藤原正彦のレビュー一覧
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ネタバレ[ 内容 ]
七五調のリズムから高度なユーモアまで、古典と呼ばれる文学作品には、美しく豊かな日本語があふれている。
若い頃から名文に親しむ事の大切さを、熱く語りあう。
[ 目次 ]
第1章 読書ゼミのこと
第2章 国語教育の見直しを!
第3章 日本人特有のリズム
第4章 日本語は豊かな言語
第5章 小学唱歌と童謡のこと
第6章 文語体の力
第7章 ユーモアと空想
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
内容:新田次郎と藤原ていの息子の数学者藤原正彦のエッセイ。小川洋子が「博士」を書くきっかけになった人でもある。日本エッセイストクラブの賞を取ってたり。そして、高校の同級生の親父だったりもする。内容はアメリカ時代の話や日本論などいろいろ収拾がつかないけど、たぶんばらばらに連載した細切れを集めた本だからではないか?
感想:今ひとつ。でもそれはこの人が好きで、期待値が高かったからだと思う。気楽な面白さが随所にあったけど、密度が薄かった。でも、やっぱりこの人ぐらいの明快さと気楽さが一番いい。頭を使わずに読書したいときで、外れのない本が読みたいときにオススメ(ただし、他の本、例えば『遥かなるケンブリッジ』のほうがよい)。 -
Posted by ブクログ
ネタバレニュートン(85歳逝去)、ハミルトン(60)、ラマヌジャン(32)という3人の天才数学者の足跡を紀行評伝形式で書いた作品。
とりあえず、ニュートンとハミルトンはウィキペディア調べで紹介。
【アイザック・ニュートン(Isaac Newton, 1642年 - 1727年)は、その偉大な業績の一方で、極めて個性的で風変わりな人柄でも知られており、数多くの逸話が残されています。
• 自分の目に針を突き刺す(光学の実験)
光や色彩の正体を突き止めるため、自身の体を使った危険な実験を行いました。太い針(パドキン)を自分の眼球と骨の隙間に差し込み、眼球の裏側を圧迫して「目に圧力をかけると、どのような色や光が見えるか」を自ら観察・記録しました。失明の危険がある恐ろしい実験でした。
• 失明寸前まで太陽を凝視
残像(眼の記憶)の仕組みを調べるため、鏡を使って太陽を直接じっと見つめ続けました。その結果、数日間にわたって暗い部屋にこもらなければ何も見えない状態になり、視力を回復するのに数ヶ月かかったと言われています。
《 性格や人間関係のエピソード》
• 一生、独身だった
ニュートンは生涯一度も結婚せず、独身を貫きました。若い頃に一度だけ婚約者がいたという説もありますが、研究に没頭するあまり自然消滅したとされています。
• 激しい執念深さと論争
非常にプライドが高く、嫉妬深い一面もありました。
• フックとの論争:「フックの法則」で有名なロバート・フックと、光の粒子説・波動説を巡って激しく対立。フックの死後、ニュートンは王立協会の会長になると、協会内にあったフックの肖像画や実験器具をすべて処分・隠滅したと言われています。
• ライプニッツとの論争:ドイツの数学者ライプニッツと「微積分法をどちらが先に発明したか」で泥沼の優先権論争を繰り広げました。ニュートンは王立協会の委員会に圧力をかけ、自分に有利な報告書を匿名で自作自演しました。】(ウィキペディア)
【ウィリアム・ローワン・ハミルトン(William Rowan Hamilton, 1805年8月4日 - 1865年9月2日)は、アイルランドの数学者、物理学者、天文学者です。
• 生没年:1805年8月4日生まれ、1865年9月2日死去(60歳没)
• 出身地:アイルランド・ダブリン
• 所属:ダブリン大学トリニティ・カレッジ(22歳で同大のアネックス天文台長・天文学教授に就任)
主な業績
• 四元数(しげんすう)の発見:1843年に複素数を拡張した4次元の数体系を発見。現代の3Dコンピュータグラフィックスやゲームエンジンの回転計算(姿勢制御)の基礎となっている。
