高山なおみのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレがんがん読んどります。高山なおみさん日々ごはん。
なぜ今まで存在を知らなかったのだろう。
銀色夏生さんとばななさんのダイアリはずっと読んでいたのだけど、いまは高山なおみさんがばつぐんにヒットです。
素敵な方。
【気になったぶぶん】
詩と曲とどっちが先にできるのか聞いてみたら、「曲が先。メロディーが言っているから、それをできるだけそのまんま言葉にする」と言っていた都子ちゃん。私はいっぺんで好きになりました。→すてき。
「太陽」のアルバイトの女の子で見たことがない娘がひとりいて、あまり笑わない娘だし、なんとなくとっつきにくかったから(私もけっこう人見知りなので)、話しかけないでいたら、実は私のファンでいらした。それで、緊張していたみたいだと別の娘から聞いて納得しました。そういう人って、人間としていちばん信頼できるんだよなと、私はつねづね思っています。「高山さんのホームページを学校で見るのが楽しみなんです。いろいろあったりごたごたあったりした時に読むと、落ち着くんです」というようなことを、皿を洗いながらひとこと言ってくれました。「今日はこれが言えたからよかったです」とも言っていた。本当の人の本当の言葉というのは、胸を打ちます。→私もおなじ。緊張してしまう。そのままでいいのかも。よかった。
終わりの蜜月。そばに置いて何度でも読みたくなる本だ。
また今日も本の文章書き。少しずつ、少しずつ、土をどけたら埋まっていた器(伝えたいことのテーマ)が顔を覗かせて、周りの土を指ではらっているような、今日はそんな感じだった。あとはそれを布で拭いて磨けばいいのだろうか。それもまた違う気がする。
既にそこにあるもの(大竹伸郎著)すごくおもしろい。
帰ってからワインを一杯飲んだらボーッと眠くなってしまい、スイセイとお昼寝タイム。「今夜、ごはん作りたくないなー」と甘えると、「えーで」と優しいスイセイだ。私は助けられているな、と思う。自分のやりたいこと、やりたくないことを気持ちのままに、無理せずやったらええというのがスイセイの考えなので、くたびれた時にそれがものすごく響くことがある。
布団の中で延々と「麦ふみクーツェ」を読む。読みでがあってひじょうに嬉しい。途中ミルクティーをいれ、クッキーを食べながら、ストーブもつけない寒い部屋で、布団をかぶって本を読むというのは、私の冬場の愉しみなのです。これは昔、山小屋でアルバイトしていた時に覚えた愉しみだ。
今年のベスト本は「ぶらんこ乗り」と「麦ふみクーツェ」だ。なんだか本の世界が新しく広がったなと思う。私はよく、とくに酔っぱらって調子の良い時、普段考える脳みそが止まって、勘みたいなものだけでふわふわと感じている時がある。人の話を聞いていてもその内容ではなくて、声の感じや顔のまわりの感じの方を、ただ見ているのだ。この感じを言葉で表そうとすると、サーッと雲がかかったみたいにぼやけてしまうのだが、いしいしんじさんの本は、それを物語にして書いているような感じがする。
このところ続けていろんな人に会って、楽しく濃い時間を過ごしていたので、さすがに今日は誰にも会いたくない。そういう日でも、会ってもなんともない人は、スイセイとりう。それが家族ってもんかもしれないが、これって案外だいじかも。そういう人が、家の中をどうでもよくウロウロしていることって、すごく自分の助けになっているなと思う。狭い自分の世界に穴があくというか、伸びるというか。
4時くらいから、スイセイと布団の中で本を読んでいたら、ねそべった所からちょうど見える空が、あまりに綺麗で読むのをやめた。鳥もチーチー鳴いている。薄青い空に、引き千切ったような、まとまったかき卵汁のような雲だ。印象派の絵みたい。「指にからめたら、ほつれそうな雲じゃの」と、スイセイも興味を示していたが、それも一瞬のことで、さっさと寝てしまった。かき卵の黄色い雲は、しだいにもったり重くなり、じわじわと橙色を帯びていって、あっという間にすばらしい夕焼けに。思い余って窓を開け放ち、電気ストーブをつけて、首まですっぽり布団をかぶってずっと眺めていました。
