武田徹のレビュー一覧

  • 原発論議はなぜ不毛なのか

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    タイトル通り思うことがあったので
    手に取ってみました。
    これを読んで賛否両論あるかもしれませんが
    1つの物事を是か非かと議論する時に大事にしなくちゃいけない事
    「好き嫌い」にだけ囚われてはいけない
    相手の論をひたすらつぶすことだけに終始してはいけない
    という事を肝に銘じる一冊だと思いました。

    そう、国の未来をといっても
    ようは「好き嫌い」で、感情的になっていって
    最後は、相手の醜聞暴露合戦になっていくので
    ところで、本題は?というのはよくある話です。

    原発についての議論は、そのままうやむやに出来ない
    自分たちの次世代、そのまた次の未来に向かうものなので
    議論は大事なんだけれど、このままじゃあ・・・

    自治会とかPTAとは規模が違うのだから、
    冷静に考えなくちゃなと戒めるために読む一冊でしょう

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    2014年02月07日
  • 原発論議はなぜ不毛なのか

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    ナショナルメディアの必要性は納得できないけれど、相互理解性への信頼と自分の役周りへの感覚もちょっと引くけれど、この世代の人が、真摯につづっていることは好感した。

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    2013年08月01日
  • 原発論議はなぜ不毛なのか

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    ネタバレ

    著者に対する批判的見解が多見されるものの、手に取ると、わりと面白かった。著者自身の立場は横に置くとしても、著者自身が原発の問題を社会思想史の文脈で捉え直そうとすることに、これは必要なアプローチではないかと思われる。

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    2013年06月28日
  • 原発論議はなぜ不毛なのか

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    言わんとすることはわからなくもないのですが、核心に届ききっていないように思いました。僕には、筆者が、「大きなジャーナリズム」「オトコのジャーナリズム」の「正しさ」を(まだ)信じているように見えて、それがこの本(と前著の「原発報道とメディア」)の限界を作っているような気がします。あと、ベンキョウが勝ってしまってるという気もする。

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    2013年06月15日
  • 戦争報道

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    戦争報道を入り口として、ジャーナリズム全般にわたる、あり方を問うている。戦争を取り上げているのは、題材として分かりやすいからだろうと思われる。現場で発生した事件取材者の編集を行う。マスメディアを通じて報道は多くの意図(政治・広告主)により、都合よい様に編集されて、私たちに届く。それは、私たちが、その情報により、コントロールされているかのような結果を生む。情報伝達機器は発達してきたが、作為者による囲い込みは変わらないだろう。インターネットにより、未来の姿に立ち返る可能性は見えてきたのだろうか?

    同盟通信社、敗戦後には解散になる。米国の情報統制
    BBCのジョージ・オーウェル、戦争中には検閲が行われていた。ベーシックイングリッシュ⇒ニュースピーク。言語の制限はそのまま、究極の検閲になる。
    ベトナム戦争とは何であったのか?映画、地獄の黙示録で描かれたものは、リアリズムであるのか?
    湾岸戦争以後、報道と宣伝の関連性が示される。報道管制、戦争広告代理店、ブティックプロパガンダ、テロ報道と報復。しかし、予定された侵略であったことが、発見される。その後には、ジャーナリズム批判、どれを信じるか?ビデオジャーナリスト、デジタル、インターネット、信頼。
    米国は戦争が好きである。自国産業、国益のために兵器や爆弾を売らなければならない。大統領自ら指揮し戦争を起こす。何のために?

    キーワード
    イエロージャーナリズム
    世界三大通信社
    宣伝 プロパガンダ 情報の送り手が自分の利益を最大化するために様々なコミュニケーションスキルを駆使すること。受けての利益を一切考慮しない。

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    2013年05月08日
  • 原発報道とメディア

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    ネタバレ

    前回読んだ、内田樹さんの『街場のメディア論』に続いて、
    今度は武田徹さんのメディア論を読んでみました。
    本当は、原発のことが書かれた本だろうと思い購入したのです。
    それが、読んでみると、しっかりとしたメディア論でした。
    内田さんの本から連続したメディア論になりましたが、
    それはそれ、「奇しくも」といった体であります。

    僕はのめりこんで読むタイプなので、読んでいくうちに
    内田さんのメディア論のことは忘れていきます。
    きっと、武田さんと意見を異にするところはあったとは思いましたが、
    全然気付きません。

    よって、いい加減な、メディア論考になっているとすごく思うのですが、
    まぁ、それはしょうがないと、自分で言ってしまいます。

    印象的だったのは、知ることのリスクについてでした。
    チェーンメールで拡散された、Rh-の血液型を求む、というものがあり、
    それは本当のことだったのですが、そのメールの真偽を確かめる電話が
    そのメールで指定された病院に殺到し、病院の事務が仕事にならなくなった。
    「診療に支障が出ている。善意だとしても、これ以上の転送はやめてほしい」
    と病院側はコメントを出したそうです。

