著者の飲茶氏による**『「最強!」のニーチェ入門 幸福になる哲学』**は、難解とされるニーチェの思想を、読者の「生き方を変える」ための指南書として、噛み砕いて解説した作品である。本書は、ニーチェの思想が、私たちを絶望させつつも、最終的には前向きな生き方へと導く力を持つことを示唆している。
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### 哲学の二つの概念と「背後世界」
本書では、哲学を「**白哲学(本質哲学)**」と「**黒哲学(実存哲学)**」の二つに分類している。「白哲学」は「意味」や「価値」など、物質を超えたものを探求する学問であるのに対し、「黒哲学」は物事に本質的な意味はないと主張し、「現実の存在(実存)」に目を向けることを促す。
ニーチェは、人間が、目に見えない「真実の愛」や「運命」といった幻想的な世界を「**背後世界**」として信じ込み、それが現実の世界に重なっていると考えることで、不幸になると指摘する。私たちは、社会から押し付けられた「架空の価値観」にとらわれ、本来存在しないハードルを自ら設定し、それを超えられないことに失望してしまうのだ。
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### ニヒリズムと「奴隷道徳」
しかし、すべての意味や価値を否定すると、「**ニヒリズム(虚無主義)**」に陥り、人生の充実感を失ってしまう。ニーチェは、ニヒリズムに陥った人間を「**末人**」と呼んだ。「末人」とは、目標や夢を持たず、ただトラブルを避けて時間を潰すだけの人生を送る人々のことである。
また、ニーチェは、一般的な道徳が「弱者の嫉妬心や恨み(ルサンチマン)」から生まれた「**奴隷道徳**」であると批判する。これは、強い人間を悪とし、大人しくて弱い人間を善とする価値観であり、現代では「**社畜道徳**」や「**道化道徳**」として形を変えて存在している。例えば、不幸な出来事を「笑い話」にすることで、本来の怒りや不満を消化し、解決への行動を放棄してしまう状態がこれにあたる。ニーチェは、このような道徳にとらわれると、人間本来の生き方ができなくなると訴えている。
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### 「永劫回帰」と「力への意志」
ニーチェは、人生の不条理を乗り越えるための方法として、「**永劫回帰**」という概念を提唱する。これは、人生が永遠に同じことを繰り返すという「最悪の世界」を想像することで、私たちが「**今、この瞬間を力強く肯定して生きよう!**」という意志を持つことを促す思想である。
さらに、ニーチェは、生物が持つ「**力への意志**」に注目する。これは「より強く成長したい」「精神的な欲求を満たしたい」という、生物本来の自然な欲求である。ニーチェは、この「力への意志」を「**芸術**」として表現することで、不条理な人生を雄々しく生きていくことが可能になると主張する。
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### 「事実」と「解釈」の区別
ニーチェの最も重要な言葉の一つに「**事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである**」というものがある。私たちは、「リンゴが赤い」というような客観的な事実だと思っていることも、実は人間が勝手に貼り付けた「ラベル(解釈)」に過ぎない。私たちは、常に自分の立場や価値観によって物事を「解釈」しており、最初から意味付けが固定された「事実」は存在しない。
この視点を身につけることで、他者から押し付けられた「こうあらねばならない」という解釈が、宇宙の絶対的な法則ではなく、単なる一つの見方に過ぎないと理解できるようになる。そして、自分自身の「実存」を第一に考え、他人から与えられた非現実的なものに振り回されずに生きることができるのだ。