太宰治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ヤク中と自殺未遂という地獄の時代から這い上がろうと懸命にあがいていたころの作品中。
なんか、まだ精神病んでるせいか、やっつけな作品が多い気がする;
『懶惰の歌留多』とか『火の鳥』は、完全に途中放棄してるでしょ。特に後者は完成していたら太宰作品のなかでも結構名作になったと思うのにな~もったいない。
いくつか印象に残った作品についてメモする・
『秋風記』 人妻Kと自称・不良少年の主人公が旅館で心中しようとする話。太宰ってこの手の自殺未遂もの多いよね。。自身の体験をもとにしてるんだろうけど憂鬱になってしまう
『新樹の言葉』 故郷で世話を受けた乳母の子供たちと異郷の地で再会する話。
「投げ捨てよ、過去の森。自愛だ。私がついている。泣くやつがあるか。」泣いているのは私であった。
太宰の、更生しようと一生懸命な姿勢がうかがえていじらしい。
『火の鳥』 大作を残そうとしたけどやっぱムリでした~的な、残念すぎる作品。でも個人的にはこれが1番好きかも。女優・高野幸代の物語。色々な男性のもとから、蝶のようにひらひら飛びうつろう女の話。
よく思うんだけど太宰って女性の気持ちを語らせたら右にでるものはいないと思います。女性よりも女性の心理を穿ってるというか。可憐だなあ。
『美少女』 銭湯?で出会った美少女の裸体に釘付けになる太宰・・・ロリコンやばいよ
『春の盗賊』 支離滅裂すぎ、一番やっつけ感ひどいww
『兄たち』 文学好きな仲良し兄弟の話。3番目の兄が亡くなる瞬間まで粋紳士風であったのは、遺された兄弟を元気づけるためなのか・・・
どうでもいいがこの短編読んでて“フキヤ・コウジ”なる挿絵画家の存在を初めて知った。高畠カショウとか大好きな私にはたまらない絵柄だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ情緒に訴えかける作品が多かった。
太宰といえば「文学」「絶望」「暗い」「取りあえず暗い」というイメージを抱きがち(?)だけど、それがガラリと変わる。
表題の「女生徒」は「私」が平凡な一日をこれでもかというくらいに説明していく内容だが、朝に目を覚ますときの気分から、夜眠るときの気分まで、それがもう半端なくリアル。つかみどころがないというか、感性で語るあの年頃の女子の本質をよく捉えているというか。思考の混乱具合や、とりとめのないような文章が本当に女性的。
「おさん」と「雪の夜の話」も良かった。「女生徒」とはまた違った年の女性が主人公の話でどちらもやっぱり女の書き方は跳び抜けている。 -
Posted by ブクログ
新潮文庫から出ている太宰中期の短編集『きりぎりす』を読みました。
まず最初の、女性の独白体小説「燈籠」、特に結び方が素晴らしいので、
ぐぐっと読む者の気持ちがつかまれます。
それで、だだーっと読んでいくと、
どうもこの時期の(?)太宰はまるで自分を卑下するように、物語の主人公を卑下して、
卑屈とさえ思わせられるくらい徹底的に、自らを人間の屑だと自認するんです。
それを読んでいても決して、僕なんかにしてみたら太宰は屑になんか思えないわけです。
自分を屑とする太宰以下なのが、それを読んでいる自分だなということに、
個人的に気付かされるので、しょんぼりして寝付くという事態に陥ります。
しかし、しかし、最後から三番目の短編、「風の便り」というのがそういう読者を救うような
手立てとしての作品になっています。このあたり、編集者のうでが素晴らしいっていう
ことなのかな、しっかり理解しつくしている人が本を編んでいることが身を持ってわかりました。
「風の便り」はこの作品群の中では、世代に関する論、創作に関する論、言葉自体に対する論などが、
作家同士の往復書簡という形で弁証法的に語られています。
すごく面白かったです。
特にですね、たとえば世代に関する話ですと、上の世代に大物がいるときの下の世代の息苦しさ、
それゆえに芽を摘まれるように、才能が伸びていかないことが明らかにされています。
これはたぶん、この時代(戦前の昭和の時代)の描写ですから、そのスケッチではあるにしても、
今の時代にも十分に言えることだったりしますね。
そういうところは、その大物たる人物のせいなのです。かれらとて、そういう部分でいえば、
失敗者であり、自らの成功しか…それはそれですごいのだけれど、し得なかった、
直後の世代からエネルギーを搾取してしまったかのような存在であると言えるんですよね。
考えてみると、そういう大たる人物たちは、その作品の力によって、
「どうだ!」と同時代のクビ差、アタマ差届かない
同業者を抑えつけてねじ伏せてしまうとところが、望まぬにしろ、あります。
そして、20歳と30歳では、経験も知恵も違うものです。
30歳と40歳でもそうです。
それなのに、ハンディキャップマッチではなく、同じ条件でレースをすることになるのですから、
下の世代は不利も良い所なんですよねぇ。
いやいや、あてこすってるわけではないですよ、あげつらってるきらいはありますけどね。
そこらへんの、世代間の条件の悪さ、有利不利を言語外のところで感じて、
世代間の亀裂っていうのが生まれるのかもしれないです。
みんな、言葉でなかなかうまく言えなくても、そういうことは肌で感じていて、
とやかく論じたてても理屈がついてこないから、とりあえずつらーっと「上の世代とはつきあわねー」
とかなるんじゃないですかね。
この場合、上の世代と付き合うことによるメリットよりもデメリットが大きいと計算されたことになりますし、
そう計算された上の世代は悲しいものです。
まぁ、身一つでやっていこうという人は、へんにメリットを考えないでしょうから、うまくデメリットも回避されて、
成功するっていうパターンもなきにしもあらずな気がしませんか。
ちょっとわかりにくいかもしれない話です。
さて。
この『きりぎりす』では、今述べた「風の便り」のほかにも太宰(?)が佐渡を訪れる旅行記「佐渡」も
面白いですし、女性一人称独白の「千代女」も、真を突いていて妙っていうような佳作です。
中期の太宰治はなかなか面白いです。僕は以前に読んだ「女生徒」がお気に入りですが、
この短編集にも先にあげた作品たちが実に心を揺さぶってくれます。
まぁ、「太宰治って面白くないね」っていう人もいますけれど、
「なんでもかんでも、してもらうのがエンタテイメント」と思っている人以外には、
まあまあ高確率で「面白い!」と言ってもらえるんじゃないかなぁ。
ほんと、太宰さんは、入水などせずに、老いてからも小説を書いてほしかったものです。
それは無茶なことだったのかもしれないけどね、彼の心の中はわかりません。