ポール・オースターのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
はじめに『ブルックリン・フォリーズ』を読んでポール・オースターにはまり、初期のニューヨーク三部作、『ムーン・パレス』、『偶然の音楽』と読んだ。
初期の作品から間を飛ばして後期の本作を読んだので作風の違いに驚きもあったが、歳を重ねたオースターの厚みを感じられる、心にずっしりとくる素晴らしい小説だった。
物語の前半は他の作品と比べて何だか入り込めなかった。今までの作品には魅力的なストーリーと絶妙なユーモアが入っていたのだが、本作は様々な人が抱えている人生の重たい荷物が淡々と描写されていく。
読んでいて辛いわけではないが、今までの遠くへ連れて行っていってくれるオースターではない。今まで読んだ作品のような破滅に突き進む主人公は居らず、過去を背負ながら「今、ここ」で生きていく人々が確かな存在感を伴って描かれている。
オースターの前期の作品から急に後期に飛んだので、ちょっとついて行けてなかったのかもしれない。それでも作家としてのテーマの繋がりはひしひしと感じるのが嬉しかったり、ニューヨークのブルックリンという都会が持っている孤独感にちょっと居心地良い気がしていたりする。
静かな小説ではあるが、地下に熱いものが流れているのは感じた。
そんな感じで前半はずっと淡々とそれぞれの人物の背景を描いてきたが、後半はそれぞれの人生が絡まり合いながら一つの物語に集約していく。初期のオースターは一人の男の人生を掘り下げてきたが、晩年は家族や友人といった人生の交差をより複雑に描いているのではないか。そういえば『ブルックリン・フォリーズ』もそうだった。それぞれの立場や目線が積み重ねていくことで、人が生きることをこれほど深く表現できるのかと驚く。
現代を生きる人々のドラマを、演出は極力抑えながら写実的なスケッチを何枚も重ねていく。ストーリーとしては地味ではあるが、個性的な登場人物の内面が驚くほど丁寧に書き分けられている。文体まで変わっているので別の人が書いたかのようだ。単純に文体を変えるのではなく、それぞれに真に迫る気持ちが込められている。
表には出さないが、誰しもが答えのない葛藤を抱えていて、それが切なくもあるが温かい気持ちになる。
決してワクワクするような物語ではないが、深い余韻が残る。ストーリーも重いテーマだが存在感としての重量を感じた。その重たさが本作の一番の魅力になっている。
アメリカで2010年に発行された本作は、多くの作品と同じように、経済危機によって国が崩壊していくように感じられた当時の空気感に対して書かれた物語なのだと思う。群像劇ではあるが舞台は狭いコミュニティにまとまっているし、それぞれの考え方の違いはもちろん、共通の時代性が見えてくる。
そんな閉塞感のある現代をよく表していて、国は違えどとても身近に感じた。今を生きる人なら登場人物の誰かに共感できるはず。読む人によって感想が全く変わる面白い小説でもあると思う。
明るい未来は期待できない時代に、手に触れられる物や肉体的な物事に向かっていくのは自然な流れなのかもしれない。
誰のものでもない家に、いつ無くなるのかわからない恐怖を心の隅に追いやりながら暮らす。この生活が永遠に続くとは誰も信じていない。しかし、その中で自分と向き合いながら何者かになろうとすることは、ニュースが報じる悲惨で可哀想な(プアな)印象とはまるで違って、とても人間らしくて温かいものがある。
ポール・オースターはそんな人々にいつも寄り添ってくれる。今読めて良かった! -
Posted by ブクログ
1947年ニューヨーク、私立探偵ブルーは、ホワイトという男からブラックという男を見張り、報告書を送るよう依頼される
ブルーはブラックの部屋の向かいにあるアパートに住み、見張り始めるが、何も起こらない。監視を始めて1年が過ぎた頃ブルーは見張られているのはむしろ自分なのではないか、という疑念を抱き始める
よく理解できなかったのでまた時間をおいて読み直したいと思う。そしたらまた違う解釈がでてくるかもしれない。
私には難解でした。
〈考察〉
ブラックについて⋯
ブラックは自分を見ているブルーを必要としていた。自分が生きているあかしとして。自分が何をしていることになっているか、自分自身が忘れないため、ブルーはブラックを見張り、決して目を離さずその視線を食い込ませた。自分の存在証明をさせるためにブルーが必要だった。
そしてブルーがいたから、なすべき仕事をやり遂げられた。ブラックが書いていたのは、ブルーの報告書をもとにしてかいたブルーの物語。
ブルーについて⋯
ブルーは反対に何ひとつ成し遂げていない、ブラックを見張ったその日からずっと失われたままの状態。いつも一人で、自由ではなく、束縛された状態で。
自分の人生を築きあげてもいない。現実を生きていない。そのかわりにブラックを見張り、観察し、ブラック自身が存在していることを証明していた。
ブルーは自分がブラックの存在証明させられていたことに、そのことに怒りに駆られてブラックを叩きのめしたのだろうか?
