出口治明のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
定期的に読みたくなる出口さんの本。決して偉ぶらず、裸の王様にならないよう、部下の小言を聞き続ける。そして本や過去の歴史から学び、人と関わることで自己研磨を怠らない。古典から学んだことを現代人にわかるよう解釈し、翻訳してくれる出口さんの存在はありがたい。おかげで様々な古典のエッセンスに触れたが、組織や人々を統率するための真理は、今も昔も大差はないのだと感じた。それは、長い歴史を経てもなお、人間がそこまで進化していないからかもしれない。または、先人が突き詰めて到達した答えが不変の真理だからかもしれない。時空を超えて同じような悩みに頭を抱えていた人々がいる。そう思うと、古典を身近な存在に感じて、少しは読んでみようかという気になれる。
以下、本書より抜粋。
「君主は、人民の生活の安定を心がけなければならない。人民から重税を取り立てて自分が贅沢をするのは、あたかも自分の足の肉を割いて、自分の腹に食わすのと同じである。満腹になったときには体が弱ってしまい、死んでしまう。天下を安泰にしようとするなら、まず、君主自らが姿勢を正す必要がある。」
「欲しいものがあらわれたときは、老子の『足るを知る』を思い出して、自戒すること。あれが欲しい、これが欲しいと欲張らないで『今のままでも十分』とわきまえる。」
「怠けそうになったら、何事にも一生懸命取り組んでいた初心を思い出すこと。最後までやり遂げることができたときも、威張ったり自慢したりせず、謙虚さを忘れないこと。」
「人によっては『貞観政要』には、トップの自制と部下の直言など、あまりにも同じことが延々と繰り返されていると感じるかもしれません。その通りです。しかし、それはなぜでしょうか。繰り返しても繰り返しても、普通のリーダーにはなかなか実践できない難事だからです。だからこそ手を替え品を替え、切り返す必要があるのです。」 -
Posted by ブクログ
ネタバレ米原万里の本で紹介されてたので読む。
おじいさんの10年前の著書ということでちらほら違和感はあったもののためになったこともあった
引用↓
「自分の意見」をもとに自分の生き方を追求し自分の人生を謳歌することが外国人の理想
「自分の意見」がないことは自分の人生の基盤を持っていないこと
アメリカの大学生は日本の大学生の4倍読書し教養がある。高給で有名な企業は「今がピークなので」就職先に選ばない
学生が勉強しないのは企業がそれを求めないから。社会が若者を骨抜きにしている。身近なロールモデルである大人達に気概が欠けているから若者にバイタリティがないのだ
イングランドの教育は子供に「考えさせる」、
日本の教育は「覚えさせる」「正しい答え」を求める。日本は自分の頭で考えないほうが都合がいい社会だ。戦争で焼け野原になればあとは成長するだけ、「ルートの見えている登山」だった、考える気持ちはむしろ邪魔であった
命じたとおりに働いてくれる余計なことを考えない素直な人材、没個性、主体性のないことが求められ、採用も個人の人柄を見ることなく集団就職(青田買い)させられた
給料が上がることがわかっていたので従業員は辞めずにがんばり、自然と終身雇用となった
同期の従業員に序列をつけるのは辛い作業なので年功序列にし、年が上の人が部長になった
社会保障や伴侶探しまで会社が担っていたため日本は閉じた国(ガラパゴス的世界)になり、何より企業に対するロイヤリティ(忠誠心)が評価されるようになった、ロイヤリティを測るのは労働時間で、付き合い残業(長時間労働)という悪しき慣行ができた
あらゆる成長が頭打ちになった今こそ日本は特殊な国から「普通の国」になったので、日本も普通の国々と同様普通の国としてやっていかねばならない
国連に日本人は教養レベルが低くて就職できない
