陳舜臣のレビュー一覧
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中国と日本双方の文化を深く理解する陳舜臣という作家を日本に得たことは、大変幸運なことである。本書では中国人と日本人の相違点が、象徴的な文学、美術、戦闘などから提示されている。私が納得した点は、明治以前は日本人が中国と直接関わったのは秀吉の朝鮮出兵のみで、書物を通じて間接的に中国を理解していたに過ぎない、故に相互に理解し得ないことがあって当然だ、とする説明である。
初版は1971年であり当時の中国は文化大革命の最中。時事を絡めていないだけに、2018年の今も本書の内容の多くは色褪せていない。しかし、第8章「中国人が最も信頼するものは”歴史”」というくだりは、さすがに現在の覇権主義を剥き出しにする中国を思えば、陳氏の洞察も及ばなかったということか。 -
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唐の2代太宗・李世民が子供のころからいかに大物だったか、兄の李建政との比較が分かり易い。隋の煬帝の無軌道ぶり、その最期も印象的だが、唐の初代・李淵そして李世民以外の皇帝も凡人揃い。いずれも女性に溺れる…。いかに李世民が傑出した皇帝だったかを感じることになる。則天武后以後も武后の娘・安楽公主、高宗の韋皇后、高宗の妹・太平公主らが次々に女帝の地位を狙っていたというから唐も安定していたとはいえないことに驚いた。若き日の玄宗がそれら女性の野心を砕き、2回のクーデターで韋皇后、太平公主を除き、地位を盤石にするのだが、後年の楊貴妃に溺れた醜態は思いもつかない。安禄山、史思明らの反乱と彼らが、女性に溺れ、同じ轍を踏んで滅びていく姿に、本当に人間は懲りない動物だ。玄奘、阿倍仲麻呂、鑑真や書家の褚遂良、顔真卿らも登場し、政治の世界との繋がりも興味深かった。
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漢と楚の劉邦と項羽の戦いに始まり、漢成立後の劉邦の変貌、そして呂太后による悪事の数々。それが庶民レベルには平和な国だったというので、まるで現代を見るような感じである。そして呂太后以後も、文帝の皇后、長女。そして景帝の長女などと女性が権勢を誇る女性優位の時代だったとの歴史に吃驚しながら、惹き込まれる読書となった。文帝の竇(とう)皇后は宮城谷の「花の歳月」のヒロイン猗房。太皇太后として権力を揮ったとは小説とのイメージギャップに戸惑った。武帝の時代は衛士夫皇后の弟・衛青、そして次巻に登場する甥・霍去病たちが武将として大活躍した時代!不運の名将・李広との対比が一方には気の毒ながら、可笑しい。
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夏を伝説の国とし、殷の紂王の時代から始まる。この当時はそう考えられていたからやむを得ないか。悪女の第1号、妲己を周の周公旦が育てた!本当!そうであれば稀代の悪女も悲劇の運命。それにしても美女(概して悪女)のオンパレードは凄まじい。ほうじ、夏姫、驪姫、始皇帝の母…。それだけ傾国美女が多いとのことだろう。西施は范蠡が育て、後年は范蠡とともに過ごした!これも驚いたが、実は呉越の話は史記や春秋左伝のような正史には登場せず、呉越春秋などの野史にしか登場しないため、実在人物かどうか不明という。第1巻では秦の始皇帝の全盛時代で終わる。始皇帝がなぜ趙の都邯鄲で生まれ、秦王家とは血の繋がりがないのに、秦王・子楚の子供として育てられ、実の父・呂不韋との関係など実にリアリティがあった。
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中国を 二人の視点から考える。
中国に対して なみなみならぬ 知識が
中国の近世を見つめることで 中国がどうなっているか
を明らかにしようとするが、毛沢東中国に関して言えば
好意的な見方をしているのが おもしろい。
マルクスレーニン主義が 具体化した国が
ソビエトと中国だった。
それが、やはり 大きな問題を抱えていた。
すくなくとも 腐敗を生み出す仕組みが現存することは確かだ。
談天半天
第1章 東夷北狄と中国の2千年
正座は、玄宗皇帝までしていた。
宋の時代から、椅子となった。
その頃は、褌がなく、あぐらは無理だった。
魚をとるのはうまかったが、
船を作るのは、へただった。
日本は 儒教の影響を薄くしかうけなかった。
儒教よりも漢学的な思考法を学んできた。
それを洋学的な思考法に代えましょうとなった。
批林批孔とは、どんな意味を持っていたか。
それは 皮膚を脱いでいるような感覚。
第2章 近代における中国と日本の明暗
日本人はタスキとハチマキを開発した。
文明は共有すべきもので、共有されるから文明なんや。
仏教は 人が死んだら空である。
陰陽道は 死んでも鬼になって、たたったり、いろんなことをする。
日本人は分析的で 中国人は総合的だった。
日本では 医者が 蘭学を学び それが 維新へつながった。
蘭学から いとも簡単に ドイツ医学へ転身した。
中国では 漢方医は その技術に固執し変化は産まれなかった。
山脇東洋、緒方洪庵。
中国には 裸に対する羞恥心があった。
中国は 普遍的世界を追求する。
康有為は 思想的な人間。
儒教の教えでは 昔ほどいい。
譚嗣同は 体制内改革をしようとした。
譚嗣同はいう梁啓超にいう
『きみ西郷たれ、われ月照たらん』
林則徐、左宗棠、曽国藩、李鴻章。
ここらあたりの人のことが よくわからない。
孫文の日本人への警告
孫文と袁世凱との関係 および 袁世凱が政治家だった。
(浅田次郎の小説を読むことである程度の理解の広がりがあった)
西郷は 日本の武士道の体現者のようだ。
『翔ぶが如く』
第3章 日本の侵略と大陸の荒廃
中国人は 海が苦手。
宦官たちは 皇帝の命をうけて 真珠などを探すが、
それは いったい誰がやったのだろうか。
竜涎香、螺鈿の貝、アワビやナマコなど
収穫したのは 日本人でなければ、
ベトナム人が やったのだろうか。
『天下の形勢を知ろうと思えば紹興爺に聞け』
周恩来のおじいさんが 紹興爺だった。
幕僚そして参謀。
明治17年にメッケルが作った参謀。
参謀は 天皇の幕僚だった。
機密費によって 腐敗した。
張作霖は その機を見て 成り上がっていった。
そして、日本軍の中にいながら イギリスなどとも手を組もうとした。
謀略を個人的におこなったことが、重なり大きな戦いに発展。
日清、日露まで 参謀は 自制心があった。
日本が近代化するうえで 一番の失敗は 朝鮮を占領したことです。
領土欲のない膨張論。
資本主義的リアリティがなかった。つまり、産業がなかった。
タイワン、そして 南進。
北に関して言えば ソビエトの脅威の中にあった。
日本の参謀本部は、昭和何年における作戦課長は誰と言う名前ではない
誰がやっても同じことをする権能と機能みたいなものがある。
それが魔物みたいになっている。
辻政信は言う
『北辺の瑣事は関東軍にまかせられたし。』
現実は何だという認識能力が、こんなに単一民族の国では育たないです。
情報に不慣れな日本人が、情報と謀略に取り憑かれてしまった。
自分に不都合な情報は 握りつぶす。
ムードで 情報や認識を断ち切る。
『情報というのは、見なくてもわかる能力だから、情報をうけるのには、大変な研ぎすました認識能力がいる。日本人は受け手の能力に欠けた民族なんやろ。いやな情報は捨てる。』
第4章 シルクロード、その歴史と魅力
敦煌 ウイグル サマルカンド ラサ。
行ってみたいですね。