鏑木蓮のレビュー一覧
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ほおっ。
読み終えて2つの意味でため息をついた。
ひとつひとつが短編とは思えない存在感。
ジャンルでの分類など寄せつけない
枠を超えた重厚な作品群。
その作品の濃厚さ 質の高さに
文庫一冊を読み終えただけとは思えない
疲労感がたまっていたことがひとつ。
鏑木蓮さんの作品には 実際の世界を生きる
人間の煩悩や感情がダイレクトに再生され
読む側の人生のどこかに 巧まずして重なる。
登場人物の中の誰かの苦悩や感情が
わたしの心奥の何かにシンクロしたらしい。
その重みに反応してしまったことがもうひとつ。
生と死が織り交ぜられ
それが一元的な観念であるかのように迫る。
途中で読むのをやめられないくらいの
息詰まる感じがあって 読み通した。
容赦なく目に飛び込んでくる現実の恐怖に
疲労困憊したが それほどの力のある作品群。
しかし生の喜びが心に残るものも。
「京都ねこカフェ推理日記」
「水の泡」
この二編に心が少しほぐれるのを感じた。
力のある作品と向き合う作業は
読書の愉悦だが リアルに疲れるものである。 -
Posted by ブクログ
推理小説はふたつの効用がある。一つは、頭の体操のクイズ雑誌が根強く売れるように、娯楽として大きな需要があるので利益が見込めるということだ。一つは、犯人を特定するためにはその周りの風俗・社会状況を詳しく描かなければならないから、対象の周りに興味のある読者ならば格好の解説書になるということだ。
世の中に宮澤賢治ファンは多い。かくいう私も、もう既に45年来のファンである。岡山の地から既に二回も賢治を慕って花巻を旅したし、一回は偶然、賢治の旧居前で弟の宮澤清六さんと言葉を交わしたことさえある。
だからこそ、こういう小説には惹かれてしまうと同時に、悪態をつかざるを得ない。
時代はまだ賢治が農学校の教師をしていた頃であり、素封家の家の恩恵を受けながらも嫌っていた時である。友人の藤原嘉藤治をワトソンにして、ホームズのように推理をする。私も泊まったことのある大沢温泉の混浴川風呂から見えた河童の話を見事に推理してゆく。いろんな細かい描写が、あゝ大正11年の花巻はこうだったに違いないと思わせてくれて、嬉しくなる。賢治と父親との微妙な関係にも異論はない。しかし、やはりどうしても賢治が殺人事件に首を突っ込むような、こんな大変なことに二度も三度も入ってゆくのが違和感あってたまらない。いくら、そこから派生した詩や短歌が、それとなく提出されようとも、賢治の作品にこれらの事件が大きく影響されなかったはずはないからだ。事件はフィクションだよと、言われようとも、賢治ファンとしては、作品を穢されたようで、やはり我慢出来ないのである。
そういう意味では、殺人事件にもならない第一章と四章、特に一章は、良くで来ていたと思う。ただ、正直続編は読みたくはない。 -
Posted by ブクログ
(「BOOK」データベースより)
舞鶴でロシア人女性の遺体が発見された。時を同じくして抑留体験者の高津も姿を消す。二つの事件に関わりはあるのか。当時のことを綴った高津の句集が事件をつなぐ手がかりとなる。60年前極寒の地で何が起こったのか?風化しても消せない歴史の記憶が、日本人の魂を揺さぶる。第52回江戸川乱歩賞受賞作。
乱歩賞はあまり信用しないというか、はっきりいって今後活躍が期待される新人賞ぐらいのものなので、あまり期待しすぎてはいけないと思いながら読むようにしています。
が、これは久々に乱歩賞物読んでよかったと思わせる力量のある本でした。盛り込みは多いですが、シベリア抑留という悲劇への言及と、人間の品格みたいなものが良く書かれていて胸を打ちました。
ただ乱歩賞という足かせによって、起承転結で結が間延びしてしまったような気がします。僕的に謎解きってがっちり書かなくても良いと思っていて、この話ならもっと人間ドラマとして押して行ったらもっといい作品になったんじゃないかと思います。
あと、刑事と出版の人の両方が等分に役割が割り振られていて、どちらが主体がぼやけているような気がしました。これならばもっと出版の側に重きを置いた方が面白かったかなあ。 -
