山本兼一のレビュー一覧
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天下人・信長に重用され、狩野派の頂点として「豪壮華麗」を極めた狩野永徳。彼は信長から秀吉へと受け継がれる権力の象徴として、金を多用した圧倒的な屏風画を世に送り出し、権力者の「夢」を視覚化することに心血を注いだ。しかし、その隆盛を脅かす存在が、能登から現れた長谷川等伯。何もないところから自力で這い上がり、永徳とは対照的な「水墨の深淵」や「魂を抉るような静寂」を湛えた作品を描く等伯。永徳は、己の積み上げた権威を冷ややかに見つめる等伯に対し、「自分にはないものを持つ男」として激しい嫉妬と警戒心を抱く。二人の天才は、屏風や障壁という「戦場」で、互いの芸術生命を賭けた極限の対峙を繰り返していくことになる。そしてその先に見えた花鳥の世界とは。。。特徴は、崇高な誓いを胸に、等伯に激しい嫉妬を描きながら、狩野派棟梁として描画の喜びすら見失いがちとなる部分を描いた事。そして、細部まで丁寧に描き込まれた絵画的な筆致。墨の匂いや、筆が紙を擦る音、そして絵師が筆を置く瞬間の緊張感が伝わってくるような、静謐で美しい文章は、圧巻です。じっくり読み込む作品です。阿部龍太郎の等伯をセットで読むとさらに良いですよ~。圧巻の5☆!!
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直木賞受賞作品とのことでわくわく。
タイトルも何だか好きだ。
さっそく開いて目次を見て、少し顔をしかめる。
それぞれの章のタイトルと、色んな人物名。
1人の主人公が語っていくのではなくて、色んな人の目線で語られるタイプか…ちょっと苦手な本かも。
と、最初は不安な気持ちで読み始めたものの、すぐに没頭。なにこれ、面白いやつだ。
千利休は茶道の人、くらいしか知らなかったけど、秀吉に重宝されていたとは。
そしてその秀吉に切腹をさせられていたとは。
物語はその切腹当日から始まる。
そこからだんだんと時を遡ってゆくという面白い構成。そして利休以外の人物目線もあるのが予想外に良かった。
ストーリーも面白いし構成が余計に面白くさせてるし、これは期待以上の読書だった。
千利休、茶の湯、周りの歴史人物、この本でもっと知りたいと思った事が増えた。ほかの本でも千利休の物語を読んでみたい。
そして解説が宮部みゆき。
こんなに分かりやすくてうんうん頷いてしまう解説は今までになかった。
さすがすぎる。
解説までまるっと楽しめた良き読書だった。 -
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久しぶりの五つ星!
利休切腹の当日からさかのぼり、各章が違う歴史上の重要人物の目線で描かれる。
冒頭の「死を賜る」の章で出てくる、「あの女」「殺した」「緑釉の香合」何のことだろう?どうしたのだろう?
↓以下ネタバレです
その真相は、後ろから2番目の章「恋」で明らかになる。
それは、かなり若気の至り。ちょっと冷静になりなさいよ。と思ったけど、そこは利休もまだ19歳だった。彼女も、死にたかったの?本当に?彼女を渡すくらいなら、殺して自分も死ぬつもりでいた利休ですが、それは、彼女を本当に想ってでの決断ではなく、衝動的に彼女を誰にも渡したくなかったのだと思う。とりあえず、妾になって適当にしてたら、また国へ帰れたかもしれないのに。
利休の切腹含め、現代の日本ではどうとでもリカバリーできる環境にあると思うけど当時はそんな生やさしい世の中ではなかったのであろうか。
私が特に印象に残っているものは、利休の美意識である。
これ以上、何も足さず、何も引かず、映えさせようと目論んでデザインされたものはあざとい。というのが利休の信条。文章になっているものを読んでみて「ああそうだよな」と自分で気づくことができた。手元にあるので、時々読み返してみようと思う。茶道の言葉、昔の言い回しがたくさん出てきて、スマホで調べながら読んだので時間がかかった。さすが直木賞受賞作品だと思った。 -
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ネタバレ私はこの小説を読んで、これから木槿の花を見る度に、韓紅花の衣を纏った女を思い起こすに違いない。
一度読み終えて一晩高ぶる気持ちを反芻して、翌朝一から読み直した。
再読時には、各章のところどころに韓紅花の衣の裾が見え隠れしてどきどきした。
女が閉じ込められた土蔵を「なかに美しい命が隠されていればこそ粗土の壁が輝いて見える」これこそが利休の目利きの真髄で、ヴァリヤーノのいうところの「土くれの焼き物」に美を見出だす根源なのだろう。
宗恩は気の毒だと思った。もてなしの超人を、毎日暮らしのなかで満足させるのは、さぞや神経をすり減らすことだろう。
