三浦綾子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ夫婦そろってキリスト教の信者であることは知っていたけど、こんなにも生活が宗教中心であるというのに驚いた。
まあ、キリスト教団の機関誌に書かれたエッセイだから、というのもあるのだろうけれど。
時代的に個人情報がダダ洩れで、作家のもとにファンが訪れることも稀ではなかったとしても、あまりに多くの人々が、気安く、頻繁に、時間を問わず、悩み相談に訪れたり電話したりするのにも驚くけれど、気真面目に何時間もそれにつきあわざるを得ない(締め切り間近だとしても)作家の方も大変な時代だったんだなあ。
職場にもキリスト教徒の人が何人かいて、アメリカに数年出向していた人に「実際、進化論についてどう考えているんですか?」と聞いたとき、「あれは、一つの論ですから」ときっぱり言われたことがある。
東大出身でもそうなのか…。
別の後輩は教会で知り合った女性と結婚したが、「やっぱり共に暮らすなら、同じものを信じて生きていくほうがいいじゃないですか」と言われ、宗教ありきの結婚生活というのもありなんだ…と思った。
私自身が特定の神を信じているわけではないので、生活の中心に宗教があるというのが、実感できないのだ。
イスラム教の方々のお世話をしたこともあるけれど、私には大変に思える生活上の制約が、まったく苦になっていないのを目の当たりにして、宗教というのは単なる文化以上のものなのだなあと思ったものだ。
三浦綾子が仏教より神道の方が上だと考える根拠は、より抽象的だから、だそうだ。
確かに神様の像を祀ったりはしていないけど、日本の神さまはどこにでもいるのだから、逆に具体的なのかもしれないとも私は思った。
仏教の方がキリスト教に近いような気はするけれど。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ三浦綾子の自伝第3部。前2作のような日々のエッセイというよりは、信仰の手引きのようなエッセイ。人間の原罪とは何か、虚無に陥るということ、祈るということ、など章立てで語られている。
人間はどうせ死んでしまうのだから全て無意味、というような虚無に人は陥ってしまうが、どうせ便として排泄されるのだから食べ物を直接トイレに流すのが間違いであるように、食べ物は食べて生きるエネルギーを得て残り滓を排泄するものであって、人生も死ぬ前にいかに人に光をもたらすような生き方ができるかが大事、というのがなるほどなと思った。どんな人間も自分に甘く他人に厳しく、他人がしたことを許すことは難しいし他人の悪口を言ったことのない人間もいない。そんな罪深い人間であることを自覚し、低く低く謙遜する者にこそ、神の偉大さがより分かる。私も人と比べて優越感を持てることを探したりしがちで、そうでないと自分を保てないような弱さを感じるから、そんな謙遜な人間になりたい。重病で点字訳の聖書を舌で読む人の顔が喜びに輝いていたり、苦労して育てた一人息子を殺された母がその犯人の受洗を喜んでいたり、客観的に見れば不幸に思われる境遇の人がそうしたことに幸せを感じる心のあり方って、どうしたらそうなれるんだろうか。 -
Posted by ブクログ
手に取った動機は「同病相哀れむ」気持ちから。
そう。僕自身がつい最近、晩年の著者を苦しめた難病、パーキンソン病の診断を受けたことが大きい。同じ病と闘いながら、後世に「日記文学の名作」とも評される本書を遺した著者の足跡に惹かれ、一気に読み終えてしまった。
著者・三浦綾子の名と、彼女の出世作「氷点」のことは知ってはいたが、著作を読んだのは本書が初めてでは無かったか。そしてこれが驚くほど読み易い。それが、単に平易で簡明な文章であるからのみならず、著者の一貫した、決してブレることのない価値観(信仰と云ってもよい)と洞察に裏打ちされた、表裏の無い無垢な視座、心情から湧き出た文章であるから、ということをつくづく感じ入る。
そして感服するのが、本書に描かれる夫の妻への献身ぶり。誰が真似できようか。
冒頭から最終ページまで絶え間なく綴られるパーキンソン病の症状や苦しみ。当時から30年超を経た現在と比べれば、治療法の効果や選択肢も大きく異なり、患者の苦しみも如何ばかりだったか。それでもその病を決して苦にせず、神が与えた使命と受け止め前向きに生き続けようとする著者の姿勢、眼差しには、キリスト教とは全く無縁の自分でさえも、甚く感銘を受け、尊敬の念を禁じ得ない。
同病の一人として、大いに勇気と力を与えられた。 -
Posted by ブクログ
手に取った動機は「同病相哀れむ」気持ちから。
そう。僕自身がつい最近、晩年の著者を苦しめた難病、パーキンソン病の診断を受けたことが大きい。同じ病と闘いながら、後世に「日記文学の名作」とも評される本書を遺した著者の足跡に惹かれ、一気に読み終えてしまった。
著者・三浦綾子の名と、彼女の出世作「氷点」のことは知ってはいたが、著作を読んだのは本書が初めてでは無かったか。そしてこれが驚くほど読み易い。それが、単に平易で簡明な文章であるからのみならず、著者の一貫した、決してブレることのない価値観(信仰と云ってもよい)と洞察に裏打ちされた、表裏の無い無垢な視座、心情から湧き出た文章であるから、ということをつくづく感じ入る。
そして感服するのが、本書に描かれる夫の妻への献身ぶり。誰が真似できようか。
冒頭から最終ページまで絶え間なく綴られるパーキンソン病の症状や苦しみ。当時から30年超を経た現在と比べれば、治療法の効果や選択肢も大きく異なり、患者の苦しみも如何ばかりだったか。それでもその病を決して苦にせず、神が与えた使命と受け止め前向きに生き続けようとする著者の姿勢、眼差しには、キリスト教とは全く無縁の自分でさえも、甚く感銘を受け、尊敬の念を禁じ得ない。
同病の一人として、大いに勇気と力を与えられた。