古沢嘉通のレビュー一覧
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ボッシュのシリーズ9作目。
ロス市警を辞めて1年になるハリー・ボッシュが心残りのある事件を追って活躍します。
映画会社に勤めていた若い女性が殺された事件を捜査していた時、映画撮影の場で200万ドル強奪事件に遭遇、銃撃にも加わったボッシュ。
ところが強奪事件が大きすぎたために管轄が変わり、目撃したにもかかわらず捜査から外されていました。
その後、女性の事件が何の進展もなく放置されていることを知り、新たに証拠を調べ始めます。
事件に関わった元刑事が今は半身不随になっているのを訪ねたボッシュに市警とFBIから妨害が入り、そうなると止めるどころか絶対に後に引かないのがボッシュ。
原著は03年、日本では05年9月発行の本です。
刑事を辞めたために前ほどぴりぴりしていないような〜はじめのうちは展開も緩やか。
運命の女性エレノアとの再会も丁寧に、じりじりと描かれます。
半身付随の元刑事とその妻との出会いも描写が生半可でなく、この作者の鋭さを感じます。
そういえば、このシリーズは有能で魅力的な女性が意外なほど、たくさん出てくるのです。現実を反映しているのでしょうか? -
Posted by ブクログ
ボッシュ・シリーズ。意外とこのシリーズってアクションものっぽい要素があるなとよく思うんだけれど、今回も、氾濫しそうな川を流されるとか、はらはらするシーンもあっておもしろかった。・・・・・・だけど、先に読んだ「ザ・ポエット」のほうがおもしろかったような気が。その続編なので犯人がすでにわかっているせいか? 「ザ・ポエット」の主人公のジャーナリストが出てこなかったのも寂しかった。好きなキャラクターだったので。FBI捜査官レイチェルも前作のほうがしっかり書き込まれていた気がするし。そして、わたし、てっきりボッシュはエレノアとよりを戻すと思い込んでいて、ボッシュはどんな家庭生活を送るのかなあ、とのんきに楽しみにしていたのに、そういう展開ではなくてちょっとがっかり。コナリーのノンシリーズ「わが心臓の痛み」はクリント・イーストウッドで映画化されている(この本も読まなきゃ!)。で、あの映画はどうだったこうだったという話がこの作品中によく出てきて(つまり、本のなかでは、実際起きた事件が映画化されたことになっている)、そういうのを読んでいると、なにが現実なのか架空の話なのかふとわからなくなったりしておもしろい感じがした。なんだかロサンジェルスには本当にボッシュがいるような気がしてきた。。。。
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Posted by ブクログ
現実と夢の境界が曖昧に溶けていく独特の読書体験を与える作品だった。
主人公ピーターが現実世界と夢諸島を行き来する構造は非常に魅力的で、どちらが“本当”なのか分からなくなる感覚は、どこか村上春樹作品にも通じるものを感じた。
一方で、ピーターの人物像には強い苛立ちも覚えた。特に終盤、女性に原稿を読んでほしいと執拗に頼む場面は痛々しく、自分の存在を他人に承認してもらおうとする必死さが露骨に表れていて印象的だった。彼の行動は共感しづらいが、その不器用さや逃避の姿勢にはどこか現実的な怖さもある。理解しきれない部分を残しつつも、読後にじわじわと思考を刺激し続ける、不思議な余韻を持った一冊だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ上巻で積み上げられた「翻訳の魔法」という独創的な舞台装置は、下巻に入ると一転して、救いのない破滅へと突き進む。
全編を通して流れるのは、あまりにもダークで閉塞感に満ちた空気だ。最終的にロビンたちが選ぶ「自決」という結末にはほとんど希望が残されず、読み進めるのはなかなかに苦しい体験だった。
読後、強く感じたのはこの物語が持つ重層的な「政治性」だ。
銀のパワーで世界を牛耳るイギリスに対する「翻訳者たちの人生を賭けた儚い反乱」という構図。それは単なる歴史ファンタジーの枠を超え、現代における「アメリカ・英語・テクノロジー」という覇権に対する強烈なアンチテーゼのように映る。著者のルーツを思えば、効果的な翻訳対として中国語が選ばれていることも偶然ではないだろう。
ただ、設定については好みが分かれるところかもしれない。
「銀に刻まれた言葉の差異がエネルギーを生む」というアイディアは面白いが、それが国家インフラを支える絶対的な力であるという設定は、歴史の重みに比して少々ファンタジーに過ぎる、浮いた印象も受けた。私が歴史的な事実に惹かれる性質だからかもしれないが、地に足のついた説得力という点では一歩譲る感がある。
また、本作を取り巻く「大人版ハリー・ポッター」という宣伝文句やTikTok(BookTok)での熱狂的な支持は、興味深い現象だ。これだけ「痛みを伴う読書体験」が熱狂的に受け入れられる背景には、読者側の切実な感情的ニーズがあるのかもしれない。ただ、マーケティングと作品の評価が不可分に結びつく現代の受容環境において、その熱量がどこまで純粋に文学的共鳴によるものかは、一読者として素直に判断しかねる部分もある。
唯一、わずかな希望として残されたヴィクトワールの存在が印象深い。彼女の母語が、支配者の言葉と現地の言葉が混ざり合った「クレオール」であるという点。それは純粋な革命や魔法のシステムからは弾かれるものの、泥臭く生き延び、世界を形作っていく人間の逞しさと諦念を象徴しているようで、著者の文学的な意図を最も強く感じた部分だった。
「読む価値があったか」と問われれば、正直なところ判断に迷う。しかし、今この時代にどのような「怒り」や「物語」が世界で求められ、消費されているのか。それを知るための非常に現代的な資料として、興味深い読書体験であったことは間違いない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「翻訳で失われる意味」を魔法のエネルギーにするというのは独創的な設定ですね。
上巻の半ばまでは、正直なところ物語の運びが少し回りくどいと感じる部分もありました。著者自身のオックスフォードに対する強い思い入れや、アジア系学生としての複雑な視点が色濃く反映されているせいか、必ずしもストーリーに直結しない衒学的な描写も多く、もっと軽快なエンターテインメントを期待していた身としては、少し足踏みをしているような感覚があったのも事実です。
しかし、主人公たちがイギリスを離れ、広東へと渡るあたりから物語の相貌が一変します。
それまで「知識」としてしか知らなかった植民地主義やアヘン貿易の残酷な実態を、彼らが最前線で「現実」として突きつけられる。その圧倒的な不条理を経験した結果として、ロビンが実の父であり支配者でもあるラヴェル教授を殺害するという凄絶な決断を下す流れには、強い説得力がありました。
そこでようやく、本作が単なる魔法学園ものではなく、差別への抗議や、不実な支配体系への反乱を描く「切実な物語」であることが明確になった気がします。
林則徐が登場し、アヘン戦争という実在の歴史のうねりに物語が飲み込まれ始めてからは、一気に引き込まれました。著者が自身の経験を通して抱いてきたであろう「怒り」の熱量が、ここからどう爆発していくのか。期待を持って下巻を手に取りたいと思います。