【感想・ネタバレ】心は孤独な数学者のレビュー

あらすじ

天才中の天才ニュートン。ニュートンの「プリンキピア」を12歳で読破した早熟の天才ハミルトン。ヒンドゥーの女神のお告げを受け、新定理を量産した神がかり的天才ラマヌジャン。天才はなぜ天才なのか。才能ゆえの栄光、が、それと同じ深さの懊悩を彼らは抱えこんでいたのではなかったか。憧れ続けた3人の天才数学者の人間としての足跡を、同業こその理解と愛情で熱く辿った評伝紀行。

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カーソン・マッカラーズの小説ふうのタイトル。とりあげている数学者は、ニュートン、ハミルトン、ラマヌジャン。確かに彼らの心は孤独だったかもしれない。
たんなる伝記ではない。まるで見ていたような臨場感。それもそのはず、彼らの生まれ育ち、生活し息絶えた場を見るために、現地に足を運んでいるからだ。
とくにラマヌジャンには力が入っている(なんと160ページ)。ラマヌジャン(1887-1920)。インドの事務員、数学は独学。25歳の時に、自分が発見した公式を連ねた手紙を大数学者たちに送り、ケンブリッジのハーディがその天才ぶり発見する。ハーディはケンブリッジに呼び寄せようとするが、ラヌマジャンはヒンドゥー教徒でバラモン、事は簡単ではなかった(戒律では海外に出てはいけなかった)。なんとか渡英し研究を始めるものの、食生活にも問題。そして病魔に冒され、帰国。1年後、32歳で逝去。読んでゆくうちに、ケンブリッジや南インドの匂いを嗅いだ気分になる。絶品の評伝。
(蛇足。さも単身で果敢にインドに乗り込んでいったように書かれているが、さにあらず。「あとがき」の末尾にはこうある。「インド取材について来てくれた妻にも感謝を述べたい。彼女なくして、私はインドの涯でコレラかエイズかデング熱により、多くの人に惜しまれつつ短くない生涯を閉じていたかも知れない」。美子さんがインド行きを躊躇する夫を引き連れていかなければ、こんなに魅力ある本は生まれなかったはずだ。)

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2025年05月05日

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自ら数学者でもある著者が、特に尊敬する3人の歴史上の数学者の生涯を追う旅をする。3人とは、イギリス人のニュートン、アイルランド人のハミルトン、インド人のラマヌジャンである。時代は違うが、皆ケンブリッジ大学で研究をした。
私は数学に明るくないので、この3人の学問的なすごさは正直なところ分からないが、著者がどれほど敬意を抱いているかが十分に伝わってくる。ニュートンは、重力の法則が知られているが、微分積分学の生みの親といわれる。ラマヌジャンも短い生涯のうちに、独学時代を含め3,000を越える公式や定理を発見したという。その一部をインターネットで見てみたが、めまいがしそうな数式だった。
彼ら天才の日常生活や、どう処遇されたかなどが功績とともに紹介されていて、著者がそのゆかりの土地や人を訪ねる。想像を絶するほどの天才は、その能力を正当に評価できる人がいなかったりして、なかなか発見されない場合も多いという。特にインドの片田舎にいた高卒のラマヌジャンがたまたまその才能を見出されたのは、奇跡なのだろう。著者がラマヌジャンのノートブック現物と対面したときの、興奮がよく伝わってきた。学問に人生をかけて打ち込む人は、分かってくれる人も少なく、とても孤独なのだという。
カーストのトップのバラモンに属するラマヌジャンをひらめきに導いているのは、ヒンズー教の女神だというところも、興味深く読んだ。インドがイギリスの植民地だった頃の話や、インドとイギリスの関係や、イギリスのフェア精神によって無名のラマヌジャンも見出されたという著者の考察も面白かった。
私は、数学や物理といった自然科学の分野の天才は無条件に尊敬してしまう。サイモン・シン「フェルマーの最終定理」にも鳥肌が立ったが、本書も数学の知識がなくても、読みやすくてお勧めである。

