陳舜臣のレビュー一覧
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こんなに近くの国なのに、その歴史をほとんど知らないなと思い読んでみた。五帝紀から15年戦争まで、5千年くらい?の歴史本。そして長い。全七巻のすべてが500ページを超える大作で、週末のみの読書では読み終えるのに2か月掛かった。また、あとがきにも書いてあるが、阿片戦争以降がやや駆け足に書かれている。ちょっと物足りないなと思っていたら、中国の歴史 近・現代篇なるものがあるらしい。しかも全10巻とか。いつか読んでみようかなぁ。。。
追補 あとがきを読んで近・現代篇が全10巻と書いたけれど講談社版で全2巻らしい。どういう感じなのだろう。尽きることのないような資料を読み込んで、咀嚼と反芻を繰り返して自分の血と肉にする。推敲する。それは圧搾機ではなくて適切な言葉を択んでとか。自分が分かっていればいいはずなのに。表現者ってのはどんな感じなのだろう。狭いと思っていたのに見果たせもしない。長いと思っていたのに勝手に期限がくる。車谷長吉の言葉を思い出す。かなわない。 -
Posted by ブクログ
陳舜臣『小説十八史略』(全6巻)読み上げました。
史書など18の歴史書を子供用にひとまとめにしたもので、
これは最高に面白かった。
夏王朝から宋までの約3000年余りの中国の国家興亡の様子を概観したものです。
皇帝、皇帝の母、皇帝の親族、重臣、宦官、地方豪族、西方、北方の諸民族などが
入り乱れて、領土覇権を争います。
その中には、親兄弟関係なく、欲望をむき出しにして、
まさに骨肉の争いが展開されています。
人間の欲望ってこんなにすごいのか、人ってここまで残忍になれるのか、
読んでいて本当に考えさせられます。
でも、このシリーズ最後の巻に、文天祥という武人の話が出てきます。
漢民族国家の宋という国はモンゴル人の元という国に滅ぼされますが、
滅亡の時にあって、彼、文天祥は獅子奮迅の活躍をしますが、
やがてとらえられてしまいます。
彼をとらえた敵国元の将校は彼の人柄、人望に惚れ込み、
目に涙して、元の将校となるよう説得します。
皇帝のフビライも彼だけは殺すなと厳命し、自分の配下に望んだほどです。
しかしながら彼は滅亡しつつある宋という国に忠義たて自ら死を望んだのです。
彼が最後に詠んだ、「天地に正気有り」ではじまる『正気の歌』は
後世に多大な影響を与え、吉田松陰もこの歌をもとにその存念を詠んでいます。
こうした本に出会うと、ああ~長生きしてよかった、
いい本に巡りあえてよかったなーと想うことしきりであります。
でも、こうした文章を書くということは結構精力がいりますね。
久し振りに書いた正直な感想です。(笑) -
Posted by ブクログ
「諸葛孔明の生涯が人びとに感動を与えるのは、
乱世に真正面から立ち向かった彼の誠実さと、
志を遂げずに死んだ悲劇性によってであろう。」
(著者あとがきより)
正にその通りの展開が
繰り広げられていく下巻でした。
北伐開始のあたりでは、
高校時代に教育実習生が中国語で
出師の表を音読してくれて
鳥肌たつほど感動したのを思い出しながら
読みすすめました。
劉備の死後どんどん孤独になっていく孔明さんが
痛々しくて悲しかったけれど、
万民のためという目的のためだけに徹底して生きる姿に胸がつまる。
奥さんも途中から人質として呉に移ってたんですねえ・・・。
そんなわけで朝から電車内で一人涙浮かべて通勤。
悲しいのは仕方ないとしても、
歴史小説でこんなに透明感のある文章は
なかなか会えない気がする。
秘本三国志も読みたくなってきた。うずうず。 -
Posted by ブクログ
陳舜臣先生の偉大さを改めて思い知った一冊である。
フィクションとして、陳先生の歴史小説ははっきり言って、直感的におもしろい!とか大興奮!とか生き様に感動!とかいう成分は皆無である。
漢の生き様をこれでももかと書く北方謙三とか、つらいときにはいつもお世話になってます、宮城谷昌光先生の「よく生きるとはこういうことである」ということがはっきり提示されて、がつ〜んと感動さえられるフィクションあふれる物語に比べると、たぶん淡泊すぎて一見するとつまらない。
実は私も、単に本を読むという楽しみだけなら宮城谷先生が一番好きだし、勝手に歴史作家脳内ランキング一位にしてました。
しかし…、陳舜臣はやっぱりすごい。
この短編集に、孟嘗君を描いたものがある。今どき、孟嘗君といえば、陳舜臣ではなく、宮城谷である。天下のNHK的にもそうである。
でも、この陳版孟嘗君はあっさり、私的孟嘗君において、宮城谷孟嘗君を抜いてしまった。
というのは、なんで、孟嘗君が説客を三千人も養って、彼らから信望を得られたかということにおいて。
陳舜臣の説明はこう。
孟嘗君は五月五日生まれ。この日生まれの子は不詳だから殺せと父親に言われる。しかし母親は密かに孟嘗君を育てる決意をする。
が、いつか育て上げたあかつきには、父親に孟嘗君を認知させたい。だから、父親以外の全ての人が、この子は父親(清郭君)の息子であるとわかっていながら、清郭君にだけは知られない状態で育てなければならない。
どうする?