    なんでもかんでも、誰にでも知らせて良いわけでもない。
    それはジャーナリズムも一緒かもしれない。
    その一例として挙げられていましたし、
    それがお門違いの例ではないだろうと、僕も理解しました。

    しかしながら、本書は感想を書くにはちょっと難しいところがあります。
    端的に、少ない言葉で表現すると、不足する事柄ばかりを扱っているからです。

    そんな本書を紹介するには、帯にも書いてありましたが、
    この文句が良いでしょう。

    「3.11の後、どう語るのか?」

    僕らはいろいろな悲劇やショックをプラスに変えて、進歩していくべきなんだと思います。
    また、悲しいかな、そういう悲劇がないと、
    ぐんと進歩できない集団的生き物なんだとも思っています。

    うわべだけを見ず、福島第一原発事故であれば、福島に住む人たちを想うこと。
    彼らが見まわれた風評被害などにも目を向けること。
    そういうことが、ジャーナリストでなくても、
    個々人のジャーナリズム性であって、そういう目を養うことが大事になるんだ、
    というように読めました。

    一般読者に向けられたというよりも、ジャーナリズムの道を目指す人に向けられた
    本のように読ましたしたが、それでも十分に面白く勉強できる、視野の広がる本でした。

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    2012年07月10日
  • IT時代の震災と核被害

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    東北の震災の際に関わったITのお話。パーソンファインダーとかUstとかポジティブな面と、人間のダイレクトな関係が支えたあの時期についての考察をさまざまな方がしています。今回ほどSNSが重要な役割を果たしたことはなかったと思う。でもいろいろと課題もあったのも実際です。私がもし使いこなせなかったらどうだったんだろう…気になったのは書き手の差かな?いろいろな人の観点から見れるのは面白いけど、明らかに当事者だった人と取材して他人事だった人の文章は違うと感じました。

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    2012年04月16日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    武田さんの著作はジャーナリズムを勉強するものとしては、個人的には、いつもわくわくさせられながら読んでいる。人文系の理論的なバックボーンを背景にしつつ、ジャーナリズム的実践を行うその記述スタイルは、僕自身が最も理想的であると思う、ジャーナリズム・スタイルだから。

    今回のこの本も、もちろんそのような形式にはなっていて記述スタイルなどで大変勉強にはなったのだが、あとがきで武田さん自身が「この本は失敗だった」と宣言しているのが「えっ」と思ってしまった・・・。内容的には「あたりまえ」の事実ばかりということだろうか。
    それでも、僕のような原発や原子力政策に対して全く何も知らない人間には学ぶものが多かった。本書は、戦後から現在までをディケイドで分別し、それぞれの時代の「核」論を記述していくというスタイルになっている。「1954年 水爆映画としてのゴジラ」と「1965年 鉄腕アトムとオッペンハイマー」の章が大変面白かった。

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    2012年03月05日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    戦後日本の核利用を追った本。
    裏にあった政治力学なんかも伺えて面白かったが、知らん人ばかり登場して読みづらい。。。

    個人的には1974年論の電源三法交付金の話と2002年論のノイマンの話がスイスイ読めて面白かった。

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    2012年02月12日
  • IT時代の震災と核被害

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    今年気になったほぼ全ての方々が登場し、総括的に意見を述べられている感で、俯瞰的に、また各々方の比較をしながら読むことが出来ました。それによって、各々型の主張や活動の方向性をよりはっきり認識出来たように思います。
    新しい論はあまり無かったのですが、良書でした。いずれどの立場も論点も欠かされてはならないなと改めて痛感しました。

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    2011年12月31日
  • IT時代の震災と核被害

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    震災直後、俺達があたふたしてる間にGoogleのエンジニアがパーソンファインダーを公開するに至る経緯がメイン。膨大な行方不明者の情報をオンラインで可視化する為に、社内エンジニアが処理できない分はボランティアに任せる…と言った経緯は感心した。Googleらしいフットワークは好感が持てた。無料PDF版だったのでここまで。

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    2011年12月05日
  • 原発報道とメディア

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    フクシマ報道の在りようを切り口としたジャーナリズム論。個人的に8章の情報操作の部分が面白かった。情報の持つパワーは計り知れないな。

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    2011年11月29日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    ・周辺情報。どのような時勢の流れの中で原子力行政が進められてきたのか。

    ・軍備と原子力、電源三法による過疎の規模の固定

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    2011年10月16日
  • 原発報道とメディア

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    評判なので読んでみた。原発についてというよりは原発の事故をきっかけにこれからのジャーナリズムのあり方について論じた一冊。ジャーナリズムを使用することしか頭にない自分にもためになったし楽しく読めた。反検索的一人ジャーナリストの出現に期待するもそういう人をグーグルで検索してしまいそう。

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    2011年09月30日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    一つ一つの事実を丁寧に積み上げ、しっかりと解釈していると感じさせる「核」論の書。歴史的な流れを理解するには良い著作なのかもしれないが、私のニーズにはマッチしなかった。文章が読みづらい?

