松岡正剛のレビュー一覧

  • 日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く

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    「知の巨人」と言えば立花隆氏となりますが、最近は、松岡正剛氏ではないかと思うようになりました。「千夜千冊エディション」では、膨大な書物のエッセンスを抽出し、編集工学研究所で「編集」をテーマに活躍されています。そもそも、この人の読書量は並ではない…。

    「知の編集術」以来、久しぶりの新書書き下ろし版が出て、しかも日本文化についてとあり、さっそく読んでみました。西洋の一神教に対して日本は客神、「和する」と「荒ぶる」両方併存が日本の文化、「わび」が「侘び=詫び」、「さび」が「寂び」がもともとの語源とか、などなど…、知らないことのオンパレードで、この博覧強記にはひたすら感心しました。

    知識の開陳という側面が強いかもしれませんが、「第十三講」からは独自の解釈も出てきます。若い方には知らない固有名詞が多いとは思いますが、日本人は一度は読んでおきたい一冊です。

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    2021年07月11日
  • 千夜千冊エディション 文明の奧と底

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    ユダヤ人には2~3種類ある。スファラディは、スペインを意味するヘブライ語を語源とする。数度のディアスポラの後、イベリア半島に定住していたが、レコンキスタによって北アフリカ、オランダ、フランス南部に移動し、キリスト教と融合してマラーノと呼ばれた。アシュケナージはドイツを意味するヘブライ語を語源とする。東ヨーロッパでコミュニティを作っていたが、ロシアのポグロムやドイツのホロコーストによって迫害され、西ヨーロッパやアメリカに移住した。世界のユダヤ人の9割がアシュケナージだが、イスラエルにはスファラディとスファラディの流れをくむミズラヒが半分ずつ居住する。

    コーカサス北部に勢力を拡大していたトルコ系のカザール人は、8世紀にユダヤ教に集団改宗し、カザール王国を成立させていたが、13世紀のモンゴル軍の侵攻によって滅亡した。カザール人は、東欧に移動してアシュケナージと呼ばれるようになったとケストラーは推測した。

    ユダヤの民の歴史は、アブラハムが聞いた神との契約を結んだ者たちが、「約束の地」カナーンを求めてウルを旅立ったことに始まる。アブラハムの曽孫のヨセフの時代に移住したエジプトでは、アメンホテプ4世が一神教としてのアートン教を作っていた。アブラハムの後裔であるモーセは、エジプトを脱出してヤハウェによる一神教を奉じた。カナーンの地に入った民は200年ほどの間に12士族を整え、ダビデ、ソロモンの時代を迎える。ソロモン王が没すると北イスラエル王国とユダ王国に分裂し、北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国は新バビロニアによって滅亡され、バビロンに強制移住させられた(バビロンの捕囚)。新バビロニアがペルシア帝国に滅ぼされると、ユダヤ人の一部はエルサレムに帰還したが、大国によって次々に統轄され、ローマ帝国の時代に2度の戦争を起こした結果、エルサレムは破壊され、ユダヤの民はディアスポラを強いられた。

    アメリカの大豆ビジネスは1930年代の大豆油の生産から始まり、1970年代初頭までに世界の生産量でトップを走った。ソ連が原油の増産で得た資金で小麦や大豆を買い込み始め、1972年に大規模なエルニーニョによる広範囲の干ばつによって大豆価格が高騰した。これを背景にして、ブラジルの大豆王ブライロ・マギーはプランテーションのために森林破壊を進め、それをアメリカのカーギル社などの食糧コングロマリットが支援した。コングロマリットは大豆粉末を家畜飼料に転換し、それによって支えられた家畜産業にマクドナルドなどの加工食品産業が依存した。今では世界の大豆の80%が畜産業によって消費されている。

    ニクソンの時代には、農場票を集めるために高果糖コーンシロップを作る体制もつくられた。大手食品メーカーは次々にコーンシロップを採用したが、代謝の短絡の性質を持つため肥満を促進していった。次期大統領のフォードも、食品価格の低下を実現するためにパーム油を導入し、ファーストフードなどに使用されるようになった。

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    2021年06月10日
  • 千夜千冊エディション 情報生命

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    生化学のバナール、量子力学のシュレディンガー、地球科学のヴィグナーは揃って、「地球の生命体とは周囲の環境から物質や自由エネルギーを取り入れることによって内的なエントロピーを減少させ、変衰した物質やエネルギーを排出する開放のシステムである」と結論付けた。
    ラブロックのガイア仮説はリン・マーグリスが支持し、共同研究を行った。批判の急先鋒には、リチャード・ドーキンスやフォード・ドゥーリトルらがいた。

