飲茶のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
オーディオブックを読み直し。オーディオブックの内容は全く頭に入ってなかったことを認識。あの数時間はなんだったのか。
悟ったひとは、外見は見分けがつかない、そういうものとして、淡々と過ごしていくのかな。
脳がどうやってこの世界を認識しているのかは不明、信号を送ってるだけ、というのは新鮮。
私なんて無いし、わたしと世界の境界線なんどない。
心が映画をみていて、心は影響を受けない、というのは視覚的にもわかりやすい。心は傷つかない、誰にも犯されない。映画館で映画を見てるわたしと、映ってる映画のよう。
P346 ホントウの問題は、ただの豆にすぎないピーナッツに特別な価値を見出していた自分自身の -
Posted by ブクログ
表紙が可愛い顔して中指たててる笑、こういうメンタリティが哲学なんだろう。中2的に世の中に中指立てて言いたいこと言ってく姿勢大事。最近飲茶の本を読んでる。オーディオブックで最強の哲学入門聞いたのがきっかけ。
哲学は前任者否定をしつつ発展をしてきたのだから、流れで理解せねば。
特に最終章が痺れた。生産性が極めて高くなり、生活必需品は進化しきったなか、もはや先進国は記号を消費する社会であり、本来的にはやらなくてもいい労働をして時間を使っている。
その先には、労働をしなくてもオッケーな社会が待ってる。その時に、人間が暇と退屈をいかに優雅に過ごしていけるようになるかがポイント。暇と退屈の倫理学にも通じる -
Posted by ブクログ
あれ、ニーチェの言ってることって仏教のコアな教えと似てる?って思った。
まず本質哲学とそれを批判する実存哲学があり、ニーチェはそっちと。
んで我々は外部から押し付けられた価値観である背後世界に縛られているが、本来実存と背後世界は関係ない。神は死に、人は人生に意味がないことに気づき、死ぬまでの暇つぶしをする末人になっちゃう。道徳なんてものは弱者のルサンチマンが生み出した負け惜しみ、奴隷道徳。
輪廻を彷彿させる永劫回帰というフィクションの概念。これを乗り越えるには今この瞬間を肯定する強い意志が必要。
事実はない、存在するのは解釈のみ。すべての架空の価値観が消えた世界を体感することを大いなる正午と呼 -
Posted by ブクログ
哲学とはなんぞや?という疑問から読み始めたのだけど、何故かSFの世界に突入してしまいました。サイエンスフィクションはもはやフィクションではなく、物理学の世界ではタイムマシーンもパラレルワールドもどこでもドアも存在し得ることが証明されているらしい(ただ技術が追いついていないだけ)。難しそうな物理の話がわかりやすく面白く書かれており、物理の世界に少しだけ興味がわきました。
で?哲学は?自分とは何か?とかぼんやりとわかったようなわからないような、言葉で説明することは難しく、この世界に存在していた私は私ではないのでは?そもそもこの世界は存在しているのか?とイタい人になりそうなので、物理という学問から哲 -
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ネタバレ哲学の入門として、非常に読みやすい本だった。最後の正義に関しての考え方は、自分のなかで正しさに持っていた漠然とした考えを文章に落としてくれたようだった。まとめの方では、善く生きるとはつまり「感覚で生きる」ということにもつながっていくように思えた。(しかしそれでは宗教的正義に近いのだろうか......)
最後の締めはまさかで、嫌悪感を少し抱いてしまった。そこにまた、自分が社会の構造主義の中に染まっているのだと感じさせられよかった。自分はかねてより、同性愛の気質もあるのではないかと思っている。自分はその世界を見なければいけないのかと斜めの方向に葛藤してしまった。
正義という答えのない問題についての -
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とても読みやすかった。そして自分の考え方を客観視することができてライトな読み物ながら為になった。
まず、平等(全体の幸福量最大化)か、自由か、宗教(直観)か…登場人物の3人の女の子はいずれかに極端に振れてるわけだが、実際はこの三角形のどこ寄りかという話なのだと思う。自分は平等を語りながら、でも心の中では強い方の自由主義で、たぶん半々なのだと。平等の功利主義はパターナリズムに陥るというのも、パターナリズム自体がそこまで問題とは思わないのも本心だし、一方で強い自由主義にも共感できる。
だが何より、主人公が後半でまとめ的にいうセリフ「どの主義も全コミットできないが、前もって正義はこれだと決めつけてそ -
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理論重視の西洋編も面白かったが、こちらも読み応えがある。
東洋編はざっくり言うと「考えるな、感じろ」をテーマにしているようなノリで、読みながら頭がゆるくほぐれていく感じがある。
個人的に好きなのは、東洋哲学には“思考には限界があって、感覚や直観がそれを超える”という前提が垣間見えるところ。
悟りは難しいかもしれないが、理論と感覚の二つを使いこなせば、最強なのかもしれない。
東洋哲学の歴史や流れをざっくり知りたい人にはちょうどいい入門書で、相変わらずテンポよく読ませてくれる。
東洋哲学の入門書は、西洋哲学に比べると書店でもあまり見かけないので、こういう一冊があるのはありがたい。 -
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ネタバレとてつもなく良い本だった
難しい内容も物語だとすっと入ってきやすい
最近哲学の本を読み始めている自分にはとてもとっつきやすい本だった
人間には必ずその先に死があって、それはいつ訪れるか分からない。今この瞬間に死ぬかもしれない。いつ死ぬか分からないという考えはずっと持っていたけれど、この物語の主人公のように、でもそれは明日ではないもっと先の話と無意識に考えていた。今心臓が止まって死ぬかもしれない。明日事故に遭って死ぬかもしれない。そんな身近にある死を心に持って、死ぬ瞬間に「もう少しやりたいことはあったけど、でもまあ幸せだったからいいか」くらい思えるようにしたいなという考えが浮かんだ本だった。 -
Posted by ブクログ
東洋哲学の入門書として非常に面白かった。
平易でわかりやすく、西洋哲学との違いがよくわかる。
西洋哲学は「世界がどうなっているか」という外界への論理的な思索。
東洋哲学は「世界をどう捉えるか」という内なる世界での感覚的な体験。
昔、大学の授業で、なぜヨーロッパは発展したのか、なぜアジアは権威主義的なのか、というテーマの講義があった。
元々ヨーロッパ人にとって、自然とは「何もしなければ恵みをもたらさない。けれど、努力次第で管理できる存在」だった。
地震は少なく、中国のような大河の氾濫もない。
アフリカのように激しい高熱でもなければ、寒すぎるわけでもない。
乾燥しているから作物は育ちにくいが -
Posted by ブクログ
フェルマーの最終定理といえばサイモン・シンの著作が有名ですが、本書はそれよりも少しライトに、より身近に感じられるように描かれる。2009年発刊の単行本も持っていますが、先日書店で文庫版を見かけお布施を兼ねて購入・再読。
n≧3のとき、x^n+y^n=z^n を満たす自然数 x, y, z は存在しない。
この命題について、真に驚くべき証明方法を私は発見した。だが、それを書くには、この余白は狭すぎる。
この「フェルマーの最終定理」を巡って数世紀にわたる偉大な数学者たちの挑戦。
・人が息をするように計算をしたといわれる天才オイラー。
・男尊女卑の時代に、男装してまで大学に忍び込み数学を学んだソフィ