姫野カオルコのレビュー一覧
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高校の同級生、悦子、優子、都築を中心に、高校〜社会人までの主に恋愛を中心とした出来事を綴った青春群像劇。手紙やFAXで構成されたそれは、時に一方通行だったり、タイミングが合わなかったりでもどかしく、しかしだからこそ、その不便さがドラマチックに作用する。現代から見た物語の時代は良くも悪くも前時代的で、感覚的に少しのめり込めないところはあったけど、手紙やFAXといったオフラインによるやり取りは、その余白に起こった出来事を想像する楽しみが用意されてていいなぁ。
物語の後半は、結婚や離婚などいろいろな出来事を経験し、歳もとってちょっと悟りの境地に達した登場人物たちの哀しくも温かい言葉で手紙が綴られていて、胸に迫るものがあった。
特に都築が離婚して今は離れて暮らす息子に宛てた手紙は、彼の女性遍歴を思い浮かべながら読むと、一層グッとくるものがあるのだった。
ひとを好きになるということは、取りも直さずエゴではあるが、相手を思いやるふりをして自分が傷つくことを恐れるがゆえに、それを押し殺して真摯に振る舞うことだけに意味はあるのか。ひとを好きになるということは、自制できなくなるくらい取り乱してしまうことだ、みたいなことが書かれていて、なるほどなぁ、と思う。
とても面白かった。 -
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あとからじわじわくる。切なくていとおしくて泣ける。でも逆立ちしてもどうしたって自分はそんな願いを言える人間になれそうにない。
倉島泉さんが同級生だったら、友達になれたかどうか、独特の受け答えや笑いかたをちゃんと理解し、共感しあえる仲にしてもらえるのか、自分自身になげかけたくなる。
奥底にある清らかすぎる善とか美とか判断できるのかを試されても、きっと私もミニ世界のスタンダードなガールやぽちゃぽちゃした女と同様、見抜けないだろうし、無力すぎて救いだすなんてこともできそうにない。
あの表紙の神々しい姿は、小口さんが見た温泉から上がってきた泉ちゃんなんだろうと思って読んでました。
もしかして倉島泉は〈暮らしません〉なのか?
がっかりして人知れず涙を流してたり、ハシバミの粉で存在を消してる泉ちゃんという宝石を見つけられるように貂に願いたくなります。
そんなことも考えてしまう素敵すぎる本でした。 -
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ネタバレ昭和33年生まれの柏木イクの半生と、彼女の人生に関わってきた犬たちの話。
シベリア帰りの父は突如切れる(作品上では割れる)ので、イクも母も気が抜けない。
母はたいていの時不機嫌で、イクの心を傷つける。
心の交流が全くない家庭。
幼い頃からいろいろな人たちに預けられ、5歳で両親と同居するようになってからもずっと、周囲の人の気持ちを推しはかり、気配を気取られぬよう生きてきたイク。
両親がイクに向ける心無い言葉は、読んでいる私の心をも傷つける。
イクの人生と交差するように、その時代それぞれに流行った犬種と犬の飼い方っていうのがあって、確かにそうだったなあと思う。
犬は犬なのに。
家を出ていきたくて東京の大学に進み、東京で就職するイク。
アパートではなく下宿ですらなく、貸間住まいで結婚もせず、両親どころか親戚一同の介護のため実家のある滋賀と東京をしょっちゅう往復しなければならなかったにしろ、イクの人生は幸せなのだった。
悪い記憶ばかりではない。
それを歴代の犬たちが教えてくれる。
それにしても昭和33年生まれで名前がイクって古すぎない?
