山本兼一のレビュー一覧
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己の美学だけで天下一の茶頭へと昇りつめた千利休。しかし、その鋭さ故秀吉に疎まれ、切腹を命じられる。
肌身離さず持っていた緑釉の香合の秘密とは。研ぎ澄まされた感性と気迫に満ちた人生を生み出した恋とは、いったいどのようなものだったのか。
茶道を大成し、茶聖と呼ばれた茶人・千利休と、彼を取り巻く人々について、千利休切腹の当日から19歳の若かりし頃まで、時代を逆行する形で描く時代小説です。
市川海老蔵さん主演で映画化もされた一作。
時代をさかのぼって書いていくことにより、後の(読者的には事前に読んだ)行動・言動に背景や伏線が生まれたり、逆により謎を際立たせたりしているのが上手いです。
ひりつくような美への執着や希求、それに対する周囲の妬みや羨望。どんな逆境でも折れない美学と自尊心。文章からも張り詰めた美しさを感じます。
タイトルである「利休にたずねよ」。読み終わった後、利休にいったい何をたずねたいかは人によって変わるかと思いますが、私はその美への情熱の根源をたずねてみたい。
あまり歴史に詳しくはないのですが、それでも読みやすく、一人の伝記やヒューマンドラマ、恋愛小説としても興味深く読めました。 -
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『利休にたづねよ』で山本兼一氏の作品を知り、どっぷりハマってしまった。『花鳥の夢』で本編の主人公岡部又右衛門が登場したのをきっかけに、本書を手に取った。
戦国時代の城が建つ背景がよく分かる一冊。職人気質でこれぞプロフェッショナルという魅力的な人物が多々登場し、職人の心意気のようなものが感じられ、仕事とは何かを改めて考えさせられた。
リズムよく話が展開し、章ごとに視点が変化し読書を飽きさせず、目まぐるしく時代が変化した戦国時代の話であることも相まって躍動感に溢れおり、グイグイとストーリーに引き込まれた。さすが松本清張賞受賞作品。
とびきり家シリーズもこれからの面白そうな展開になりそうだっただけに、早すぎた著者の死が悔やまれてならない。 -
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ネタバレ鉄砲鍛冶の一貫斎は、何事にも理屈、道理があると信じており、技術を学び、よい道具をつくって世の人々を幸せにすることを目標にして生きている。
夢をまことにするのが一貫斎の仕事だ。
失敗するから成功する。失敗には原因があり、それを見つけて改めれば成功すると確信している。そして成功とは、それを信じて努力を重ねた人だけが手に入れられる。人間は求めたものしか手に入らない。逆に求めていればすぐには無理でもいつかは必ず手に入る。大切なのはずっと求め続ける事だ。棚からぼた餅が落ちてくるように、怠け者が望むものを手に入れられるわけがない。人生は他人と同じ歩幅で歩かなくてもよい。自分で考え、自分の歩幅で歩けばよいのだ。仕事をするには熱意が何より重要だ。熱意は人に努力させ、工夫させ、技に磨きをかけさせ、そして成功に導く。
一貫斎は仕事は生きる楽しみだった。仕事をしていれば自分に磨きをかけれる。出来なかったことが出来るようになれば、職人として一段高みに立てる。遊びは飽きる。たまに遊ぶから楽しいのだ。
物を作るものの志としては、今ここにあるものより優秀な良いものができなければ、物を作る甲斐がない。
物はとても正直だ。一生懸命やれば素晴らしい物ができる。手を抜いたら、それだけの物しかできない。悔しいのは自分の力の限界だ。技が足りない、知恵が足りない。いろんなことが足りなくて、満足出来ない時もある。そんな時は悔しい。自分を磨くしかない。自分を鍛えて磨けば、きっとよい物が出来る。それを信じて毎日精進するのだ。作るのが大変だということと、できないということは全く違う。十回失敗しても十一回目に挑戦する。技術者にはそういう志が必要なのだ。
どうにもならないこともあるが、どうにかできることもある。何ができて、何ができないのか。願うだけではいけない。祈るだけでは実現しない。叶いそうもない夢をまことにしたいのならば、たとえどんなに遠くに小さくしか見えなくても、そこに向って一歩ずつ、半歩ずつ、いやたとえ這いまわって一寸でも五分でも前に進んでいくことが大切だ。そうでなければ、夢や願いは決してまことになりはしない。 -
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安土桃山時代に活躍した、狩野永徳が主人公。
曽祖父の代に始まった狩野一門は、足利将軍家、織田信長、豊臣秀吉など、時の権力者に愛された御用絵師の家系だから、永徳は生まれながらにしての、絵師の家の棟梁。
小説の主人公としては、少し感情移入し難い立場の人物だ。
なぜならば、芸術家の一代記となるとどうしても、「カビの生えた伝統をぶち破る風雲児」…的なキャラクターが愛される。
狩野派といえば、そういったニューカマーに対してはどちらかと言えば「敵」の立ちはだかる壁側だからだ。
(実際に永徳は、長谷川等伯に発注された仕事を圧力を掛けて取り上げたりもしている)
しかし、有名な絵師の家といっても、いいかげんな仕事をしていて続くはずはないのである。
そして、長く続く組織の中でも、新陳代謝が必要だ。
生まれながらに天才的画力を持っていても、常に、「己の絵とは何か」を追い続け、新境地を開こうとあがき続けた永徳の姿は鬼気迫るものがある。
そして、高みを目指す者が避けて通れないのが、他者の才能に対する嫉妬。
これも、長谷川等伯に対する複雑でどす黒い感情がエグいほどに描かれている。
また、上手くてもありきたりな絵を「つまらない絵」と言ってみたり、情熱をぶつけ過ぎて個性的なものを描けば今度は「見ていて圧迫感がある」と、勝手な言い分の顧客も、芸術あるある。
移りゆく時をとどめて、或いは目に映る以上の絵師の魂を込めて…襖や壁に描いたものは永遠ではなく、多くは建物とともに失われて行ったことが儚く残念だ。
一番身近な弟子として、いつも付き添っていた友松が、検索してみたら、桃山時代最後の巨匠とうたわれた有名な画家だったことを知ってびっくりでした。