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ネタバレ鏑木蓮さんの作品を読み終えて
ほおっと息をついたのはこれで
何度めだろう。
ミステリーというジャンルの中で
多くの人たちのたくさんの思いを
ここまで丹念に解き明かしてゆく。
その筆力にいつものめり込んでしまう。
作者の代わりにその水先案内を務めた
中原の信念に胸を衝かれる。
人の罪は消えない。誰もが悪であり
なんらかの罪を背負っている。
せめてその罪を積み重ねないように。
そんな中原の正義に その行動の誠実さに
この作品を読むことの価値があると思う。
食と栄養が人の基本にあるなどということ
にまで思い至らせてくれたことに…敬服。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ鏑木蓮氏の 人を見守る視線のあたたかさは
もうこの頃から育まれていたんですね。
処女作からは 格段に進化された作品だと思います。
対人医療と動物医療 二つの専門領域にまたがる
広範な知識と論理立ては 気が遠くなるほどの綿密な取材
なくしてはあり得ないでしょう。敬服しました。
鏑木作品を読むといつも思うのですが 本当にすべての
登場人物に向けられる視線があたたかい。やさしい。
発端の殺人は
複雑で醜い人間模様の広がりの入り口にも過ぎず
本当の事件は
それぞれの立場とそれぞれの自己尊厳 他者への敬愛
人間ならば誰しも理解できてしまう真摯な感情
そんな人の思いが生んでしまう悲劇だった。
背負うものがあってこその人生。
この言葉を強くかみしめたい。
追記 この作品から既に宮澤賢治…そして
イーハトーヴが出てくるとは! -
Posted by ブクログ
鏑木蓮さんは不思議な方だと思う。
ここまで人の心の描写に時間と
手間暇と言葉を尽くす作家を
私は他に知らない。
ひとりひとりがそれぞれに与えられた
立場や境遇の中で一生懸命に他人を励ます。
背負った…あるいは背負わされた過去に
時に心を揺さぶられながら、それでも
他人の心に寄り添い、自らもまた成長していく。
正解はない。正解は自分たちで作るものだ。
そんな実相の言葉が
過去や現在にとらわれるのではなく
それもまた自分自身なのだと受け止めて
よりよい未来へと踏み出すように励ます
とびきりの応援歌のように聞こえる。
自分を励ます一番の方法は
誰かを励まそうと努力することである。
ここ近年の暮らしの中で この言葉が持つ意味は
全身でわかるような気持ちになっている。
思い出探偵はまだ続くようだ。
もっともっと彼らを見ていたい。 -
Posted by ブクログ
名探偵:宮澤賢治
ワトソン:藤原嘉藤冶
ケンジ、カトジと呼び合う。
『ながれたりげにながれたり』
『マコトノ草ノ種マケリ』
『かれ草の雪とけたれば』
『馬が一疋』
短編が4編。
2編めは、ええっ、宮澤賢治なのに血腥い!…と思ったけれど…
岩手の風土や、時代の空気、農民の生活事情が丹念に描かれていて、「賢治の時代」に入り込むことが出来る。
賢治は、村人の困り事の相談に乗ったり、争議の調停をしたりしていたことが、作品からも読み取れるから、具体的にはこんなこともあったかもしれないな、と想像させる。
賢治好きには嬉しい1冊。
方言による会話も、読み進むうちにすっかり慣れた。 -
Posted by ブクログ
老人の孤独死をテーマに描かれた本。
映画監督を夢見るビル管理のアルバイト青年がある日、孤独死した老人に出会う。そのまま終わるはずだったが、その老人がかつて映写師であり、また自分で撮った作品を遺品として残していた。それを見た青年の中に「この老人はどんな人だったのか撮りたい」という熱い情熱が燃え始める。
本書の骨子は、現在孤独死問題に挙げられている人々は戦争を経験した最後の世代であること。
その人生の極限状態を生き抜き、その後も生きてきた人々で、その間には数多くの縁、つながりがあってきたはず。
それを現在のつながりだけを見て孤独死はかわいそうだ単純に判断するのはおかしいと思う。
むしろ上から目線で、失礼にあたるかもしれない。
だから孤独死したからと言って同情するのではなく、その人の歩んできた人生、培ってきた縁があったことを意識してほしい。
という提言には思わせることがある。
どこにいても人の縁は生き続けるというのは元気がもらえる。