武田徹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
はっきり言って、この人の本は、とても読みにくい。文体としても、内容としても。
著者は、原発スイシン派でもなく、ハンタイ派でもない。そのどちらに対しても「非共感的」に感じている、と著す。
スイシン派の引くに引けない状況。
反対派の過剰なまでの拒否反応。
その折衷案を模索して震災から2年が経とうとする。
その折衷案を考えるときに、まず読まれるべき本だと思った。
エネルギー源として原発は必要不可欠であるという推進派。
彼らの隠蔽体質は目に余るものがある。
しかし、当初「原発は完全になくすべきだ」として、頭ごなしに反対していた反対派も、思考停止状態といえるのではないか?
原発は危険だ!と訴えすぎることによる弊害もある。就労職員の核に関する知識の低下。労働のモチベーションの低下。スイシン派の隠蔽体質を作り上げもした。
危険なものでも、突然姿を消してくれるわけではない。
平和的に終息するために、議論がなされるべきだ。
それなのに、国家は、なし崩し的にスイシンへと向かおうとしている。
反対の「やり方」が、問われるときだ。
まず、原発を知ること。核を知ること。民主主義を知ること。アメリカを知ること。冷戦を知ること。倫理を知ること。学問を知ること。未来を模索すること。
原発は、本当に、複雑な要素が絡み合った問題だ。
それをほどいてくれるわけではないが、その手助けになる本かもしれない。 -
Posted by ブクログ
漠然としたイメージ、マスコミの喧伝、何となくの感覚に翻弄されて、ただ闇雲に賛成・反対と思ってしまうのが嫌で手にとった本
日本が原子力発電を手にする歴史的経緯と、これまで論じられてきた数々の言論を紹介しており、一冊としては極めて中立的なまとまりを見せている、と言った印象でした
読み終えて、「賛成ですか?反対ですか?」というのはいかに愚問であるかと思うようになったこと、エネルギー計画は時に戦争を起こすほどに重要な問題であると認識したこと、とりあえずトラブルが起きた時の政権を批判してるだけではいけないってこと、が大きな収穫
大量のエネルギーを消費して暮らす社会の一員として、いざというときにしっかりと考えを話せるようにはなっておこう -
Posted by ブクログ
「原子力的な日光の中で陽なたぼっこをしていましたよ(We just been basking in the atomic sunshine.)」
ホイットニー准将が日本国憲法の草案を日本政府に迫ったときに芝居がかって言った台詞である。原爆の力を想起させる言葉で圧力をかけたのだ。私たち日本人は敗戦から66年後に今またこの原子力的日光の存在をまざまざと感じている。この原子力的日光はあの時からとぎれることなく、この世界に降り注いでいたのだ。
この本の著者は、上記の言葉がきっかけで核の脅威についての本を書こうと思ったということだ。著者本人もあとがきで書かれているように、核・原子力については、複雑な問題が絡みあい、ひとことで推進・反対と結論を出せるものではない。
東電や政府の対応には確かに問題はあったが、事故に直面して対応しているのも彼らなのだ。彼らに頑張ってもらうしかないし、監視や批判と共に、応援、感謝もしなければならないと思っている。
3.11後に感じたのは、レッテル貼りの恐ろしさだ。スイシン、ハンタイ、ムカンシン、トウデンノニンゲン、こうしたレッテル貼りは個人をないがしろにし、個人の存在まで否定しはじめる。これは自分への戒めでもある。そういう考えは無意識に日常的な問題の中にも潜んでいるからだ。
”『原子力の社会史』の中で吉岡斉は自分の電力業界に対する立場を「非共感的」と形容している。非共感的とは、あらかじめ敵対するわけではないが、批判的な立場を取るというものだ”……著者は吉岡斉を引用して自分の態度を「明らかな推進派・反対派のどちらを向いても共感できない状態において原子力に対峙しなんとか活路を見出そうとする立場」と表明している。緊迫した状況においてはいささかぬるい立場といえるかもしれないが、私もこの考えに共感するところがある。
今日では原子力に対する一般市民の科学的な思考はかなり高まってきている。感情にまかせるのではなく理性的に考え行動することができる人たちは、科学的な情報を自分なりに仕入れ自分の立場を決めそれに従って行動し始めている。ネット社会は発達していなかったならば難しかっただろう(ネットの情報を活用するにもそれなりの知識と経験が必要だが)。無目的にマスコミの情報やデマを信じる人は若い世代を中心に少なくなってきているはずだ(と思いたい)。
今の状況は陽なたぼっこなどという生やさしい表現はあてはまらない。
私たちは「原子力的日光の中で人生をSURVIVEしなければならない」状況にいるのだ。
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この本は、2002年出版の増補版として3.11以後に出版されました。その際にタイトルも変わりました。著者の得意なフィールドでサブカルチャーからの論点が多かったです。原発大国に進んだ戦犯を探すような本でなく、原発大国にすすんでいった時代の空気や大衆のムードに着目して書かれています。実際的な原発大国へ進んだ理由や背景などが知りたい場合は、他の書籍を参考にしたほうがいいかと思いました(タイトルと思ってた内容が自分は違ったので)。