    ドーキンスは、コンラート・ローレンツ、アイブル=アイベスフェルト、ロバート・アードレイが進化において重要なのは種の利益であると考えているのは間違っていると書いた。ドーキンスは、ジョン・メイナード=スミスのゲーム理論における戦略シナリオに相当するものを「表現型」と表現して、この仮説を「延長された表現型」で立証しようとした。スティーヴン・ジェイグールドは、遺伝子が個体に働いているのではなく、個体群あるいは種の系統ではたらくと考えた。ダニエル・デネットは、認知科学の立場からドーキンスを支持した。

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    2021年06月10日
  • 日本という方法 おもかげの国・うつろいの国

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    松岡セイゴオさんの日本論。方法としての日本、てるむくり、など著者の本で読んだ用語がチラチラ見えたので、まあ想定内の本と思って手にしたんだけど、随分大きく予想を超えていた。

    「おもかげの国」「うつろいの国」とか、ウツとウツウという言葉は、セイゴオさん独特の言語感覚なんだと思う。

    「茶」については、村田珠光や武野紹鷗にいて詳しく解説。

    江戸の武家体制を作る基礎になったのが儒学だが、他に手が無かったという話。朱子学と陽明学は生まれた時期が300年隔たれているが、同時期に日本に流入してきている。本書は陽明学の話が大きい。正直、大塩平八郎が頭に浮かぶ程度だったが、後世にも大きな影響を与えている。中国では廃れているが、日本では昭和維新までその残滓が残っていた。セイゴオさんは、『陽明学は「日本という方法」を埋められなかったと考える方が当たっているのではないでしょうか。』と著す。
    古楽や国学が隙間を埋めたとあり、その古学、国学の説明に移る。
    日本儒学、国学について、中国離れがその意味にあるという。セイゴオさんの々博覧強記振りに只々驚く。伊藤仁斎、荻生徂徠、契沖、荷田春満、賀茂真淵、そして本居宣長の古事記との格闘。「もののあわれ」「やまとだましひ」は起源が特定できるものではなく、本来から将来に向かう徒次にしかあらわれないとのこと。

    明治以降についても、西田幾多郎、北一輝、九鬼周造について知らなかったので、圧倒されながら読む。西田といえば「善の研究」と思っていたが、この本ではあくまで経過途中とのこと。「述語(主観)が主語(客観)を包摂する」の主張が、晩年には客観が主観を包むと逆の主張をする。ふいに到来した「絶対矛盾的自己同一」(切らずに一息で読む)。矛盾するものを併せ持ち両立させる日本という方法の一端とセイゴウさんは考えているらしい。

    論理的に実証する内容ではないし、日本という方法を理解したのか、納得したのか云われれば、言葉に詰まるしかないんだが、もうちょっと考えてみようと思う。

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    2021年05月16日
  • 千夜千冊エディション 方法文学 世界名作選II

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    松岡セイゴオさんが千夜千冊の中から近代から現代の文芸作品評を編集したもの。

    ホーソーン「緋文字」。父の名を語らぬ子を産んだ女性が、呪われたものとして赤いAの字を縫い付けた服を着せられる話と知っていたが、思っていたのとずいぶん違った。アメリカの始祖、ピルグリム・ファーザーのピューリタンの基盤を突き刺す作品とのこと。

    メルヴィル「白鯨」。エイハブ船長のモデルは旧約聖書「列王記」の邪神バアルを信仰した悪王アハブ。語り手のイシュメールのモデルは「創世記」のイシュマエル。
    モービィ・ディックとの三者にうねる「永遠の父なるもの」。それは想像主デミウルゴスとセイゴオさんは語る。自分の知識とかなり違って大いに驚く。

    ネルバル「オーレリア」。大学1年で履修したフランス詩の講義の最初がネルバルだった。そんな訳で、狂い死にした作家の幻想詩篇はたまに読み返すんだが、それ以外は読んでいない。
    セイゴオさんは「恐るべき夢の司祭」という。読んでみようかなとも思うが、理解できないだろうなという気もする。

    ジッド「狭き門」。2つ年上の従妹マドレーヌへの思慕が作家ジッドを生んだ。ジッドは異常性欲者であるけれど、マドレーヌとは清廉で、死後に公開された日記では処女妻として生涯を送ったとある。セイゴウさんは何か隠していると納得していない。
    この本も未読なので、作家にも作品にも印象が変わった。

