武田徹のレビュー一覧
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戦争報道を入り口として、ジャーナリズム全般にわたる、あり方を問うている。戦争を取り上げているのは、題材として分かりやすいからだろうと思われる。現場で発生した事件取材者の編集を行う。マスメディアを通じて報道は多くの意図(政治・広告主)により、都合よい様に編集されて、私たちに届く。それは、私たちが、その情報により、コントロールされているかのような結果を生む。情報伝達機器は発達してきたが、作為者による囲い込みは変わらないだろう。インターネットにより、未来の姿に立ち返る可能性は見えてきたのだろうか?
同盟通信社、敗戦後には解散になる。米国の情報統制
BBCのジョージ・オーウェル、戦争中には検閲が行わ -
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ネタバレ前回読んだ、内田樹さんの『街場のメディア論』に続いて、
今度は武田徹さんのメディア論を読んでみました。
本当は、原発のことが書かれた本だろうと思い購入したのです。
それが、読んでみると、しっかりとしたメディア論でした。
内田さんの本から連続したメディア論になりましたが、
それはそれ、「奇しくも」といった体であります。
僕はのめりこんで読むタイプなので、読んでいくうちに
内田さんのメディア論のことは忘れていきます。
きっと、武田さんと意見を異にするところはあったとは思いましたが、
全然気付きません。
よって、いい加減な、メディア論考になっているとすごく思うのですが、
まぁ、それはしょうがない -
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武田さんの著作はジャーナリズムを勉強するものとしては、個人的には、いつもわくわくさせられながら読んでいる。人文系の理論的なバックボーンを背景にしつつ、ジャーナリズム的実践を行うその記述スタイルは、僕自身が最も理想的であると思う、ジャーナリズム・スタイルだから。
今回のこの本も、もちろんそのような形式にはなっていて記述スタイルなどで大変勉強にはなったのだが、あとがきで武田さん自身が「この本は失敗だった」と宣言しているのが「えっ」と思ってしまった・・・。内容的には「あたりまえ」の事実ばかりということだろうか。
それでも、僕のような原発や原子力政策に対して全く何も知らない人間には学ぶものが多かった -
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事故が起こってからじゃなきゃわからないような愚か者として、
それまではけっこうな距離感をたもちながら、かといって離れすぎずの立場で、
たまーにちらちら気にするくらいの意識で捉えてきた「原発」および「核」に対して、
正面から向き合うように読んでみたのがこの本です。
まぁ、元はと言えば、糸井重里さんが紹介されていたので気になったのです。
核という難しい問題を、木を見て森を見るように書ければいいのでしょうが、
どうやら、木にあたる部分は、量子論など難しすぎてモヤがかかって見えにくいようで。
じゃぁ、森を見ようとすると、あまりに果てしなく入り組んでいるようで、
それらを単純化してしまうのも、本質から -
Posted by ブクログ
ネタバレ「私たちはこうして『原発大国』を選んだ 増補版『核』論」の作者によるメディア論。一言でまとめれば、ジャーナリストとは、「オメラスから歩み去る人々」でなくてはならない、という内容でした。
マスを扱うメディアは、桁違いのスケールメリットによって、グーグルを筆頭にするインターネットシステムが独占することになることが確実である今日、個人としての仕事が生き残る道が個別性にしかないこともまたかなり確からしいように僕にも思えます。小さいコミュニティ、顔の見える情報共有が新たなメディアになるのでしょう。ただ、2回読んだけど、なんというか、まだ熟成されきっていない香りがします。もう少し先があると思う。 -
Posted by ブクログ
日本でどのように原発が受け入れられてきたのか、関連のある世界の出来事も含めながら政治や社会の流れと一緒に解説する。
自分が生まれた後の時代について書かれたのはたったの三分の一。
それ以前から原子力は使われてきたし、広まってきた。
その時の社会の雰囲気はこういう本でしか知ることが出来ない。
その時代を知ることで多少は何かがわかるのか。
大阪万博の時代、原子力とは未来を示すシンボルだったという。
「この電気は原子力発電所によって作られています」
現在の日本だと、嫌悪感があるのだろうか。
3月11日以前だと「当たり前でしょ」という感じだろうか。
当時はそれが「未来」そのものだったようだ。