高山なおみのレビュー一覧
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初めて高山さんの文章を読んだのは雑誌クウネルで。
その時はなぜかかなりの力強さを感じて、なんとなくあまり好きになれなかった。
その後に高山さんの文を読んだのもまたクウネルで、本についてのお話だった。
時々、‘布団をかぶって本を読みふける’日をつくるそうで、「これをときどきやらないと人生が狂う」そう。
本を持って布団に入る時の気持ちよさ。
高山さんはカーテンを締めているそうだが、私自身は薄暗くする日と開けておく日とあった。
文字と文字の合間に、薄青い空やちぎれ雲を見たり、雨音に気付いたりする静かな時間。
読んでいる本によっては、現実と混同しそうになる。
そんなただ自分のためだけの読書の時間を思い出させてくれる。
映画、音楽、読書について、高山さんの感覚にとても共感して、自分の中に言葉がストンと入ってきた。
高山さんの感覚をもっと感じたいと思わせてくれた私の中での「高山入門書」(笑)。 -
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ネタバレ興味深く読み始めてよいところもあったのだけど、ずーっと深い話がつづくので、読んでて挫折しそうになった。
寄藤さんとなおみさんスイセイさんが話しているところがあんまりおもしろくなかったかも。マオ的ヨナ的とわけて話して手分かりやすい気がするけれど、わたしはマオちゃんが好きなので、なおみさんがマオは嫌だと言った時ちょっとショックだった。マオちゃんの名前はつかわないで欲しいと思ってしまった。
最後のえぴろーぐは、なおみさんからちょっと深い話が出てくる。本人はスピリチュアル的になっちゃうけど・・となんとなくスピリチュアルぽいけどそうではない話だけどという感じで切り出すのだけど、どう考えてもスピリチュアルな話しだと思うし、わたしがなんとなくなおみさんが気になっていたのは、やはりそういうことか・・・と思った。なおみさんの言わんとしていることもとてもよく分かったけれど、一般の人には通じにくい話なのではと思ったりもする。
二人の過去の経験についても触れられて、それって充分事件じゃないか!といった驚愕の事件なのだけど、さらっと対談しているのが印象深かった。あと、その部分は読んでてあまり気持ちよくなるものではなかったのではぶいてもよかったのでは?と思ったりした。
めずらしくなおみさん本に対しての酷評多めですみません。。。でもなおみさんは変わらず好きです。
気になった箇所は秘密メモに。 -
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ネタバレスイセイ留守ごはんの味わい深さ。。。
一日目
けなげな生き物「みい」が出てった。
→けなげな生き物という表現がすごく好き。
なんだか、やたらに懐かしい物体が目の前にいるのだけど、ほんの一瞬だけ、誰だか分からないような感じになった。でも、その物体の中に宿るスイセイのことはすぐに分かった。帰ってきて、そのスイセイにまた会えた嬉しさで、体がいっぱいになる。→こんなふうに旦那様のことを思えたらいいなぁ。。理想。
野外のライブって、体の周りにも、客席全体をとりまく空気の中にも、音楽がふわふわといっぱいに舞い上がっている。あちこちで実際に上がっているシャボン玉みたいに。ナツコは「海の中にいるみたいだ」と言っていた。ほんとうに。ひとりの世界に潜っていくというよりは、真空の音の世界に、「クラムボン」のメンバーも、そこにいる大勢も、いっしょくたにいるような。それを感じながら体を動かしているだけ、楽しかった。→まさに。野外の良さを映し出すなおみさんの描写が素敵。
最近、夕方の外というものを満喫している。オレンジ色のスジが浮かぶ空や、涼しい風や。腕を直角に曲げて、汗ばんだわきの下に風を通す。この気持ちよさは、走ったり、歩いたりして汗をかき、ほどよく体がくたびれないと味わえない贅沢なこと。→ほんとそう思う。 -
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ネタバレさいきんすこしペースが落ちてきました。
高山なおみさんのエッセイ。
そろそろとまろうかな。。と思えど、あとすこし、と思うと読んでしまいます。
本からの抜粋。
ヨガをやっていると、毎朝の気分や体調のことが、細かいところまで分かるような気がする。無理しなくても頑張ってやれる日とか、無理に頑張らなければできない日とか、それさえも億劫な日とか。今朝は、あんまり調子がいい方ではないみたい。
パソコンをやりながらふと空を見上げると、まんべんなく鱗雲が広がっている。こんな爽やかな秋の日が、暮れていくのがもったいない。そうやって、今日も一日終わってゆくことが、最近、儚いような胸苦しいような気分になる。それは、早起きするようになったことと関係があるかもしれない。たくさん寝ていたころは、夢ばかりみていたから、現実の割合が少なかった。起きている時でも夢を引きずっていたから、なんとなしに宙ぶらりんな感じだった。現実は、ちっとも永遠なんかじゃなくて、儚い。ヨガを始めたことも、早寝早起きになったことも、私の脳みそに何か化学反応を起こしているのだろう。そして私は、本をあまり読まなくもなっている。現実を味わうのが忙しいからか?