母の名前は優子なのに。
と思ったけれど、最後にこの名前に意味があったのだとわかる。(名付け親が計算したわけではないにしても) -
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「ツ、イ、ラ、ク」のスピンオフにあたる、短編集。
「ツ、イ、ラ、ク」では当然のことながら恋に墜ちた二人に焦点が当てられているので、その二人が特別であったかのように記憶に刻み込まれますが、この短編集を読むと、彼らの周囲にいた人々にもその人達の個性があり、それぞれ異なる考え方があり、それぞれ異なる視点で、彼ら二人を見ていたことを知ります。
現実に照らし合わせれば、当然なのですが。
長命中学校と何らかの関わりを持つ人々が時間を経て、当時の自分を振り返る。その時、「ツ、イ、ラ、ク」の主人公である二人のことも、記憶の一部として語られます。
主人公の二人の視点で描かれた作品もあります。
作品中にもあり、あとがきにもありますが、誰もが「とくべつ」であり「ひとりひとりその人にしかない個性で時間の中を生きている」ことを感じ入り、あとがきに、全く同じ事を意図して書かれた事を知り、著者に爽快な気分で白旗をあげました。
それにしても、この方の描く、墜落した恋には本当に気持ちのいい痛みを覚えます。 -
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好きな作家の一人、姫野カオルコさんの直木賞受賞作(スピーチ、面白かったです)。
受賞作の本作より、個人的には「リアルシンデレラ」の方が好きでした。
それにしても、著者が描く人物は「聖人」。
何故こんなにも、清く生き続けられるのか。切なくも、羨ましく思います。
主人公のイクは戦後に生まれ、両親の愛に恵まれずに、そしてそれを受け止め、ただ、自己の不甲斐なさ故に愛されないのだと思いながら育った女性。
そんなイクの5歳から、中年期までが描かれた作品です。
イクの父は理不尽な理由で怒りを撒き散らす人物ですが、犬を手懐けることに長けた人物。
小さな頃から犬と共に生活してきたイクもまた、犬を愛し、犬に心を癒される性格。
私自身、犬が大好きなので
「犬を見たり犬にふれたりすると、ふれた面‐てのひらや腕の内側や頬や‐から内側に向かって、ふくふくとした気持ちが生えてくる」
という描写が、
私に「ふくふくとした気持ち」をおもいださせ、それだけで嬉しくなりました。
そして、相対的には決して幸福で恵まれていたとは言えない人生を送ったイクが思うこと。
「獲得したものを数えるのではなく、彼らの厚情により、被らなくてすんだ不幸を数えれば、それは獲得したものとちがい目に見えないが、いっぱいいっぱいあるのではないか。」
自分の欲深さや傲慢さを、姫野作品はいつも指摘してくれます。
2014年8冊目。 -
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ネタバレタイトルを見て「わたしのことか!」と惹かれて。
そして冒頭を読んで、ああわたしの言いたいことが書かれていると大変共感を覚えて購入した次第。
解説にもあったが、常識である事柄(というか従った方が波風立たない事柄と言った方が近いか)を結構はっきりとぶった斬りながら、返す刃で代替案を提示してくるのが絶妙。
否定だけなら、指摘だけなら誰でもできる。
ただそこから一歩先へ踏み込んで「ならこうしては?」と言える人は少ないと思う。
だから黒くなりすぎず、読み口は爽やかである。
わたしは甘いものは食べると胸焼けを起こすので食べられない、かつチョコレート(特に何も入っていない板チョコ)も苦手なので、姫野さんにも驚かれる系女子、そしてお酒もエタノール臭が苦手で飲まないから、更なるマイノリティー組だろう。
でも、普段自分が言語化はしなくともモヤモヤして抱えていたものを言い切ってくれた感じがして、読んでいて随分デトックスされた気になった。
何もかも同じではなくても、年代は違えども、共感できることが多くて。
自分にとって精神的救いになった一冊だったと思う。
それでいて前述通り、読み口爽やかで非常に読みやすいんだ。
ありがたや。 -
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私小説、ということですがどの部分が創作なのかが分かりません。
確かに「ツ、イ、ラ、ク」を思い出す描写はありましたが、私はエッセイとして読みました。
さて。
犬が大好きながらも犬を飼えない作者がしているのは借景ならぬ「借飼」。近所の犬達を愛でています。
犬を目にした時、触れた時、犬がこちらに関心を示した時、それが好意だった時のあの何とも言えない気持ち。それが見事に伝わってきます。
ただ犬が可愛いというだけではないのが著者の魅力。
例えば、かつて著者が子供であった頃に飼っていた猫・シャアとの記憶が書かれたくだりでは彼女がいかにシャアに心を寄せていたか、そしてシャアとの離別をいかに悔やんでいるかが伝わると同時に子供が非力であるが故のもどかしさが思い出され、きゅっと切なくなります。
また大人になった著者が仕事で猫・ミーと出会ったとき、それがシャアとの記憶と重なり、かつてシャアに頼っていた気持ちに戻る描写は文体の変化もあり、読む者を引き込みます。
はたまた、著者は犬が大好きにも関わらず犬にはあまり好かれないらしいのですが、そこから派生して「若くない女は商品価値がない。これが世の中の事実だ。しかし言っていく。金のない男は商品価値がない。これも事実だ。で、かかる世の海を漕ぎゆくうち、『商品価値』と『己にとっての価値』とのちがいが分かることが、大人になる楽しさである。」という文章が生まれているあたり、ほほぅと感心させられます。
犬から得られる癒しを著者は「尾てい骨のあたりにホカロンを貼ったように、じーんとする」と表現しています。
とても共感する、賛同すると同時に似たような「じーん」を得られる一冊です。
2014年49冊目。