初女さんのところには、あちこちから見ず知らずのいろんな人が、悩みを相談に来るのだそうだ。そのたびにごはんを作って食べさせてやりながら話を聞く。「食べながらだとね、話しやすいみたいなんですよ。食べて、おいしいーと思うと、自然と体がほぐれてくるんですね」「私はね、聞いているだけ。その人の身になってその話を聞いていると、そうだねー、そうですねーと思うからそうしていると、話している人が自分で糸口みたいなものをみつけるようになるのね。そうやって皆さん帰って行かれるんですよ」→たしかに、答えはその人の中にある。と思う。
映画「アカルイミライ」浅野忠信もオダギリジョーも、とくに藤竜也がすんごい良かった。良い映画だったなー、暗くて重くて爽やかで。エンディングのロールっていうんだろうか、キャストの名前が出てくるところ。あそこらへんもさりげなくぐっときた。
MAYAさんは、画家の有本利夫さんにすごく影響されて絵を書き始めたそうだ。その頃描いた絵が写ったが、今の絵とまったく違って、有元さんにそっくりな画風だった。自意識ばっかり強くて最高に落ち込んでいた時に、自分のだめな理由というのがふたつ見えてきたそうだ。「ひとつは、自分の絵が描けていないということ、もうひとつは金がないということ」だから、朝、ビルの掃除の仕事をすることにした。掃除の仕事をすれば暮らしていけるし、あとは一日中絵を描いていられるから。そして、つい4年前まで掃除の仕事は続けていたそうだ。彼女の絵と、絵を描いている姿がすべてなんだけど、インタビューの答え方も、自分の中心から出てくる想いに忠実に、ただ言葉を選んで語っているだけだ。よそからどう見えるかとか、周りから見て自分の立場は?みたいなことは、いっさい頭にないことになっている。MAYAさんは、よそと比べないから、まったく狂いがないと思う。→よそと比べない。ってほんとだいじだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ旅のはじめ。
鈍行列車で6時間の長旅の最中に読みました。
とてもよかった。
高山なおみさんってかわいい。
かわいいところもあれど、芯はしっかりしていて、ビシッと決めていて、お仕事は体育会系で、がすがすっと。カッコいい。あぁ。こういう女性は憧れです。
しょっちゅう読書しているところが、自分とかぶりました。
スイセイさんとのやりとりも、愛を感じます。
表紙もかわいい。
【気になったところメモ】
リーダーといっしょに働くのが気に入っている。それはリーダーの心が真面目だからだと思う。人参を刻むのも、きれいに切ろうと真面目だし、後片づけも、早く終わらせようとするのではなくて、きれいに片づけようとしているので、真面目なのだ。そういうのって、几帳面というのともまたちがうような気がする。どんな世界においても、もの作りをしている人共通の、ベースラインの意識という気がする。同じ仕事の時間を過ごすのでも、得るものの中身がうんとちがう。その時はたいして気がつかなくてやりすごせても、後々、身についてくるものは雲泥の差っていう気がする。私は、亀のような真面目さんの生き方の方が好み。→たしかに、そういう仕事の仕方っていいかも。私も気をつけなければ、、と思った。
私は自分の好きな時に本を読みたいし、自分で決めた時間に起きたいので、いっしょに暮らす人にもそうして欲しいと願ってしまう。それは、好きなことばかりして怠けているということの正反対。自分のやり方に対して真面目でいて欲しいと願うのです。→わたしもそれ理想。
このところ私は生活習慣ががらっと変わったので、感じ方というか、今まで考えてもみなかったようなことを思うようになった。ただ単に時間が増えたからなのかと思っていたけれど、それはきっとこうだ。たとえば風邪をひいたりすると、てきめんに気持ちがふさいだり、弱気になったりする。調子が良い時は気持ちも明るく元気。体の具合と気持ちはくっついたものだから、今、私の体は今までとすごく違い始めているのかもしれない。体の使い方というか、境遇が変わったのだから当然のことだろう。そしてもしかしたら、前から無意識に感じてきていた事が、どんどん表面に出てきたという感じもある。→わかる。私も暇な時間が増えたら、あれもこれも処理していない!って感情がどばどば出てきたりした。これから逃げるために忙しくしていたのかな。という気持ち。
ニライ荘。
クボー御たき