チアキって、あんまり喋らないんだけど、何か言う時には、すごく言葉を選んでいるんだなというのが分かる。低い声で、ボソボソ切れ切れに喋る。スイセイはそんなチアキをすぐ気に入ったらしく、ものすごい早いピッチで飲んで、どんどんご機嫌に酔っぱらっていった。
帰ってから、「なんか、捨て猫がうちに迷い込んできたみたいな一週間じゃったのう。はよう風呂に入れてやらんと、みたいな。チアキってすごい口べたじゃけど、情がいっぱい詰まったような娘じゃったのう」などと、しみじみつぶやいていた。
体を動かすのって、何かのスイッチを入れるような感じだな。川原さんは、何もやりたくない日が続いた時、ごはんも食べず、テレビも見ないで、どれくらい何もやらずに寝ていられるかという実験をやったことがあるらしい。「けっきょくね、体を動かさないと、どんどん具合が悪くなっていくことが分かった」と、この間言っていた。体って、動かしてやらないと、筋肉も内臓の機能も退化していくように出来ているっていうのを、実感で感じたそうだ。
フィッシュマンズ全書
「昔から静けさってのが自分の中にあって、日々感じる空気感みたいな感じの中に果てしない静けさってのがぜったいあるんだけど、そういうことをやりたい。だから、音はどんなにうるさくてもいいんだけど、その中に静かななにかが聞こえるっていうか、感じられるものですかね」
「歌詞はいつもサラサラッと書くことにしてる。サラッと書いてあんまり見直したりしない。自分がすごく馬鹿でダサくて無力な、社会のクズみたいな気分で、とっても謙虚な気分で書くことにしてる。そうやって誰にも見つからないような歌詞を書くのが好き。もうどうだっていいようなこと、紙くずみたいなもん。それを何年もやるのがいい。この曲(BABYBLUE)もそう、もうずーっとおなじ感じです。」
自然派志向みたいな風に私はよく思われているみたいだけど、私、パンクだし。そういう意味の自然が、「フィッシュマンズ」の音楽には混ざっていると思う。人間が到底つかまえられないもの。身をまかせるしかない、考えても仕方ないようなもの。
私の好きな人って、こういうことが共通だ。どんな理由があっても、いばったり、権力をふりかざしたり、大声で怒鳴ったりする人が世の中でいちばん苦手。
中には、大人でも平気なふりができない人がいる。器用そうになんでもすぐに覚え、いつも明るい顔をしている人のことよりも、じつはそっちの方が私は信頼できる。初対面の時、人のそういうところを見て、好きになったりしているような気がする。
ちよじとヤーノ。
ビールを飲みつつ、もう何しゃべったか忘れたくらいにとりとめなく、ぬるい風呂につかったような、あんかけな時間が過ぎてった。かれらとは、そういうイケイケじゃない、楽なあいだだ。
映画 ブエノスアイレス
やっぱりウォン・カーウァイはいいな。
私はウィンのどうしようもないところが、切なくて、情けなくて、セクシーでたまらなく好きなので、ラストがどうもピンとこないけど。アパートの共同のキッチンで、ふたりが抱き合って踊るシーンがとにかく好き。あそこだけ何度でも見たいくらい。ウィンがひとりで泣くところとか、タクシーの中でファイの肩に頭をのせるところも、美しく、儚く、哀しく、とても情けない。お金もないし、汚いアパートだし、ノミはいるし。だから、あの退廃の中に浮かんでいる、カスみたいな幸せにしがみついてドロドロに落ちぶれたまま、ロマンチックに終わってほしかった。
家守綺評
登場するのは、庭の植物や、花、森、犬、たぬき、河童、人魚、幽霊、山寺の和尚、隣の奥さんなどなど。生きている人も死んでいる人も、植物も動物も、みんな主人公と同じ空気の中に暮らしていて、言葉だけではないやりとりをしながら、ひょうひょうと当たり前のように生きている様子がいい。これこそ超現実!っていう感じ。 -
