出口治明のレビュー一覧
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青田買いが学生を勉強させ無くしている。
アメリカの学生は400冊本を読む。日本はせいぜい100冊程度。
新聞のいいところは、ニュースの順序をつけてくれるところ。
「連続講義・デフレと経済政策ーアベノミクスの経済分析」
「デフレーションー日本の慢性病の全貌を解明する」
「中央銀行」(白川方明)
「アメリカのデモクラシー」
「フランス革命の省察」
「国富論」新訳。
岩波書店の「書物誕生」シリーズ
ちきりん「自分のアタマで考えよう」
「本当に使える経営戦略使えない経営戦略」
「1940年体制」
自分で咀嚼して腹落ちしたことが教養になる。
岩波文庫は古典のラインナップが充実している。薄い本を10冊選ぶ。岩波文庫か東洋文庫に入っていれば古典。その中から3~4冊を読む。
ビジネス書は後出しじゃんけん、抽象化しすぎている、のであまり読まない。
日本人は72%は新聞雑誌が正しいと思う。中国でも58%、イギリス12%、アメリカ23%。 -
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ネタバレ【ポイント】
223/16世紀後半から中国にもたらされた米原産のトウモロコシ、ジャガイモなど、
新大陸の作物が中国に第二次農業革命をもたらした。
230/米独立戦争のの思想的バックボーンは、
名誉革命を正当化したジョンロックの自然法理論や
フランスで開花した啓蒙思想だった。
啓蒙思想とは、「人間の存在も自然的な存在と同じく、普遍的な法則に支配されている。
252/ウィーン会議で主導的な理念を唱えたのは、敗戦国フランスの外相タレーラン。
その理念は「正統主義」
351/国力に比べれば日本にとって圧倒的にだった海軍軍縮会議の取り決めを
二本はむざむざと手放してしまった。
373/スターリンはヒトラーに正目とも劣らぬ残酷な人柄だったが、ビジネス感覚は優れていた。
イデオロギーよりも利益優先の人だった。
373/勝てそうな戦争には後から参加する。負けそうになると早めに降りる。
イタリアは伝統的にこのあたりのセンスが抜群。
377/ソ連は総合的な国力では米国にかなわないので、特に軍事力と宇宙開発
に注力した。
407/毛沢東は根本的には詩人で夢想家だった。
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ネタバレ72のルール
72÷金利(%)=元本が倍になる年数
金利8%、9年で100万円が倍の200万円になる(72÷8%=9年間)
「いくらベネフィットから見て正しい決断をしても、上司が了承しなかったらしょうがないではないか?」
→意思決定したからといって、決めた通りに動くとは限りません。意思決定をしたあとに、今度は「どうやってこの案を通そうか?」という方法について考える必要が生じる。これを考えるのは「意思決定」の「あと」の話です。一緒に考えてしまうから、混乱するのです。
通す方法は「話を切り出すタイミング」
どんなにいい提案でも、相手に聞く姿勢が整っていないときに話を切り出せば、きちんと聞いてもらえるはずがありません。
本質的に大事なのは、上司の顔色とは別のことです。できるだけ上司の機嫌や仕事の美学といったようなもの、政治的なことなどに左右されずに、正しい提案を通すため、社内で「正しく決めるルール(たとえば、一定の金額以上の案件は、特定の「会議」に必ず付議するなど)を決めておくことが何よりも重要。
数字からファクトをつかむようにすれば、一見耳に聞こえのいい話も事実を捉え直すことができたり、理解を深めたりすることができます
元データ(一次情報)にあたるクセをつける
経済関係の指標なら、IMF,世界銀行、OECDが発表しているデータが重要
トップが「こんなお客様の声を直接聞いた」からということで、なんらかの意思決定をし、社員に指示を出すということはありがちですが、経営にとってはおそらくあまりいいことではないと思います。しかし、コンタクトセンターに届いたクレームを丁寧に統計処理して、たとえば契約のメンテナンスに関するクレームが100件あったということなら、これはかなりファクトに近いとみなすことができます。