• ハミルトン力学:ニュートン力学を洗練し、全エネルギーを表す「ハミルトニアン」を用いて物理系を記述する解析力学を構築。これはのちに量子力学の基礎(シュレーディンガー方程式など)へとつながった。
• ハミルトン-ヤコビ方程式:力学や幾何光学において重要な偏微分方程式を導出。
• 「ベクトル」や「スカラー」の用語導入:数学においてスカラーやベクトルといった概念・名称を導入した。
エピソード
• 幼少期からの神童であり、10歳で10以上の言語(ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語、アラビア語など)を習得。
• 16歳のとき、ピエール=シモン・ラプラスの難解な著書『天体力学』の記述に誤りを見つけ、周囲を驚かせた。
• 四元数の基本公式を発見した際、感動のあまりアイルランド・ダブリンのブルーム橋(Broom Bridge)の石柱にその公式を刻み込んだとされる。】(ウィキペディア)
さて本書で断トツに面白かったのは、インド生まれのラマヌジャンの話。
彼は独力で数学を学び、数学的閃きと独自の理論で数え切れない定理や公式をノート3冊に書き留める。内容が高度過ぎてインド国内では真偽の判別がつかないため、当時の宗主国英国の一流数学者ハーディに手紙を書くところから、彼の人生は動き出す。
激動のラマヌジャン自身の生涯は、のちに映画『奇蹟がくれた数式』(2016年)として詳しく描かれています。
以下は備忘録。
・カーストはヴァルナ(バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4姓とアウトカーストを含む身分制度)とジャーティ(職業集団)の2系統
・インドの結婚は、相手を含めすべて親が決めるが、同一カースト同士が基本、少なくとも女性上位(カースト)は許されない
・嫁入り道具と持参金に当たるダウリーは、娘を持つ父親の年収を軽く超えてしまうことで、様々な悲劇が起こっている
・ダウリー絡みの死亡者が1日平均17人、総人口に対するインドの男女比が100:93と歪なのはこれと無関係ではないかもしれない
・ラマヌジャンの天才を発見したハーディ自身が同時代に生きる天賦の数学的才能たちを点数化した。ハーディ20点、リトルウッド30点、巨匠ヒルベルト80点、ラマヌジャン100点
・英国での生活(特に宗教的制約による食事)に馴染めず、数学的熱狂を維持しつつも健康を害し、帰国後転地療養を繰り返す。結局1920年32歳の若さで亡くなるが、その時に書き残した書類は56年後の1976年に偶然見つけられた。そこには《擬データ関数》に関する600を超える公式が書かれていた
・日本の九九に当たるものを、インドの子供には20×20まで暗唱させる(他教科も物語風に詠読暗記するのがインド流)
以下の映画にもラマヌジャンの名前が登場します。
【映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の中で、インドの天才数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンは、主人公ウィル・ハンティングの才能を説明するための比喩(引き合い)として登場します。
映画内での関係・言及のされ方
• ランボー教授による比較:
MITの教授ランボー(ステラン・スカルスガルド)が、大学の廊下に貼り出された難問をいとも簡単に解いてしまった清掃員ウィル(マット・デイモン)の規格外の才能に驚き、彼を歴史的天才であるラマヌジャンになぞらえて語ります。
• 「無名の天才」という共通点:
ラマヌジャンは正規の高等教育を十分に受けず、独学で驚異的な公式を次々と見出したインドの無名の天才でした。学歴も社会的地位もなく、大学の清掃員として働いていたウィル・ハンティングの境遇や、公式を直感的に導き出す天才性キャラ設定が、ラマヌジャンのエピソードと強く重なるものとして劇中で引き合いに出されています。
