。シングル盤A面はこれ、B面は『百まで生きよう』だった。しっかりオチも効いている。 -
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書名の通り。その勢いに圧倒される。博覧強記、こぼれ出るトリビア。繰り言はほとんどない。単行本刊行時(2017年)、嵐山は75歳。
登場するのは、ヨシ子さん(老母)、荒木一郎、ボブ・ディラン、池内紀、若いところでは志らく、清水ミチコ、アルフィー……。みな、やりたいことに熱中している。たしかに枯れるどころではないな。
最近亡くなった知己へのレクイエムもある。職場の先輩、加藤九祚。大学生で応召。敗戦後4年半のシベリア抑留生活を体験後、復学して大学を卒業、平凡社に勤める。民博の教授になってからは精力的に中央アジアを調査した。2016年、94歳の時、ウズベキスタンで発掘調査中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
文庫版あとがきは、瀬戸内寂聴への長いレクイエム。彼女も最後の最後まで現役を通した。2021年、99歳で死去。 -
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アウトローとはいかないまでも、アウトサイダー的な生き方をする文人に強く惹かれるのが嵐山。
ラブミー牧場に深沢七郎を初めて訪ねたのは1966年、嵐山24歳の時、深沢は52歳。深沢に心酔し、「オヤカタ」と呼ぶようになり、招集がかかれば駆けつけ、行動をともにするようになった。
しかし、このオヤカタはかなりヘソ曲がり。人の好き嫌いも激しい。それまで親しかった者を、理由も言わずに斬り捨てる。晩年にはそれがひどくなる。1985年、嵐山にもついにその時がやってきた。しかし、なにが悪かったのか。思い当たる節はいろいろあれど、なにが決定的にお気に召さなかったのか、それがわからない。
真夜中に急に思い立って、タクシーを飛ばして親方の家まで行き、「オヤカタのバカヤロー」と叫んで引き返すシーンが印象に残る。
嵐山が親しかったもうひとりのアウトサイダー、『漂流怪人・きだみのる』と比べて読むのも一興。 -
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きだみのる、77歳。雑誌『太陽』の編集部にいた嵐山光三郎は、きだの連載を担当する。この時嵐山は28歳。
漂泊の自由人、無類の知識人、食通。そして傲慢、不遜、自己中、老獪、猥談好きで女好き。行動派で、大型トラックまで乗り回す。まわりは振り回され、その傍若無人ぶりに辟易する。
私もきだの破天荒さは予想していたが、まさかここまでひどいとは思っていなかった。『昆虫記』や『気違い部落』で作り上げていたイメージは雲散霧消した。後半には、スキャンダラスなことがいくつも登場する。
この本の冒頭にある一枚の写真。きだや嵐山と一緒に写っているのは、半ズボンをはいた女の子、ミミくん、7歳。どこか妖しく明るい。きだを「おじちゃん」と呼んでいたが、きだの愛娘だった。きだは、この魅力的な女の子を学校へも通わせず、日本中や海外を連れ回していた。
しかし、きだも寄る年波には勝てず、このマスコットを手放すしかなくなる。ミミくんはある家族の養子となり、その養父はやがてこの子をモデルした小説を書く。そしてこの作品が芥川賞を受賞することになるのだが……。
嵐山の文章からは、きだの体臭も漂う。彼の体の熱も感じられる。口臭ともつかない、きだの熱い息づかい。生きているきだみのるが感じられる。
嵐山もきだのことは生々しくてすぐには書けなかったのだと思う。それが抜けるのに50年。書けるようになった時、嵐山はあの時のきだの年齢になっていた。 -