    リルケ「マルテの手記」。ナイーブな作品と思っていたが、マルテにとってパリは死にくるための街とある。厳しい作品と知る。

    トルーマン・カポーティ「遠い声 遠い部屋」。(引用)フラジャイルな心の文字で綴られた「夜の文体」であって、いわば「電気で濡れた文体」だ。
    僕は「ティファニーで朝食を」しか読んでないな。

    ロレンス・ダレル「アレキサンドリア四重奏」。若い頃に池澤夏樹さんの書評で、心揺さぶられた本。未読。書評半分で、後は官能を他人に譲渡していった顛末を語る。タペストリーのように積み重なる恋の物語が齎す作用ということなんだろう。

    トマス・ピンチョン「V」。これもいつか読もうと思っている本の一つ。
    現在と過去の二つの物語から成るが、原則的には関係がない。V.というイニシャル群が共通するが、やたら情報過多。う~ん。つまり物語ではないんだな。

    幾つか読んだ本もあったが、未読の作品の数々。
    忘備録として記す。

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    2021年05月08日
  • 千夜千冊エディション サブカルズ

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    ネタバレ

    <目次>
    第1章  ポップ・ヒップ・クール
    第2章  サブカル・ジャパン
    第3章  「おたく」と「萌え」

    <内容>
    なるほど、サブカルチャーは幅広い。著者はアメリカから始まり、日本への波及から日本独自のものへと展開させ、さらに日本発となったものを押さえた。しかし、巻末にあるように、江戸時代にも「サブカル」はあり、アメリカの影響なしにも近代日本に「サブカル」はあったのではないか、という説は信じられる。

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    2021年03月21日
  • 千夜千冊エディション 宇宙と素粒子

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    古代の天文学から、時間とは何か、エントロピーとは何か、を通じて相対性理論を紐解き、原子の宇宙に迫るため量子力学の世界へ向かう。〈千夜千冊エディション〉物理学篇。


    第1章はガリレイやケプラーの著作で幕を開ける。プチ『ルナティックス』のような構成の一七三二夜が嬉しい。
    宇宙と天体をめぐるロマンの第1章から、〈時間〉を科学的に捉えるとはどういうことなのかを解きほぐす第2章へ。この章は同じ〈千夜千冊エディション〉『情報生命』とリンクしている。
    第3章は相対性理論によって宇宙のはじまりをめぐる議論が急速に拡大したことについて。ダークマターやブラックホールの仕組み、反物質とは何かなどが解説され、ワクワクすると同時にかなり難しくなってくる。『銀河鉄道の夜』ふうに宇宙創造のプロセスを講義してくれる六八七夜が優しい。
    第4章は千夜千冊で最も長い一〇〇一夜の一篇のみで、1〜3章までと第5章の素粒子論をつないでいる。この章に限らず、「ヒッグス粒子」とか「パリティ」とか「自発的対称性の破れ」とかってなんだろう、と思っても繰り返しまた違う角度から説明してくれるので、なんとなくわかった気になれる。これが松岡正剛を読む危うさでもあるのだが、理系のセンスが全然ない私には、「超ひも理論」をわかった気にさせてくれるだけでも有難い。
    第5章「素粒子と量子」はだいぶ立ち入った話で、イメージを浮かべるのも難しい。概念と論理をもてあそんでいるだけに見えてしまうなぁ…と思っていたら、一〇七四夜でデイヴィット・ボームが科学的思考を既存の言語様式と異なる方法で記述する試みをしていたと知り、この話は面白かった。
    内容をすべて理解できているとは思わないのだが、子どもの頃読んだラッセル・スタナードの〈アルバートおじさん〉シリーズを思い出して懐かしかった(逆に言うと物理学の本を趣味で読んだのはそれ以来)。本書でSFを楽しむ土壌が頭の中にできたかな…と思いたい。

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    2020年09月13日
  • 日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く

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    日本文化、芸術、システム工学に詳しい著者が、日本文化の根幹にあるものについて述べた本。「柱」「結び」「神」「間」「家」など、カギとなる言葉について解説しながら、日本文化の核心に迫っていく手法をとっている。もちろん明確に核心が示されているわけではないが、おぼろげながら感じることができる程度の理解であろうか。1つ1つの事柄に関する研究は精緻で勉強になった。

