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Posted by ブクログ
同じ中学時代を過ごした男女の当時と今を綴った六編の連作集。『ツ、イ、ラ、ク』(角川書店2003/10/31)の舞台設定を踏襲しています。
卒業写真
高校生まで過ごした故郷を離れ、妻の故郷でフィットネスジムのインストラクターをしている安藤健二の物語。中学時代の友情と淡い恋愛に馳せる思いを、大人になった今の視点で綴っています。
秘密の宝物のように、時々眺めては甘酸っぱい気分に浸る事の出来るのが少年時代の思い出ですが 僕たちは、往々にして、思い出を今と分離した過去として扱いがちですが 自分を形成した経験として、自分やかつての同級生の今の幸福を思う安藤の感慨が胸に染みました。
作中で中学時代の安藤が読むヘッセ(Hermann Hesse(独)1877~1962)の「車輪の下」(高橋健二訳、新潮文庫1951/11/30など)や「少年の日の思い出」(高橋健二編集、郁文堂……は、原文のみ。対訳無しの模様……)は、少年時代の思い出であり、このような思い出を持つ成人は描かれていません。一方この「卒業写真」では、例えば、ごく普通の「お父さん」と呼ばれる大人が描かれています。
きわめて普通の大人を形成するのにも、貴重な経験が必要。と、教訓として読んでしまうと、それは読み過ぎ。と言われるかも知れませんが。
高瀬舟、それから
「卒業写真」で安藤の友人として登場した野球部の副部長桐野龍。彼のガールフレンド森本隼子が実際に付き合っていた教師河村礼次郎との逢瀬。状況だけを書くと「ひでぇことをしている二人」と、「哀れな桐野」の対照性が強調されるのですが、ここでは河村の後ろめたさと、隼子の影のある家庭環境を背景に、二人の真剣さが桐野との疎遠を脇役にさせています。
汝、病めるときも すこやかなるときも
隼子たちとは小学校からの同級生、星澤頼子の独白。独白は、同じく小学校からの同級生で、後に彼女の夫となった唐仁原剛についてです。
自分の恋人や配偶者を語るときに、それを愚痴として不満を述べることも出来るのですが、この作品で頼子は愛情の対象として唐仁原を語ります。
訪ねてきた客に表向きののろけを語る、物語前半よりも、客の帰宅後に回想している中学生時代のなれそめの方が、より個人的で主体的になっていて、艶めかしくて好きです。
青痣(しみ)
やはり隼子と中学の同級生、帽子屋の娘、田中景子の回想。
特に利害関係の無かった同級生の隼子を密かに呪っていた中学時代の自分を回想して。
過去の自分を忘れるのでは無く、たとえそれが、思い出したくない醜い自分であったとしても、記憶に留めながら普通の大人に成長した景子の誠実さが心地よい一遍です。
蛇足で「箸の使い方」について。多くの人は様々な持ち方をしながらも「自分の使い方は正しい。」と信じているように思います。僕は、一本を親指の第一関節と第二関節の間と、薬指で固定し、もう一本を親指、人差し指、中指の三本で操作します。僕は「この箸の使い方こそ、正しいのだ。」と自信を持っていたのですが、かつて「君の箸の使い方ってヘンだね。」と言われたことがあります。そう言う彼の箸の使い方が僕には妙に思えたのですが……。
また、魚の食べ方について、僕はこの著者のデビュー作「ひと呼んでミツコ」(集英社文庫2001/08/25)で骨を噛み砕いて食べる食しかたを初めて知りました。そう言えば、友人宅でごちそうになったとき(それはアジの開きでしたが)骨と皮を残す僕に向かって「楊君は、魚が嫌いなの?」と尋ねられて驚いたことが記憶に新しいです。
この短編を読んで気になったので、あらためてアジの開きを食べながら、自分がどのようにアジを皮と骨と身に分けているか注意深く観察してみました。結果として、満腹し、皮を皿の端にまとめ、骨をきれいに整形して、皿の上にはガイコツ状態のアジを復元できたのですが、ずいぶんと左手(素手)を使っていることに気が付きました(笑)
世帯主がたばこを減らそうと考えた夜
『ツ、イ、ラ、ク』で、森本隼子を襲った夏目先生の物語。
『ツ、イ、ラ、ク』では、救われない人物として、この夏目と、小西が登場するのですが、その一方に視点を据えた一遍。『ツ、イ、ラ、ク』を読んでいた僕は、「夏目の物語なんか読みたくないや。」と雑誌掲載時には購入しつつも未読だった一遍。
本書「桃」購入により、初めて読みました。隼子を襲う衝動に説得力がありました。彼の衝動に、同情しないものの、理解が出来た気分です。また、彼の哀しい性欲は、それでも二人の子をなした、結婚が当然だった時代背景を物語っています。
桃
最後は、表題作で森本隼子の回想。河村と再会する二年前の森本隼子。冒頭での上司とのやり取りから、隼子が活気のある職場で活発に働いている様子が伺えますが、中学時代の記憶を呼び覚ます桃を食べると……。
2005年に劇場公開されたコンピレーションムービー「female」冒頭の一遍(監督:篠原哲雄)「桃」の原作です。
「高瀬舟、それから」では、河村の視点で描いていた二人の逢瀬を、隼子の視点で描いています。
不倫の恋愛渦中にいる人は悲劇のヒロイン気分に浸り、家族や友人に祝福される恋愛結婚をした人は、幸せの中に身を置いて安定しているように思えます。でも、恋に落ちると言うことは、周囲からの祝福や、同情とは無関係に二人だけの情熱なのだ。純粋な恋愛を描いた一遍です。
Posted by ブクログ
「ツ、イ、ラ、ク」のスピンオフにあたる、短編集。
「ツ、イ、ラ、ク」では当然のことながら恋に墜ちた二人に焦点が当てられているので、その二人が特別であったかのように記憶に刻み込まれますが、この短編集を読むと、彼らの周囲にいた人々にもその人達の個性があり、それぞれ異なる考え方があり、それぞれ異なる視点で、彼ら二人を見ていたことを知ります。
現実に照らし合わせれば、当然なのですが。
長命中学校と何らかの関わりを持つ人々が時間を経て、当時の自分を振り返る。その時、「ツ、イ、ラ、ク」の主人公である二人のことも、記憶の一部として語られます。
主人公の二人の視点で描かれた作品もあります。
作品中にもあり、あとがきにもありますが、誰もが「とくべつ」であり「ひとりひとりその人にしかない個性で時間の中を生きている」ことを感じ入り、あとがきに、全く同じ事を意図して書かれた事を知り、著者に爽快な気分で白旗をあげました。
それにしても、この方の描く、墜落した恋には本当に気持ちのいい痛みを覚えます。
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小説・文芸
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