現在のように、市民のすべてが公的医療保険と年金制度に加入する仕組み(皆保険、皆年金)が整ったのは、1961年のことです。
世界最大規模の食品・飲料会社であるネスレはスイスの会社ですが、スイス人の経営者は実は数名しかいません。アフリカにはアフリカ人の経営者。インドにはインド人の経営者を置いています。「アフリカ人やインド人の飲食の嗜好は、スイス人にわかるはずがないから」です。そう言い切っています。国際的な企業は積極的に多様な人を受け入れ、多様な視点を活かしているのです。
ビジネスの中に「好きか嫌いか」という感覚的な話を持ち込むべきでははく、あくまで数字・ファクト・ロジックのみで判断すべき世界なのです。
決断できないのなら、期限を決める。みんなが「必ず決められる」ルールを作る。
言い続けること、仕組みかすること
本当に重要なことだと思ったら、言い続けなければなりません。こちらが一生懸命言っても、人は意外と聞いていないもの。仕組みかが大切です。言い続けるだけでは人は動きません。
部下に任せるとは、部下がとることができるリスクの範囲内で、部下に決めさせることが大切です。
失敗しても怒らないこと
「仕事がすべて」と思いすぎている
「人にどう思われるか」といった、仕事に直接関係ないことを考えてしまうこと
旧来型の男性優位のビジネス社会で、「女性はビジネスに向かない」と言う先入観。意思決定のプロセスを論理的に説明することが苦手な女性がもしいるとしたら、それはそういった訓練を受けていないというだけのことではないでしょうか。 -
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途中まで。
■教養の定義
・人が他者に強制されず、自分自身で作り上げていく独自の「価値基準」を持っているということです
・自由でない状態は奴隷の状態
・自らの選択肢を増やしてくれるもの
・ワクワクして楽しいもの
知りたい、興味を持ったことを
その時に調べてみる、詳しい人に聞く
→岩盤に突き当たるまで徹底的に
→その積み重ねで教養が身につく
■品があるの定義
→欲望への速度が遅いこと
→→即時即物的にではなく抽象度をあげて物事を理解しようとする姿勢
→→マンションを買うまで、一年おきにどこがいいか家を転々としてから買った人の話
抽象度が高ければ高いほど実は実用的
→普遍的だから
■パターン認識を広げ、判断力を鍛える
歴史や経験に学ぶ
ドイツや日本
→精神論だから負けた、ではなく、負けが濃厚になる上で精神論になっていった
教養がある人はパターン認識の引き出しが豊か
→多くのパターンから物事を捉えているためジタバタしない
優れたリーダーは、新しい事象に直面しても、どこかで見た風景、いつか来た道、として捉えてる
→ブレない
■人間観をもて
・人間は賢いと思うか
・人間はおろかだと思うか→出口さんはこちら
→優れた部下がいても人間が進言したくらいで世の中変わらない
→世の中を変えるためには仕組みを変えないといけない
人間は多面的で一貫性がない
■デジタル
デジタルは効率を上げられるが効果に関わるものは期待していない
マイナスをゼロにしてくれるが
ゼロから1を生み出すことはない
基本的には時間と空間を縮めるためのツール
何をするか
ということは同時に
何をしないか
を決めること
よのなかにはトレードオフしかない -
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おもしろい。世界史をエリアごとに解説している。特徴的な逸話などをさしはさみ、歴史に興味を持てるように工夫がされている。
■16世紀
1492年、コロンブスが新大陸を発見した。実は新大陸を最初に発見したのは10世紀のヴァイキングだったが、忘れられていた。コロンブスの再発見により、「コロンブス交換」と呼ばれる広範囲の交易がおこなわれ、世界は均質化した。
・16世紀ヨーロッパ。カール五世。
19歳で神聖ローマ皇帝になる。フランス王フランソワ一世との対立。
1517年、カール五世がスペインに入国する。この年にマルティン・ルターが「95か条の論題」を発表。紆余曲折を経て、カール五世はトリエント公会議を開催。宗教改革の嵐が吹き荒れる中でローマ教会を守ろうとしたが状況は不利になるばかりだった。
