姫野カオルコのレビュー一覧
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愛情を示さない両親に従順に従って生きる主人公「イク」の、幼児時代から初老に近づくまでの日々を、8つの章に分けて描く。普通には幸福な家庭と言えないが、そばにはいつも犬や猫がいて、イクを支えてくれた。いや、犬や猫ばかりではでなく、多くの人たちが人生の道々でイクを応援してくれた。怒りっぽい父は、ソ連での捕虜の辛酸な経験が彼の人生を変えたようだし、変わり者の母にも母の事情と人生があった。でも両親も、物語を構成する多くの人物や犬猫も、イクの人生を肯定しているようだ。『すべてのものごとは、各人の胸に据えられた鏡にどう映るかなのである』という著者の多様性を容認する姿勢が気持ちよい。イクは作者姫野氏自身を描いているようだ。
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そういえば昔読んだな、、と思いながらまた読みました(笑)
主人公がいい年して処女、という設定は姫野さんの小説には多いですが、切なさがよく描かれていると思います。
あとは料理や食べ物がうまくストーリーにからみあって、「スピーディにいいタイミングで同時に出来上がり、出来たてを誰かにサーブし一緒に食べる楽しさ」っていうのがすごく出ていてそのシーンがとても好きです。やってみたい!と思うけど、私は料理が得意ではないのでできないと思って読んでました(笑)
全体的にトーンは高くないのですが、暗すぎることもなく、切なさがうまく表現されていて、これも姫野さんらしさだなぁと思います。 -
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ネタバレ出てくる芸能人の大半がわからなかったけど、この方が(失礼だが)エロ親父の視点で女性を見ていて、新鮮だった。
最初は登場人物はピンと来ないし、読むの大変だったけど、人物名にいちいち悩まなければ率直でわかりやすい。
小説は読んだことがないけど、エッセイを読むと、意外と男性目線?の話が多い人なのかな?と思った。
自分の美しいと感じるタイプを正確に把握していて、美人(姫野さん的にいうと、多くの人が美人だと錯覚する情緒的主観的な要素を内側から出している人)とは、なんなのだ?と疑問を呈している。
話の中で昔、
男「合コンに美人の子を連れてきて!」
女「いいよー」
清楚系美人を集めると
「いいこかもしれないけどさぁ‥」
クール系美人だと
「理知的かもしれないかもさぁ‥」
というやりとりがあったらしい。気持ちわかる。
グッと来る人がいない=女子は合コンに美人を連れてこないの図にされがちとか、わかる!
どんな子がいいか要望を言えよって思ったことあります。
後半、男はスタイルが良くて、華やかで、何気ない服がとても都会的で頭のいい女性に対して、早い話、男性はビビるんである。と姫野さんが言っていて、女性の意見なのにすごく納得できた。 -
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目鼻立ちくっきりでスタイル抜群の美人・甲斐子は、自分が美人だという自覚がなく、ある計画を元に20歳で全身整形をして地味な女に生まれ変わる。
一方甲斐子の同級生で地味な見た目だった阿部子も、同時期に整形手術を受けて元の甲斐子そっくりな美しい容姿に生まれ変わる。
整形してから十数年、全く正反対の容姿に変わった二人はどういう人生を歩み、どんな人間になっていくのか。
美容整形を扱った作品ってたまにあるけれど、これは単純に美容整形をして美人に生まれ変わった人間の物語ではなくて、そもそも美人とは?を問う物語。
見た目が整っていれば美人なのか?
