三浦綾子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
わだしは、この子供らが、ぞっくり大きくなったら、今月はチヤの家、今月は三吾の家、今月は多喜二の家と、布団の皮を剥いで、洗い張りしてやったり、打ち直して綿を入れてやったりしてやるべーって、夢みてたの。
ねえ、あんたさん、わだしの願いは、欲張りな夢だったべか、無理な夢だったべか。そんなつもりはなかったども、あんな小っちゃな夢でも叶えられんかった。
わだしが思うに、右翼にしろ、共産党にしろ、キリスト教にしろ、心の根っこのところは優しいんだよね。誰だって、隣の人とは仲よくつき合っていきたいんだよね。うまいぼた餅つくったら、つい近所に配りたくなるもんね。むずかしいことはわからんども、それが人間だとわだしは思う。
そりゃあ人間だから、悪いことも考えるべさ。ある時は人ば怒鳴りたくもなるべさ。でも本当は、誰とでも仲よくしたいのが人間だよね。
それだのに、人間は、その仲よくしたいと思うとおりには生きられんのね。ちょっとのことで仲違いしたり、ぶんなぐったり、あとから後悔するようなことばかりして、生きていくのが、人間かね。 -
Posted by ブクログ
わだしは、この子供らが、ぞっくり大きくなったら、今月はチヤの家、今月は三吾の家、今月は多喜二の家と、布団の皮を剥いで、洗い張りしてやったり、打ち直して綿を入れてやったりしてやるべーって、夢みてたの。
ねえ、あんたさん、わだしの願いは、欲張りな夢だったべか、無理な夢だったべか。そんなつもりはなかったども、あんな小っちゃな夢でも叶えられんかった。
わだしが思うに、右翼にしろ、共産党にしろ、キリスト教にしろ、心の根っこのところは優しいんだよね。誰だって、隣の人とは仲よくつき合っていきたいんだよね。うまいぼた餅つくったら、つい近所に配りたくなるもんね。むずかしいことはわからんども、それが人間だとわだしは思う。
そりゃあ人間だから、悪いことも考えるべさ。ある時は人ば怒鳴りたくもなるべさ。でも本当は、誰とでも仲よくしたいのが人間だよね。
それだのに、人間は、その仲よくしたいと思うとおりには生きられんのね。ちょっとのことで仲違いしたり、ぶんなぐったり、あとから後悔するようなことばかりして、生きていくのが、人間かね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ印象に残っているのは、いよいよ最期のとき。
侍女や自分の子供との別れを惜しみつつ、
キリスト教信者であるため自害ができないので、
家臣から命をうばわれる際、何を思ったのか自分の髪をまとめてから首を差出した…
これには家臣もとまどいつつ「切腹ではないので」というような!?ツッコミをいれると、ガラシャ曰く「間違いましたか」と言って微笑したあと、胸元を開いたところを槍でひと突きされ命を絶たれた。
この緊迫した場面でのユーモアというか天然ぶりというか…
死ぬのは嫌だろうし切ないだろうし、なのにボケて微笑までするなんて…
これだけで、ガラシャの人柄や潔さや負けず嫌いな感じとか、いろんなことを想像させられた。
もしもガラシャが男性だったら、おそらく良き武将になって、光秀と3日だけではない天下をおさめていたかも。
こんな場面を書き上げる三浦さん…さすがです。
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Posted by ブクログ
ネタバレ夫婦そろってキリスト教の信者であることは知っていたけど、こんなにも生活が宗教中心であるというのに驚いた。
まあ、キリスト教団の機関誌に書かれたエッセイだから、というのもあるのだろうけれど。
時代的に個人情報がダダ洩れで、作家のもとにファンが訪れることも稀ではなかったとしても、あまりに多くの人々が、気安く、頻繁に、時間を問わず、悩み相談に訪れたり電話したりするのにも驚くけれど、気真面目に何時間もそれにつきあわざるを得ない(締め切り間近だとしても)作家の方も大変な時代だったんだなあ。
職場にもキリスト教徒の人が何人かいて、アメリカに数年出向していた人に「実際、進化論についてどう考えているんですか?」と聞いたとき、「あれは、一つの論ですから」ときっぱり言われたことがある。
東大出身でもそうなのか…。
別の後輩は教会で知り合った女性と結婚したが、「やっぱり共に暮らすなら、同じものを信じて生きていくほうがいいじゃないですか」と言われ、宗教ありきの結婚生活というのもありなんだ…と思った。
私自身が特定の神を信じているわけではないので、生活の中心に宗教があるというのが、実感できないのだ。
イスラム教の方々のお世話をしたこともあるけれど、私には大変に思える生活上の制約が、まったく苦になっていないのを目の当たりにして、宗教というのは単なる文化以上のものなのだなあと思ったものだ。
三浦綾子が仏教より神道の方が上だと考える根拠は、より抽象的だから、だそうだ。
確かに神様の像を祀ったりはしていないけど、日本の神さまはどこにでもいるのだから、逆に具体的なのかもしれないとも私は思った。
仏教の方がキリスト教に近いような気はするけれど。