自己のアイデンティティを喪失しかけたことに腹を立てたのだろうか?
自分がブラックと一体化しているように思えたり、反対に切り離されていると思えたりして、自分が誰なのかもわからなくなってきてた
孤独を感じ恐怖を感じ、なぜこんなに目まぐるしく、両極端の心理を行ったり来たりするのか、わからなくなってた
自分が現実世界で何も無く、ブラックの書いた小説の中でしか生きていないことに怒り、失望したのだろうか?
最後ブルーは現実の世界を生きることを、選び飛び出して行く⋯。
相手のアイデンティティの証明のために自分がいるのではなく、自分が自分の現実を生きるために。
ということなのだろうか?
厚みの薄い本なのに、私には読み込むことがとても難しかった⋯。
また読み返したい。その時には新たな解釈が生まれるかもしれない。
-
Posted by ブクログ
晩年の作品には、正しく晩年であることを表して(オースター作品らしからず)穏やかな場面が多いが、通底して、「人から見える世界は全てその個人の脳内にある」という世界観なので助かる。
誰かから見える世界は、親しい人の死や社会を揺るがす事件と同様に、それに対して反応する個人の脳内のイベントに支配される。
内面に閉じた世界観を描くということについて圧倒的な信頼があるため、オースターを好きで居続けてきた。
そしてここまで期待を裏切らずに居続けてくれた作家は他にいなかった。
本作でも、バウムガートナー氏の他に登場する人物はいるが、全て氏の脳のフィルターを通した描写のみで進む。
重要に見えない細かい風景描写が何ページも続いたり、重要そうな事件の描写が一行で終わるのも、個人毎にフィルターを通した物事の見え方がそれだけ異なる事を意味する。
読んでいると、人が脳内で孤独である事を肯定されているような静かな気分になれる。 -
Posted by ブクログ
それぞれの事情を持った4人がサンセット・パークで過ごす数ヶ月間の物語。
学生の頃から、ポール・オースターが好きで、久しぶりに読みたくなり購読。
“青春群像劇”とは銘を打っているが、いままで読んできた青春小説とはだいぶ趣がことなる。それもそのはず、この小説の名は『サンセット・パーク』、つまり日が沈みゆくような仄暗い背景を舞台にした物語なのだ。
この本が書かれた当時、世界金融危機が起きた直後だった。先行きが不透明な社会情勢と、自分が何者になれるのか、あるいはなれないのかという将来への不安と希望を抱く若者達の心の葛藤が、同じような色調で物語に彩りを与えている。 -
Posted by ブクログ
これが最後の長編小説という先入観があるせいか、喪失の悲しみと、老いやその先にある死への諦念が色濃く感じられました。再生とか、ここからもう一花、みたいな明るさを見出した人もいるようなのだけれど、わたしには人生の最終章という印象のほうが強かった。なんかずっと寂しかったです。たとえば秋の景色に対して、きらきらと日の光を受けて輝く紅葉や落ち葉のじゅうたんが美しくて好ましいと感じる人がいる一方で、冷たい風を受けて散っていく葉や道路をカラカラと駆けてゆく枯葉に心がざわついてうら寂しさを感じる人もいますよね。この本はわたしにとっては後者の景色。オースターはどんな思いで書いていたのだろう。
-
Posted by ブクログ
笑えるのに笑えない。泣けるのに泣けない。
枯淡の境地なんてどこ吹く風の、初老の男を巡る物語。
思い通りにいかない老いた体への諧謔と、縦横無尽に展開される思考の渦と、あたふたとした日常の瑣末時のごった煮の中に、失った人生の伴侶への愛、若き日々の一コマ、奇跡のような喜びの瞬間が、突然一筋の光として差し込まれる。