    「ディープな日本の特色」p3
    「日本文化はハイコンテキストで、一見、わかりにくいと見える文脈や表現にこそ真骨頂があるのです」p6
    「日本人はディープな日本に降りないで日本を語れると思いすぎたのです。これはムリです。安易な日本論ほど日本をミスリードしていきます」p8
    「(稲、鉄、漢字)約1万年にわたった自給自適の縄文時代のあと、中国から稲と鉄と漢字が入ってきて日本を一変させたのです。紀元ゼロ年をまたぐ200~300年間のこと、弥生時代前後の大事件でした」p17
    「(柱の文化)神さまを「御柱」と呼んだり、神さまの数を「柱」で数えてきた。家の中心は「大国柱」、床の間には「床柱」があった」p22
    「柱を立てる、身を立てる(立身)、志を立てる(立志)、国を立てる(立国)、いずれも立ててナンボです」p22
    「(ムスビの国)「横綱」「結納」「結婚」「おむすび」」p26
    「地鎮祭では、その土地の一角の四隅に四本の柱を立て、そこに注連縄を回して結界を張ります。内藤廣や隈研吾という建築家は地鎮祭をたいへん重視しています」p27
    「仮名の出現が日本文化の確立を促した最大の事件(ドナルド・キーン)」p44
    「(リミックス)神仏習合もかなり大胆な日本特有の編集力によっておこった」p89
    「王朝感覚の「あはれ」を武家が感じると「あっぱれ」になる」p119
    「西行や能因法師がタブの途中で田舎家を訪ねても、その家の主人は「こんな田舎家を訪ねてくださってたいへんありがたい。どうぞ一夜お泊りください。ただ申し訳ないことに、粗茶、粗食しかお出しできません」などとお詫びをします。けれどもそこを訪ねた西行や能因法師からすると、亭主たちのこの「詫びる気持ち」こそが何より尊いものに感じられる。こうした気持ちの交わしあいから「詫び」が転じて「侘び」という価値が生まれていったのです」p124
    「ハーンやフェノロサやコンドルが見出した日本の美は生活の中に生きていたり、徒弟的に師から弟子に伝えられたりしてきた技法やセンスにもとづくもので、教育的に継承されてきたものではありません。「生」と「技術」と「美」がつながっていたのです。彼らはそこに感動したのです」p192
    「日本においては学ぶことの基本はまず「写す」ことであって、学びを評価される場合も、オリジナルの要素を出せたかどうかではなく、お手本を上手に写していたか、そっくりであるかが評価されてきた。「まなび」は「まねび」にもとづいているのです」p202
    「歌舞伎という名称は「傾く(かぶく)」という言葉から生まれました」p229
    「バサラに前後の系譜があるとしたら、後醍醐天皇を助けた楠木正成の「悪党」の一群や南朝ロマンの残党で、もっと前なら木曽義仲や巴御前で、これよりあとの例なら織田信長の「うつけ者」や歌舞伎十八番の市川團十郎、あるいは浮世絵の主人公たちでしょう」p231
    「今日の日本社会はコンプライアンスに惑わされ、監視カメラと賞味期限に縛られ、安心安全なところでしか仕事ができないようにしています。セクハラ、パワハラはもってのほかです。多くの現象や表現が衛生無害なものに向かっていて、このままでは和風に整った和霊はともかく、荒ぶるものまですっかり縮こまってしまっているのです」p234
    「日本の理性は民主主義や平等主義によってつるつるになってしまっているのです。これはいけません。ガチンとしたものやゴツイものが出てこない」p234
    「バサラやカブキの精神には「出る杭は打たれる」とは反対の気骨が流れてきました。出る杭になっても怖れないようにする、それがバサラやカブキの精神です」p236
    「(情報文化の劣化)なぜ、そんなふうになったのか。それがネット社会による「いいね」文化の拡張のせいか、日本の反知性主義の蔓延のせいか、コンプライアンスと情報公開主義の定常化によるのかどうかは、にわかに判断しにくいけれど、私の実感ではこのところの日本の情報文化は「わかりやすさ」のほうに大きく流れていっていると思います。短時間でピンときたり、笑えたり、おぼえられるものが主流になってしまったのです。これは情報文化が細切れになっているということです」p295

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    2020年08月25日
  • 多読術

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    タイトルが「多読術」なんで、勿論、実践するための読書術の技法は書いてあるんだけど(ちゃんとやります)、私はそれよりも本や読書に対する意識?概念?が面白いと思った。
    これから読む本はより楽しめそうです。
    もし読書に停滞期が来たらまた読みに来ますね。