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2016年02月14日

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「数学者」とタイトルにありますが、本の中で数学の公式や定理はほとんど出てきません。著者自身も数学者でありながら、どちらかというとこの本で取り上げられているニュートン、ハミルトン、ラマヌジャンという3人の偉大な数学者の人となり、そして生まれてから死ぬまでの人生そのものを見つめる「伝記の著者」としてのスタンスを一貫しています。

理数系の論文のような味気なさは微塵も感じさせず、3人の数学者の生まれ故郷を訪ね歩いてそこで触れた様々な人や物、場所のことを情感豊かに描いて見せています。何も知らされずに読んだら、著者が数学者であるということにはちょっと気づけないと思います。

面白いのは、取り上げている数学者ごとに、本の性質が少しずつ変わっていること。
ニュートンの場合、300年近く前のイギリスの社会風俗やニュートンという人物の特殊な性格について紹介する章として読めます。
次のハミルトンの場合、アイルランドの人たちの性格がいかにイギリスと違うか、イギリスと付き合う上でのアイルランドのジレンマ、そして詩人でもあったハミルトンの「文学的な関心と表現」を知るための章として読めます。
最後のラマヌジャンの場合、半分以上は彼の性質を知るというよりインド滞在記として読めてしまうぐらい、インドの風景がふんだんに描かれています。

そんなわけで、どの章を読んでもそれぞれに面白い。ただ唯一、「数学者」というテーマだけで結びつけられた一連の作品群だと思って触れるのが好いかも知れません。非常に興味深く読めました。

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2013年06月04日

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ネタバレ

天才中の天才ニュートン。ニュートンの「プリンキピア」を12歳で読破した早熟の天才ハミルトン。ヒンドゥーの女神のお告げを受け、新定理を量産した神がかり的天才ラマヌジャン。天才はなぜ天才なのか。才能ゆえの栄光・・・しかし、それと同じ深さの懊悩を、彼らは抱え込んでいたのではなかったか──憧れ続けた3人の天才数学者の人間としての足跡を熱く辿った評伝紀行。

誰でも知っている数学者たちの足跡を辿るということで、実際に現地まで取材旅行に行くという筆者の行動力のすごさにまず驚かされた。
ついで、読み進むうちに明らかになってくる彼らの生き様に対して、深い情緒を尊敬を筆者が抱いていることもわかった。
ラマヌジャンに関する紀行文は全体の半分近くあるが、この本を通して自分自身もとりわけ彼の人物像に興味が持てた。
ただの天才ではない天才が、かつて存在していたのだということがものすごく不思議なことに思えてならない。

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2011年07月11日

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天才は幸せでない。
そんな気はしていたが、それにますます確信が深まった。

生来の素質だけではなく、不遇な幼少時代の環境も手伝って特異な偉業を産む頭脳が形作られたり、天才であるがゆえに平凡な幸せから引き離される結果となったりするように見える。
天才であることと、幸せであることは相入れないのか。

主人公としてニュートン他の偉人3人にフォーカスしているけども、その周辺に大学数学や物理の授業で出てきた歴史的人物がどんどん登場する。
大学では彼らの業績しか知らされないだけに、主人公とのかかわりのなかで、そもそもどういう人だったか、性格や暮らしぶりといったところに光があたるのは、理系の人ならば特に面白いはず。

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2011年03月27日

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ニュートン,ハミルトン,ラマヌジャン彼らそれぞれのバックグラウンドを丁寧に説明し,著者が実際に訪ね,実際に書いていたノートを拝見したり,故郷の住んでいた家などを訪れるともう本の中からもこれらの偉大な数学者たちが裏で一生懸命に過ごしていた熱い努力が伝わってくるような作品でした.数学者としてだけでなく,彼らそれぞれを1人の人間として捉えて,様々な角度から書いてあったので非常に天才といえども親しみを持ち,より彼らと私との距離を近くしてくれた本でした.是非ご一読ください.

