姫野カオルコのレビュー一覧
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直木賞受賞作ということで読んでみた。
終戦後の昭和から物語が始まっているせいか、昔っぽいタッチで描かれており個人的には最初入り込み難かったが、徐々に読み進めていくうちに面白く感じられた。
犬がタイトルにも使われておりそういった作品の多くが感動系であるから、そういう心持ちで読んでいたが、これにはいい意味で裏切られた。この小説は昭和から平成にまでの1人の女の人生を、その都度関わりのある犬と共に書き綴っている物語で、特にこれといって何か大きなイベントが起きたりするようなことや犬の死に寄り添う涙ちょうだい系の話は無く、その時代背景というか匂い?みたいなものに徐々に誘っていくといった不思議な雰囲気の小説だった。
何というか主人公が主人公らしくない性格で、読んでいて目新しい感があり、こういう捉え方をするんだ、と普通に違う側面の人間を見られた気がした。
作中のイクの成長と共に寄り添った様々な犬たちがその時その時でどういういった役割や影響をイクに与えていたのか、何を象徴していたのかを考えながら読み進めるのも面白そうだなと感じた。 -
Posted by ブクログ
滋賀出身の連れ合いと出会うまでは、この本に出てくる県外の人と同程度の認識だったので
「そうそう、夏は琵琶湖で湖水浴するなんて知らなかった!」
「確かに鮒ずしは押し寿司の仲間だと思ってた!!」
などなど「滋賀県人じゃないあるある」をひとつひとつ堪能して笑いました。
後半、滋賀菜ちゃんの合コンやみうらじゅんさんの話のあたりからは「?」と感じたり読んでいてムズムズする箇所が多くなり、前半の面白さとは違うテイストに(勝手に)少しがっかり。
本筋とは関係ないけど、自分もかつて参加した旺文社ラジオ講座のスクーリングの話が出てきてビックリ&懐かしかった! -
Posted by ブクログ
結婚についてタイトルどおり、しないほうの立場から持論をぶっている。1990年代に書かれたものを集めて一冊にしたんだろうけど、21世紀になって20年ほどたつ今読むと、わりと書かれている世間の人々の言動が古めかしい。90年代なんてついこないだの感じがするけど、けっこう人々の意識って変わっているんだろうな。90年代は高度経済成長期のような時代との様変わりが感じられながらもまだ男女の仲とか結婚が当たり前にあるべきものって感じで書いてあるけど、いまや男女の間は意識や考え方の違いではなく、距離がすごーく開いた感じ。同性婚の是非がうんだかんだ言われたり、あとアニメの美少女キャラのステッカーを堂々と貼った男子が闊歩しちゃう時代だもん。
著者の言ってることって、妙に潔癖というか融通が利かないという感じだけど、そこがまた自分の意識とけっこう合ってる感じがした。こういう人って結婚しないし、結婚できないよね、という感じ。こういう意識を感じない人が結婚という社会システム=不自然……っていうか超自然なことをさらりと、あるいはしれっとやれるんだろう。 -
Posted by ブクログ
一気読みしたけど、途中で挫折しかけた程の嫌悪感もあった。
オビには「希望」の強調が見えるけど、そこに辿り着くまで、得体の知れないイエを覗き続けなければならない恐怖がある。
私小説じゃなきゃ、ここまでの生々しい濃度は出せないだろうとは思ったけど、私小説かぁ。
事実は小説よりも奇なり、とはこのことか。
存在が暴力的な父母から受け続けた、精神的虐待。
最初は、そんな自分の家って変ですか?という体裁で始まるものだから、この人大丈夫か?と思っていたけど、後半になって「毒親」であることを自分が認めても良いのだ、振り切りたい気持ちを肯定してやっても良いのだという、微かな攻撃性が見えて安心もした。
でも、分かる。
どこからが「毒」を冠するラインなのかは分からないけど、誰にも言うつもりのない自分のイエのことって、あると思う。
理不尽な怒りが展開される中で、ただ黙って過ぎ去るのを待つしかない時間や、記憶の中に一つも褒められた経験が残っていないこと、謎のルール。
自分のイエだけが、こうなんだろうか。
と思いながら、比べることも出来ず、他人のイエに上がることさえ、気持ち悪く感じてしまう。
一時期、自分は父親に殺されるかもしれない、と本気で思ったことがあるほどだった。今もそれら全てが消化されたわけではなく、燻っているし、ある種の諦めもある。
ただ、筆者が言うように確かに「軽減」は出来るのではないかと思う。
そして、彼らは親であるし、親でしかない。
「凄惨な暴力を受けたわけではない」ことが、免罪符になるわけではない。
けれど、反抗も逃避も出来ない子供たちにとって、「今」が死活問題の子もいるだろう……。
難しいけど、無視をしない大人でありたい。 -
Posted by ブクログ
家族という呪縛から逃れていく過程を描いた作品は何度か読んだが、この「ドールハウス」は地味ながらもリアルな感じがする。主人公が自分の常識が世間とは違うということに気づくシーンとか、友達とのコミュニケーションに自身をなくすところとか。子供の頃、親にドリフの番組を見させてもらえなかった子がクラスで話題についていけなかったりする的な、小さなことだけど子供にとってはカルチャーショックだったりする。そんな各家庭という文化差がまるで異国の文化のように感じたりしたなあ。そういう意味で恋愛というものは、すごい破壊力のあるライフイベント。主人公に遅れた反抗期がくるきっかけとなったのだから。
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Posted by ブクログ
全文が手紙やFAXで成り立っている書簡形式の作品。初っ端、女子高生同士が授業中にまわす交換ノートの手紙で始まるのだけれど、そこには「ドキがムネムネ」、「なーんちて」など、何やらわざとらしい若者言葉。よくよく読み進めてみると最初の舞台は1975年の設定なのでした。
地の文が一行もないため、手紙文をひとつずつ解読し、時代背景も相関関係も読み解かなければならない。誰が主人公なのかさえ、かなりのページ数を繰らなければ判明しない。読み手の辛抱強さが必要です。
主要な登場人物は主人公の八木悦子、彼女が高校時代に想いを寄せる都築宏、悦子の親友の遠藤優子、都築の親友の島木紳助の男女4人。悦子は芯のない、流されがちで読んでいるこちらがいらいらするような、「普通」の女の子。正直主人公の器ではないです。
親友の遠藤優子は長年一人の人に想いを寄せながらも、打ち明けることができずに大人になり、周囲にはしっかり者として認識されながら、誰にも見せられない自分がいて、自殺未遂まで図ってしまうような屈折した女の子で、優子の方が物語の主人公として存在しがちなキャラクター。けれど、悦子が主人公だからこそ、彼女たちが高校時代にやり取りするノートを見て、自分自身の高校時代と重ねることができるのでしょう。
手紙を読み進めると最終的に1995年までたどり着きます。高校時代同じ学校で同じ環境にいたみんなが大学生・短大生・浪人生になり、社会人になり、主婦になり、バツイチになり……。関係性が変わりながら、それぞれに新しい出会いがありながら、手紙のやり取りが続きます。
どんな感情を持って手紙を書いたのか、書いた裏ではどんな行動をとっていったのか、人間関係の移ろいをそれぞれの手紙で把握するのは、特別なミステリーのようで、読んでいてそわそわするものでした。
大学生になって背伸びしちゃう悦子と、浪人中に文学少年面して痛々しい都築が見ものです。思春期特有の面映ゆさが群を抜いています。