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あちこち取材に出掛け、どっぷりと対象にもぐり込んで心を遣い、体ごとで書いているランディさんのことを、この家にいる間は、風呂に入れて、おいしいものを食べてもらって、ゆっくり緩めさせてあげたい。足を伸ばして、背筋の力を抜いて、脳も体もぐでんぐでんに柔らかくしてあげたい。話しながら、そういう衝動にかられていた。だってランディさんは、私などとは覚悟が違う。作家というのはそういう職業だ。
終わってから、楽屋へタカシ君と郁子ちゃんに会いに行った。すっかり使い果たしたタカシ君は、「歌いながら何度も、スゲーなーって思って。こんな大勢の人たちが、ボクの歌をこんなに歌ってくれてるんだなーって。だって、皆の声が聞こえてくるんだよ、ワーッて。もう、ありがたくてさ。泣きそうになっちまった。
私は、とくに飲んでいる時なんかにはっきり出てくるのだけど、いろいろ理解するのに時間がかかる。脳から口にいくまでの時間もかかるみたいだし。そのスピードに合う人と私は結婚したからよかったけど、昔は、あからさまに「のろいなあ、どんくさいなあ」とイライラした顔をする人もいた。「声が小さい!」と怒る人もいた。自然とそういう人たちとは関わりがなくなって今に至るが、若いころはそれがコンプレックスで、けっこうへこんでいた。悩んだって仕方ないのに。→すごく共感したし、奇望がもてた。
本当は、本の文章のことを始めなければならないのだが、今ひとつ気持ちが入らない。ちょっとレシピをいじってみたりもするが。ちょっとこの感じは小説家みたいかも。何かがまだ煮詰まってなくて、のど元いっぱいのところまでのぼって来たら、うわっと書き出せるような気がするのだ。今はまだ、そのムードがやって来ないのが分かる。確かなのはそれだけ。だんだんに押し寄せてくるよう、そういう風に体をもっていこうと思う。
「クウネルがゆく」
友だちすこしでも大丈夫。本当に好きなことにはだれもがひとりでむかっていくんだよ
「フィッシュマンズ」の初期のCDを繰り返しかけながら料理。「フィッシュマンズ」、ある時期からまったく聞く気が起こらず、ずっとそのままになっていた。でも、何のきっかけもなく最近ビデオを見て、そしたらいきなり体の中にどんどん流れ込んできた。すごくいい。初期の曲のことも前はあまり好きではなかったのだが、今、すごくいい。なんでだろう。
今回は校正をやりながら、「フィッシュマンズ」の音楽を聞いていました。毎回、自分の中で流行りの音楽があって、おなじCDを飽きもせずに繰り返しかけるのです。いち時はまったく聞かない、まったく入ってこない時期もあった「フィッシュマンズ」ですが、秋から冬に向かう今の季節に合っているのか、それとも今、自分の内面がそういう季節なのか、音楽や本や映画は、いつも私に波を送り、物語を紡がせ、小さな渦巻きを作ってくれます。
自分という者について、若いころ、私は戸惑っていたように思います。自信がないのです。誰かに褒められないと、まっすぐに立っていられない。やりたいことがうまくいかないのは、きっと周りのせいで、自分が悪いわけではない。でも、ホントにそれでいいのだろうか。このままで自分はいいんだろうか。「どんな時でもの、だーれも、自分のことなんか褒めてくれんし、認めてくれんのんで。でもの、世界でたったひとりだけ認めてくれる人がおるの。それは、誰でもないこの自分。ほいじゃけ、自分の面倒は自分でみんにゃあ。そんなの当たり前じゃん」三十歳を目の前にした冬に出逢った人は、そんな風に私に言いました。 -
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ネタバレ【お気に入り抜粋】
最近ヒラリンは、引っ越しをしたり、家族の具合が悪くて実家に帰ったりしていたか。なのに、そういう気持ちのバタバタや緊張を、ヒラリンてぜったい私に見せないし、仕事に持ち込まない娘だから。
撮影する時って、自然に体が動く。撮りたいと思う本能で動いています。こういう写真を狙いたいと、私の欲求が先走りすぎてもよくないし、ぜんぜんないのも困るし、なんなんだろう。いろんなものと調和していると、向こうから見せてくれる時があるんです。自分が見たいと思ったものは、実は一部でしかなかったりするので、待つというか謙虚でありたいと思う。(by川内倫子さん)
