野﨑まどのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレこのウィットに富んだ軽めな感じ、好きだな。他の野崎作品も読んでみたいと思う。「死なない&殺人」といえば、山口雅也『生ける屍の死』を連想するけれど、あちらはもっと重い話だったような。古典落語を知らないので「猫の皿」には落語の醍醐味みたいなものを感じ、「うまい」と思わず膝を打った。バーベキューで天名が伊藤のために肉を取りに行ったくだりや、中等部寮と高等部寮の横断幕でのやりとりが最高にウケる。声を出して笑ってしまった。変換ミスみたいな笑いはかな漢字変換の登場によって作りやすくなったのかもしれない。昔は作家の頭のなかだけが頼りだったのかと。でもこれは出てこないな。「銚子全摘(超自然的)」「チョーカー学的(超科学的)」。天名のキャラと相まっていい感じ。
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Posted by ブクログ
飲む劇薬?
いいえ、これは「読む劇薬」。
正義と悪、検察官と"悪女"の話。
恒例のジャケ買い(※運命的出会い)で出会った1冊。
なぜか私の"引き"がいいのか……価値観をひっくり返す、けれど納得の1冊に出会ってしまった。
かつて、こんなに絶望する小説が存在しただろうか。
男をたぶらかしたり、裏切ったり。でも少し可愛げのある…そんなキャラクターとしての"悪女"観は黒く塗り替えられた。
これぞ本物の"悪"。
そして作品の重要なテーマとなるのは「自殺」について。
中盤、1つの新法を巡り、様々な思惑が交錯する展開。
最初は絶対ダメ!(…やっぱダメだよね?)と思ったけど、話や状況が進んでいくと、
「……た、確かに、確かに、確かに…ああああ確かにぃぃぃ」
後半は「確かに」しか口から出てこない!
そしてラストにかけて…
恐怖の女「曲世愛」の魔の手が、読者の私の脳をも犯す。
手が震える。絶望が止まらない。嗚咽。めくりたくない。イヤダイヤダイヤダ。読みたくない。吐きそう。うっ…もうだめ。一旦休憩………これもうあと一文字でも読んだら吐く。ウギャアアアウボロロロロ。もう本ちぎる!ちぎるよ、捨てる!捨ててやる!読みたくないんだからあああああぁもう目も当てられない!!今以上の絶望なんてあるわけない。さすがにフィクションだし救われるよね?!最後は…みーんな幸せになるんだよね?!(白目)誰か…誰か。お願いだから救われて…誰か彼らを救っ………うわあああああ#@☆$%○々→¥€〆〒%◎★いやだやめてお願いだか…ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
苦しい…苦しい……
ひいいいいなんて作品だこれは……!
(読む劇薬なんてよく言ったもんだな!)
直接的な表現を使っているわけではないのに、生々しく伝わってくる「死」と「恐怖」。
いつのまにか彼に憑依するように、私もこの主人公とともに叫び、鼓動し、絶望し、泣いた……
そして本当に絶望的なのは…
この絶望がまだ終わらないってこと…! -
Posted by ブクログ
先日『水曜日のダウンタウン』という番組で、ペットと一緒にドミノを並べられるかという企画が、放送されていました。
ドミノの完成には、きちんとペットがコントロールできるかがミソです。ペットが勝手に歩き回ればせっかく並べたドミノは倒れてしまいます。
挑戦者たちはそれぞれ苦労しながら、ドミノを並べて行くわけですが、その分完成したドミノを倒すときの快感は、ひとしおではないかと思うのです。
苦労して積み上げたものを終わらせる快感……。これって小説にも応用できるように思います。ミステリの叙述トリックなんかは、読者が積み上げた世界をぶち壊します。
そして、この『バビロン』。叙述トリックではありませんが、この本も積み上げたものを終わらせる快感を、野崎さんが追い求めたからこそできあがった作品なのではないかと思います。