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    2020年08月12日
  • 千夜千冊エディション 神と理性 西の世界観I

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    ネタバレ

    <目次>
    第1章  神と王の国
    第2章  理性による世界作成
    第3章  西洋哲学史略義
    第4章  啓蒙と変革の庭

    <内容>
    松岡正剛の「千夜千冊エディション」。西洋のものの考え方から行動まで、キリスト教がベースであること、それから評伝を読んでいるわけではないが、モンテーニュ、ルソー、スピノザからシーザーまで、その生きざまから考え方まで、わかった(気がする)。

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    2020年06月09日
  • 日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く

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    久しぶりに手にしたセイゴウ本は、新書とは思えない高密度。「ハイコンテキストで、一見、わかりにくいと見える文脈や表現にこそ真骨頂がある」日本文化を、自ら考案した10数種類の「ジャパン・フィルター」を手がかりに読み解こうという試み。

    博覧強記、縦横無尽、硬軟自在…セイゴウ本を読むと、こんな言葉が頭に浮かび、それに気圧されるばかり。いや、それではいかん、丸ごと肯定してはいかん、といつも思うのだけれど、やはり今回も撃沈。腹にストンと落ちることばかりだから敵わない。
    元来、この国は外来のものをそのまま受け入れたのではなく、巧みに編集をして取り込んできたが、明治の文明開化では編集を怠ったという指摘。また、「かぐや姫」は「歴史的なポケモン第一号」であるという指摘。本書で響いた指摘を挙げたらキリがないので、それは自分用のメモに回すとして、改めてセイゴウ本について気づいたことを記しておこう。

    セイゴウ本に触れると、知らない日本語に必ず出会うことになる。例えば、本書では「和光同塵」。上記した「編集して取り込んできた」ことの証左としてこの四字熟語の存在を挙げている。また、普段使っている言葉の語源にも多く出会う。本書では「歌舞伎」「打ち合わせ」「結び」「侘び」などなど。こうした形で出会うと、やはりどうしても自分で辞書を引いて確認することになる。だから、セイゴウ本を読むのは時間がかかるし、覚悟も要る。
    でも、こうした手間をかけながら読むことは、セイゴウ本には相応しいのではないかと。気圧されるばかりではなく、この博覧強記の超人に面と向かうにはこのくらいのことはしないと…などと不肖な一読者は思うのである。

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    2020年05月10日
  • 千夜千冊エディション 本から本へ

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    千夜千冊の中の、本や読書術に関する内容に特化した、編集版。
    松岡正剛という人の造詣の深さには、改めて感嘆のほかないが、電子辞書を引きながら、内容を理解していく楽しみがあった。
    紹介されている本はいくつか読んでみたい。

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    2020年05月03日
  • 知の編集術 発想・思考を生み出す技法

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     テレワークで通勤時間がういたことで、“積ん読”本を読破中。おくればせながら、現代の“知の巨人”松岡正剛氏の著書を読むのはこれが初めて。
     260ページほどの新書ながら、盛り込まれた数々のノウハウは膨大だ。出版物の編集だけでなく、ビジネスや日常生活のあらゆるシーンで使えそう。64種に分類された編集術は、さまざまな視点の宝庫。”お題”を解くのに思考が固まってしまっとき、別の切り口を探すのによいかも。
     ノウハウ本のようでいて、正解が書いてない箇所も多い。おそらく、ビジネス書におけるドラッカーやシュンペーターの本のように、年齢や積み重ねた経験で違った読み方ができる一冊だ。
     それにしても、ロシアのエリツィン元大統領を軽くいなした米原万里さん…。赤ら顔のエリツィンのがっかりした表情を想像して、冒頭から大いに笑わせられた。

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    2025年01月10日
  • 知の編集術 発想・思考を生み出す技法

