出口治明のレビュー一覧
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途中まで。
■教養の定義
・人が他者に強制されず、自分自身で作り上げていく独自の「価値基準」を持っているということです
・自由でない状態は奴隷の状態
・自らの選択肢を増やしてくれるもの
・ワクワクして楽しいもの
知りたい、興味を持ったことを
その時に調べてみる、詳しい人に聞く
→岩盤に突き当たるまで徹底的に
→その積み重ねで教養が身につく
■品があるの定義
→欲望への速度が遅いこと
→→即時即物的にではなく抽象度をあげて物事を理解しようとする姿勢
→→マンションを買うまで、一年おきにどこがいいか家を転々としてから買った人の話
抽象度が高ければ高いほど実は実用的
→普遍的だから
■パターン認識を広げ、判断力を鍛える
歴史や経験に学ぶ
ドイツや日本
→精神論だから負けた、ではなく、負けが濃厚になる上で精神論になっていった
教養がある人はパターン認識の引き出しが豊か
→多くのパターンから物事を捉えているためジタバタしない
優れたリーダーは、新しい事象に直面しても、どこかで見た風景、いつか来た道、として捉えてる
→ブレない
■人間観をもて
・人間は賢いと思うか
・人間はおろかだと思うか→出口さんはこちら
→優れた部下がいても人間が進言したくらいで世の中変わらない
→世の中を変えるためには仕組みを変えないといけない
人間は多面的で一貫性がない
■デジタル
デジタルは効率を上げられるが効果に関わるものは期待していない
マイナスをゼロにしてくれるが
ゼロから1を生み出すことはない
基本的には時間と空間を縮めるためのツール
何をするか
ということは同時に
何をしないか
を決めること
よのなかにはトレードオフしかない -
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おもしろい。世界史をエリアごとに解説している。特徴的な逸話などをさしはさみ、歴史に興味を持てるように工夫がされている。
■16世紀
1492年、コロンブスが新大陸を発見した。実は新大陸を最初に発見したのは10世紀のヴァイキングだったが、忘れられていた。コロンブスの再発見により、「コロンブス交換」と呼ばれる広範囲の交易がおこなわれ、世界は均質化した。
・16世紀ヨーロッパ。カール五世。
19歳で神聖ローマ皇帝になる。フランス王フランソワ一世との対立。
1517年、カール五世がスペインに入国する。この年にマルティン・ルターが「95か条の論題」を発表。紆余曲折を経て、カール五世はトリエント公会議を開催。宗教改革の嵐が吹き荒れる中でローマ教会を守ろうとしたが状況は不利になるばかりだった。
1556年にカール五世は引退。ハプスブルグ家の領土を弟のフェルディナントと、子どものフェリペ二世に譲った。
■イスラム世界
ムハンマドはアラビア半島のマッカに生まれた。40歳前後、洞窟にこもって瞑想をしていた時に神託をうける。クルアーンはムハンマドの死後(632年)、18年後(650年)に完成する。
ムハンマドの没後、この新しい共同体(ウンマ)を統率する人間はカリフと呼ばれた。預言者ムハンマドの代理という意味。
サーサーン朝ペルシャとローマ帝国は600年頃から約30年にわたって戦争を続けていた。そこへイスラム軍が参入した。イスラム軍は639年にエジプトを奪取、ついで651年にサーサーン朝を滅ぼした。711年にはジブラルタルに上陸して、イベリア半島の西ゴート王国を滅ぼした。
イスラム軍は「降伏して納税すれば今までの生活は保証する」という統治方針だったので、受け入れられた。
十字軍が送られ第一回は十字軍が勝利をおさめた。200年間で7回、遠征があったが最終的にはイスラム勢力が勝利した。
正統カリフ時代。
初代アブー・バクル、二代ウマル、三代ウスマーン、四代アリー。