日本は男女平等達成レベルが低いのがまだ努力してないだけ。努力すれば伸びる。
農業も土地が余っているし成長できる。
日本は海を含めれば大きな国で漁業でも成長できる
本を読まないでいる選択はない、さっさと読む
「タテ」という時間軸、歴史軸、「ヨコ」という空間軸、世界軸の2つで考える
パーフェクトな考えを1回で思いつくことは不可能、「タテ」の発想で先人が繰り返した試行錯誤から学び、「ヨコ」の発想で世界の人々の考えや実践法を学べば大きなヒントになる
「国語ではなく算数で」考える
「外国人が増えると犯罪が増える」と言う人がいるが実際には居住外国人が増えるに対して犯罪発生率は下がっている。国語だけで考えると一見ありそうだが、算数で考えると間違っていると分かる。
「数字、ファクト、ロジック」で考える
と、消費税は下げられない
社会保障費は社会の高齢化に伴って毎年1〜2兆増えているし税金の無駄遣いをなくすことで増税を回避することは夢物語
節財だけではどうにもならないのが日本
個々の木を見るより森の全体像をしっかりとらえることが大事
物事の本質を的確につかめば間違える確率が減る
「森」の議論はシンプル、「木」「枝葉」の議論は細かくややこしくなる
人間はそもそもシンプルなのだから本質はシンプルに説明できるはずだ
外国のNEWSの見出しだけでも読む
外国人がなにに関心を持ってるか知るだけでも違う
健康については「考えない」のが一番
全世界の薬のうちよく効くとされている薬の効能は7〜8割で10人に投与して7、8人に効けばとてもよく効く薬だと評価される。その7、8割をさらに分析すると4、5割がプラシーボだったという
こうなればまさに病は気の持ちよう
病は気からは、精神論でも何でもなくエビデンスベースの話なのだ
新しく何かを勉強するときの本は厚くて難しいものから始めよ、点での理解にとどめる→
あとから楽になる
-
Posted by ブクログ
出口さんのお金に関する考え方が好きで、他の本も読んでみようと手に取った本。
こういう考え方の人と働きたい。
・新しいことにチャレンジするとき、これまでの生活環境を捨てることができるか。トレードオフとは、自分が本当にやりたいことを見極めることでもある。
・後悔しても無駄だから一刻も早くあきらめて、現状を打破する方法を考える
・いったん決めたら振り返らない
・かくも偶然に左右される現実をいかに生き延びるか。僕たち人間は常に運という名の偶然に対する適応力が問われている。
・自分が社長だったら?と置き換えて考える
・置かれた場所で咲くことも大切だけど、人は動くことができるので相性が合わなければ、日当たりの良さそうな場所に移動すればいい
・人間は見たいものしか見ない。そして見たいように都合よく現実の世界を変換する。そのクセを修正するためにはタテ(歴史)、ヨコ(他の国)、算数(エビデンス、ファクト)で考える。
・アンコンフォートゾーンに身を置けば、偶然と出会う確率が高まる
・目的意識を持って生きるのではなく、流されるままに生きる。その都度自分に要請されていることをやる
・選り好みをせずにイエスと答える。無駄があるかもしれないけれど無駄がある方が人生は楽しい
・左遷されたことは確率の問題であり、落ち込み理由など何一つない -
Posted by ブクログ
この本の著者である出口氏には、日本史・世界史だけでなく地政学をわかり易く解説してくれてお世話になっています。この本は部屋の整理をしていて読みかけとなっていた本ですが、残りを最近になって読み終えました。
かつてはあまり興味のなかった、日本史中世ですが、中世が専門である本郷氏の本に出会ってから興味が湧くようになりました。この本でさらに中世の歴史を深くしておきたいと思いました。
以下は気になったポイントです。