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    松岡正剛(1944年~)氏は、本好きで知らぬ人はいない有名サイト「千夜千冊」(2000年~/最新で1739夜)で有名な著述家。編集工学研究所所長、ISIS編集学校校長。
    本書は、松岡氏が提唱する「編集術/編集工学」について、入門書的に書き下ろされ、2000年に出版されたものである。
    松岡氏の使う「編集」という言葉は、我々が普段使う定義と異なり、非常に大きな範囲を含むもので、直感的になかなか理解しにくいのだが、本書の前半で、そのポイントは以下のように説明されている。
    ◆人間が言葉や図形や動作を覚え、それらを使って意味を組み立て、人とコミュニケーションをすること、その全てが「編集」である。従って、普段の会話にも、学問にも、芸能や料理やスポーツにも、「編集」という行為が働いている。あれこれの情報が「我々にとって必要な情報」になることを、普通は「知」といい、情報をそのような「知」にしていくことが「編集」である。
    ◆「編集術」とは整理術ではなく、情報を創発するための技術である。創発とは、それぞれの場面で巧まずして出てくるクリエイティビティのようなものであり、予め準備しておく「編集」も大事だが、その場に臨んでますます発揮できる「編集」力こそが、最も重視される創発的な技術といえる。
    ◆20世紀に、我々人間はだいたいの「主題」を列挙することはできたが、それらを解決することはできなかった。21世紀の課題は、いくつもの「主題」を結び付ける「方法」を考え、それによって「主題」を解決することである。そうした意味で、21世紀は「方法の時代」といえる。
    ◆「編集」で一番大事なことは、様々な事実や事態や現象を別々にしておかずに、それらの間に潜む関係を発見し、それらを繋げていくことである。そのようにモノやコトを見ることを、編集工学では「関係の発見」、「新たな対角線の発見」と呼ぶが、このような方法こそが、これからの人間の認知や意識の仕組みにとっても、産業界や教育界にとっても、また自分の創発的な能力を開発するためにも大事である。
    そして、第2章以降では、「編集は遊びから生まれる」、「要約編集と連想編集」、「編集技法のパレード」、「編集を彩る人々」、「編集指南・編集稽古」と、編集術/編集工学、更には編集的世界観が、様々な観点から語られている。
    松岡氏のキーワードである「編集(術)」について、コンパクトにまとまった一冊である。
    (2010年7月了)

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    2020年04月25日
  • 日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く

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    ネタバレ

    <目次>
    はじめに
    第1章  柱を立てる~古代日本の共同体の原点「柱の文化」から話を始めよう。
    第2章  和漢の境をまたぐ~「中国語のリミックス」で日本文化が花開いた。
    第3章  イノリとミノリ~日本人にとって大切な「コメ信仰」をめぐる。
    第4章  神と仏の習合~寛容なのか、無宗教なのか。「多神多仏」の不思議な国。
    第5章  和する/荒ぶる~アマテラスとスサノオに始まる「和」の起源。
    第6章  漂白と辺境~日本人はどうして「都落ち」に哀愁を感じるのか。
    第7章  型・間・拍子~間と「五七」の拍子にひそむ謎。
    第8章  小さきもの~一寸法師からポケモンまで。「日本的ミニマリズム」の秘密。
    第9章  まねび/まなび~世阿弥が説く学びの本質。現在日本の教育に足りないこと。
    第10章  或るおおもと~公家・武家・家元。ブランドとしての「家」について。
    第11章  かぶいて候~いまの日本社会に足りない「バサラ」の心意気。
    第12章  市と庭~「庭」「お金」「支払い」に込められた日本社会の意外性。
    第13章  ナリフリかまう~「粋」と「いなせ」に見るコードとモードの文化。
    第14講  ニュースとお笑い~「いいね」文化の摩滅。情報の編集力を再考する。
    第15講  経世済民~日本を語るために、「経済」と「景気」のルーツをたどる。
    第16講  面影を編集する~一途で多様な日本。「微妙で截然とした日本」へ。

    <内容>
    日本とは何か?この辺境にある国が、世界の他の地域とは少し違った生き方をしてきた、そしてそれ故に今の地位を築いてきたのはなぜか?「日本文化」を常に考えている著者の、ある意味集大成な本。章立てを見ればわかるように、「キーワード」が並ぶ。そこから意外な展開を見せつつ、ちゃんと着地する。溢れるような知識が適所にちりばめられ、読めば納得する論を展開する。
    授業で、単純に文化史を語るのではなく、現代の日本人につながる視点を意識したいと思った。

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    2020年04月14日
  • 日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読み解く