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2009年10月04日

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数学者、藤原正彦の大天才数学者3人をつづった本。といっても半分以上はインドの大天才、シュリニヴァーサ・ラマヌジャンに割かれています。そしてラマヌジャンの天才っぷりにビックリ!
それと各地に実際に赴き、藤原氏が思い、感じたことをつづった文章が秀逸!!

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2009年10月04日

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この本を読んでわかったことは1、天才も凡人と同じように、いやそれ以上に悩む。2、天才だからといって幸せとは限らない。

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2009年10月04日

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「良かった頃」の藤原正彦氏の傑作と私は思う。もっとも20年ぶりに再読したがいささか情緒的で決めつけすぎる著者の記述は鼻につくが。
ともあれ、本書はインドの天才数学者ラマヌジャンを知りたい人は真っ先に手に取ると良いと思う。ラマヌジャンが何故かわかった定理たちの凄さはやはり数学者にしかわからない。藤原さんのおかげで人類の生み出した真の天才であるラマヌジャンを知ることができたわけだが、彼を知ると知らない人生では大きな違いがあると私は信じている。ありがとう藤原正彦氏。
ちなみにニュートンのひどさとアイルランドの数学者ハミルトンの数学者的純粋性も知ることができますよ。

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2022年05月29日

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偉大な数学者ゆかりの地を巡りながら彼らの人生に思いを馳せる物語。メインストーリーに登場する天才数学者たちもさることながら、出自や職業に関係なく天才を天才と正当に評価して処遇した数学者たちも同様に素晴らしいと感じた。

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2020年06月20日

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数学史上最高レベルの栄光を手にしながらも、悲劇的な人生を送った日本人好みの世界三大数学者を、自身も数学者である著者が紹介。
この板の人にとって特に興味をひかれるのが、3人目のラマヌジャン。著者は、数学の天才と言えど、生まれ育った環境、文化の影響はあるはずと考え、3人の一生をそれぞれ現地へ飛んで取材しながらたどるが、3人ともその神への信仰が力の源泉になっていたことに気づく。
独学の天才だったラマヌジャンは、夢占いの専門家でもあった。ヒンズーの戒律を犯して渡英する決断をしたのは夢でまばゆい光を見たためだったし、夜中に起き出しては夢で見た公式をノートに書き留めていた。
ラマヌジャンは、「我々の百倍も頭がいい」という天才ではない。「なぜそんな公式を思いついたのか見当がつかない」という天才だと著者は述べる。特殊相対性理論はアインシュタインがいなくても、2年以内に誰かが発見しただろうと言われる。数学や自然科学の発見のほとんどは、ある種の論理的必然、歴史的必然がある。だから、10年か20年もすれば誰かが発見する。ラマヌジャンの公式群のほとんどは必然性が見えない。ということは、ラマヌジャンがいなかったら百年後も発見されないということである。
ラマヌジャンの独創の秘密を、著者はインドの数学者に聞くと、彼はチャンティング(詠唱)を一因として挙げた。詠唱とは、詩文などをメロディーに乗せて唱えることで、インドでは古代から数学と文学が混淆していた。例えば12世紀の数学書『リーラーヴァティ』には、次のような詩が書かれている。
ミツバチの群れが遊んでいました
その半分の平方根のハチたちは
中略
ミツバチ全部で何匹いるのでしょう

インドでは、伝統的に教科書までが詩文で書かれていた。あらゆる教科で、九九のように丸ごとリズムに乗せて覚える方式が取られてきた。子供の頃から、折に触れて得られた知識や概念をもてあそぶことが、ひらめきにつながる。イギリス支配下で屈辱的な思いをしていたインドで、ラマヌジャンはヒーローになるが、確かに彼のようなタイプこそ、インド人の心をつかむ英雄なのかもしれない。

