山本兼一のレビュー一覧
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特に歴史好きというわけではない私でも、ハマってしまうその物語に、完全に魅了されました。
実在した稀代の茶人・千利休とは何者だったのか? 史実とフィクションを見事に融合させ、人間・利休の崇高さ、人となりに迫る名作でした!
本書には、構成上の大きな特徴があります。
①秀吉の命により、利休が切腹する場面から話が始まり、70歳から19歳へと時を遡る展開であること
② 様々な人物が、利休を客観的に語る複数視点で物語が展開すること
①について、利休がなぜ切腹を受け入れたのか? 美の追求に命を賭した理由は? という疑問に答えるため、歩んで来た轍を振り返り逆に辿って行くことで、茶人としてだけだなく人間としての利休の原点に迫ろうとしたのではないでしょうか。
加えて、冒頭の利休が殺したという高麗の女性、形見の緑釉の香合の謎が、最後まで読み手を引き込むミステリー要素も、功を奏している気がします。
②について、美の求道者と崇められる利休の多面的な要素を、多くの人物の視点で多角的に語ることで、良くも悪くも利休の実像に限りなく近づいている気がします。
ただ、利休自身の心理描写は多くなく、余白を残している点も味わい深いと思いました。
利休の「侘び」「寂び」の世界と秀吉の「雅び」の世界の対比、利休の生き様を通した人間の心の光と闇の複雑さなど、深い精神性に圧倒されました。
歴史・時代ものはちょっと‥という方にも、声を大にしておすすめします。読まなきゃ損です! -
Posted by ブクログ
『利休にたずねよ』でおなじみの山本兼一氏の歴史小説。5本の短編小説が収録されており、主人公が信長の命を狙う点では共通しているが、基本的に独立した作品となっている。
男と女の機微が非常に巧みに描かれているが、どれも読みやすい。他の山本兼一作品も読まねばと感じた。
表題作は鷹を調教して信長を暗殺をもくろむ、なかなかぶっ飛んだ話だが、予想していなかった結末含め面白かった。
『下針』は遊女・綺羅の複雑な造形が良い。
『ふたつ玉』のクライマックスには鳥肌が立った。冒頭の何気ない会話が伏線になっているのが、とても良い。一番面白かったかも。
『安土の草』は他と比べると物足りないかな。でも棟梁である又右衛門は男気があって良かった。
『倶尸羅』は女性が主役。女性から見た信長が描かれている。 -
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「火天の城」は城を作った宮大工、岡部又右衛門にスポットをあてた小説で、私に知らない世界を教えてくれた。それまで歴史に興味はあっても、城造りには知識もなく安土城の独創的な凄さには気がついていなかった。フロイスが当時ヨーロッパにもないと驚嘆した高層木造建築であり、華麗な外観と吹き抜けのある内部。宗教的な意匠。
その他、総石垣の普請、計画的な城下町。なりより天主は信長が居住していた御殿であった。安土城は近世の変革者信長そのものであったと思う。残念ながら城は本能寺の変の後、焼失してしまったが、この小説は今でも城跡に登城するものにその威容と城造りを想像させてくれる力作です。
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購入済み
久しぶりに、歴史小説の醍醐味を堪能させてくれた作品です。
織田信長の安土城を建設した大工棟梁親子の物語で、
建築ディティールの書き込みも去ることながら、
安土城完成まで、山あり谷ありの波瀾万丈。 -
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ネタバレ江戸時代のダ・ヴィンチと呼ばれた国友一貫斎の半生記。もともとは火縄銃職人なのだが、創意工夫が好きな発明家気質で、空気銃、天体望遠鏡、灯油ランプ、万年筆などをほぼ独力で発明した実在の人らしい。
エジソンもそうだが、とにかく失敗してもメゲない。失敗作の山を築きながら改善点を治しさらなる工夫を重ねて少しでも完成品に近づける、そのモチベーションが素晴らしい。
ただ残念ながら、損得勘定の観点から考えれば、必ずしも良いものでもないだろう。実際作品中でも「それをなんぼで売りまんの?」と突っ込まれるシーンも再々出てくる。夢をまことにするなら、現実(まこと)のツラさも克服しなければならないわけで…。
それでも、モノづくりに一意専心こだわり続け、空気が読めなくなって周りが見えなく、周囲から「変人」呼ばわりされても、気にせず自分の生き方を貫く姿勢。それでいて弱気な時は人の忠告に青ざめてうなだれる素直さ。こういう人物の生き方は読んでいて心地よい。下手な自己啓発本より勇気もやる気も沸いてくる。
「工夫し改善していくことの楽しさ」ならモノづくりじゃなくても、マラソンでもクライミングでも、仕事だけでなく趣味や生活の中でいっぱい味わえるやないか!