料理をする時に、こうしてやろうとかああしてやろうとか、狙いながら作っていたらそこまでの料理しかできないけど、ふっと、自分でも驚くような瞬間があった。その時、気がついたら自分は野菜の下にもぐり込んでいた。上に立つんでも、横に並ぶのでもなしに、自分の存在が野菜で隠されるような感じ。
最近、若い人の悩みをよく聞く機会があるのだが、皆たいへんだと思う。これは、前にスイセイに教わったのだけど、そういう時は、自分のランクをひとつ下げたらどうだろうと思う。だいたいの悩み(自分も、そういう悩みにはまって落ち込むことがあります)は、周りの人たちと比べて自分はダメだとか、周りの人たちに分かってもらえないとか、周りの人たちに期待されているからなどと、考えの軸が、自分よりも他人の方に傾いている気がする。だからたぶん、基準を自分の方にがっしりと置いたらいいんではないだろうか。周りに比べたら自分はダメダメだけど、自分の中では精一杯頑張っているのだから、それで他人の期待にそぐえなくても、それが自分なんだから仕方がない。で、最近私は気がついたのだが、ランクを下げてもそれは周りの目のことなので、自分自身は一向に減っていない。そればかりか、余計なものがなくなった分、かえって芯が太くなるような気がする。そうやって身軽になったところで、自分がやって楽しいこと、夢中になれることを、足元からひとつひとつ頑張ればいいのだと思う。会社だって、仕事だって、家事だって、無理だったらやめてしまえばいい。実家に帰ったって、誰かに依存して生きたって、ぜんぜんオーケーだと思う。
ポーの話 いしいしんじ
荒々しく胸倉をつかまれたまま、ずいぶん遠くまで連れていかれた。頭よりも、心よりも、体の中をかき回されるみたいな感じがあったな。もういちど読みなおそうと思うが、その前に「しずかに流れるみどりの川」を読んで、いちど飛ばそう。
お盆の前から後にかけて、仕事の依頼がけっこうあった。でも、けっきょくほとんどお断りしてしまい、きれいさっぱりになった。私は、こうしたらもっとおいしくなるとか、こうしたらもっと便利だとか、こういう時気持ちがいいなとか、自分の気がついたことをどんどん皆さんに贈りたい。いいことは、お腹の中に抱えておかず、ケチケチせずにどんどん出したい。だからそこに脚色が加わり、間違って伝わることが分かっているような仕事は、できるだけやりたくない。スタッフの方々もそういうことを理解してくださって、労を惜しまずに、本当にいいものを作りたいと思っている人たちとだけやりたい。などと、思っていたら、今やれる仕事がどんどん狭まってしまった。自分で自分の仕事を減らしているようなものだけど、もっと濃い、未知のことにも体も気持ちもどんどん使い切りたい。(それでいいんだよな、私は)なんて、洗濯物のパンツを干しながら思った。天上はどこまでも高く、青く、晴れ渡っている。 -
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高山なおみさんが読んだ本の感想と、そこからイメージしたお料理のレシピがのっています。
その高山さん、子どものころ、たべものを口いっぱいに頬張って、
息を吸いながら食べるクセがあったそうです。
そうすると、鼻と食べものが近くなるぶん、匂いを直に感じ取れるからだとか…。
まさに”はなべろ”ですね~。
『それからはスープのことばかり考えて暮した』じゃがいもサラダのサンドイッチ
『家守奇譚』鶏肉の煮物
『かの子ちゃんとマドレーヌ夫人』卵としらすのチャーハン
『センセイの鞄』そうめん
『昨夜のカレー、明日のパン』焼売
『家と庭と犬と猫』けんちん汁
『フランシス子へ』バター入り卵焼き
『ムーミン谷の十一月』肉桂ビスケット
他にも、こんにゃくの煮しめ、豚の生姜焼き、豆の煮込み、五目ごはん…、
定番のお料理が続くなかで、驚いたのは焼きそばライス。
(パンじゃなくて、ごはん?!)