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2018年02月10日

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偉人の発見が、その人間的・環境的背景を含めわかりやすくまとめられている。何より文学作品には少ない、数学者の視点というのがいい。でも全く難しくない。おすすめ

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2017年03月03日

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著書の尊敬する三人の数学者、ニュートン、ハミルトン、ラマヌジャンの伝記及び取材旅行。特にラマヌジャンの話は心に残った。毎朝半ダースの定理をもってくる異次元の天才。アインシュタインの発見は二年後ほかの人が見つけていたかもしれないが、ラマヌジャンの定理の発見はそんなレベルの発見ではないという。ラマヌジャンがいなかったら100年たった今でも見つかってもいないかもしれないらしい。

コンピュータ化やロボット化とか最近言われるけど、こういった数学者の地道な発見による賜物なのだろう。本の中でこの発見がなかったら世界は50年遅れていた、との記述に感銘を受けた。

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2017年01月19日

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【本の内容】
天才中の天才ニュートン。

ニュートンの「プリンキピア」を12歳で読破した早熟の天才ハミルトン。

ヒンドゥーの女神のお告げを受け、新定理を量産した神がかり的天才ラマヌジャン。

天才はなぜ天才なのか。

才能ゆえの栄光、が、それと同じ深さの懊悩を彼らは抱えこんでいたのではなかったか。

憧れ続けた3人の天才数学者の人間としての足跡を、同業こその理解と愛情で熱く辿った評伝紀行。

[ 目次 ]


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[ 関連図書 ]


[ 参考となる書評 ]

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2014年08月23日

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著名な数学者でありエッセイストでもある筆者が、自身の尊敬するニュートン。ハミルトン。ラマヌジャン。の3人の天才数学者の業績と足跡を自らの足で辿った評伝紀行です。一人一人の人生がすごいです。

著名な数学者、ならびにエッセイストとしても有名な筆者が自身の尊敬する数学者―ニュートン。ハミルトン。ラマヌジャン。の3人の足跡をたどる評伝紀行エッセイでございます。僕は数学を中学、高校で完膚なきなでに挫折して、それ以来数式にもほとんど触れないという人生を送ってまいりましたが、本書には難しい定理や数式などはほとんど出てくることはなく、同業者にしかわからない筆致で3人の苦悩や、数学をすることの喜び、さらには抗いようもない人生の悲哀に直面した彼らをつづっております。

万有引力で有名なニュートンは「プリンキピア」をすさまじい集中力であらわし、後の人生は新しい発見をすることなく、その「権威」で送ったことや、彼の幼少期の孤独な姿が描かれ、その「プリンキピア」を若干 12歳で読破した早熟の天才ハミルトンは、その際のとは裏腹に、幾多もの恋に破れ、その心の傷を詩に託し、その怨念を研究にぶつけていた、という箇所は本当に涙を誘いました。一緒になった妻とは性格的に合わず、人妻となった当時の恋人とプラトニックな文通をし、彼女が死の床についている際に見舞ったときのエピソードは本当に痛切でした。

しかし、圧巻なのは本書の半分以上を占めるインドの数学者、シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの章で、筆者はインドに飛び、彼の歩んだ足跡をたどりながら、32歳で世を去った数学者の神がかり的な数学業績と、それと引き換えに彼が送ったインド~イギリスでも漂白の人生をしのぶ姿が印象的でした。その中にも今はどうなっているかはわかりませんが、インドのカースト制度にも多くが割かれていて、バラモンであったラマヌジャンと、それをめぐる戒律が彼の中でものすごい葛藤だったというエピソードや、筆者が行く先々で目にするカーストのありようにはなんともいえないものを感じました。

これを読んでいたころに、ビートたけしがとあるテレビ番組でこの本の中にも書かれてあるラマヌジャンのエピソードで1729という数字が『3乗の和として2通りに書き表せる数のうち、最小のもの』ということを熱心に語っており、彼の数学に関する強い関心が窺えて、とても驚いたことを、最後に付け加えておきます。