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    松岡正剛(1944年~)氏は、編集工学研究所所長、ISIS編集学校校長。2000年から続く書評サイト「千夜千冊」(最新で1736夜)は、本好きで知らぬ人はいない有名サイトである。「千夜千冊」は、2006年に求龍堂から全8巻で一括して出版されたほか、2018年より角川ソフィア文庫から「千夜千冊エディション」として、毎月テーマごとに出版されている。
    本書は、松岡氏がこれまで最大のテーマとしてきた「日本文化」について、語り下ろしたものである。
    松岡氏は、「日本文化はハイコンテキストで、一見、わかりにくいと見える文脈や表現にこそ真骨頂がある」としながら、その手掛かりを、“ジャパン・フィルター”と名付け、本書の中では、客神フィルター、米フィルター、神仏習合フィルター、仮名フィルター、家フィルター、かぶきフィルター、数奇フィルター、面影フィルター、まねびフィルター、経世済民フィルターなどを通して、日本文化を分析している。
    そして、「日本という国をアイデンティカルに捉えることはできない、しすぎるとまちがうと見てきました。」といい、「日本文化の正体は必ずや「変化するもの」にあります。神や仏にあるわけでも、和歌や国学にあるわけでもありません。神や仏が、和歌や国学が、常磐津や歌舞伎が、日本画や昭和歌謡が、セーラー服やアニメが「変化するところ」に、日本文化の正体があらわれるものです。それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通してやってくる。これがジャパン・スタイルです。」、「「おもかげ」は・・・何かを思い浮かべてみたときに脳裡に映ずるイメージのようなもの・・・「うつろい」という言葉は・・・四季のように移ろい、花の色や朝晩の光や人の心のように変化していく「常ならぬ」さま」、「日本文化の精髄は「おもかげ」を通すっことによって一途に極められ、「うつろい」を意識することによって多様に表象されてきた・・・日本は一途な「おもかげ」を追い求め、多様な「うつろい」を通過してきたのではないか」と結論付けている。
    更に、日本の今後については、「日本文化の正体はたいそう微妙で、たいそう複雑なのです。グローバル資本主義やコンプライアンスの蔓延が、これらの「一途で多様な日本」や「微妙で截然とした日本」をカラッケツにしてしまわないことを祈るばかりです。・・・「かわいい」や「やばい」だけでなく、「粋」や「通」や「お侠(きゃん)」のような独特の美意識も創生するべきです。」と警鐘を鳴らしている。
    古今東西の現象や、各分野の泰斗とその思想・著書を縦横無尽に分析、引用している点において、現代日本の知の巨人のひとりとも言われる松岡氏でなければ著し得なかった作品であり、また、本書で興味を持った部分をさらに深く掘り下げるためのきっかけをくれる一冊とも思う。
    (2020年3月了)

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    2020年03月22日
  • 千夜千冊エディション 観念と革命 西の世界観II

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    「神と理性」に引き続き。
    前半は兎も角、ドイツ。
    冒頭はゲーテ。遠い昔の高校時代に「若きウェルテルの悩み」は読んだ。ドイツ歌曲やゲーテの詩の引用や箴言を見ることはあるけど、詩人のゲーテしか知らなかったんだな。
    (引用)
    (「ファウスト」は)ファウストがメフィストフェレスに魂を売ったという話ではない。壮大な生命観の賛歌をめざした話である。(略)メフィストフェレスは悪魔というより、つねに「悪を欲することによってかえって善をなしている人格」なのである。

    そして、ここに少女への憧憬が絡んでくる。ロリコンとは違うものとある。
    ベルリオーズの幻想交響曲みたいなもんだと思ってたので、意外。
    ゲーテはドイツの知の巨人であったことも本書の中で示される。

    ヘーゲルについて、セイゴウさんは重要概念「絶対知」が表現できていないと指摘する。
    浅はかな感想を云えば、弁証法なんて出鱈目な論理で普遍に至るという考えが理解できない。その先の規定された特殊、統一としての個別なんて更に無理過ぎ。
    61歳で死去。法哲学の先に「絶対知」は目指せたのだろうか。

    ショーペンハウアー、ニーチェ、フッサール、ベルクソン、ハイデガー、サルトル。
    セイゴウさんの切り分け方が素晴らしい。
    ショーペンハウアーは何となく近寄り難く思ってたけど、「ミットライト・ペシミズム」(共苦)として説かれる悲観の凄さ。成程なあ。
    現象学はやっぱり判らないが、発想の原点は得心できた。
    ベルクソン、ハイデガーが存在や意識をギリギリと問い詰めていく手法についての筆の冴え。

    綺羅星の書評とこの編集が大きな精神史となっていることにも感銘した。

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    2020年02月11日
  • 多読術

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    「編集工学」の提唱者として知られる著者が、みずからの読書遍歴を振り返りつつ、編集工学の視点から読書の意義を語った本です。