温めて薄く膜が張った牛乳と甘食。(あぁ、たまらなく昭和)
夏が来るたびTVドラマ「すいか」を見て、
お風呂のフタをぎりぎりまで閉めて、タオルをしいて本を読む高山さん。
なんか親近感わきます。
お料理本って、眺めるのは大好きなんですが(笑)、
作ってみるのはせいぜい1、2品。
でもこの本は、作りやすそうなメニューが多くて♪
そして、読みたい本がまた増えた…(笑) -
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ネタバレごはんを食べている途中、ぐったりと眠くてたまらなくなる。汗をかくってすばらしい、ただただ、体だけがくたびれることって、なんか大事な気がする。
自分がどんな仕事をして、今何を考えていて、若いころとどう変わったかなんて、とりたててわざわざ言わなくてもいい関係。昔からの友人たちと過ごす時間の嬉しさを、深津家のパーティーに来るといつも思う。それをかみしめるのは、たいてい帰ってからの風呂の中だったり、寝る前の布団の中だったり。→そういう関係っていいなと思った。
佐藤初女さん「おむすびの祈り」
そこには、私が自分の人生の中で、ああでもないこうでもないと考えたり、濾過されるようにして生まれてきた想いや、料理に対する考えが、そのまま書いてあった。
納豆トースト
納豆1パックについてきた辛子やタレを混ぜてよく練り、マヨネーズ、葱を加え混ぜる。パンにバターを塗り、納豆をべったりのせ、かつおぶし、チーズをのせてオーブントースターで焼く。食べる時に七味唐辛子をたっぷり振りかける。
カメラマンも、デザイナーも、プロデューサーも、作家も、編集者も、皆いっしょなんだなと思う。どこの世界にも、有名だけど偽物さんというのはたくさんいるが、有名で、しかも本物という人は、本当に数えるほどだろう。本物と私が言うのは、地位や名声に浸食されず、自分の感受性についていつも怠けていない人だ。そんなの当たり前じゃん。→この言葉、希望になる。わたしも、感受性みがくのは毎日頑張っている、、というか無意識にしてしまう。
「私らって、自由だね」とスイセイに言ったら、「仕事をたくさん入れて忙しくしないからこういうことが出来るんじゃ」と、マネージャー的意見を述べていました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ高山なおみさんが鼻とベロで味わった本の話と、そこから生まれた料理の物語。
ぱらぱらとめくった時にちらちらと見えた「家守綺譚」の鶏肉の煮物、「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のじゃがいものサラダのサンドイッチ、「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」の卵としらすのチャーハン、「すいか」のおにぎり、「ムーミン谷の11月」の肉桂ビスケ…
わー!!早く読みたいよー!!
読みたい本も増えました。
レシピと写真を見ているだけでなんだかお腹がすいてきます…
読書欲と食欲がムクムク…秋にぴったりの一冊でした。
高山なおみさんのさっぱりしているけど優しい文章、本とご自分の生活、日常とに寄り添って綴られた一文一文にリラックスしながら読むことができました。 -
Posted by ブクログ
入院中のベッドで時間も気温もわからないままうつらうつら読んでいて、高山さんの読んでる本と、読んでる高山さんと、それを読んでるわたしとがないまぜになって、どこまでが自分かわからなくなった。
なんて生々しいんだろう、なんて、全身で読書するんだろう。読書、て行為でいいのかな。
読んだ本はもう一度読み返したくなったし、知らなかった本も読んでみたく思った。
昨夜のカレー、明日のパン、の引用で、引用なのに涙がでて仕方なかった。月日は巡るけど、日常のピースは似てても同じではないこと。わかってても、知らんぷりして喜んだり驚いたり、していたい。
1話ごとのレシピも簡単そうで、作りたくなる。そんでまた本に潜りたくなる。
高山さんに料理があって、ほんとうに良かったなぁと思う。