そう思えてきて、無性にソワソワとなってくる作品である。 -
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長谷川等伯の「松林図屏風」を観てから、等伯に興味を持ち、安部龍太郎の『等伯』をずっと前に読んだ。『等伯』に描かれる永徳の、ここまで悪人にしていいの?という位の冷血なイメージがあった為、こちらの作品との対比も楽しみだった。
折しも、大徳寺聚光院の特別拝観で「花鳥図」を観たばかり。以前「洛中洛外図」「楓図」も観た。
芸術職人集団の大組織率いるリーダーと、絵師永徳個人との葛藤と苦悩が読んで辛いほど。等伯への激しい嫉妬がありながら、認めたくない自身を、統率者として狩野派を肯定する事で隠す。本当はもっと自由に、楽しく、新しい世界に、挑戦したかったのだろうな。
ストイックに自分を追い詰めている姿は、絵を観る人の場所がない、と言われた永徳の絵そのものなのか?しかし、狩野永徳あっぱれ!と思わずにいられなかった。
山本氏の作品は初めてだったが、素晴らしく熱のこもった作品だった。若くして亡くなられた事が大変残念です。 -
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ストレートで思い切ったタイトル。
内容も、これ以上ないほどに面白く読みやすい。
本能寺で時の天下人・織田信長が部下の明智光秀に討たれたことは、歴史に疎いサブロー(誰!?)でも知っている大事件だが、真相は、とくに、光秀が信長を討ち果たす決心をした理由については謎のままだ。
光秀が信長に猛烈なパワハラを受けていたらしいことは、目撃証言などもあるようだが、それだけでどうかな?という思いは多くの人が感じると思うし、毛利攻めに関してないがしろにされたから、とか、秀吉が仕組んだ説などと、どんどん新説も出てくる。
この本はシンプルな組み立てだが、1章ごとに中枢人物の心理が深く書きこまれていて、読み進むごとに、「もうこれしかあり得ない」と思えてくる。
結末は分かっているのに、手に汗握ってしまうのだ。
そして、信長の末路についても、資料にある以上のことを創作していないにもかかわらず、「これが真実」と納得してしまう。
信長の遺体は発見されなかったし、首も上げられていない事から、今でも、実は逃げのびた説があるが、「織田信長」という武将が、その後の歴史についぞ登場することが無かったのも事実だ。
そして、「本能寺の変」は、「戦国時代の終わり」の始まりでもある。
明智光秀が天下平定に大きく貢献したことは間違いないと思う。
信長は確かに、それまでの、「領地を手に入れて年貢を取ることだけがまつりごと」だと思っている、いまだ鎌倉気質の武士たちとは違い、グローバルな視点で日の本の未来を考えていた、むしろ時代にそぐわないほどの先進的人物だった。
物事にこだわらなさすぎたために、「朝廷?あん?別にそんなののなくても日本は治まるでしょ?」と考えて、こういう事態になったのだ。
いろいろあって(笑)、戦国は徳川の手で終わりを告げた。
信長が構想した様な世の中にはならなかったが、とりあえず260年は平和が続いた。
信長が夢見たような自由貿易がおこなわれ、朝廷が日本のまつりごとに口をはさむことが(法的に)出来なくなったのは、更に更に後の事…
と思うと、やはり信長は先進的すぎたのだろう。
あの時代には存在できないほどに。
ゆえに「信長死すべし」とあいなったのだ。
非常に納得できた作品だった。
それとともに、これほど明智の無念が胸に染みたこともない。 -
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「とびきり屋見立て帖」シリーズ第4弾
『よろこび百万両』
銅(あかがね)屋の大旦那・吉左衛門に蔵の中の道具の目録作りを任された真之介とゆず。
珍しい盆を託されるが…
ゆずの兄は嫌な奴だなあ…
彼の代でからふねやは潰れるんじゃないだろうか?
父親にも臆せずに商売のやり方をはっきり主張するゆずは、朝ドラのヒロインレベル!
『みやこ鳥』
幕末の動乱期である。
蛤御門の変で都落ちすることとなる、長州藩と三条実美。
ゆずは三条公に心づくしの餞別を贈る。
『鈴虫』
茶碗で変わる、ティータイムの心持ち。
『自在の龍』
壬生浪人も攘夷志士も、押し掛ける、京の街、店。
関わり方も非常にきわどい。
女将としてのゆずの機転にはいつも脱帽。
…京のおあげって、すごく大きいんですよね。
『ものいわずひとがくる』
銅屋吉左衛門から、樂家十一代それぞれの、11個の茶碗を預かる。
店は、良い物を置くことで、客筋も変った。
しかし、良い物も大切だが、店主の人柄と良い使用人がいなければ商売は成り立たない。
『利休の茶杓』
真之介の目利きも大したものである。
お茶の家元にもお墨付きをもらった。
この家元は、人柄も申し分なく大人物だが、息子の若宗匠はドラ息子だ。
ここは「つぶれる」という事はないと思うけれど…
『追悼エッセイ』
奥様のエッセイ
山本氏は2014年に亡くなられたため、このシリーズも終わってしまいました。
駆け落ちして、必死で千両かき集めるところから読み続けて、二人の成長を見守って来たので、寂しいことこの上ないです。
他にも良い作品をたくさん書かれていたのに、本当に残念。
しかし、この本は、シリーズ最後を飾るのにふさわしい、まとまりのある本だと思います。
「ああー、また芹沢が来た!はよ爆発しろ!!」
などと、はらはらしながら読むのですが…
ヤツが爆発するところも永遠に書かれることはありません。
良かったのか、そうでなかったのか…
もしかしたら、とびきり屋にお客で来ていた坂本龍馬、近藤、芹沢といった人たちの最期などは、血腥くて、この作品にはふさわしくない…
それは書かれなくて正解だったのかもしれません。