自殺法を巡って世界が揺れる中、開かれた世界サミット。各国の大統領や首相がそれぞれ想いを一つにし、ある問いとその答えを探し求めます。
この問いに対する答えを出すまで、作者の野崎さんはかなりの思考実験をしたと思います。そして、そのたどり着いた答えを一瞬で無に帰してしまう絶望……。
バビロンの一巻の帯に「神か、悪魔か、野崎まど、か」という言葉があります。作中の登場人物たちは曲世愛に、そして自分たち読者は、野崎さんの掌の上で、希望を見たかと思いきや、希望を見た分より深い絶望に突き落とされるのです。
これってまさに神の戯れ、あるいは悪魔の所業という感じがします。そう考えると、あの帯の言葉も決して言い過ぎということはなかったのだな、と感じてしまいます。
ここまでくると気になるのは、話の収束点。世界まで広がった絶望の物語はどこへ向かうのか。野崎さんの手腕がものすごく問われそうな次巻になりそうです。 -
Posted by ブクログ
「いつからこの小説が、ただのミステリーだと錯覚していた?」
この小説の感想を書こうと思ったとき、まずこの言葉は書いておかないといけない、と思いました。いや、もうホントにこれはヤバイ。
一巻を読み終えた段階で、この小説はヤバイという匂いがしていましたが、二巻に至ってそのヤバさが爆発します。
そのヤバさの中心にいるのは、もちろん曲世愛。不可思議で邪悪な女、というのは一巻で感じていたのですが、彼女はもはやそんな言葉では収まりません。
神話の世界にセイレーンという、海に住む化け物がいます。その歌声を聞くと船員は惑わされ、遭難や難破してしまい命を落とすそうです。
曲世愛は文字通りのセイレーンでした。ミステリの枠を超え、曲世は人の命を喰らい続けます。終盤の絶望感は、もはや言葉では表現できません……
曲世の陰に隠れがちですが、この巻のテーマである自殺の是非についても色々考えさせられます。この巻のもう一つのハイライトは、自殺法の是非を巡っての討論番組。
各党の党首が倫理面、経済面などあらゆる側面から自殺法を否定します。しかし、それを凌駕してくるまさかの展開……。この展開を持ってくることができるのも、野崎さんの奇才ぶりを見せつけているように思います。
もはや化け物と(僕の中では)化した曲世をとめることは可能なのか? そして、曲世と自殺法は世界に何を求めているのか。話は三巻へと続きます。
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Posted by ブクログ
何もかもが規格外、という褒め言葉がふさわしい作品。素晴らしい小説には、人の精神を高揚させる力があることを、読者自身の身をもって教えられることになるだろう。
前巻のあの終わりを引き継いで、次の巻がいきなりアメリカから始まるというのが、まずもってぶっ飛んでいる。正崎の登場を期待する読者にさっそくの先制パンチというわけだ。
何事もなかったかのように、淡々と。長い分量を割いて、アメリカの登場人物の描写が始まる。その描写や演出ひとつ取っても、憎らしいほど丁寧に書かれている。やがて、自分が知らず知らずのうちにこのアメリカ人たちに感情移入していると気づく頃、満を持して現れる正崎のかっこよさといったら。思わず唸りたくなるほどセンセーショナルなのだ。
物語は、作中に登場する自殺法の是非を登場人物に論じさせるだけにとどまらず、おそらく真のテーマであろう善悪の概念にまで踏み込んでいく。
しかし、そうして物語に没頭する間にも、読者はもう一人の主人公、曲世の影を文章の端々に感じてしまうだろう。何気ない描写でも、これは「彼女」の前触れなのではないかと、伏線なのではないかと疑わせるような言葉に、知らず知らずのうちに蝕まれていくだろう。
そして。
「考える人」がたどり着く善悪の姿とは。この上なく整えられた舞台に彼女が降り立つ時、何がもたらされるのか。化け物の生み出す小説に頭から飲み込まれる、全く新しい体験があなたを待っている。