太宰治のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ戦争が終わって、私たちの本当の闘いがはじまった…。没落貴族のかず子は、滅びるものなら華麗に滅びたいと、道ならぬ恋に溺れていく。最後の貴婦人である母と、麻薬に溺れ破滅していく弟・直治、無頼な生活を送る小説家・上原。戦後の動乱の中を生きる四人の、滅びの美しさを描く太宰治の代表作を漫画化。
第二次大戦は日本の敗戦を以って終了した。
が、国民にとってはそれからが塗炭の日々だった。
進駐軍が来て、全てが変わった。思想も価値観も有り様も。
日々の糧を得るために元貴族・華族のプライドも捨てねばならない一家。
田舎に移ってのみすぼらしい日々は希望の見出せない長い長いトンネルのようだった。
ちょうど「時代の変わり目」ではこのように新時代に適合できない旧時代の人間は自然に淘汰されていくことがある。
明治維新を迎えて、かつての士族が特権を次々と奪われて没落していったのと同じように。
それを「沈み行く太陽」という意味で「斜陽」と言いたかったのか?
しかし、陽はまた上るものであるということも事実。 -
Posted by ブクログ
頑強なのかひ弱なのか、
出鱈目なのか几帳面なのか、
チャラいんだか地に足が付いているんだか、
同時代に生きていないせいもあって、
そこのところはよくわからない作家・太宰治の短編集。
太宰の熱烈なファンがいたり、毛嫌いする人もいたり。
いまでいえば、タイプは違うけれども、
村上春樹さんの立場(それも流行作家としての)なのかな?
本書はやはり太宰らしくよみやすく、
そしてうまい文章ながらもどこか甘ったるさがあって、
そこらへんに好き嫌いがわかれるのだろうなあと思いました。
表題作の「ろまん燈籠」はなんと、あのラプンツェルの話。
どこまで太宰の創作で、どこまでが原作のままなのかはわかりません、
なにしろ、ラプンツェルの話はディズニーのアニメでしか知らないからです。
でも、太宰バージョンの、それも登場人物たちが物語を紡いでいくという
方式でのラプンツェルはなかなか面白かったです。
そのなかで、「どうも長兄は、真面目すぎて、
それゆえ空想力も甚だ貧弱のようである。物語の才能というものは、
出鱈目の狡猾な人間ほど豊富にもっているようだ。」
という文句がありました。
ぼくももうすこし、出鱈目になろうかなと思いもしました。
太宰治は出鱈目でありながらも、
要所要所でものごとの本質をあぶりだしてくるのがすごいところかもしれない。
出鱈目で狡猾な人間を自認していて、
良心というか本質を見る厳しい目ももっていたから、自死してしまったのかなあ。
そう分析してみましたが、岩井俊二さんの解説によると、
死ぬことに対するミーハー的な気質だったんじゃないかということで、
そういうやっぱり軽い面のある作家だったのかなあという印象を持ちました。
まあ、作家っていうのは誰しもがそうい軽さってあるとぼくは思っていますが。
もしも太宰ばかり連続して読んでみたら、
彼なりの文章の美しさや語彙が読み手にもある程度は身に付きそうですけれども、
やっぱりその甘ったるさみたいなのに辟易としてしまう可能性が高い。
ぼくにとっては、たまに楽しみで読むのがいいように思いました。
間隔を開けずに二度読みなんかすると、興ざめな文章のときもあるよね。
と、そんなことを言いつつも、おもしろく読みました。 -
購入済み
日記の断片ですか?
恥ずかしいことを、恥ずかしがりもせず、書いているという感じ。自分を戯画化することで、自意識を紛らそうとして、多分、益々辛くなるのだろう。
-
購入済み
太宰らしい、ただそれだけ
自意識でがんじがらめで身動きできない、という状況がひたすら綴られている。自分一人では耐えられない重み。だが、他人がいたら尚更堪え難いというジレンマ。
が、「作品」と言えるレベルでない気がする。 -
購入済み
権威に敏感な太宰
人間は得てして、得意分野でこそ、馬脚をあらわすということがある。思い入れが強いために、却って自分を客観視できず、暴走してしまうようだ。私はこの文章をそう読んだ。
太宰は熱狂的なキリストファンだから、他人がキリストを語ることに厳しい。あたかもゲームの「名人様」が、他人のプレイに辛辣であるように。私は太宰の小説を読むにつけ、もうちょっと思慮深い人という印象があったので、この文章での彼は少しく意外であった。
キリスト研究の「世界的」権威を否定する一方で、日本人の「世界的」思想家の名声を讃える……真珠湾前夜で、太宰も愛国心に燃えていたのであろうか?
この「世界的」人物が誰なのかは分からないが、一時の権威や名声など虚しいもの。それに一喜一憂して自分の直感を否定したのは、芥川賞を渇望してやまなかったという太宰らしいと言うべきだろうか?