山本兼一のレビュー一覧
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織田信長の暗殺に向かう人たちの恋多きオムニバス。
戦国を中心とした時代小説を得意とする山本さん、織田信長の暗殺に関わった男女を描く短編集です。山本さんといえばものづくりに魂を捧げる職人ものや、しっとりとして心温まる夫婦の描写が得意で、なんかこう、燃え上がるような恋というのは珍しい気もします。それだけにちょっと書き慣れていないというか。
ともあれ、様々な職種の人たちが様々な手法を使って信長に肉薄する暗殺もので、そのアプローチが山本さんらしくて、読んでいて楽しいです。これが「雷神の筒」とか「火天の城」とか「白鷹伝」に繋がっていてなかなかに憎らしい。山本さん好きとしてはけっこう楽しめた一冊でした。 -
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幕末の京都で道具屋〈とびきり屋〉を営む真之介・ゆず夫婦が目利きと機転で様々な困難を乗り越えるシリーズ第三作。
今回は赤絵の巻。
食欲のない孫のため、孫が好きな赤絵の鉢でそうめんを食べさせたいと願う大店の隠居。
五十鉢もの万暦赤絵買付を巡っての横槍と駆け引きの顛末。
泣き唐子の夢から始まる、赤絵の鉢が繋ぐ不思議な商い話。
など、六話。
いまだゆずに未練を抱く若宗匠の意外な一面を知る一方で、相変わらずの嫌がらせもある。
しかし今回もゆずのアイデアで乗り切る。これで若宗匠も一応の区切りは付いただろうか。
ゆずの父で真之介の元主人、老舗道具屋の店主・善右衛門もやっと商人としての真之介を認めてくれた -
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幻の城、安土城を建設した棟梁親子とお城の運命は…
織田信長が命じて築城させた、当時の日本では稀有な欧州風天守を備えた高層城は完成後六年余りで焼失し未だに材料調達や建築方法、112トンの蛇石と言われる巨石の存在等謎の多い安土城を信長に遣えた大工棟梁親子の目線で波乱万丈な信長、安土城を追ったフィクションです。
1576年に信長命により3年以内に巨大な7重層の城の建設に挑む宮大工棟梁と弟子である息子はお互いの職人としての面子に拘り同じ目標に向かってるにも関わらず噛み合わないまま日が過ぎて行くが事故や怪我、敵の妨害等で次第に結束が高まって行き様々な苦労や犠牲を払って遂に城は完成する。
その3年後 -
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幕末を幕臣サイドの視点で描いた小説を読むことはなかったので新鮮だ。勝海舟でさえ、氏を主人公に据えた著作は読んでないし。山岡鉄舟はとてつもなく豪儀で一本気な漢として描かれる。やると決めたらひたすら徹する鬼鉄さん。融通も何もありゃしないが、頭を冷やせば素直に詫びるし、己の負けをも認める。と聞けば立派なれども、ときに色道修行だの色情哲学だのと廓通いに明け暮れ、家財一式、着物も布団も売りつくし、あげく、女房は栄養不足で乳が出ずに最初の子が亡くなるって、それだけでヒトとして零点だと思ったりするのよ。さて、剣術では浅利又七郎なる達人に打ちのめされ、さらなる求道心に火がついた。この負けん気の権化、明治の世で
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ネタバレ狩野永徳の話。永徳は絵を見るときに音を聴くように心掛けている。よく描けている絵からは音が聞き取れる。風の音が心地よい深山幽谷、水音のとどろく瀑布、軽やかな流水の瀬音、鳥のさえずり、草木のそよぎ、哄笑が響き渡りそうな禅僧のたたずまい、研ぎ澄まされた静寂が耳を清めてくれる仏たち。良い絵からは、どれもはっきりと清らかな音が聴き取れるという。
永徳は、現物を可能な限り模写して粉本として手元に置き、必要な都度参考にして、絵を描いた。観念で描くのではなく、鳥にしろ、町にしろ、現物を、そのものの持つ生命力、躍動感を大切にした。
洛中洛外図を描き始めるに当たっても、己の目でその通りに何があるか確かめ、その上で -
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お話の中心となる人物が一章ごとに変わるんで、本能寺の変っていうひとつの出来事をいろんな角度から見られるのは面白かったかな。
ただ、まぁ キモとなっているのが朕だの麿だのだからかな~ 勢い良く読破って感じでは頁が捲れない。
で、まったり速度で読んでると、お武家さんがたのスピードに置いてかれちゃいそうになる。
「置いてかれた」と言えば、最後の最後。
明智さんとシンクロできる豊かな感性を持ち合わせていれば、余韻が楽しめるかもしれんけど私には無理やったです。
ぃやぁ 現代に生きている私でさえそんな感じなんだも、当時の殿上の方々には尚更、信長さんの急進っぷりったら脅威やったやろなぁ。
それにしても本能 -
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江戸時代の絵師・狩野永徳。狩野派の工房を背負う葛藤と苦悩。そして描くことへの喜び。
等伯への激しいライバル心と嫉妬心。自由に描きたいと思いつつも、伝承され続けてきた狩野派としての基礎は崩せないし、責任もある。まったく共感できない人ではあるけれど、絵にとらわれていたのか、絵を自分のものにしていたのか、苦悩に充ち満ちていたんだろうなと、ある意味気の毒になってしまった。
それにしても火事や戦乱の多い時代。どれだけの宝が燃えてしまったことか。もしも永徳の作品がもっと残っていたら、永徳は狩野派以上の絵師として、後年は祖父、曾祖父以上にもっと評価されていたのかもしれないな。