嵐山光三郎のレビュー一覧
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明治から大正時代の、今では文豪と言われる人々が、何者かになろうと模索しつつ温泉に浸かる話。たくさんの文士が登場してそれぞれがもちろん関連するので、そういう関係を見る楽しみもある。
へえ、と思ったのは、むしろ娘の幸田文かが語った姿しか見てないのでかつては風呂にも入っておらず垢だらけだった田舎者の幸田露伴とか、各国で女を探しているラフカディオ・ハーンとか(笑)。ハーンは東大で面白い講義をするのでかなりの人気があったそうで、それに負けていた漱石が人気ぶりを研究してやっと学生に振り向いてもらえたことなど。
漱石は英文学者なのでどうしても外国人教師から報酬が安い日本人教師に変わる端境期で、ハーンの後 -
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2024年刊、文庫オリジナル。荒野をめざす老人は、おんとし82歳。まだまだ元気。
元気なのはよいが、本体である「週刊朝日」のほうが終刊になり、そのため26年続いた名物コラム「コンセント抜いたか」も打ち止めとなった。連載開始時は55歳、81歳で終了。連載はみな単行本と文庫になっているが、本書はその最後の2年分を収める。
23年3月、これまた長寿番組だった「タモリ倶楽部」も40年の歴史に幕。嵐山も出演したことがあった。その思い出話もある。そして、最後には「週刊朝日」の思い出が来る。
もちろん、通常のエッセイもおもしろい。横尾忠則、川崎長十郎、大村彦次郎、柳田國男、五木寛之、尾崎放哉、野口英世など、 -
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書名の通り。その勢いに圧倒される。博覧強記、こぼれ出るトリビア。繰り言はほとんどない。単行本刊行時(2017年)、嵐山は75歳。
登場するのは、ヨシ子さん(老母)、荒木一郎、ボブ・ディラン、池内紀、若いところでは志らく、清水ミチコ、アルフィー……。みな、やりたいことに熱中している。たしかに枯れるどころではないな。
最近亡くなった知己へのレクイエムもある。職場の先輩、加藤九祚。大学生で応召。敗戦後4年半のシベリア抑留生活を体験後、復学して大学を卒業、平凡社に勤める。民博の教授になってからは精力的に中央アジアを調査した。2016年、94歳の時、ウズベキスタンで発掘調査中に倒れ、そのまま帰らぬ人とな -
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アウトローとはいかないまでも、アウトサイダー的な生き方をする文人に強く惹かれるのが嵐山。
ラブミー牧場に深沢七郎を初めて訪ねたのは1966年、嵐山24歳の時、深沢は52歳。深沢に心酔し、「オヤカタ」と呼ぶようになり、招集がかかれば駆けつけ、行動をともにするようになった。
しかし、このオヤカタはかなりヘソ曲がり。人の好き嫌いも激しい。それまで親しかった者を、理由も言わずに斬り捨てる。晩年にはそれがひどくなる。1985年、嵐山にもついにその時がやってきた。しかし、なにが悪かったのか。思い当たる節はいろいろあれど、なにが決定的にお気に召さなかったのか、それがわからない。
真夜中に急に思い立って、タク -
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きだみのる、77歳。雑誌『太陽』の編集部にいた嵐山光三郎は、きだの連載を担当する。この時嵐山は28歳。
漂泊の自由人、無類の知識人、食通。そして傲慢、不遜、自己中、老獪、猥談好きで女好き。行動派で、大型トラックまで乗り回す。まわりは振り回され、その傍若無人ぶりに辟易する。
私もきだの破天荒さは予想していたが、まさかここまでひどいとは思っていなかった。『昆虫記』や『気違い部落』で作り上げていたイメージは雲散霧消した。後半には、スキャンダラスなことがいくつも登場する。
この本の冒頭にある一枚の写真。きだや嵐山と一緒に写っているのは、半ズボンをはいた女の子、ミミくん、7歳。どこか妖しく明るい。きだを -
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文章に勢いがある。いまも疾風怒涛。いまここの出来事に、過去や知識が二重写し、三重写しになる。さらりと鎮魂のことばもある。若いとこうはいかない。
