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Posted by ブクログ
「祖国とは国語」藤原正彦 (3周目)
以下たそ解釈
・国語教育は現代日本にとって緊急かつ最優先の事項である
↓
・国語以外での他教科での思考・論理もそもそも母国語の言語をもとにしている
↓
・その土台である国語、つまり語彙や情緒といったものが貧弱であるとそもそも全ての思考に影響を及ぼす
・いくら方法論や英語、ゆとり教育などの個性を重要視しても肝心の中味が無い。コンテンツなしのガワだけになる
・詰め込み教育は害悪ではない。子供はそもそも悪い癖のほうが多い。方向づけは大事。
・読書は教養、教養は大局観を与える。一見無駄な教養も切り捨てるべきではない。
・満州国建国から崩壊までの歴史がよくわかる
・当時の列強の価値観を現代の価値観からジャッジして過去の人を非難するのは間違い、振り返り、未来に活かすべき
Posted by ブクログ
数学者にして文筆家、そして新田次郎と藤原ていの息子である藤原正彦の、2000~2003年に朝日新聞、産経新聞等に掲載されたエッセイをまとめたものである。
うち約半分が、持論の「国語教育絶対論」を熱く語ったものであるが、斎藤孝があとがきに書いている「ああ、この人に、文部科学大臣になってもらいたい。これが、私の切なる願いだ。数学者にして、華麗なる文章家。学問、文化、科学を愛すること、並ぶ者なし。そして何よりも、この日本をよりよくしていこうという強い志にあふれている。その志は、火山の溶岩のように、腹の底からやむことなくわき上がってきてしまう。それがこの『祖国とは国語』から、はっきりと伝わってくる」という思いに大いに共感する。
「国家の浮沈は小学校の国語にかかっている」
「言語は思考した結果を表現する道具にととまらない。言語を用いて思考するという面がある。・・・人間はその語彙を大きく超えて考えたり感じたりすることはない、といって過言ではない。母国語の語彙は思考であり情緒なのである」
「『論理』を育てるには、数学より筋道を立てて表現する技術の習得が大切ということになる。これは国語を通して学ぶのがよい」
「脳の九割を利害得失で占められるのはやむを得ないとして、残りの一割の内容でスケールが決まる。・・・ここを美しい情緒で埋めるのである」
「祖国とは国語である。ユダヤ民族は二千年以上も流浪しながら、ユダヤ教とともにヘブライ語やイディッシュ語を失わなかったから、二十世紀になって再び建国することができた」
「小学校における教科間の重要度は、一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、あとは十以下なのである」等
世界的な数学者である岡潔が『春宵十話』で語った「人の中心は情緒である。・・・数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである」に通じる。
世界を知る数学者の国語に対する思いが、強烈に伝わってくる。
Posted by ブクログ
藤原ていの「流れる星は生きている」に影響を受け「満州再訪記」が含まれる本著を購入。
気軽に読めるウイットに富んだエッセイも多いのだが、教育論、生きる上での価値観・考え方について示唆に富む発信が多く自分の中での整理にも役に立つ。
ウイット満載だが、留学していた英国仕込みなのだろうか。「満州再訪記」の最後もそのウイットで終わりその才能に感嘆。
以下引用~
・日本の誇る「もののあわれ」は英国人には難しいと言う。英国にもこの情緒はもちろんあるが、日本人ほど鋭くないので言語化されていないらしい。
古典を読ませ、日本人として必須のこの情緒を育むことは、教育の一大目標と言ってよいほどのものである。
・高次の情緒とは何か。それは生得的にある情緒ではなく、教育により育まれ磨かれる情緒と言ってもよい。たとえば自らの悲しみを悲しむのは原始的であるが、他人の悲しみを悲しむ、というのは高次の情緒である。
・家族愛、郷土愛、祖国愛、人類愛も、ぜひ育てておかねばならない。これらは人間として基本であるばかりか、国際人になるためにも不可欠である。どれか一つでも欠けていては、国際社会で一人前とは見なされない。地球市民などという人間は世界で通用しない。
・読書に得られる情緒の役割は、頼りない論理を補完したり、学問をするうえで需要というばかりでない。これにより人間としてのスケールが大きくなる。
人間としてのスケールは、この本能(利害得失ばかりを考える)からどれほど離れられるかでほぼ決まる。
脳の九割を利害得失で占められるのは止むを得ないとして、残りの一割の内容でスケールが決まる。
・言語を損なわれた民族がいかに傷つくかは、琉球やアイヌを見れば明らかである。祖国とは国語であるのは、国語の中に祖国を祖国たらしめる文化、伝統、情緒などの大部分が包含されているからである。
・祖国愛や郷土愛の涵養は戦争抑止のための有力な手立てでもある。自国の文化や伝統を心から愛し、故郷の山、谷、空、雲、光、そよ風、石ころ、土くれに至るまでを思い涙する人は、他国の人々の同じ思いをもよく理解することができる。
・英語で愛国心にあたるものに、ナショナリズムとパトリオティズムがあるが、二つはまったく異なる。ナショナリズムとは通常、他国を押しのけてでも自国の国益を追求する姿勢である。私はこれを国益主義と表現する。
パトリオティズムの方は、祖国の文化、伝統、歴史、自然などに誇りをもち、またそれらをこよなく愛する精神である。私はこれを祖国愛と表現する。家族愛、郷土愛の延長にあるものである。
わが国では明治の頃から、この二つを愛国心という一つの言葉でくくってきた。これが不幸の始まりだった。愛国心の掛け声で列強と利権争奪に加わり、ついには破滅に至るまで狂奔したのだった。
戦争は一転し、愛国心こそ軍国主義の生みの親とあっさり捨てられた。かくしてその一部分である祖国愛も運命を共にしたのである。心棒をなくした国家が半世紀経つとどうなるか、が今日の日本である。言語がいかに決定的かを示す好例でもある。
・父の価値観の筆頭は「卑怯を憎む」だった。
・我が家では親子は、昨今流行の友達関係でなく、完全な上下関係だった。母が様々な日常の出来事に応じ善悪を示したのに対し、父はそれらを統合する価値観を教えた。それは上からの押しつけであった。私はいま押し付けられてよかったと思っている。押し付けられたものを自らの価値観としてとりこむにせよ、反発して新しいものを探すにせよ、あらかじめ何か価値観を与えない限り、子供は動きようがないからである。
Posted by ブクログ
前半は日本の教育について少し堅めに力強く書かれていた。幼少期から限られた授業時間のうちの大部分を使ってパソコンや英語を学ぶ必要があるのか。基礎となり、全ての教科や自身のルーツにつながる国語をひたすら学ぶことが大切だという。私は英語は子供の世界を広げるために必要且つ、早めの教育が効果的だと考えるが、なるほど国語力は現在の日本教育であまりにも軽視されてることに気付かされた。ディベート力や要約力、読解力など基礎的かつ非常に重要な科目がないがしろになっている危機感を教わった。後半は正彦さんの息子さん3人の憎たらしくも聡明な日常と会話が面白おかしく書かれていて、飾らない正彦さんの魅力が詰まっていると感じた
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