アリーがカリフになったとき、ムアーウィヤが反旗を翻した。戦いは両者が和議を結ぶことで締結。しかし原理主義者によって二人に刺客が送られアリーが死亡。アリーの長男ハサンが後を継ぐが、数ヶ月で退任。ムアーウィヤがあらたなカリフとなり、ウマイヤ朝が開かれた。ムアーウィヤの死後、息子のヤズィードが後を継いだ。このとき、アリーの次男フサインが反乱を起こすが、待ち伏せをされて殺害される。これが680年「カルバラーの悲劇」。この後、アリーの派閥が「シーア派」となる。シーア派はその後多くの派閥に分かれる。現在最大の勢力を誇っているのが十二イマーム派。しかしシーア派は少数派で、大多数のイスラム教徒はスンナ派に属している。やがて、ムハンマドの叔父にあたるアッバース家がシーア派を扇動してウマイヤ朝を打倒する。その後アッバース朝が生まれる。その後オスマン朝が生まれる。
・インド
インドの語源はペルシャ語のヒンドゥーからきている。
インダス文明が滅んでからインダス川流域に、インド・アーリア人が侵入してきた。やがて十六大国と呼ばれる複数の国々のあらそいがおこる。やがて四つの国に収斂していく。そこにアレクサンドロス大王がインダス河岸に姿をみせた。外敵を目の当たりにしたインド人はマウリヤ朝を建国する。マウリヤ朝の衰退に応じてバクトリア王国を基点としたギリシャ人の侵入がはじまる。その後ギリシャ人にかわって中央ユーラシアの遊牧民が侵入。1世紀後半にクシャーナ朝を建国した。クシャーナ朝時代に仏像や大乗仏教が登場する。クシャーナ朝崩壊後に100年ほどしてグプタ朝が生まれた。この王朝の時代には文化が花開いた。カーリダーサ「シャンクタラー」が書かれ、ゼロの発見もこの頃と言われている。また、マヌ法典もまとまった。
グプタ朝が滅んだ後に7世紀はじめになってヴァルダナ朝が生まれる。ヴァルダナ朝が滅びてから、ラージプートという集団が北インドに登場する。
やがてムガール朝が生まれる。
・エジプト
エジプトは長い歴史を持っている。
いくつもの王国ができたが、新王国が滅亡すると異民族の支配下になる。
アレクサンドロスはペルシアを滅ぼす前年にエジプトを支配下においている。
・唐宋
・ルネサンス
・ラテン・アメリカ
・アフリカ
・プロイセン
・21世紀 -
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ネタバレ<目次>
第8章 第五千年紀前半の世界(1001年から1500年まで)
(1)宋と東ローマ帝国の繁栄(1001年~1100年)
(2)十字軍の時代(1101年~1200年)
(3)モンゴル世界帝国(1201年~1300年)
(4)ペストの大流行と明の建国、百年戦争の始まり(1301年~1400年)
(5)ルネサンスの世紀(1401年~1500年)
<内容>
出口先生の世界史第3弾。時間で区切っているので、地域が飛ぶと一瞬?となるが、まあ教養的にはこれでよいだろう。しかし、西アジア、南アジアの人の名前はどうにかならないかな?(汗) -
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モンゴル愛に溢れている一冊。流れるように歴史を学びつつ、第三章で空前絶後のモンゴル帝国について触れる。読み終わる頃には、モンゴルについてもっと知りたいと思ってしまった。
以下、お気に入りの箇所を抜粋。
「(人間の)楽しみは、馬の背の上、本のなか、そして女の腕のなか」アラビア人の好奇心を語る、当時のことわざ
「十進法の軍制。モンゴルの人々は、一の人間が面倒を見ることのできる部下はせいぜい10人ぐらいが限界であると認識していました。したがって、一人が10人の面倒を徹底的に見る。10人の部下を持った隊長10人をもうひとつ上のランクの人間が見る。」モンゴル帝国の合理的発想
「遠方の支配地に長男を配置する」モンゴル帝国の合理的発想 -
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ネタバレ半藤一利氏は昭和5年(1930年)生まれ、方や出口治明氏は昭和23年(1948年)生まれ、と18歳もの年齢差がある。半藤氏は、自称「歴史探偵」で、「幕末史」という分厚い本も上梓されており、この対談では出口氏が、半藤氏の胸を借りる形で、対談が進んでいくんだろうなと予想していたが、実際にはまったくそうではなく、まさに「がっぷり四つ」の対談だったように思う。
半藤氏はもちろんだが、出口氏の博識はすごい! 現代における歴史の頂点対談の一つだろう。そして、そういうお二人の扱うテーマが、「明治維新とは何だったのか」だから、これは面白くないということはありえないだろう。
