松岡正剛のレビュー一覧
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山・道・神・風・鳥・花・仏・時・夢・月の10のキー・ワードをとりあげ、それらの概念を中核にして著者の日本文化が語られている本です。
「編集工学」という立場を提唱する著者は、自然史ないし宇宙史を、情報の編集のプロセスとして理解する発想にもとづいて、日本文化においてどのようなしかたで情報の編集がなされてきたのかということを考察しています。
「あとがき」で著者は、多くの日本文化論が日本礼讃と日本批判の両極に分かれてしまうことへの危惧を語ります。そのうえで、「いちいち“お里”を調べあうだけでは社会文化の本質は見えてはきません」と述べて、「氏」ではなく「育ち」に注目することで、あらたな日本文化論の視 -
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第1巻に引きつづいて、ユイスマンスからマンディアルグまで、近い時代の人物たちがとりあげられています。
遊ぶように学問をたのしんだ人物といえば、哲学者の田辺元に「遊びながら哲学をしている」と評された河野与一の名前が思い浮かびますが、著者のスタンスにも同様の雰囲気が感じられます。もっとも、河野が細部を掘り下げることで、そのうちに見いだされる思いもかけないほど深い思想へと沈潜していくような傾向があったのに対し、著者のばあいは、むろんサルヴァドール・ダリのピンカール髭にことさらに注目することもありますが、どちらかといえばさまざまな思想家たちのあいだに大胆な補助線を引くことで、縦横無尽に学問の領野を跳 -
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1976年から77年にかけて、雑誌『遊』(工作舎)で連載された著者の記事をまとめた本です。古今東西の作家、芸術家、科学者、思想家など、合計142人がとりあげられ、著者自身が彼らに対してどのような観点から興味をいだいているのかということが語られています。
それぞれの人物に割りあてられている紙幅がかぎられているうえに、「場所」「重力」「速度」など、著者独自の意味を込めてつかわれるいくつかの概念がじゅうぶんに説明がなされることなく登場するために、議論の内容を把握することに困難をおぼえる箇所もけっしてすくなくありませんでした。ただ、「序」で著者は「われわれはあまりに一対一の関係を好みすぎている」とい -
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数学 ~意識と意識外のものをつなぐ(津田)
デジタル化で周りとの関係性「場」が失われる。
原子の速さは光の速さ、人間は1秒1m程度。租視化し、時間を圧縮。
生命はエントロピーを食べている。「自己組織化」
物語る
太古の人類は文字を持たないためナラティブ情報に 歴史を遡れるのは文字の後
少しだけ間違える 新しい意味が生成される
構成要素 ストーリー、シーン、キャラクター、ナレーター、ワールドモデル
最終状態のための初期値の選び方 抽象的な拘束条件
文字
文字の初期は音読のみ 写本の転移力 音読はリニアな展開軸 黙読は映像的
脳
記憶 情報をためる 学習と編集 視/聴/ -
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第1章は源氏物語。
・紫式部の家が盛んだった祖父の代、天皇親政の時代がモデルになっている。
・光源氏の本名は語られていない。
・「うた」と「もの」による物語。「もののけ」から「もののあわれ」につながる部分はよく判らない。
・罪と愛がもののあわれ=いろごのみを発動させるという論。
まあ、広大な屋敷の東西南北に4人の女性を同居させるなんて理解し難いよ。
第2章。
「とはずがたり」。前半の華麗な男性遍歴。後半は厳島、土佐、讃岐、鎌倉、浅草まで足を運ぶ歌と仏道の道。確かに源氏物語と女西行という人生。この女性の自分語りを古文で教えたら古典嫌いも減るのでは。
「連歌」。丸谷才一さんのエッセイにも連歌を巻 -
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ネタバレたたら
もののけ姫など
最初の黒船=中国
「稲・鉄・漢字」
林屋辰三郎『日本の古代文化』
「日本の古代働きながら柱の文化であり、中世は間の文化であった」
神さま→「御柱」
伊勢神宮や出雲大社その他の神社では、真柱そのものが神々です。
…山車だしや山鉾やまぼこでも、その中心を柱が担う
…「どんど焼き」や「ぼんてんさま」も高い柱になっている。
…日本家屋では(特に農家では)、必ず大黒柱が中心にありました。
[中世以降に出現する床の間にも床柱]
立てる文化
村立て国立て 身を立て志を立て
=「結界を立てる」
日本の神は「客神」
日本神話の冒頭は「結び」が重視
「地鎮祭」
産土うぶすな 産 -
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著者の提唱する「編集工学」の観点から、16のキーワードを通して日本文化の特質にせまろうとする本です。
「はじめに」で著者は、たらこスパゲッティをはじめて食べて、「よしよし、これで日本はなんとかなる」と確信したことを回想しています。おなじく著者は、コム・デ・ギャルソン、ミヤケイッセイ、ヨウジヤマモト、井上陽水、忌野清志郎、桑田佳祐、大友克洋らの仕事にもたのもしさをおぼえ、やはり「よしよし、これで日本はなんとかなる」と確信したといいます。本書は、「日本文化の核心」という大上段に構えたタイトルをあたえられていますが、著者は「核心」が実体的に存在しているかのような語りかたを回避し、むしろさまざまなも