・かつては中世≒封建社会と理解されていた、鎌倉幕府における頼朝と御家人の関係は封建制に似ているが、幕府の権力が、公家・寺社の荘園公領に及んでいないので、中世を封建社会と呼ぶのは適切ではない(p11)
・中国において宋の時代に起きたこと、1)政治・軍事革命、2)農業革命(人口が唐時代の倍の1億人)、3)三大技術革命(羅針盤、印刷機、火薬)、4)海運革命、5)飲茶革命・火力革命(石炭、コークス)、6)都市文化革命。7)仏教革命(国家に頼らない、浄土教)(p17)
・後三条天皇は1068年、宇多天皇以来、180年ぶりの、お母さんが藤原氏でない天皇である。後ろ盾がないので、権威づけのために都を造営したり、蝦夷征伐(坂上田村麻呂の活躍)荘園整理をした(p32)
・当時の女院(女性の院)は、上皇(院)に準じる立場として大きな権力を持っていた、女院が摂政関白の任命権を実質的に持っていた、これが摂関政治から院政へ移る上で大きな意味を持った、平安時代も女性が強かった、院政は上皇が天皇の実父なので、娘が男の子を産むかどうかという偶然に左右されない(p27)
・中世は一言で言えば「権門体制」である、検問とは、力があり権威のある家門(権門勢家)のこと。公家権門、つまり藤原氏が政治を行う、寺社権門、興福寺や延暦寺のような大寺院が護符、お祈りをする。新興の武家部門が治安を担う、この三者がいわば分業していた(p32)
・武士に欠かせない技能は、馬を自由に操りながら弓矢を射ることでした、馳射(はせゆみ)騎射(うまゆみ)などとさまざまに呼ばれていた(p40)
・源平藤橘が姓の代表と言われている、これに対して名字(苗字)がある、名字はなぜできたか、例えば藤原氏でも、道長から頼道に続く系統が本流となる、そうすると同じ藤原姓でも、本流とそうでない人を区別しないといけない、そこで本姓は藤原でも、近衛、九条、二乗、などと名字を作っていった(p42)源氏も足利とか新田という名字に分かれていくうちに、最初に住み着いたところの地名(一所懸命の地)をもとにして名字ができていった、明治時代になって法律で名字だけに決められたので、姓と名字を区別する考えは無くなった(p43)
・保元の乱で手柄を挙げた清盛は、太宰大弐(だざいだいに)=太宰府の実質的長官になった、太宰府の外港の博多津は中国(宋)との交易拠点であった(p77)
・最近の研究では、鎌倉幕府成立でなく「兵士政権」の成立を持って武家政権がスタートしたと考えられている、それは、1167年平清盛の嫡男・重盛に、東山道・東海道・山陽道・南海諸道の山賊海賊討伐権を委ねる宣旨が出した時(p82)
・鎌倉幕府滅亡まで幕府の知行国だったのは、駿河・相模・武蔵・越後の4カ国であった(p102)諸国では国司と守護、荘園では荘園領主と地頭の二重支配が行われた、次第に地頭の力が強くなり、領主は定額の年貢を地頭に請け負わせたり、分け合ったりするようになった(p105)
・御家人はつい自分の土地を売ってしまう、禁止されているのになぜ土地が取引されるのかと言えば、一つには相続の問題がある。この時代は全員均等相続であった、なので土地を基盤とした御家人が弱っていった(p138)
・1488年に加賀は「百姓(=一向一揆)の持ちたる国」となった、1580年に柴田勝家が加賀を制圧するまで、一向宗の宗教共和国が100年近く続いた、日本ではこれが唯一の例である(p196)
・応仁、文明の乱(1467-77)で京都が荒廃した後は、将軍に近侍していた守護たちも京都を離れ、将軍家も1493年に細川管領家に傀儡化されたので、中ごうの権威は有名無実化した。各国大名は、領内の武士だけでなく、残っていた貴族の荘園や寺社などの伝統的な中央とのつながりの糸も断ち切っていき、ここに「権門体制」から「戦国時代」になった(p325)
2025年7月8日読破
2025年7月15日作成