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Posted by ブクログ
ウチはウチ、ヨソはヨソ。
誰でも一度は聞いたことがありそうな言葉ですが、この言葉と共に葬り去られた「謎」が、世の中に一体どれ程あったのでしょうか。
主人公ヒカルがいうように、虐待というのは違うような、でもすんなり受け入れることは不可能、といった両親の謎の言動について、投稿という形で相談と回答が交わされます。
これを読んだ人の反応は大きく3つに分かれるのではないでしょうか。信じられない派、わかる派、そんな酷い?派です。(一部重なることはあると思いますが)
しかしながら、本書において、この両親が酷いかどうか、謎の解決というものはあまり重要ではない気がします。
最後の方に書かれているように、親子の縁は切れないので脱却はできない。でも軽減することはできる。この小説も脱却物語ではなく軽減物語でした。
ヒカルはずっと自分の中にしまっていた両親の「謎」を大人になってやっと取り出し、正解は無いのを承知で、文容堂の人達の回答と共に少しずつ整理していきます。
心のキズにも、見えやすいものと見えにくいものがあると思いますが、この小説はそんな自分でも分かっていないキズを浮き彫りにしてくれるような、もやもやした何かに形を与えてくれるような本だと思います。
にしても、自分も似たような事があったにもかかわらず、特にキズになっていない所をみると、親子の数だけ形があるという事でしょうか。
自分の親は毒親ではないと思うのですが、ヒカルの両親に対する振る舞いが自分とそっくりなのが謎といえば謎でした。
毒親でないなら、もしや自分が毒子?(そういうものがあるのかは知らないのですが)なのか。
正直読んでいて苦しい本でした。そして良書。
Posted by ブクログ
こちらの作品に限っては、著者のあとがきを読んでからの方が、物語に入り込みやすいかもしれません。というのもかしこまった書簡形式(著者は相談小説と表現)という独特の文体故に、とても読みづらく感じたため、そのような構成に至った著者の意図とプロセスを理解した方が物語を理解しやすいだろうと思ったからです。さらにこの物語は不可解な出来事の羅列なのですが、なんと全て著者の実体験だそうです。本書では凄惨な暴力などの痛ましい事件などはほとんど書かれず本当に小さな不可解で理不尽な出来事しか起きないのですが、何も知らずに読んでいると正直「しょーもな」という気持ちが先行して内容がいまいち入ってきません。ですが、それらが実際に起こった実体験だと知った上で本書を読めば、確実に物語を理解しやすく、リアルに起こったことなのだという面白さを感じながら読み進められることと思います。
私はあとがきは最後に読む派なので、なかなかストーリーが入ってこずいつになったら面白くなるんだろうと思ったまま本の1/3に到達。なかなかストーリーが進まない。最初の「名札張り替え事件」も意味不明だしどうでも良すぎて投げ出しそうになりました。(しかも真相は謎のまま)もう読むのやめようかな、私がそう思ってる矢先、主人公が自分の親をひとことで言うならなんだろう?と問い、それに対して回答者・長谷川達哉氏が「毒親」と回答します。この「毒親」という言葉が初めて出てきた時点で物語がついに動き出したと感じました。
中でも一番理不尽だったと思われる「タクシー事件」もシーズン2(同じことがまた起きる)の時に思わず読んでるこちらが吹き出してしまいました。もーやだーこの親頭おかしい。そのあたりでようやく面白がりながら読んでましたが、現実でも毒親というものは常識や条理からかけ離れた発想をするものなのかもしれないとも思いました。
最近、毒親関連の本をよく読みますが、毒親には色々なジャンルがあり、これが毒親と一言で言えません。ですが私が毒親を定義するとしたら「親が子を支配する」この一言かなと思います。これが私が感じる毒親の定義です。
実は私はこれから二人目を出産するのですが、良い親になれるか不安を感じるばかりでした。絶対に毒親になりたくないから、毒親関連の本を読み漁っていました。そんな中で本書を読んで、毒親の仕打ちに対する回答者の言葉を読んで私も主人公同様、勇気づけられたり納得できたりしました。私は子供を支配するのではなく、子供と共に歩んで成長していけたらなと思いました。
毒親は鬼をうちに入れて、福に豆をぶつける人生。鬼は内、福は外という人生を送ってきたのだと、本書に登場する回答者・児玉幸子が言った言葉が印象に残っています。私は、「鬼は外、福は内」と心がけて楽しい人生を送ります。
Posted by ブクログ
一気読みしたけど、途中で挫折しかけた程の嫌悪感もあった。
オビには「希望」の強調が見えるけど、そこに辿り着くまで、得体の知れないイエを覗き続けなければならない恐怖がある。
私小説じゃなきゃ、ここまでの生々しい濃度は出せないだろうとは思ったけど、私小説かぁ。
事実は小説よりも奇なり、とはこのことか。
存在が暴力的な父母から受け続けた、精神的虐待。
最初は、そんな自分の家って変ですか?という体裁で始まるものだから、この人大丈夫か?と思っていたけど、後半になって「毒親」であることを自分が認めても良いのだ、振り切りたい気持ちを肯定してやっても良いのだという、微かな攻撃性が見えて安心もした。
でも、分かる。
どこからが「毒」を冠するラインなのかは分からないけど、誰にも言うつもりのない自分のイエのことって、あると思う。
理不尽な怒りが展開される中で、ただ黙って過ぎ去るのを待つしかない時間や、記憶の中に一つも褒められた経験が残っていないこと、謎のルール。
自分のイエだけが、こうなんだろうか。
と思いながら、比べることも出来ず、他人のイエに上がることさえ、気持ち悪く感じてしまう。
一時期、自分は父親に殺されるかもしれない、と本気で思ったことがあるほどだった。今もそれら全てが消化されたわけではなく、燻っているし、ある種の諦めもある。
ただ、筆者が言うように確かに「軽減」は出来るのではないかと思う。
そして、彼らは親であるし、親でしかない。
「凄惨な暴力を受けたわけではない」ことが、免罪符になるわけではない。
けれど、反抗も逃避も出来ない子供たちにとって、「今」が死活問題の子もいるだろう……。
難しいけど、無視をしない大人でありたい。
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小説・文芸
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