飲茶のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
なかなか秀逸な本だと思います。
少しふざけた書き方をしていますが、
それも含めて、哲学の本質みたいなところ
(私個人の認識のおいてですが)がはっきり
分かり易く書かれていると思います。
最後に現在までの哲学は基本的には、ポスト構造化
とケインズもふくめた資本主義、記号化消費主義
で死んでいて、これからの新たな哲学を生み出すと
したらそのヒーローはニーとであるというのは
少し飛躍しすぎてるようなきもしますが。
もしかしたらそうなのかもとも思えてしまいます。
ニーチェ>デカルト>ヒューム>カント>
ヘーゲル>キルケゴール>サルトル>レヴィストロウス
>ヴィトゲンシュタイン>デリタ>ボードリヤール
という流れを分かり易く説明されています。
一部ではありますが、哲学の大きな流れをとらえて
説明されてある本で、ここまでわかりやすい本は
なかなかないと思いました。
でもやっぱり少しふざけすぎという部分もありますが。。 -
Posted by ブクログ
【正義】に答えはだせない。
それ故に考えさせられる。
それでも答えを出さなきゃならない場面が訪れたとしたら…
もし、あなたが見知らぬ30人と、わが娘(大事な人など)どちらかしか助けられないとしたら、さぁどちらを助けるのか?
学校に監視カメラ(見守り君)を仕掛けられたら、そんなこと人権問題にならないのだろうか?
正義(まさよし)が正義について正義の3種類を知りながら学んでいく。
【平等の正義→幸福を重視(功利主義)】
【自由の正義→自由主義】
【宗教の正義→直観(道徳)主義】
人により正義の考え方は違う。
だが、大切なのは、自分はなぜこれを正しいと思うのだろうか?と考えること。
倫理の授業が人の考えをひとつ成長させる。
かなり考えさせられる1冊だった。 -
Posted by ブクログ
著者はあとがきで、「本書の全てを読んだとき、知の問題に共通したある哲学的な思考に気づくでしょう」と述べている。私は、それは「メタ思考」なのだと思う。つまり、自分の思考をさらに一段上の視点から捉え直すことである。
この思考は、本書の各章に通底している。数学では公理や命題を、科学では帰納主義を、量子力学では「観測するとは何か」という問題を、そして心や自我では「心とは何か」「自分とは何か」という問いを対象にして考える。さらに、そうした問いを考えている自分自身の思考にも目を向ける。
このことは、科学の歴史にも表れている。観測や実験によって得られた事実から理論を作り、それによって世界を説明してきた。しかし、その理論もまた、新たな観測や実験によって覆されることがある。科学とは、知識を積み上げていく営みであると同時に、それまでの知識を問い直し続ける営みでもあるのだと思う。
しかし、一段上から自分の思考を捉えても、その視点自体を支えている前提が存在する。そこにも前提があるなら、さらにその外側を考えることができる。このように考えると、完全に外側に立つ最終的な視点を確保することはできない。
だからといって、知ることを諦めるわけではない。自分が今正しいと思っているものも、いつか覆されるかもしれない。それでも、その可能性を含んだまま知ろうとするしかない。
ここまで考えているうちに、ある歌詞が頭に浮かんできた。それはこんな内容だ。
見てきた物や聞いた事
いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い
そんな気持ち分かるでしょう
科学は、それまで正しいと思われていた世界の見方を何度も覆してきた。そう考えると、自分が正しいと思っていることも、いつか覆されるかもしれない。そんなとき、不安に駆られたり、反発したりするのではなく、むしろ面白がることが哲学的なのではないだろうか。
「また新しい世界が見えた」ぐらいの気持ちで、自分の知識や常識が覆されることを面白がりたい。それくらいの姿勢で、知り続けていきたいと思う。 -
Posted by ブクログ
ハイデガーの哲学がとても分かりやすく要約してあった。死後の世界がどうなっているかとか、そういったスピリチュアルな描写は一切ないにも関わらず、死ぬ事が少しだけ怖くなくなるような話だった。
死を肯定も否定もせず、ただ個々人のみに起こる非代替性であると捉え、だからこそ人はスプーンや鞄のような「道具」ではない。人が死を怖がるのは、自分には代替性があり、死んでもすぐに取って代わる存在があると考えるから、という観点で死を捉えていた。
要約すると、「人はいずれ死ぬ。しかしいつ死ぬか分からない以上は今を全力で生きるべき」というシンプルな内容だが、本書を通読することによって、このシンプルな答えに少し深みが増した気がする。 -
Posted by ブクログ
哲学とは単に難しいことを考える学問ではなく、自分がどのように考え、行動するかを見直すためにも役立つものだと感じた。
特に印象に残ったのは、ソクラテスの「無知の知」という考え方である。自分が知らないことを自覚することは、新しいことを学ぶための出発点になる。自分は分かっていると思い込んでしまえば、それ以上知ろうとしなくなる。一方で、「自分にはまだ知らないことがある」と考えれば、疑問を持ち、調べ、新しい考え方に触れることができる。今後も「無知だからこそ知ろう」という姿勢を持ち、探究心を失わないようにしたい。
一方で、ただ深く考え続ければよいわけではないとも感じた。プラグマティズムのように、その考えが実際に役立つのかという視点も大切にしたい。いくら考えても結論が出ず、行動できなければ現実は変わらない。完璧な答えが出るまで考え続けるのではなく、ある程度考えたら実際に試し、その結果からさらに考えて改善する。そのように、思考を行動につなげていきたい。