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2013年05月24日

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ニュートン、ハミルトン、ラマヌジャンの足跡をたどったエッセイ。
情景描写が巧みで引き込まれる。

偉大な功績を残した人も、数学に取り憑かれた以外は普通の人間と変わらない。当たり前のことのはずだけれど、どうしても天才という言葉で区切ってしまう。この仕切を取っ払ってしまえば、なんとなく数学が身近に思えてくる。

数学好きにも、そうでない人にもお勧めしたい本。

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2011年12月03日

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数学者ってこんなひとなんだと初めて知りました。というか数学という学問について門外漢にもわかるように教えてくださる・・・

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2009年10月04日

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ネタバレ

ニュートン(85歳逝去)、ハミルトン(60)、ラマヌジャン(32)という3人の天才数学者の足跡を紀行評伝形式で書いた作品。
とりあえず、ニュートンとハミルトンはウィキペディア調べで紹介。
【アイザック・ニュートン(Isaac Newton, 1642年 - 1727年)は、その偉大な業績の一方で、極めて個性的で風変わりな人柄でも知られており、数多くの逸話が残されています。
• 自分の目に針を突き刺す(光学の実験)
光や色彩の正体を突き止めるため、自身の体を使った危険な実験を行いました。太い針(パドキン)を自分の眼球と骨の隙間に差し込み、眼球の裏側を圧迫して「目に圧力をかけると、どのような色や光が見えるか」を自ら観察・記録しました。失明の危険がある恐ろしい実験でした。
• 失明寸前まで太陽を凝視
残像(眼の記憶)の仕組みを調べるため、鏡を使って太陽を直接じっと見つめ続けました。その結果、数日間にわたって暗い部屋にこもらなければ何も見えない状態になり、視力を回復するのに数ヶ月かかったと言われています。
《 性格や人間関係のエピソード》
• 一生、独身だった
ニュートンは生涯一度も結婚せず、独身を貫きました。若い頃に一度だけ婚約者がいたという説もありますが、研究に没頭するあまり自然消滅したとされています。
• 激しい執念深さと論争
非常にプライドが高く、嫉妬深い一面もありました。
• フックとの論争:「フックの法則」で有名なロバート・フックと、光の粒子説・波動説を巡って激しく対立。フックの死後、ニュートンは王立協会の会長になると、協会内にあったフックの肖像画や実験器具をすべて処分・隠滅したと言われています。
• ライプニッツとの論争:ドイツの数学者ライプニッツと「微積分法をどちらが先に発明したか」で泥沼の優先権論争を繰り広げました。ニュートンは王立協会の委員会に圧力をかけ、自分に有利な報告書を匿名で自作自演しました。】(ウィキペディア)

【ウィリアム・ローワン・ハミルトン(William Rowan Hamilton, 1805年8月4日 - 1865年9月2日)は、アイルランドの数学者、物理学者、天文学者です。
• 生没年:1805年8月4日生まれ、1865年9月2日死去(60歳没)
• 出身地:アイルランド・ダブリン
• 所属:ダブリン大学トリニティ・カレッジ(22歳で同大のアネックス天文台長・天文学教授に就任)
主な業績
• 四元数(しげんすう)の発見:1843年に複素数を拡張した4次元の数体系を発見。現代の3Dコンピュータグラフィックスやゲームエンジンの回転計算(姿勢制御)の基礎となっている。
• ハミルトン力学:ニュートン力学を洗練し、全エネルギーを表す「ハミルトニアン」を用いて物理系を記述する解析力学を構築。これはのちに量子力学の基礎(シュレーディンガー方程式など)へとつながった。
• ハミルトン-ヤコビ方程式:力学や幾何光学において重要な偏微分方程式を導出。
• 「ベクトル」や「スカラー」の用語導入:数学においてスカラーやベクトルといった概念・名称を導入した。
エピソード
• 幼少期からの神童であり、10歳で10以上の言語(ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語、アラビア語など)を習得。
• 16歳のとき、ピエール=シモン・ラプラスの難解な著書『天体力学』の記述に誤りを見つけ、周囲を驚かせた。
• 四元数の基本公式を発見した際、感動のあまりアイルランド・ダブリンのブルーム橋(Broom Bridge)の石柱にその公式を刻み込んだとされる。】(ウィキペディア)