補足(モデルとなった実在の人物について)
• 映画の清掃員が未解決問題を解くというエピソード自体のモデルとなったのは、ラマヌジャンではなく、統計学の未解決問題を宿題と間違えて解いてしまった数学者ジョージ・ダンツィグのエピソードであるとよく言われています。】(ウィキペディア) -
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思ったよりも読者が多くてびっくりした。
別に面白くないわけではないが、思ったより多いなと感じるような本。
論理の出発点について。
たしかに、論理の出発点は、その本人の総合判断力にかかってると思う。
最初の出発点が、正しくないものだとその後の論理展開が全て正しくてもなんの意味なさないとは思う。
読書、風情、躓く心、色々養って、出発点をあたまでかっちなものにしないようにしたい。
経済に関してだが、武士は食わねど高楊枝の精神でやるのは正直厳しい感じる。
個人個人でやりたい人がいればいいが、たかが経済と判断して、金の価値観よりも〜の精神は、現実から離れすぎてるように感じた。
新渡戸稲造の武士道をもう一度読みたくなった。
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Posted by ブクログ
ネタバレハズレのない作家の一人。
本書は、2017年~2022年までの文藝春秋で発表された文章をまとめたもの。
以下は、私の備忘録。
・ノーベル賞は、物理学賞、化学賞、医学生理学賞の自然科学三賞のみが本物。
・欧米人より100年にわたって「模倣国家」と揶揄され続けた日本。ゴッホ、モネ、ピカソ、セザンヌらが浮世絵の手法を模倣しても、マイセンやウェッジウッドが伊万里や柿右衛門の模倣であっても、模倣とは言わず影響を受けたという。そんなに隠さなくても、すべての独創は模倣から始まるのに…
・政府の野放図な移民受け入れは、低賃金でほとんど税金を納めない人々のための健康保険や失業保険による地方自治体の財政逼迫、日本語が話せない大量の移民受け入れは教育現場を混乱させている。さらに、彼等は日本の文化に同化しようとはせず、自国文化や彼らの慣習を日本人に押し付ける。挙げ句、真っ当な移民政策批判は、差別主義者のレッテルを貼られ糾弾され、移民による犯罪は、差別を助長する理由でなかなか公表されない。数年前に既にヨーロッパで起こった移民政策の失敗という先例があるのに、今も移民政策に爆進する日本政府。
・嘘つき国家。「嘘と騙しは中国の文化」「米国も負けてはいない。東京裁判、トンキン湾事件、イラク戦争での大量破壊兵器」「英国は、三枚舌外交でパレスチナ問題の発端をつくり、アヘンで中国からぼろ儲けし、世界中の植民地で搾取し尽くした」「ドイツは、前大戦の蛮行をすべてヒトラーとナチスのせいにしようとする。民主的な選挙でナチスを選んだのはドイツ国民だったし、その後の国際連盟脱退、ラインラント進駐、オーストリア併合などの直後の国民投票では90%以上の支持を与えていた」もちろん、日本人も嘘はつく。しかし、無邪気に騙されるオレオレ詐欺が通用するのは、世界広しといえど日本くらい。
・日本人が中国に嫌悪感を感じるのは、誠実、惻隠、卑怯を憎む心の欠如、すなわち武士道精神が欠如しているから。新型コロナの隠蔽や少数民族の迫害など、都合の悪い事実を隠し、息を吐く様に嘘を付き、弱小国には軍事的威圧を加えるなど弱い者いじめを平気で行う国家だから。
・戦中台湾に尽くした功労者として八田興一が有名だが、韓国にもいた。穂積真六郎は、朝鮮総督府の殖産局長として近代化に貢献、彼は日本の国益よりも朝鮮の国益を優先したため辞職に追い込まれた。
・韓国人特有の精神構造として、中国には卑屈、日本へは軽蔑という《華夷秩序》が顕著。
・災害時にメディアが不安を煽るのは視聴率が取れるから。人は、「怖いモノ見たさ」「自分より惨めなものの存在で救われる」という習性からのがれられない愚かな生き物。
また、第九章「父 新田次郎と母 藤原てい」も面白かった。