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    2011年09月11日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    事故が起こってからじゃなきゃわからないような愚か者として、
    それまではけっこうな距離感をたもちながら、かといって離れすぎずの立場で、
    たまーにちらちら気にするくらいの意識で捉えてきた「原発」および「核」に対して、
    正面から向き合うように読んでみたのがこの本です。
    まぁ、元はと言えば、糸井重里さんが紹介されていたので気になったのです。

    核という難しい問題を、木を見て森を見るように書ければいいのでしょうが、
    どうやら、木にあたる部分は、量子論など難しすぎてモヤがかかって見えにくいようで。
    じゃぁ、森を見ようとすると、あまりに果てしなく入り組んでいるようで、
    それらを単純化してしまうのも、本質からかけ離れてしまうから、
    著者はそうはしていません。

    では、この本はどうやって核の問題を論じているのでしょう。
    1954年論というところからはじまっていきます。
    つまりは時系列で、そのときそのときの社会の方向性、空気を捉えながら、
    原爆以後に始まる核というものに対する日本人の意識の変遷をたどったところもあり、
    権力を持つ個人の志向や打算などが政治的に働いていった様を見つめたところもある。
    過去の重要な点々をおさえることで、疑問を持つことなく眺めてきた現実の色が変わって見えてきます。
    ちょっとしたパラダイムシフトを、過去を忘れた多くの人々や、若い人たちは受けるでしょう。
    それだけ、みんなの現実認識ってかなり操作されたものだということのようです。

    書かれている内容は、けっこう放縦に見えもし、いろいろな方面、分野に飛んでいくので、
    読んでいて核と離れているようだぞと読めるところもありますが、
    そこはそこ、大きな気持ちで、著者を信頼して読んでみてください。
    ちゃんと核の問題に帰ってきます。
    また、思想などのところはちょっと難しかったりもします。
    それでも、そういうのって、難しい文章に出くわして何度も読んでいるうちに
    読解力が上がったりもしますから、無駄じゃないと思って読んでみてもいいでしょう。

    中曽根康弘、正力松太郎などの名前が原発に深く関係するのだなということは
    本書を読んで初めて知りました。
    地震列島に原発なんて、あまり深く考えられていなくて、
    50年代の鼻息荒い時代の気運にのっかっただけの産物だったのかもと思ったりもします。
    とはいえ、原発があってこそ、これまで電力に不自由せずに生活してこられたのであって、
    一概に否定できないんですよね。
    難しいこの原発の問題、エネルギーの問題、みんなで冷静に、長けたディベート術で
    いいくるめようっていうんじゃなしに、お互いの心や頭の内を差し出しあって
    建設的に案を構築していけたらいいんだけどなーなんて思うところです。

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    2011年08月31日
  • 原発報道とメディア

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    ネタバレ

    「私たちはこうして『原発大国』を選んだ 増補版『核』論」の作者によるメディア論。一言でまとめれば、ジャーナリストとは、「オメラスから歩み去る人々」でなくてはならない、という内容でした。
    マスを扱うメディアは、桁違いのスケールメリットによって、グーグルを筆頭にするインターネットシステムが独占することになることが確実である今日、個人としての仕事が生き残る道が個別性にしかないこともまたかなり確からしいように僕にも思えます。小さいコミュニティ、顔の見える情報共有が新たなメディアになるのでしょう。ただ、2回読んだけど、なんというか、まだ熟成されきっていない香りがします。もう少し先があると思う。

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    2011年07月25日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    戦後史の中で、原発はどんなもの、役割を果たしてきたのか?

    ゴジラ、鉄腕アトム、大阪万博・・・。

    なるほどぉー。こういう切り口で考えてみる目線も必要だなぁーと実感。

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    2011年07月22日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    人名、引用が多くてなかなか頭に入って来ない。でもなるほど…と思わせられるところも結構あった。ゴジラ見てみようかな。

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    2011年06月28日
  • 私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版 「核」論

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    日本でどのように原発が受け入れられてきたのか、関連のある世界の出来事も含めながら政治や社会の流れと一緒に解説する。

    自分が生まれた後の時代について書かれたのはたったの三分の一。
    それ以前から原子力は使われてきたし、広まってきた。
    その時の社会の雰囲気はこういう本でしか知ることが出来ない。

    その時代を知ることで多少は何かがわかるのか。

    大阪万博の時代、原子力とは未来を示すシンボルだったという。
    「この電気は原子力発電所によって作られています」

    現在の日本だと、嫌悪感があるのだろうか。
    3月11日以前だと「当たり前でしょ」という感じだろうか。

    当時はそれが「未来」そのものだったようだ。

    時代によって価値観は変わる、ということをまじまじと見せつけられる。

    導入当初はきちんとした知識も無いままどさくさ紛れのように導入された、という印象を持った。
    現代でもそれは何も変わらない。

    事故が起こった今でも原子力、原発の知識がある人は大して増えていないし、その知識を国民全体で学ぼうという話も聞かない。

    今後も本書にある1970年代と何も変わらないのだろう。

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    2011年05月29日