そして、オースターが最後の一行に込めた力強い宣言は、逃れがたい現実に満ちた人生を、煌めくジョークとスリリングな冒険へと変えてくれる。
“生きるとは痛みを感じることであり、痛みを恐れて生きるのは生きるのを拒むことなのだ。”
“ある出来事が真実として受け容れられるためには、それが真実でなければならないだろうか、それとも真実だと信じる気持ちがあれば、たとえ起きたとされることが本当には起きていなくても、それだけで真実になるものだろうか”
引用した二つの文章があらわすとおり、リアルな痛みに目を凝らすこと、そしてリアルを超えた真実に目を向けることのどちらをも、オースターはいつだって飄々と自在に行ききする。
老いも、病も、死の予感も、自由な精神を阻むことはない。 -
Posted by ブクログ
私立探偵ブルーは、明らかに変装しているホワイトという男から、ブラックという男を見張るよう、依頼を受ける。
最近ブラウンから探偵事務所を受け継いだばかりのブルーは、張り切って見張るのだが……。
依頼人が用意した見張るための部屋は、ちょうどブラックの部屋が正面から見張れるような位置にあった。
充分に報酬が支払われ、見張り部屋の家賃も支払うって、どれだけ重要なミッションなんだよ!
ところがブラックときたら、毎日窓辺のデスクで何かを書き、本を読み、買い物に出、たまに映画を観たり、飲みに行ったり。
こんな生活が1年以上続く。
一体ブラックは何者で、何のために彼を見張らなければならないのか。
登場人物の名前が全て色の名前であることからわかるように、人物はつまり人格ではなく、記号的存在なのである。
なのに、なんとしたことだろう。
ブラックの日々の生活(読む、書く、たまに映画と酒)は、まるで私の生活ではないか。
短い小説ですが、読み落としの内容にじっくり読んだら、結構時間がかかりました。
そのうえで感想はというと、『ゲド戦記』みたいだなあ、と。 -
Posted by ブクログ
一本の間違い電話をキッカケに自分がポール・オースターという名の探偵となる作家ダニエル・クイン
自分の気配を消し、探偵のふりをするうちに、自分という個の意識から自由になるかわりに自分を見失っていく話
探偵となった主人公が何かを解決することもなく⋯うっすら根底に不穏な雰囲気を醸し出している
「何者でもない自分」を演じ、そのように振る舞い、それが継続されていくと自己は自分を認識できずに混乱していくのか?、と思い至った
ほの暗い色彩のないグレーな印象で少々気分が下がるけど
なぜかこの著者の本を他にも読んでみたいと思った
あと柴田元幸さんの翻訳がうまいと思う
-
Posted by ブクログ
PAUL AUSTER 2024年に亡くなり、これが:最後の作品らしい。
ニュ-ヨ-クで暮らしていた二人が、結婚に至った経緯、そして妻の海における事故死。10年後の私の生きざま。作家は実に物語をうまく作るのだ。なぜなら、PAULの奥様は健在だし、彼は肺がんでなくなっている。私は1年前妻を肺がんで亡くした。
主人公と同じ状況で、おそらく小説の中の私と同年配。奥さんが私と同い年と思われる。10年後の自分がどう思っているか、小説に書けるものなら書いてみたい。
世の中には夫又は妻と生き別れ、死に別れされた人も多いだろうが、皆さんどうされているやら、様々であろうがやはり残ったほうは、生きてゆかねばならぬのだから、孤独な生活を凌いでゆかなければならない。
この作品は少し参考になったかな?