常々思っていたのですが、自分の中にふたりいる気がするのです。ひとりは黙々とただ料理が好きで、寝起きの頭のような素朴な人。もうひとりも料理が好きだけれど、けっこうやり手のミーハーで、元気な人だ。その人がけっこう出たがりだから、まいっちゃうんだよな。まあ、どうせやらなければならないのだから、気合いを入れて頑張ろう。→客観的に見れているのがすてき。
仕事がひとつずつ片づいてゆくというのは、体育会系の気持ち良さがあるものだ。そして、ひとつずつを作っていきながら、おいしいレシピが確実に増えてゆく。料理家としての高山なおみが、一枚ずつ太ってゆくような、ひじょうに充実感がある気がしている。それは食べ物が、物だからだろう。→体育会系わかる。私もライブ詰め込んでて、ひとつひとつ確実にこなしていくとき、おなじ気持ち。
人にもよると思うが、自然の中にいることって、頭で想像するよりもかなり人体に影響があると今回強く思った。肉や内臓や骨や脳に直接にしみこむ。自然、自然と簡単に言うから、もう使い古された台布巾みたいな言葉で、実感としての伝わり方がとても鈍くなってしまっていると思うが。。人間がこの世界はひとりで作ってきたと思おうことって、何も良いことを生み出さないと思う。それは苦悩の始まりだ。(料理を作っているから、私は元気なのかもしれないな)と、帰りに自転車をこぎながら思った。)コンビニ弁当が体に悪いと言っているわけではない。私だってたまには食べる。仕事が忙しくて、夕食はコンビニ弁当か外食ですましてしまうのが日課の人は、料理を作らないから、くたびれもひとしおなのではないだろうかとふと思う。野菜を触っているだけで、元気になってくるというのは本当です。野菜は、まぎれもなくちいさな自然だから。
渋谷 やさいや
西荻 のらぼう -
Posted by ブクログ
料理家 高山なおみによる日記。
日々の暮らし、山の古民家を手に入れたこと、震災後の東北を訪れる旅の様子が記されています。
高山なおみの文章を読むと、素足で地面にしっかと立っているような感じがします。かと言って力が入っている訳でなく自然体で。無理をしていないという感じでしょうか。好きなことを好きなようにやることは、案外力のいることです。それこそ踏ん張らないと、すぐに吹き飛ばされてしまいます。足全体で地面をぎゅっとつかむことが必要となります。でもだからと言って、体全体ガチガチに力を入れることもないのですね。そんなことに気付かされる文章なのです。
僕自身は山の中の古い古い家を改装して使う
なんてことはできないでしょうが、その様子を読むと自然に自分の中に受け入れているのですね。それが心地よく、それこそが文章の持つ力なのだと思うのです。 -
Posted by ブクログ
高山なおみさんのWEB上日記を本にしたもの
もともと日記調の本は好きだけど、
この「日々ごはん」は、高山さんの食材への気持ちや
周囲の人々への気持ち、夫スイセイさんへの気持ち
など優しくて愛情たっぷりの気持ちが溢れている。
だから読んでいてとても気持ちが良くなる。
日記なのでその日の献立なども書かれていて
毎日シンプルだけど美味しいものをきちんと食べているなって
自分の食生活を見直すきっかけにもなるかも。
かといって、~じゃなくちゃ駄目とかいうストイックな
食生活ではないのでかなり気楽に読めます。
今のところ6巻出ているのでゆっくり楽しむつもり。 -
Posted by ブクログ
高山なおみさんが料理をされる方というのは知っていますが、
レシピを見たこはなく、どんな方かも知らないまま、なんとなく手に取りました。
よくある「素敵な生活をする素敵な私」エッセイかしら、と思ったのですが、そういったものとは一線を画していてとても素敵な文章でした。
自分の好きな仕事をし、マイペースで生活する…という点では「素敵生活本」と一緒なんだけど、何が違うのか?といえば、恐らくは高山さん自身のこだわりが、仕事仲間、ご近所さん、そして旦那さんという身近な人に対する愛情を上回っていないからだと思いました。
大人愛ですねぇ。
料理をする人なのに、コンビニやスーパーのお惣菜がリアルな割合で混ざっていたり、しばしば二日酔いで寝て過ごしてしまったりといったことがさらっと綴られているのも気持ちいいです。
自分の経験を、過不足なく素直に消化できるように年を重ねたいものです。
この12巻で終わりらしい日々ごはんシリーズですが、さかのぼって読んでみようかなと思います。