また、本書の「史上最強」というテーマを通じて、最強を目指すこと自体にも意味があるのではないかと考えた。努力しても思うように強くなれなければ悔しいし、結果を出すことも大切である。しかし、最強を本気で目指すからこそ、自分に何が足りないのかを考え、他者から学び、失敗を分析し、試行錯誤を続けることができる。たとえ最終的に最強になれなかったとしても、その過程で以前の自分より成長できたのであれば、挑戦には価値があると思う。
この本から得た三つの学びは、自分の中ではつながっている。「自分はまだ知らない」と認識するから学ぼうとする。そして、学んだことを考えるだけで終わらせず、実際に試してみる。その結果からさらに学び、より高いところを目指して改善を続ける。
今後は、知らないことを恥じるのではなく、知るためのきっかけとして捉えたい。そして、考えること自体を目的にせず、学んだことを行動や改善につなげる。結果にもこだわりながら、そこに至るまでの試行錯誤にも価値を見いだし、自分自身を高め続けていきたい。 -
Posted by ブクログ
飲茶先生の著作であることに加え、「あした死ぬ幸福の王子」というタイトルの「あした死ぬのに幸福……?」という疑問に興味を持ち、本書を手に取った。
本書は、『幸福の王子』の物語を通してハイデガー哲学を学ぶ入門書である。主人公のオスカー王子は、贅沢な生活を送りながらも人生に意味を見出せずにいた。しかし、死を意識する出来事をきっかけに、自分自身の生き方と向き合っていくことになる。
本書の中心的なテーマは、人は放っておくと世間や他人の価値観に流されて生きてしまうということだ。自分では自分の人生を選んでいるつもりでも、実際には周囲からの評価や「こうあるべき」という価値観に縛られていることは多い。
ハイデガーは、こうした生き方を「非本来的な生き方」と呼ぶ。そして、本来的に生きるためには死を意識することが重要だと説いている。
もし自分が1時間後に死ぬと分かった場合、その時間まで普段通り仕事を続けるだろうか。おそらく多くの人は「そんなことをしている場合ではない」と思うだろう。死を意識することで、普段は見過ごしている本当に大切なものや、自分がどう生きたいのかという問いに向き合うことができる。それを引き受けて生きることが、本来的な生き方なのだと思う。
正直、この考え方はかなり困難なことを言っているようにも感じた。常に自分自身と向き合い続けるというのは簡単ではない。
本書では、そのための手がかりとして「負い目」と向き合うことの重要性が描かれている。人間は、自分では選べない環境や条件の中に生まれ、限られた時間の中で生きていく存在である。そのため、「これでよかったのか」と自分の人生に対して負い目を感じることがある。
その負い目に対して向き合うための考え方が「良心の呼び声」である。それは具体的な答えを与えるものではなく、心の中から聞こえる「今のお前、それでええんか?」という問いかけのようなものだ。この声から逃げず、自分自身に向き合うことが大切なのだと感じた。
本書の中で特に印象に残った言葉は、「人生は終わるまで、終わらない」である。人は死ぬ瞬間まで可能性を持ち続けており、最後の瞬間まで人生は変化し続けるという意味だと受け取った。
また、オスカー王子とヒルダの関係の変化も印象的だった。物語の序盤では、オスカー王子はヒルダを自分の不幸をぶつける対象として見ていた。しかし、物語が進むにつれて、彼女を一人の人間として向き合うようになる。
オスカー王子が最後にどのような選択をするのかは、本書の大きな見どころであり、その過程こそが「幸福とは何か」を考えさせる部分だった。ここについても「人生は終わるまで、終わらない」をよく表したストーリーであったと思う。
一方で、本来的に生きることは現代社会ではより難しくなっているとも感じる。SNSなどによって他人からの評価が可視化され、周囲の目を意識する機会は増えた。そうした環境では、世間の価値観に流されず、自分自身の人生を考え続けることは簡単ではない。
だからこそ、自分自身の負い目や良心の呼び声に向き合うことが、現代ではより重要なのかもしれない。本書を読んで、自分自身も日々の生活の中で惰性や周囲の価値観に流されていないかを考えさせられた。常に完璧に本来的な生き方をすることは難しい。しかし、少なくとも負い目から逃げず、自分自身の人生に向き合う姿勢は持ち続けたい。
『あした死ぬ幸福の王子』は、日常が単調に感じられる人や、他人の評価や世間の基準に縛られて、自分の生き方を見失っている人に刺さる一冊だと思う。 -
Posted by ブクログ
タイトルと主人公であろう青年の悲壮感MAXな表情の表紙から、さぞ陰惨な正義の物語りなんだろうと思ったけど違った。高校生の授業というベースで話は展開する。
ライトな入門書ってカテゴリーでよいと思います。
あと哲学的なおおまかな歴史。読みやすい。
著者様さすがで、非常に分かりやすく説明してくれていて腹落ちする。好き。
何からの答えを知るために、哲学を学ぶのか。
考えの幅を広げ、思考がとらわれないために学ぶのか。
まぁ大半は後者なんだろうと思う、でも...答えあるのか?
ないならなんで哲学すんだって楽しい思考の無限ループ。
本書でも一応の答え?はある。納得するかはホント個人的な判断なので気楽に読んでみてはどうかと。
ラストはパンチがきいてる...本書を読んで「なるほどー」と思って分かった気になっていると「本当に分かった?こういうことだよ...?」と特大の問いかけ、衝撃でした。