ポール・オースターのレビュー一覧
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1947年ニューヨーク、私立探偵ブルーは、ホワイトという男からブラックという男を見張り、報告書を送るよう依頼される
ブルーはブラックの部屋の向かいにあるアパートに住み、見張り始めるが、何も起こらない。監視を始めて1年が過ぎた頃ブルーは見張られているのはむしろ自分なのではないか、という疑念を抱き始める
よく理解できなかったのでまた時間をおいて読み直したいと思う。そしたらまた違う解釈がでてくるかもしれない。
私には難解でした。
〈考察〉
ブラックについて⋯
ブラックは自分を見ているブルーを必要としていた。自分が生きているあかしとして。自分が何をしていることになっているか、自分自身が忘れない -
Posted by ブクログ
晩年の作品には、正しく晩年であることを表して(オースター作品らしからず)穏やかな場面が多いが、通底して、「人から見える世界は全てその個人の脳内にある」という世界観なので助かる。
誰かから見える世界は、親しい人の死や社会を揺るがす事件と同様に、それに対して反応する個人の脳内のイベントに支配される。
内面に閉じた世界観を描くということについて圧倒的な信頼があるため、オースターを好きで居続けてきた。
そしてここまで期待を裏切らずに居続けてくれた作家は他にいなかった。
本作でも、バウムガートナー氏の他に登場する人物はいるが、全て氏の脳のフィルターを通した描写のみで進む。
重要に見えない細かい風景描写 -
Posted by ブクログ
それぞれの事情を持った4人がサンセット・パークで過ごす数ヶ月間の物語。
学生の頃から、ポール・オースターが好きで、久しぶりに読みたくなり購読。
“青春群像劇”とは銘を打っているが、いままで読んできた青春小説とはだいぶ趣がことなる。それもそのはず、この小説の名は『サンセット・パーク』、つまり日が沈みゆくような仄暗い背景を舞台にした物語なのだ。
この本が書かれた当時、世界金融危機が起きた直後だった。先行きが不透明な社会情勢と、自分が何者になれるのか、あるいはなれないのかという将来への不安と希望を抱く若者達の心の葛藤が、同じような色調で物語に彩りを与えている。 -
Posted by ブクログ
これが最後の長編小説という先入観があるせいか、喪失の悲しみと、老いやその先にある死への諦念が色濃く感じられました。再生とか、ここからもう一花、みたいな明るさを見出した人もいるようなのだけれど、わたしには人生の最終章という印象のほうが強かった。なんかずっと寂しかったです。たとえば秋の景色に対して、きらきらと日の光を受けて輝く紅葉や落ち葉のじゅうたんが美しくて好ましいと感じる人がいる一方で、冷たい風を受けて散っていく葉や道路をカラカラと駆けてゆく枯葉に心がざわついてうら寂しさを感じる人もいますよね。この本はわたしにとっては後者の景色。オースターはどんな思いで書いていたのだろう。
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笑えるのに笑えない。泣けるのに泣けない。
枯淡の境地なんてどこ吹く風の、初老の男を巡る物語。
思い通りにいかない老いた体への諧謔と、縦横無尽に展開される思考の渦と、あたふたとした日常の瑣末時のごった煮の中に、失った人生の伴侶への愛、若き日々の一コマ、奇跡のような喜びの瞬間が、突然一筋の光として差し込まれる。
そして、オースターが最後の一行に込めた力強い宣言は、逃れがたい現実に満ちた人生を、煌めくジョークとスリリングな冒険へと変えてくれる。
“生きるとは痛みを感じることであり、痛みを恐れて生きるのは生きるのを拒むことなのだ。”
“ある出来事が真実として受け容れられるためには、それが -
Posted by ブクログ
私立探偵ブルーは、明らかに変装しているホワイトという男から、ブラックという男を見張るよう、依頼を受ける。
最近ブラウンから探偵事務所を受け継いだばかりのブルーは、張り切って見張るのだが……。
依頼人が用意した見張るための部屋は、ちょうどブラックの部屋が正面から見張れるような位置にあった。
充分に報酬が支払われ、見張り部屋の家賃も支払うって、どれだけ重要なミッションなんだよ!
ところがブラックときたら、毎日窓辺のデスクで何かを書き、本を読み、買い物に出、たまに映画を観たり、飲みに行ったり。
こんな生活が1年以上続く。
一体ブラックは何者で、何のために彼を見張らなければならないのか。
登場人 -
Posted by ブクログ
一本の間違い電話をキッカケに自分がポール・オースターという名の探偵となる作家ダニエル・クイン
自分の気配を消し、探偵のふりをするうちに、自分という個の意識から自由になるかわりに自分を見失っていく話
探偵となった主人公が何かを解決することもなく⋯うっすら根底に不穏な雰囲気を醸し出している
「何者でもない自分」を演じ、そのように振る舞い、それが継続されていくと自己は自分を認識できずに混乱していくのか?、と思い至った
ほの暗い色彩のないグレーな印象で少々気分が下がるけど
なぜかこの著者の本を他にも読んでみたいと思った
あと柴田元幸さんの翻訳がうまいと思う
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Posted by ブクログ
PAUL AUSTER 2024年に亡くなり、これが:最後の作品らしい。
ニュ-ヨ-クで暮らしていた二人が、結婚に至った経緯、そして妻の海における事故死。10年後の私の生きざま。作家は実に物語をうまく作るのだ。なぜなら、PAULの奥様は健在だし、彼は肺がんでなくなっている。私は1年前妻を肺がんで亡くした。
主人公と同じ状況で、おそらく小説の中の私と同年配。奥さんが私と同い年と思われる。10年後の自分がどう思っているか、小説に書けるものなら書いてみたい。
世の中には夫又は妻と生き別れ、死に別れされた人も多いだろうが、皆さんどうされているやら、様々であろうがやはり残ったほうは、生きてゆかねば -
Posted by ブクログ
ネタバレ
感想書きにくい作品だよなあ。オースター作品は何年も前から読もう読もうと積読状態で、そもそも昔通ってた美容室のお兄さんが『ムーンパレス』を薦めてくれたのがきっかけだったのだ。それもまだ半分しか読めてないのだけど、これを機に読み進めたいと思う。
ブラックを見張るブルー、そのブルーを見張る私たちという多重構造。ブラックは見張られることで自身の物語を形作り、そして終わらせようとしている。ブルーがブラックへ接触を図ろうとするところから一気に展開が出てくる。それまでは淡々と、色のない情景が続くように思える。派手なことは起きないけど、何か惹かれていく感じ。