嵐山光三郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
芭蕉の噂については色々耳にしたことがある。
が。
こんな評伝が世に出ているとは!
偉人として名を遺した人というのは、なんとなく、その才能で人生を拓いてきたのかなと思ってしまう。
だから、その地位に至るまでの必要経費のことなんかは、どこかから出てきた、程度にしか考えない。
けれど、偉人になるには人と金の繋がりがやはり欠かせないのかもしれない。
芭蕉が水道工事に携わって金を工面したとか、「おくのほそ道」は曾良との幕府隠密密命の旅であるとか、忍者説とか。
勝手に、曾良ちゃん芭蕉に付いてくの大変だっただろうなぁと、か弱い弟子のイメージを抱いていたので、まさか君も隠密なのかい!と。
そういったことがどこまで認知されているかは定かではないが、面白いなとは思う。
さすがに蛙合わせと、生類憐みの令が重なってくるのは笑った。でも、それもなかなか面白い(笑)
そして、かなり不穏な結末。
評伝なのに、不穏(笑)
とまあ、色んな所でニヤニヤできる一冊だった。 -
Posted by ブクログ
講談社エッセイ賞の受賞歴もある作家・エッセイストである嵐山光三郎(1942年~)が、自らの5度にも及ぶ死にかけた体験に触れながら、平素から「死」について考えるために、参考になる書籍を紹介したもの。
紹介されているのは、キューブラー・ロス『死ぬ瞬間~死とその過程について』、『夜と霧』の著者・ヴィクトール・フランクルの『死と愛』、坂口安吾『堕落論』、深沢七郎『楢山節考』などの古典的な作品に加え、養老孟司『唯脳論』、松井孝典『地球・宇宙・そして人間』、山崎章郎『僕のホスピス1200日~自分らしく生きるということ』や、冒険ノンフィクションのスティーヴン・キャラハン『大西洋漂流76日間』、松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』など、幅広いジャンルからの計46冊。(既に絶版となっているものも少なくない)
著者の死生観が語られたものというより、手軽なブックガイド的読み物として楽しめる。
(2006年2月了) -
Posted by ブクログ
タイトルにつられて購入……本書は、嵐山氏の「死」にまつわる自叙伝であり、「死」にまつわる書評である。
なので読み進めていってもいまいちピンとこない部分が存在するのは、致し方ないことだろう、と考えたのだが本書の中の嵐山氏の言葉がすべてを物語っていたように思う。
「人は、不慮の事故や、急病などによって病院に入って自分が死ぬかどうかというぎりぎりのところに身を置かないと、生と死ということについてなかなか考える時間がない。」
当たり前と言われれば当たり前なのだが、われわれはつい「死」というものに想いを馳せてしまう。興味を持ってしまう。
しかしながら、「死」というものは、じっさいその淵に立たないと理解しうるものではないということが一貫して綴られていたように思う。
さすれば、氏のいう「死ぬための教養」にははたして意味があるのだろうか……?ということで、☆3。 -
Posted by ブクログ
あえてローカル線でゆっくりと景色を楽しみながら行くのがオツなんだろうな。
地元の郷土料理と地酒と温泉があれば他に何もいらないだろうなと思える本。
新幹線や飛行機で全国津々浦々まで短時間で行ける今日で、鈍行で行く意味ってなんだろう。
何か旅行へ行ってもガイドブックに載っている観光地やお店をいかに多く回るかみたいな、ガイドブックをなぞる旅行をしてしまい、楽しい旅行のはずなんだけれど、そこでホッとしたり、癒されたり、その土地の雰囲気を感じたりっていうことをしないまま、逆に疲れながら旅行が終わってしまうことが多々あるように思う。
旅行へ行っても達成感を求めてしまうというか、ガイドブックを制覇=その土地を制覇のような感じで何か味気ない旅行をしている人たちが多いんじゃないかなと思う。
それは、効率かつ完璧を求めながら目の前の仕事に追われ、時間との戦いのようなわびしい毎日を過ごしているサラリーマンが多いからなのか、情報が溢れすぎていて自分に必要な情報を選択できない逆の意味での情報弱者が多いからなのか分からないけれど、そんな次へ次へと急き立てられるように過ごしている中で、あえて鈍行で行くというのは、自分を見つめなおす時間を与えてくれるものなんじゃないだろうか。
その町の歴史を街並みから感じながら、うまい料理とうまい酒、癒しの温泉につかり、ふと自分自身についてしっかりと考え直してみる。見つめなおしてみる。それが、新幹線なら1時間で行けるところを、3時間以上かけてローカル線で行く醍醐味でもあるんじゃないだろうか。
こんな意味とかを考えること自体、無意味なことなんだろうけれど。