角田光代のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『まどろむ夜のUFO』はとても不思議な感覚のストーリーでした。
弟の行動も謎だらけでおかしいし、その友達の恭一の存在もおかしいです。
几帳面な同級生のサダカくんも、あまりにも几帳面しすぎて
私には堅苦しい感じがしました。
そのせいなのか、恭一の危ういところが魅力的にも思え、
もしかしたら主人公の彼女もそこに少し惹かれている気持ちがあるのかとも思えました。
恭一の言葉で「おれ本当にちゃんと覚えていてるんだぜ、
生まれたくてたまらなかったことも、そこためにすげえ努力したことも、
だから生まれるときなんてあれだよ、母親が苦しんでいるのに自分で
必死に頭動かして出ていったんだよ。あれは母親が息んで産んだじゃない、
おれが自分で出ていったんだ。ねえそれつてどういうことかわかる?
~中略~生まれたらおれたち、ナンもしなくていいんだよ。
何もしないことを自分で選べるんだよ。
だってあんなに大変な思いをしてきたんだから、これ以上大変な目にあわなくても
許されているの。こっちの世界はさ、休暇なんだぜ。~以下略」
よく赤ちゃんは親を選んで生きたい所に魂が入ると訊いたことがあるので、
もしかしたらその事を言っているのかと思いました。
けれどそれにしてもこの言葉はあっちの世界とは何処の世界のことなのだろうかと・・・
他でもこの作品ではあっち側、こっち側とありましたが、
何処の世界の事を線引きしているのかがおぼろげでした。
今でも弟がジャムを作っていたのは何の為なのかと・・・
中身は何かと余韻を残す作品でした。
『もう一つの扉』、『ギャングの夜』はある程度歳を重ねた方が読むと
この作品の味わいがよく分かると思います。
私もそんなに人生経験豊富ではないですが、
ある程度の社会経験をしてきているのでこのニ作品は頷けるところが多々ありました。
両作品ともこんな生活ではいけないけれど、
人生の中ではこんな事もたまにはあるよなというと共に、
これから頑張って生きていくという希望が見える所が良いです。
角田さんの作品は女性に人気がありますが、
私も好きで度々読みますが、やっぱり各世代の女性の心理的な面を
しっかりと掴んでいて、それをはっきりと書くのではなくて抽象的や、
比喩的に書かれていて何かで包まれているように書かれているから
心に優しく届くと思うのです。
結局三作品ともそんな感じに書かれているので、
おぼろげでもじんわりと心を和らげてくれた作品だと思います。 -
Posted by ブクログ
角田光代さんの初期中編集。妊娠が判明した瞬間、変わり者の義姉が家に押しかけてきて、自分の家庭やそれまでの生き方をかき乱されてしまう表題作ほか。
独特の気味悪さ(けなしている訳ではなく。むしろ小説に対する言葉としては褒め言葉のつもり)に満ちた作品ばかり。
この中編集を楽しむには、私は5歳ほど歳を取りすぎていたのではないかという気がする。今の私は「何故生きるか」を悩む時期は過ぎ去り、「どう生きるか」を悩んでいるので。
タイムリーに角田さん結婚のニュースが飛び込んできた。ネットをザっとみた感じだと「意外」という反応が多いけれど、私は妙に「なるほどね~」と思ってしまった。なんていうか、角田さんって、まだ心は家出してみたいロック好き少女なところがありそう(これまたけなしているわけではなく)。 -
Posted by ブクログ
これには「夜かかる虹」と「草の巣」の短編が収録されているのですが、どちらも今までの角田作品とは違う雰囲気でした。
今まで読んだ2冊の小説と同じような事を表すにしても、こちらは全体的に重い印象。
「夜かかる虹」は、性格が全く正反対の姉と妹のお話。
自由奔放な妹は姉の家に突然恋人を連れてやって来ます。
でも、その恋人を置き去りにしてさっさとどこかへ行ってしまうのです。