「世間」で出来事を束ねるという趣向。まずは、「世間知らず」だった自分のことから始まり、4部で構成。個人的には、とくに第3部、文士と世間がおもしろかった。岡本かの子と瀬戸内寂聴の話や、憧れの坂口安吾になりきって写真家の坂口綱男に写真をとってもらうエピソードがいい。
南伸坊に「芥川龍之介って牛乳屋の息子なんだよね」と電話すると、「橋本治もそうだよ」という反応。「牛乳を飲んで育った子は栄養がついて背が高くなって頭がよくなるんだ」とか。なにを話しているんだか。 -
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文人たちの愛した料理と店を紹介している。
「店」を紹介するガイドブックではなく、「文人とその食」を紹介する。
1編ずつは短いが、文士の個性が余すところなく描かれていて、その作家をどう読もうか、という参考にもなる。
舌が肥えすぎ、店主や客を人間観察しすぎ、事情を察しすぎ、と感覚の鋭すぎる文士たちはしばしば「店から見れば、厄介な客」と書かれている。
・森鴎外は、書く気になれば『東京料理店案内』を出せるほど東京の料理店に精通していた。
ドイツで学んだのが衛生学だったので、食に影響した。
生ものを避けたのは知られているが、とろみのついた物には細菌が入りやすいとして、マヨネーズなども嫌った。
・夏 -
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芭蕉と言えば、わび・さびに象徴される美意識の人物を想像してしまうが、この本で描かれているのは野心満々で男色家で幕府の隠密を務めるという意外な一面だ。その真否は分からないが、新しい目で芭蕉の俳句を見直すきっかけになった。「芭蕉野分けして盥に雨を聞夜哉」「道のべの木槿は馬にくはれけり」「海くれて鴨の聲ほのかに白し」「命二ツの中に活たるさくらかな」「旅人と我名よばれん初しぐれ」「冬の日や馬上に氷る影法師」「蓑虫の音を聞に来よ草の庵」「蛸壷やはかなき夢を夏の月」「田一枚植てたちさる柳かな」「波の間や小貝にまじる萩の塵」「うき我をさびしがらせよかんこ鳥」「年々や猿に着せたる猿の面」「此道や行人なしに秋の
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以前ラジオに出演された軽妙な語り口を聴き、一度は手にしたい作家さんだと念じててやっと適いました。著者の母親ヨシ子さんは(現在102歳)62歳から俳句作りを始められ、その句を交え、起こるさまざまな出来事が綴ってあるエッセイです。(老母をカタカナでもじってあるのが彼らしい)ローボの日常を、平易な言葉で肩ひじ張らず日記の様に詠んでいらっしゃるヨシ子さんの句は、ヨシ子さんの心の動きに共感できるし、マイ母の心情もそんなものなのだろうかと推察しながら読みました。素直な俳句に、今にも詠めそうな気を起こさせてもらえます。ところが、ヨシ子さんの父は与謝野鉄幹・晶子が率いた「明星」に投稿していたと記述されていて、
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一椀に白魚の泣き声を聞く(小泉八雲)、牛鍋は不良のはじまり(坪内逍遥)、快男児、酒を飲めず(二葉亭四迷)、牛乳屋茶人(伊藤左千夫)、山奥の怪人はなにを食うか(南方熊楠)、筆は一本、箸は二本(斎藤緑雨)、一膳の赤飯(徳富蘆花)、牛肉か馬鈴薯か(国木田独歩)、獄中で刺身(幸徳秋水)、うどんと蒲団(田山花袋)、ココロザシ俳諧にありおでん食う(高浜虚子)、うまいもの嫌い(柳田国男)、酒を飲んで荒れる『赤い鳥』(鈴木三重吉)、咳の味(尾崎放哉)、公家トルストイ(武者小路実篤)、酒仙歌人の実像(若山牧水)、元始、女性は実に偏食であった(平塚らいてう)、天ぷら屋になりたかった歌人(折口信夫)、監獄料理(荒畑
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ビスケット先生(夏目漱石)、饅頭茶漬(森鷗外)、牛タンの塩ゆで(幸田露伴)、自己を攻撃する食欲(正岡子規)、萎びた林檎(島崎藤村)、ドブ板の町のかすていら(樋口一葉)、ホオズキ(泉鏡花)、『一房の葡萄』(有島武郎)、一汁一菜地獄(与謝野晶子)、最期に吐いた飯つぶ(永井荷風)、もの食う歌人(斎藤茂吉)、弁当行乞(種田山頭火)、金目のガマのつけ焼き(志賀直哉)、咽喉に嵐(高村光太郎)、幻視される林檎(北原白秋)、食うべき詩(石川啄木)、ヌラヌラ、ドロドロ(谷崎潤一郎)、雲雀料理(萩原朔太郎)、食っては吐く(菊池寛)、食魔の復讎(岡本かの子)、餓鬼道肴蔬目録(内田百閒)、鰤の照り焼き(芥川龍之介)、