でもよくよく考えてみると、見た目が整っていても美人とは思えない人もいるし、見た目は地味でも振舞いや内面を合わせて美人だと呼ばれる人もいる。
甲斐子と阿部子。これは聖書のカインとアベルになぞらえたもので、この二人の主人公に付随するような名前の登場人物も出てくる。
神から不当な扱いを受けてアベルに嫉妬し、最後にはアベルを殺したカイン。
この物語では元々甲斐子はとても恵まれた容姿をしているのに、なぜか異性から不当な扱いを受けるところから物語がスタートしている。
だけど甲斐子はとても慎ましやかで真面目な性格の持ち主でもあった。それが地味な見た目に整形した後、どんな風に変わっていくのか…。
美容整形がいまだに負というか“出来れば隠しておきたいこと”であるのは、嘘をついているような後ろめたさを覚えるからなのだと思う。
芸能人でも、素人でもはっきり分かるくらい顔が変わる人っているけれど、本人が堂々と公表するケースはほとんどない。逆に開き直られたほうが清々しいと思うけれど、そういう人はまだ少ない。
人にはそれぞれコンプレックスがあり、例えば胸が小さい人ならパッド、髪の毛が薄い人ならカツラ、背が低い人ならシークレットブーツなど、そのコンプレックスをカバーするものを用いたりする。
でもそれもやっぱり嘘をついているような後ろめたさから逃れられないから、必要以上にそのことに関して敏感になったりする。
他人はさほど気にしてはいない、という客観性も、強いコンプレックスの前では通用しない。
整形によって一度美人を経験した阿部子の変化の仕方が素敵だった。コンプレックスをはね除け、自分の生き方を手に入れるということ。
美しさとは、そして本当の幸福とは。
余談だけど、年齢を重ねるにつれて内面って顔に出てくるから本当に気を付けなきゃいけないと思う。
つくりは綺麗なのに意地悪さが隠しきれてない人って、けっこういるよね。 -
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初めての姫野さん。
読み応えがありました。
著者のあとがきによれば、
リアル=ドキュメンタリータッチ
シンデレラ=幸福や善や美や豊かさの寓意
だそうですが、タイトルを見ただけでは、あるいは話題になった表紙を見ただけではとても想像がつきません。
シンデレラと言えば、どうしてもシンデレラストーリー(有名ではない一般人女性が、短期間で(あるいは長い年月にわたる苦労の末)見違えるほどの成長と幸福を手にし、芸能界や社交界、その他の一流の場などにデビューしたり、あるいは資産家と結婚する成功物語をいう。By Wikipedia)を思い起こします。さらに穿った見方をすれば、グリム童話のシンデレラの結末の残虐性を思い起こします。
この物語はそうしたシンデレラ像とは違い、俗世の聖人というか聖性を抱えた変わり者、ひたすら利他的な倉島泉(せん)の物語です。著者はそれを特に讃えるでもなく、淡々と描き出していきます。
ちょっとクリスチャン臭がするなと思いました(悪い意味ではありません)。姫野さんによると「私はそんなにちゃんとしたクリスチャンではありません。」とのことですが。。。 -
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自分は青春小説が好きだ。
社会人となった今の自分に嫌気が指している訳ではない。
学生時代のかけがえのない時間を思い出すことが出来るし、浸りたい時があるからだ。
思い出は後になるほど美化されるものとは良く言うが、学生時代が特にそうではないかと感じる。
著者はあとがきで、「あのころ。なんて単純で、なんて、一日一日が新鮮で、なんでもドキドキしてたんだろう。…」
と記しているが、この文章に非常に共感した。
なんで体育祭の優勝があんなに大事だったか。夜まで教室に残っている日がなんて特別な日だったか。
当時の自分も全く気づかなかった。
もっとも、気づけなかったから思い出に浸るのかもしれないが。
自分は20代半ば。
この小説では第二章といったところか。
三章以降は自分にとって将来のことになるが、人それぞれ、別の道を歩んでいってもこの手紙のように縁が途切れることなく続けていきたいと思う。
最後に一章で数学の教師の当て方を数列で解明するシーンがあるが、懐かしい。
学んだばかりの数列の知識を使って規則性を発見する…自分もやったなぁ。。
こんな些細な事から当時の記憶が色々蘇る。ありがとう。