とにかく、そういうわけだから、他人全ての手を借りなければならない。そして、決して告げ口されないように他人に恨まれてはいけない!
というわけで、孟嘗君の母親はとにかく、他人の下手に出ては、謙虚に振る舞い、贈り物を配りまくり、子である孟嘗君にも「あなたは他人のおかげでここまで生きてこれたのよ」と口をすっぱくして育てるのである。
で、どうなったか。
母親は、自分と孟嘗君のためという目的のために、他人につくして、接待していた。
しかし、孟嘗君にとっては、生まれたときからその状況なのである。
もはやそれが常態。つまり、目的(悪く言えば、下心)が皆無に、人に尽くし、接待する、超絶ネイティブ一流ホスト、孟嘗君が誕生した!
とこういう理屈が、わずか一ページで語られている。
な…なにこの説得力!そしてリアリティ!
ああ、たぶん当時、現実に起こったこととして、こうだったのかもしれない、と全く納得いかされる内容なのである。
これが宮城谷版だと、孟嘗君は五月五日生まれ。この日生まれの子は不詳だから殺せと父親に言われる。しかし母親は密かに孟嘗君を育てる決意をする。
ここまでは同じなのだが、その後、白圭(なんか英雄っぽい人)に拾われ、諸国を歩き、徳を獲得!三千人を心服させる
という、最高におもしろい話なのだが、まあフィクションでしかありえない展開になる。
史料を読んで、実際、どういうことだったかということをリアリティを追求して、そのリアリティのうえに人物を描き出せる筆力では、陳舜臣先生は最強である。
正月早々、めっちゃかんどうしました。
歴史小説の歴史小説たる所以は、史料を使って書くというその一点にある
たぶん、陳先生は小説家じゃなくて、紛れもなく歴史作家であるんだろう。
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Posted by ブクログ
甲午の役(日清戦争)での敗戦からの近・現代史。
朝廷では変法を望む光緒帝(帝派)と、そうはさせじと実権をにぎる西太后(后派)が牽制しあう。
外では康有為と孫文、それぞれのカリスマが革新に向けて奔走する。前者は上書を繰り返しあくまで上から変法を目指す保皇派、対して後者は士大夫以上の者とは繋がらず秘密結社を終結して地方を押さえながら清朝そのものを覆そうと目論む革命派で、対照的な両勢力の台頭は小説を読んでいるみたいにドラマチックである。そのあたり小説家・陳舜臣が書いているだけあって、主観が反映されている部分が気にならなければ歴史教科書としては読みやすさで最高の部類。
義和団事件の発生は中国人のメンタリティーを思うと想像に易い。
キリスト教の布教が許されている中で排外的な結社・義和団が過激な仇教運動を起こし、多くの人が死ぬ。もっとも信教者のなかには施しだけが望みでまともでない悪質な者も少なからずいたし、特別待遇をうける教会に対する民衆の反発は大きかった模様。西太后が義和団を支持したことで混乱は激化。集団ヒステリーが起こる。それを宣戦布告として諸外国が北京へ侵攻…という流れ。
国が民衆を煽った結果のコントロール不能、外圧の激化。というのは今も見られる。
西太后は世界史上最も長期間一国の頂点に君臨した女性らしい。義和団事件の危機にしても自分で蒔いた種であるが、失脚を免れる手腕と執念は異常。
2008.12.20