むしろ半藤氏のほうが、「自分の弱点である経済的な観点が、びっくりするほど完備している方」と、出口氏に尊敬の念をもって対談しているくらいだ。
この言葉どおり、対談のところどころで、当時の各国のGDPの統計データなど経済データを出しながら歴史を語る出口氏の凄さを体験することができる。出口氏は、ふだんから「タテヨコ(歴史と世界)」の視点を重視されている。
対談冒頭、この「本書のタイトル」となっている「明治維新」という言葉に、半藤氏がモノ申す。改元前後に、「明治維新」なんて言葉はなかったんだと。せいぜい「御一新」という言葉があったくらいで、「明治維新」なんて言葉は後付けだと。その理由も後の対談の中で説明されていくが、さすが探偵の歴史へのコダワリに、思わず「来ましたねー」とにやついてしまった。
一方、出口氏はやはり腰低く、謙虚に対談に入っていかれましたが、それはほんの始めだけで、「どんな球でも必ず打ち返しますよ」的な余裕さえ感じられる対談を展開していかれます。
第3章の「幕末の志士たちは何を見ていたのか」では、当時の主要な人物についてのお互いの人物談義が交わされている。「幕末の志士たちは何を見ていたか」というより、「対談のご両人は、志士たちをどう見ていたか」というのが実質的なタイトルでしょう。
そして、けっこうな点で、両者の意見は一致していたかと思う。幕末というと、維新の三傑、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允についての評価が高く、坂本龍馬や吉田松陰など小説の影響もあり、英雄的に語られることが多いが、二人の意見の一致で見ると、阿部正弘を維新のグランドデザインを描いた一番の功労者とし、そのデザインを踏襲し近代化を実質的に推し進めた、大久保利通を第二の功労者とし、半藤氏が思い入れが最も強い勝海舟の功績についても、出口氏も認めるところで、これがベスト3だったのではないか。
一方、二人そろって西郷評は思わしくなく、吉田松陰に至っては酷評でしかない。もちろん、それぞれの人物の偉大な点は認めたうえでであるが。
岩倉具視は、この時代最大の陰謀家(ワル)で認識が一致し、維新三傑亡きあと権力を握った山縣有朋についても厳しい評価だが、これらは一般の視点と一致するところかもしれない。
本書が「世界史から考える」と副題されているように、「鎖国で後れをとった世界の中の日本」という視点でとらえたときに、その後の日本再構築において、誰の功績がもっとも大きかったのかという視点からこの結論に達しているのではないかと思う。
巻末に、両著者オススメの関係書籍が紹介されている。
半藤氏15冊、出口氏20冊。これらもそうだが、両著者の他の本にも興味が湧いてくる。 -
Posted by ブクログ
以前読んだ人類5000年史Iの続編ということで気になって購入。世界史の面白さを再認識させてくれる本でした。
高校時代に世界史が好きだった人には特におすすめできる本かなと思います。特に宗教が世界史を大きく動かしだしており、そのあたりの理解を助けてくれます。
歴史を順序通り並べているだけで、筆者独自の目線はあまり書いていないように感じたのが少し残念なところです。一方で知らなかったことを知れてよかったと感じた部分も多くありました。一例を出すと、唐代の則天武后が残した影響・功績は少なからず日本の政治にも波及していたことなどです。
本書の次に筆者が書かれている「哲学と宗教全史」に興味が湧いてくる内容でした。 -
Posted by ブクログ
今どきのひとは勉強が足りませんよ。もっと広い視点で物事をとらえましょうね、という話が、俺は好きなんだろうなぁ。なんかそういう話を聞く(読む)と、ついほうそうなんですか、と耳を傾けてしまう。
実は再読なんだけどね。ふと手に取って読み始めたら、つるつると最後まで読んでしまった。知識的な部分も面白いし、勉強しようよと誘ってくれるところも気持ちが盛り上がる。
まぁこういう新書ってのは、読みやすさが売りだからね。こういう本で刺激を受けたら、もう少し歯ごたえのあるものに進んでいくのが筋というものなんだろうな。こういう本ばかり読んで、勉強した気になるんじゃなくてね(苦笑)。