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文章に勢いがある。いまも疾風怒涛。いまここの出来事に、過去や知識が二重写し、三重写しになる。さらりと鎮魂のことばもある。若いとこうはいかない。
「世間」で出来事を束ねるという趣向。まずは、「世間知らず」だった自分のことから始まり、4部で構成。個人的には、とくに第3部、文士と世間がおもしろかった。岡本かの子と瀬戸内寂聴の話や、憧れの坂口安吾になりきって写真家の坂口綱男に写真をとってもらうエピソードがいい。
南伸坊に「芥川龍之介って牛乳屋の息子なんだよね」と電話すると、「橋本治もそうだよ」という反応。「牛乳を飲んで育った子は栄養がついて背が高くなって頭がよくなるんだ」とか。なにを話しているんだか。 -
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文人たちの愛した料理と店を紹介している。
「店」を紹介するガイドブックではなく、「文人とその食」を紹介する。
1編ずつは短いが、文士の個性が余すところなく描かれていて、その作家をどう読もうか、という参考にもなる。
舌が肥えすぎ、店主や客を人間観察しすぎ、事情を察しすぎ、と感覚の鋭すぎる文士たちはしばしば「店から見れば、厄介な客」と書かれている。
・森鴎外は、書く気になれば『東京料理店案内』を出せるほど東京の料理店に精通していた。
ドイツで学んだのが衛生学だったので、食に影響した。
生ものを避けたのは知られているが、とろみのついた物には細菌が入りやすいとして、マヨネーズなども嫌った。
・夏目漱石は、甘いお菓子と脂っこい洋食を好んだ。
・尾崎紅葉は、臨終の席へ門弟を集め「これからは、まずいものを食って長命(ながいき)して一冊でも一編でも良いものを書け」と言い残した。
・泉鏡花もバイ菌嫌悪症。鴎外より徹底している。
・永井荷風は気むずかしい老人。フランス帰りで舌が奢っていたが西部劇っぽい外見の洋食屋「アリゾナ」には69歳〜79歳まで昼食に通い続けた。
ストリップ劇場に通い、ダンサーや娼婦と仲の良い座付作者、助平で気前のいい爺さんの一面。
文化勲章を受賞したことで「偉い先生」であることがバレて踊り子たちからの接し方が変わる。
気軽におっぱいやお尻にさわれなくなった。
・斎藤茂吉は、医師であり歌人。ギリギリの少し危うい歌を詠む。鰻を狂信的に好き。
・高村光太郎、超肉食派。いろんな意味で。
・岡本かの子は強烈な女。「駒形どぜう」は何度も焼けたが再起した。
・檀一雄の魂は、料理することで慰安されていた。
・水上勉は、飢餓の文学。
・池波正太郎少年と、資生堂パーラーの給仕の少年との交流は、良い話。
・遠藤周作は、リヨン大学に留学した経験から、日本のフランス料理のうさんくささを見抜いていた。
・吉行淳之介の、屈折した偏食エッセイ。
・三島由紀夫は、病弱少年からボディ・ビルで肉体改造、からの割腹自殺。
・武田百合子、夫・泰淳とは異質の価値観を持つ。
・山口瞳は、サントリー宣伝部員として、あちこちのバーに潜入調査に入った。
・吉村昭は居酒屋を探す名人。
・向田邦子は料理上手だったが、小説に登場すると料理が一触即発の武器となった。
・開高健にとって、死ぬまで付きまとう深刻な欲望が「食欲」。向かうは臓物系。
(食を語るにあたって)「小説家は言葉の職人なのだから『筆舌に尽せない』『いうにいわれぬ』『言語に絶する』は書かない」と自戒した。 -
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芭蕉と言えば、わび・さびに象徴される美意識の人物を想像してしまうが、この本で描かれているのは野心満々で男色家で幕府の隠密を務めるという意外な一面だ。その真否は分からないが、新しい目で芭蕉の俳句を見直すきっかけになった。「芭蕉野分けして盥に雨を聞夜哉」「道のべの木槿は馬にくはれけり」「海くれて鴨の聲ほのかに白し」「命二ツの中に活たるさくらかな」「旅人と我名よばれん初しぐれ」「冬の日や馬上に氷る影法師」「蓑虫の音を聞に来よ草の庵」「蛸壷やはかなき夢を夏の月」「田一枚植てたちさる柳かな」「波の間や小貝にまじる萩の塵」「うき我をさびしがらせよかんこ鳥」「年々や猿に着せたる猿の面」「此道や行人なしに秋の暮」