    読書を「自己編集」であり、かつ「相互編集」としてとらえる見方が興味深いと感じました。「読む」というのは、表面的には文字やことばの意味を追いかけることなのですが、それだけにとどまらず、イメージやメタファー、社会観、さらには生理感覚までも参与するような、複合的な活動だと著者はいいます。さまざまな情報を交換するなかで人びとが「意味」を編集しているコミュニケーション空間のなかに「読書」という行為を置き、著者のスタイルを「モデル」として理解しつつ、読んでいる自分自身の「モデル」をつくりあげていくような相互編集行為としてとらえようとしています。

    編集工学の観点から「読む」という行為を見ると、こういうふうに見えてくるのか、と驚かされました。

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    2019年10月21日
  • 千夜千冊エディション 神と理性 西の世界観I

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    プラトンから啓蒙主義までの西洋思想史を一望する。
    千夜千冊を初歩的な編集工学でまとめた一冊。

    セイゴオさんにとっては極めて初歩的な編集なんだろうけれど、有難い本。この内容を大学の先生が書いても全然頭に入ってこないと思う。セイゴオさんが知と取っ組み合ってきたレスリングの一つ一つに引き込まれた。
    でも、僕には歯が立たない処も多々。
    あと半年で還暦を迎えるんだけど、今更莫迦が治る訳ないよな~。

    以下、雑感
    スピノザ「エチカ」
    「すべてのものは神が創った。」なら、超越者に対し論証必要なし。
    「世界と神は一にして全。」ひょっとすると証明可能。
    神の自己作出を説明し、人間の認識に重ね合わせていく証明作業。神を信じていることを明らかにするため、理性のナイフで切り分けていく。う~ん。証明をしようとする段階で神の存在がアヤシク思えるんだが。
    「知性によっていかに神に酔えるのか」という方法の提示。説得されそうで怖い。

    ライプニッツ「ライプニッツ著作集」
    本書で一番惹かれたけど、全然理解できなかったのはライプニッツ。量を扱う「数学的思考」と質や関係を扱う「記号的思考」をバロックの「知」で半ば埋めきったという。セイゴウさんが、工作舎時代にライプニッツ著作集出版に関係した顛末も書かれている。他の稿でもライプニッツに触れている箇所があるけど、兎も角トンデモナイ天才とのこと。
    チョッと触れてみたい気もするけど、全然判らないと思う。

    第4章 啓蒙と変悪の庭
    モンテニュー、ヴォルテール、ルソー。へ~、そんな人達だったんだと俄然興味が湧いた。

    モンテニュー、早々に隠遁生活し、長々とゆっくり方丈記を書く。セイゴオさんは「自分を質にいれないこと」を示唆されたとある。

    ヴォルテール、実はペンネーム。風変わりな人だったらしい。署名に哲学とあるが、まったく哲学ではない。読者に実感させるインチキともインチキじゃないような文章。

    ルソー。社会契約論は学校でも聞かされたが、「孤独な散歩者の夢想」では友人達との仲違いを続け、痛ましい自己を追求していく。

    どれか挑戦してみようかな。

    さて、この後は『観念と革命』に続くとある。期待しましょう。

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    2019年09月29日
  • 万葉集の詩性 令和時代の心を読む

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    文学や編集に携わる8名の手による万葉集エッセイ集、といえばよいか。
    出だしから中西進氏による『旧約聖書』と『万葉集』のリンクが展開され、度肝を抜かれる。良き文学とはほかの文学と共鳴するものとはいうが、まさかそんなところと響き合うとは。しかも万葉集の第一人者の一人中西進氏からそんな。おみそれしました。
    川合康三氏の「山上憶良と中国の詩」、高橋睦郎氏の「いや重く謎」あたりは若干硬めの印象を受けるかもしれないが、基本的には一流の文化人たちによる平易な万葉集エッセイである。いや平易と言ったが完全に万葉集知りませーん何書いてあるんですかーな人には向かないかもしれない。ちょっとは齧った人向け。だが、ちょっと齧って関心がある人には気軽な万葉集読み物として勧められると思う。個人的にはこの本で松岡正剛氏を少し見直した(?)。
    難点があるとすれば取り扱われる歌に多少の偏りが見られる気がすること。ただ明らかなほどではなく、寧ろ私の気のせいかもしれない。総合的にはバランスの取れたよい本です。

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    2019年08月15日