こういう内容のカバーを読んでコメディー要素が強い作品のようなイメージを持っていたのですが、読み始めてみるとこれがこわーいお話。
姉と妹の過去の関係を読んでいると、鳥肌ものでした。
文章を読んでいるだけで、手触りや味がじわっと広がるというのはさすがです。
そして、もう一つの「草の巣」。
これはあらすじを紹介するのが難しい不思議なお話。
続きが気になって読み進めてはみるのですが、どうもしっくりこない終わり方でした。
一人の女性が不思議な男と出会って、自分の居場所を探す、そんなお話です。
「対岸の彼女」も「空中庭園」も、角田さんの小説には居場所探しというのが一つのテーマになっているのかなぁと思っていたのですが、
この「草の巣」を読んで、さらにその気持ちが深まりました。 -
Posted by ブクログ
久しぶりに読んだ角田光代さんの小説。
あらすじはこんな感じです。
小さい頃、素晴らしい記憶力を持っていた主人公房子。
でも、大人になった彼女は平凡な主婦になっていて、毎日単調な日々を過ごしていた。
一方、小さい頃から奔放な父親のようには成りたくないと思い、常にビジョンを描いてきた宗二。
だが、大人になった彼は何もかもにやる気が持てずにいた。
そんな二人が始めた結婚生活。
宗二の
「仕事が遅くなった時に泊まるための家を会社の近くに借りたい」
という言葉から物語は動き出します。
宗二の同僚や房子の弟夫妻、そして宗二の母親と関わっていく事で、少しずつこの夫婦の関係が変化していきます。
これといって大きな出来事があるわけでもなく、大きな感情の動きがあるわけでもなく…。
でも、その淡々とした感じがこの二人の関係を表しているのかもしれないと思いました。
今まで読んだ角田作品とはちょっと違った雰囲気で、正直私は1度読んだだけでは作品からのメッセージが理解出来なかったのですが、
他の小説同様「結婚」とか「家族」がテーマになっているところは、注目です。
最後に、この小説の雰囲気を表していると思う文章を書いてみます。
「房子はときどき、自分が記憶装置のような気がすることがある。
自分というものの実体はじつはなくて、今まで見聞きしたテレビ・小説・映画・漫画・見ず知らずの他人の会話、それらすべてが自分の内に蓄積されて田所房子という実体になっているのではないか。」
というもの。
ちょっと変わった男女の結婚生活を覗けた小説でした。 -
Posted by ブクログ
34歳でちみちみとモノを書いて入るお金と安いバイトで生活する「私」は無職の彼氏と同棲中。税金の督促状が毎月来る、家賃を払うにもキャッシュコーナーでお金を借りる日々。フリーターとかニートとか、とにかくその日その日を何となく暮らしている彼らの先の無い暮らし。彼らなりに考えてはいるのだろうけど、その年でその程度の先読みでいいのか、と言いたくなる。口先ばかりの彼氏は一度ぶち殴ってやりたくなってくる。いい加減な生活なのに、それほど腹が立たないのは「私」がそれなりに一生懸命だからか。けど、この年代でこういう考えと生活ぶりの人間が増殖したらいったいこの国はどうなるんだ…あぁ不安だ不安だ。
-
Posted by ブクログ
何かを得るには何かを手放さなければならないとは
よく言われることで、
実際そのとおりなのかもしれないが、
自分が何を得て、
何を手放してきたのか、
私にはまるでわからない。
ただひとつ、
ものごとがかわり続けていくその真ん中に、
かわったり、
かわらなかったりしつつも
自分がいて、
日々おちこんだり
笑ったりし
来週にはかわってしまうかもしれない何かを
切実だと思い、
何かに深刻に向き合っている、
そんなことを思うと、
時間の流れの中に
ぽつんといる
自分というものが、
唯一、
私に測量可能のささやかな永遠であるような気がして、
どことなく安心してしまうのだ。