松岡正剛のレビュー一覧
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花鳥風月は、『美しい自然の景色やそれを重んじる風流を意味する。』と
ウィキペディアには書いてある。
日本の文化の 象徴的な言葉として使われる。
読み始めると、
『花鳥風月の科学』は、ミステリーのような展開となる。
女性のあわれ、無常で死ぬ。
男のアッパレ、戦場で死ぬ。
おなじことなのだとはじまる・・・対。
山、道、神、風、鳥、花、仏、時、夢、月
の10個のワードを 多面的にとらえていく、
それが、重層的な展開になり、
万葉の世界から、中国、インドまでまきこんで、
日本の中に流れ込んだ文脈を説明し、科学する。
山への畏怖。
道がつながり、まじわる情報が流れる。
神が音づれる。マレビトのお -
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松岡正剛の本は、いろんなイマジネーションがでてくる。
編集の考え方が、あらゆるところに、関連しているという。
編集は、「遊び、対話、不足」から生まれる。
編集は、「照合、連想、冒険」である。
編集とは、「コミュニケーションの充実と拡張に関する方法」
編集は「文化」と「分脈」を大切にする。
編集はつねに「情報の様子(しぐさ・くせ)」に目をつける。
編集は日々の会話のように「相互共振」をする。
編集には「堅い編集」と「柔らかい編集」がある。
21世紀は、「主題の時代」ではなく、
「方法の時代」である。
主語ではなく、述語の時。
「ごっこ」
「しりとり」
言葉遊び、しゃれ、
「たか -
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編集は遊びから生まれるという概念がおもしろい。子どもの遊びは、ごっこ、しりとり、宝探しの3つに分類でき、それぞれ、模倣、言葉やイメージのつながり、ヒューリスティックな思考を学習するための基礎になっている。カイヨワは遊びをアーゴン(競争:スポーツ)、アレア(運)、ミミクリー(真似)、イリンクス(忘我、夢中)の4つに分類した。編集の本質は遊びにあるというのは大きな発見だった。
出版界の編集者のほか、武満徹などの作曲家、ビートたけしなどの芸人、古館伊知郎といった面々を編集の名人としてあげている。
<技法>
・12の編集用法
・64の編集技法
・編集12段活用
・編集8段錦 -
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東大や京大、アメリカの著名な学校のMBAホルダーばっかりの某企業のマーケティング部にいた頃、強くなければ生きている意味がない、と思っていました。毎日が闘い。フィリップ・マーロウの「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている意味がない」を唱えながら日々過ごしていました。
そんな中、尊敬する部長のお子様の作文のタイトルをふとしたこら知りました。曰く「I am a looser ぼくは負け犬」
新鮮でした。
私はもともととても弱い人で、こわがり。それなのに、生きていくために、弱さを封印して、「頑張り」「気勢」といった名前の鎧を身につけながら、あまりの重さにとっても疲れながら会社員をしていた -
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多少全員に読みやすいわけじゃないので星4つ。セイゴーせんせに怒られそうではあるが。
日本文化のなんとなく知ってると思っているが説明できないようなもやもやしたものをキーワード(山、道、神、風、鳥、花、仏、時、夢、月)に分けて原初をたどりつつ意味を理解しその現代における意味を探るって云う。セイゴー入門としてはやさしい の かな。我々の普段埋没している所作や土地や廃れてしまった風習やそんな中にある意味やなにかを明晰な言語で再構成してくれる本(たぶん)。ただ『再構成してあげよう』というサービス精神ではないところは注意。日本再認識、というには全体の情報量が膨大なので見返しつつ理解という感じではあります -
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【最初のページ】
この本は、はなはだ奇妙な議論に熱中するためにある。私の熱中は、これまでまったく顧みられてこなかった「弱さ」というものをめぐっている。また、弱さにひそむ「フラジャイルな感覚」をめぐっている。
【感想】
読み途中ですが、登録してもいいかなと思えるくらい面白いです。
成功寓話やヒーローものが主流の現代、
あまのじゃくを感じる「落ちこぼれ」に焦点をあてた本。
「弱いもの」をキーワードに、文学から哲学、神話の世界まで
この人何冊本読んでんだ?と思えるようなたくさんのエピソードがつながります。
例。チョークは身をすり減らしながら、すぐに消せる線を描いて、
最後には消えてなくなってしま -
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いっぱい本を読みたい!と思い書店に行って、出会った一冊。
新書大賞2010に載っていたので読んでみた。(入賞はしてない)
何千冊も本を読んだことがある松岡さんが本の読み方について語っている。
さまざまな視点から読書が何かを提示してくれていて、新しい考え方を得ることができた。一方で、到底私には理解しがたい深い捉え方もあった。
・読書を高尚な行為であると思わないこと。読書の仕方にはさまざまなアプローチがある。食べるような感覚で本を読もう。
・言葉には限界がある。自分が言った言葉、書いた言葉が必ずしも完璧に当人の考えを表さないこともある。そういったことから、読書は編集行為であるといえる。
・いつも -
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ものすごい本だと思った。松岡正剛という人は、書きたいことは山ほどあるのに、それを書いてまとめる時間が全然足りない人なんだろうと思う。
そういう人が、力を注いでまとめた一冊の本というのは、計り知れないほどの価値がある。この一冊が生み出される背景に、膨大な量の知識と、それらの有機的な結びつきが必要であることは間違いない。これは、どれだけ高性能な検索エンジンやスーパーコンピュータによっても作り出すことが出来ないものであり、ただ一人の驚異的な情報整理力を持つ人間の脳によってのみ、作り出すことが出来るものなのだと思う。
テーマとしては、「フラジャイル」という、「弱さ」とか「繊細さ」というような、かなり -
Posted by ブクログ
「自己を固定せず、あらゆる知や経験を編集し続けることで生きる」という一貫した思想を、松岡正剛の人生を通して具体化した記録であり、思考と学びの姿勢そのものを再定義させる内容だと感じた。
共通する核は、「固定しない」「断定しない」「横断する」「編集する」という姿勢に集約される。出身地や性別といった属性を剥ぎ取り、人間を一つの「生物」として捉える視点から出発している。これは自己同一性への疑問とも重なり、「自分とは何か」を決めつけない態度につながる。その結果、自然科学への関心や、世の仕組みから学び始める感覚が育まれ、科目や分野の枠に縛られない横断的な知の扱い方が形成されていく。
さらに彼は、「遅れ