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Posted by ブクログ
オーディオブックを読み直し。オーディオブックの内容は全く頭に入ってなかったことを認識。あの数時間はなんだったのか。
悟ったひとは、外見は見分けがつかない、そういうものとして、淡々と過ごしていくのかな。
脳がどうやってこの世界を認識しているのかは不明、信号を送ってるだけ、というのは新鮮。
私なんて無いし、わたしと世界の境界線なんどない。
心が映画をみていて、心は影響を受けない、というのは視覚的にもわかりやすい。心は傷つかない、誰にも犯されない。映画館で映画を見てるわたしと、映ってる映画のよう。
P346 ホントウの問題は、ただの豆にすぎないピーナッツに特別な価値を見出していた自分自身の心の動き、分別にあったのだ。
結局のところ、そういう価値を作り出していたのは自分自身であったし、そういう価値によって苦しんでいたのも自分自身であった。それはいわば、自分で障害物を置いておきながら、そこに突撃してぶつかって痛い痛いと泣き叫んでいるような状況。なんとも馬鹿げた話であった。
P374そもそも釈迦が悟ったことは、不幸とは自分自身の思考、分別が作り出しているものにすぎない、と言うことである。
だったらごちゃごちゃ考えるより、南無阿弥陀、南無阿弥陀、難しいことは何もない。
P392不安など、脳が作り出しているただの信号、物理的な作用によって排出された化学物質の刺激情報に過ぎない。つまり た だ の そ う い う 感 覚 に過ぎないのだ。
それなのに、その感覚に不安という名前、分別を与え、そこに悪いものだ、汚れたものだという価値を付与し、それを私自身と同化してしまう。
それはただの思い込み。私の心など最初から無かった。無いのだから私の心が不安になることなどありえない。
Posted by ブクログ
理論重視の西洋編も面白かったが、こちらも読み応えがある。
東洋編はざっくり言うと「考えるな、感じろ」をテーマにしているようなノリで、読みながら頭がゆるくほぐれていく感じがある。
個人的に好きなのは、東洋哲学には“思考には限界があって、感覚や直観がそれを超える”という前提が垣間見えるところ。
悟りは難しいかもしれないが、理論と感覚の二つを使いこなせば、最強なのかもしれない。
東洋哲学の歴史や流れをざっくり知りたい人にはちょうどいい入門書で、相変わらずテンポよく読ませてくれる。
東洋哲学の入門書は、西洋哲学に比べると書店でもあまり見かけないので、こういう一冊があるのはありがたい。
Posted by ブクログ
東洋哲学の入門書として非常に面白かった。
平易でわかりやすく、西洋哲学との違いがよくわかる。
西洋哲学は「世界がどうなっているか」という外界への論理的な思索。
東洋哲学は「世界をどう捉えるか」という内なる世界での感覚的な体験。
昔、大学の授業で、なぜヨーロッパは発展したのか、なぜアジアは権威主義的なのか、というテーマの講義があった。
元々ヨーロッパ人にとって、自然とは「何もしなければ恵みをもたらさない。けれど、努力次第で管理できる存在」だった。
地震は少なく、中国のような大河の氾濫もない。
アフリカのように激しい高熱でもなければ、寒すぎるわけでもない。
乾燥しているから作物は育ちにくいが、全く育たないわけでもない。
要は、適度な障害がある地域。
だから、自分たちの理性と努力をもって現状を変えようとする意識が育った。
一方アジア人にとって、自然とは「普段は恵みを与えてくれるけれど、時々、抗い難い災害を引き起こす存在」だった。
地震は多いし、大河は氾濫する。津波も来るし、火山も多い。けれど、湿潤なので作物はよく育つ。
だから、抵抗しても無駄だし、でも普段は恵んでくれるから、おとなしく従おう、という意識が育った。
だから東洋哲学においては、「世界をどう捉えるか」という内なる世界での感覚的な体験を重視したのかもしれない。
そして、「この世の苦痛はすべて自分の思い込みで、本当は何もないんだよ」という悟りを得たのかもしれない。
Posted by ブクログ
東洋哲学は、「学ぶこと」では決して理解に達することができない、と本書の冒頭にありましたが、全くその通りだと思いました。ここで、感想を書くこと自体が、理解していないことを証明する行為でありますが、書かせていただきます。東洋哲学の「私がない」という概念ですが、本書を読んで、ぼんやりと理解できた気がしています。もちろん、この感覚は「悟り」ではなく、あえて言うなら、「悟り」の入り口の門の前に立てた、とでもいえばいいでしょうか。この門の先に「悟り」があるかもしれないが、とても入れない、といった感覚です。もっとも、「門」とか「門の先」とかと表現していること自体が、「物がある」と認識しているわけで、この「物がある」という概念や思考に囚われている限り、「悟り」の境地には到達できないのだと思います。いつか「悟り」の境地にたどりつけたとして、そこはどんな景色で、どんな感覚なんだろうか…非常に興味深いです。
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