さて本書で断トツに面白かったのは、インド生まれのラマヌジャンの話。
彼は独力で数学を学び、数学的閃きと独自の理論で数え切れない定理や公式をノート3冊に書き留める。内容が高度過ぎてインド国内では真偽の判別がつかないため、当時の宗主国英国の一流数学者ハーディに手紙を書くところから、彼の人生は動き出す。
激動のラマヌジャン自身の生涯は、のちに映画『奇蹟がくれた数式』(2016年)として詳しく描かれています。
以下は備忘録。
・カーストはヴァルナ(バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4姓とアウトカーストを含む身分制度)とジャーティ(職業集団)の2系統
・インドの結婚は、相手を含めすべて親が決めるが、同一カースト同士が基本、少なくとも女性上位(カースト)は許されない
・嫁入り道具と持参金に当たるダウリーは、娘を持つ父親の年収を軽く超えてしまうことで、様々な悲劇が起こっている
・ダウリー絡みの死亡者が1日平均17人、総人口に対するインドの男女比が100:93と歪なのはこれと無関係ではないかもしれない
・ラマヌジャンの天才を発見したハーディ自身が同時代に生きる天賦の数学的才能たちを点数化した。ハーディ20点、リトルウッド30点、巨匠ヒルベルト80点、ラマヌジャン100点
・英国での生活(特に宗教的制約による食事)に馴染めず、数学的熱狂を維持しつつも健康を害し、帰国後転地療養を繰り返す。結局1920年32歳の若さで亡くなるが、その時に書き残した書類は56年後の1976年に偶然見つけられた。そこには《擬データ関数》に関する600を超える公式が書かれていた
・日本の九九に当たるものを、インドの子供には20×20まで暗唱させる(他教科も物語風に詠読暗記するのがインド流)

以下の映画にもラマヌジャンの名前が登場します。
【映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の中で、インドの天才数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンは、主人公ウィル・ハンティングの才能を説明するための比喩(引き合い)として登場します。
映画内での関係・言及のされ方
• ランボー教授による比較:
MITの教授ランボー(ステラン・スカルスガルド)が、大学の廊下に貼り出された難問をいとも簡単に解いてしまった清掃員ウィル(マット・デイモン)の規格外の才能に驚き、彼を歴史的天才であるラマヌジャンになぞらえて語ります。
• 「無名の天才」という共通点:
ラマヌジャンは正規の高等教育を十分に受けず、独学で驚異的な公式を次々と見出したインドの無名の天才でした。学歴も社会的地位もなく、大学の清掃員として働いていたウィル・ハンティングの境遇や、公式を直感的に導き出す天才性キャラ設定が、ラマヌジャンのエピソードと強く重なるものとして劇中で引き合いに出されています。
補足(モデルとなった実在の人物について)
• 映画の清掃員が未解決問題を解くというエピソード自体のモデルとなったのは、ラマヌジャンではなく、統計学の未解決問題を宿題と間違えて解いてしまった数学者ジョージ・ダンツィグのエピソードであるとよく言われています。】(ウィキペディア)

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2026年10月10日

Posted by ブクログ

偉大な人物も権利争いで無駄に消耗し、不毛な時を過ごし老いていく歴史は古くから変わらず、それが人の性なのかと少し落胆しました。しかし、そんな偉大な人物も人間らしい部分を持っていることに親しみを感じ、すこし安心も感じました。

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2014年04月03日

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