秀吉はおそらく、利休の美的感性に嫉妬したのではないか。そして私は、悲しいがその気持ちがよく分かる。
ブランドや高価か否かは無関係にその人が手掛けるもの、持ち物、組み合わせ方など、その美しさにはっとする感性を持つ人に時折出会う。
そしてそれらは、私が何時間考えたところで思い付くものではなく、さらにどんなに努力しても身に付けることは叶わないのだ。と敗北感を感じることがある。
秀吉は天下人である自分が手に入れられない、勝つことのできないものを持っている利休を許せなかったのではないだろうか。 -
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利休の侘び寂びを 生き生きとさせてるものは
19歳の頃 出会って逃そうとした高麗のお姫様への
情だったんですね。
憧れて逃そうとして 逃げられないとわかったとき
一緒に死のうとして 相手だけを死なせてしまった。
石見銀山入りの自分のたてた抹茶で。
その人の持ってた緑色の香合を 終生持ち歩き 中に 自分が噛み切ったその人の小指だか爪だかが
入っている。
奥さんになった宗恩さんは 自分を抱いても他の人を想っている。
と思わせた 深い気持ち
利休が死んだ時 宗恩さんは その緑の香合を叩きつけて割る。
後書きで 宮部みゆきさんが
利休さん あなたがもっとも深く愛した女性は やっぱり宗恩ですね。
と書いてたけど 私は違うと思う。
自分が憧れて 自分の茶に毒をいれて殺した高麗の女性。
その人だけが 心の奥にずっといたんだと思うなあ!宗恩さんや生きてる女には勝てない争い
惚れるってこういうことなんでしょうね。 -
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本に出てくるお道具が 素晴らしいですね!
見てみたくなります。
赤絵づくし からこの器
最後の三条実美公に出す 志野焼の 虹の橋
夜 虹が出るなんてことがあるんですね。
月に虹がかかる。
本当にありうることなのかどうかは わかりませんが 死ぬ前に一回見てみたいものです。赤絵の壺に熊笹をいける
発想がすごい!
月にかかる虹を見ながら 虹の橋の茶碗でお茶をいただく。
まあ 素敵です。
うつろ花では あのしつこいお茶の若師匠をふってやります。
そして 若師匠が返さなかった 三島焼き?の外花というお茶碗を取り返します。
このお茶碗も見てみたいですねえ!
私が見たことのある 安い三島焼きの茶碗とは 月とすっぽんなのでしょうが。
こんなに素敵な本物の器に囲まれて育つと 確かに ゆずさんみたいな人ができあがるんでしょう。
見てないけど 目の正月です。
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まあ 沢山の幕末の志士たちが出てきます。
京都の古道具屋とはいえ
京で屈指の茶道具屋の一人娘 ゆず
二番番頭の真之介と 駆け落ちする。
真之介は 捨て子で 辻ヶ花の布にくるまれ 金の小さな仏像まで守り袋に入れられてた赤ん坊
訳ありですねえ
織部はんの血筋なのかどうか
ふたりで開いた古道具屋
刀から端切れから いろんなものを売っている。
1巻目の最後に やっとゆずの父親が ふたりのことを認めてくれた。
男の人が書いた話しのせいなのか
ゆずのお母さんが 身重になったとき しゅうとが
中条流で 堕ろさせようとする。生まれたのは長男
それ 普通 亭主に言うでしょう。
あなたのお母さんに 子供 堕ろされそうになったのよ。 とか
それを 父親が庇えないというのは なんかちょっと変
後継は大事だろうに
結局 母親の心は壊れてしまったのかもしれない。
これ 女の作家なら どう書くのかしら?
と思いました。 -
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くらくらする。宮部みゆきの巻末の解説を読んで、よりわからなくなる。
妬みや欲は誰しも持っている。それを志にまで昇華させることができると、表面上たおやかで凛とした佇まいになる。
利休自身がそうであったように、宗恩や高麗の女も、おそらく欲を昇華し無欲にみせることのうまい女だった。だから、互いに惹かれ合い、ただ実の心を見せることはできず離れ離れになってしまう。50いくばくかになって、しっかり恋をする利休や宗恩が美しかった。
利休が最後に腹を切ったのは、秀吉への抗いではなく、高麗の女を裏切ってしまったあの時に報いるためだったのではないか。利休はなぜ死んだのか。それが、題名の問いなのではないか。血の海にゆったりと白布をかける宗恩の姿が目に浮かんだ。
私は、死ぬ時に(死ぬ時に限らずとも)他の女のことを少しだって考えていられたら腹が立つ。後悔する気持ちも、過去においてきてほしい。そう思うのは心が女なんだろうか…