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以前ラジオに出演された軽妙な語り口を聴き、一度は手にしたい作家さんだと念じててやっと適いました。著者の母親ヨシ子さんは(現在102歳)62歳から俳句作りを始められ、その句を交え、起こるさまざまな出来事が綴ってあるエッセイです。(老母をカタカナでもじってあるのが彼らしい)ローボの日常を、平易な言葉で肩ひじ張らず日記の様に詠んでいらっしゃるヨシ子さんの句は、ヨシ子さんの心の動きに共感できるし、マイ母の心情もそんなものなのだろうかと推察しながら読みました。素直な俳句に、今にも詠めそうな気を起こさせてもらえます。ところが、ヨシ子さんの父は与謝野鉄幹・晶子が率いた「明星」に投稿していたと記述されていて、やっぱりなぁ~と思った次第。
著者と老母のお母様のふたり句会は羨ましい。光三郎さんのユーモアを交えたタッチで、ヨシ子さんの句が更に生き生きと感じられます。さらりと書いてある中に著者の深い恩愛を感じ取れました。
大先輩・光三郎さんの老齢へ立ち向かい方に背中を押してもらえます。
「じつのところ、ぼくは七十歳になるのが 楽しみであった。七という素数が好きで、七十七歳が「第二の絶頂期になる」という確信がある。七十七歳にして、大いにグレるという予感がする。これを七十代絶頂説といいます。人によっては、八十歳がウルトラ絶頂期。九十歳はミラクル神秘期である」
好きな俳句を書き抜いておきます。
更衣なくした鍵の現はれし
空っぽの郵便受けや木の葉舞ふ
春の夢あの世この世の人のかげ
紫陽花の花の重さを活けにけり
マスクしてマスクのひとと目をあはす
母の日の星またたきて闇に消ゆ
灯(ひ)ともせば雛のささやくこよひかな
大輪の菊はよそゆき姿して
戸を繰ればまさかまさかの雪積もる
表紙に小さな字で俳句が散りばめられてあり、なかなかデス -
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一椀に白魚の泣き声を聞く(小泉八雲)、牛鍋は不良のはじまり(坪内逍遥)、快男児、酒を飲めず(二葉亭四迷)、牛乳屋茶人(伊藤左千夫)、山奥の怪人はなにを食うか(南方熊楠)、筆は一本、箸は二本(斎藤緑雨)、一膳の赤飯(徳富蘆花)、牛肉か馬鈴薯か(国木田独歩)、獄中で刺身(幸徳秋水)、うどんと蒲団(田山花袋)、ココロザシ俳諧にありおでん食う(高浜虚子)、うまいもの嫌い(柳田国男)、酒を飲んで荒れる『赤い鳥』(鈴木三重吉)、咳の味(尾崎放哉)、公家トルストイ(武者小路実篤)、酒仙歌人の実像(若山牧水)、元始、女性は実に偏食であった(平塚らいてう)、天ぷら屋になりたかった歌人(折口信夫)、監獄料理(荒畑寒村)、あたまのなかに苦(里見弴)、復讐的食卓(室生犀星)、せつない湯豆腐(久保田万太郎)、なぜ薔薇を食べたか(宇野浩二)、さんま苦いか塩っぱいか(佐藤春夫)、死ぬまで食い気(獅子文六)、食人鬼の果て(金子光晴)、男もまた日常の餌(宇野千代)、空の弁当箱をかかえて(横光利一)、月光を飲む暴れん坊(吉田一穂)、ちゃぶ台文学(壺井栄)、酒乱・酒魔・毒舌・極貧(稲垣足穂)、居酒屋詩人(草野心平)、女賊のにんじん(平林たい子)、トンカツ好きの一家(武田泰淳)、飢餓恐怖症文学(織田作之助)、ライスカレー裏おもて(向田邦子)、砂糖入りカレー(寺山修司)の三十七文人の食癖にせまる。
『文人悪食』の続編。『文人悪妻』もあるらしく気になる。