1556年にカール五世は引退。ハプスブルグ家の領土を弟のフェルディナントと、子どものフェリペ二世に譲った。
■イスラム世界
ムハンマドはアラビア半島のマッカに生まれた。40歳前後、洞窟にこもって瞑想をしていた時に神託をうける。クルアーンはムハンマドの死後(632年)、18年後(650年)に完成する。
ムハンマドの没後、この新しい共同体(ウンマ)を統率する人間はカリフと呼ばれた。預言者ムハンマドの代理という意味。
サーサーン朝ペルシャとローマ帝国は600年頃から約30年にわたって戦争を続けていた。そこへイスラム軍が参入した。イスラム軍は639年にエジプトを奪取、ついで651年にサーサーン朝を滅ぼした。711年にはジブラルタルに上陸して、イベリア半島の西ゴート王国を滅ぼした。
イスラム軍は「降伏して納税すれば今までの生活は保証する」という統治方針だったので、受け入れられた。
十字軍が送られ第一回は十字軍が勝利をおさめた。200年間で7回、遠征があったが最終的にはイスラム勢力が勝利した。
正統カリフ時代。
初代アブー・バクル、二代ウマル、三代ウスマーン、四代アリー。
アリーがカリフになったとき、ムアーウィヤが反旗を翻した。戦いは両者が和議を結ぶことで締結。しかし原理主義者によって二人に刺客が送られアリーが死亡。アリーの長男ハサンが後を継ぐが、数ヶ月で退任。ムアーウィヤがあらたなカリフとなり、ウマイヤ朝が開かれた。ムアーウィヤの死後、息子のヤズィードが後を継いだ。このとき、アリーの次男フサインが反乱を起こすが、待ち伏せをされて殺害される。これが680年「カルバラーの悲劇」。この後、アリーの派閥が「シーア派」となる。シーア派はその後多くの派閥に分かれる。現在最大の勢力を誇っているのが十二イマーム派。しかしシーア派は少数派で、大多数のイスラム教徒はスンナ派に属している。やがて、ムハンマドの叔父にあたるアッバース家がシーア派を扇動してウマイヤ朝を打倒する。その後アッバース朝が生まれる。その後オスマン朝が生まれる。
・インド
インドの語源はペルシャ語のヒンドゥーからきている。
インダス文明が滅んでからインダス川流域に、インド・アーリア人が侵入してきた。やがて十六大国と呼ばれる複数の国々のあらそいがおこる。やがて四つの国に収斂していく。そこにアレクサンドロス大王がインダス河岸に姿をみせた。外敵を目の当たりにしたインド人はマウリヤ朝を建国する。マウリヤ朝の衰退に応じてバクトリア王国を基点としたギリシャ人の侵入がはじまる。その後ギリシャ人にかわって中央ユーラシアの遊牧民が侵入。1世紀後半にクシャーナ朝を建国した。クシャーナ朝時代に仏像や大乗仏教が登場する。クシャーナ朝崩壊後に100年ほどしてグプタ朝が生まれた。この王朝の時代には文化が花開いた。カーリダーサ「シャンクタラー」が書かれ、ゼロの発見もこの頃と言われている。また、マヌ法典もまとまった。
グプタ朝が滅んだ後に7世紀はじめになってヴァルダナ朝が生まれる。ヴァルダナ朝が滅びてから、ラージプートという集団が北インドに登場する。
やがてムガール朝が生まれる。
・エジプト
エジプトは長い歴史を持っている。
いくつもの王国ができたが、新王国が滅亡すると異民族の支配下になる。
アレクサンドロスはペルシアを滅ぼす前年にエジプトを支配下においている。
・唐宋
・ルネサンス
・ラテン・アメリカ
・アフリカ
・プロイセン
・21世紀 -
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ネタバレ<目次>
第8章 第五千年紀前半の世界(1001年から1500年まで)
(1)宋と東ローマ帝国の繁栄(1001年~1100年)
(2)十字軍の時代(1101年~1200年)
(3)モンゴル世界帝国(1201年~1300年)
(4)ペストの大流行と明の建国、百年戦争の始まり(1301年~1400年)
(5)ルネサンスの世紀(1401年~1500年)
<内容>
出口先生の世界史第3弾。時間で区切っているので、地域が飛ぶと一瞬?となるが、まあ教養的にはこれでよいだろう。しかし、西アジア、南アジアの人の名前はどうにかならないかな?(汗)