姫野カオルコのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2007年3月に「ああ正妻」として出版された作品の文庫化。文庫化に際し、全面改稿されました。
文庫の後書きに著者が記した意図が、本書を理解する上で大きく役立つと思いますので、是非お読みすることをお勧めします。
僕が文庫化で大きく変わったと感じたのは、ラストで雪穂の側に立って夫との関係を考察している点です。
物語の皿回し的役目を担う、川松教授の質問に答える形で、小早川くんが「妻が求めるものは何なのか」を述べます。
内弁慶なモンスターとして家庭に君臨する雪穂は変わらないのですが、それでは、雪穂自身はこの現状をどう考えているのか。
川松教授の考察は、幸福論(又は不幸論)として秀逸だと感じる一方、では、僕はどう考えるのか。と、一緒になって考えるきっかけになりました。
そして、小早川の回答には、僕も愕然としました。
「ああ正妻」では、単に「小早川くんの結婚は悲惨だな。」と言う感想がメインでしたが、
本書では、多かれ少なかれ、自分が雪穂的な側面を持っていることを前提に、
では、自分が雪穂のようにならないためにはどのような注意をすればよいのだろう。
と、読者も考える事が出来るように工夫されていると感じました。
僕は(本書に異を唱えるわけではありませんが)雪穂が、小早川の言うことを、遮ったり、否定したり、間違っていると指摘することなく、是認しながら「聞き上手」になることで、この夫婦は改善すると思いました。
つまり、僕は川松教授の「妻に何を求めますか」の答えには、「話を聞く人になってほしい。」と答えるのが正解だと思いました。
また、僕が雪穂的夫にならないためには、妻の言葉を是認しながら聞くことが大切だと思いました。
前提として、
男性が「多かれ少なかれ、我が妻も雪穂的な側面を持っている。」と思うのと同様に、
女性も「夫だって、雪穂的な理不尽さを持っているよな。」と感じるだろう、
と、考えました。
物語の家庭は、度を超しているため、「雪穂は異常な人」と他人事として、自分を顧みることを回避できる工夫もされているのですが。 -
Posted by ブクログ
日経新聞、朝日新聞、読売新聞、しんぶん赤旗日曜版に、連載や単発掲載されたものを加筆改稿して一堂に集めた文庫オリジナルのコラム集です。
五つに章立てしています。
第一章「喫煙(吸う人)vs.禁煙(吸わない人)」
第二章「耳……聞く・聞こえる」
第三章「見る&見かけ」
第四章「ヒメノ式歳時記+マギーさん」
終章「聖ヴェロニカの花に祈る」
第三章までは、著者のライフワークである、世間の誤解への取り組みです。冷静な視点から問題点を整理し、無駄な対立を解消すべく、あれこれ考え、提案されています。
特に印象に残ったのは、第三章のV「頑固な便秘、頑固な「思い込み」」です。
僕は、かつて頻繁に僕が愛読しているブログを、職場の同僚や、友人に勧めていたことがあったのですが、かなりの割合で僕が勧めたブログを批判する人がいました。自分が好きで読んでいるものにけちを付けられたような気がして不本意に思い、最近は、愛読ブログを人に勧めないことにしました。
「的はずれな批判はなんでかな?」とずっと思っていたのですが、このV「頑固な便秘、頑固な「思い込み」」を読み、「なるほど。」と腑に落ちました。
第四章からは、対立や誤解の考察を離れて、エッセーになっています。夏の暑さのしのぎ方を綴った「扇風機」や「年賀状」「クリスマスの過ごし方」など。
そして、終章を読んで、僕は感動しました。
「春はたくさんの花が咲く。」と、春の賛美から始まり、「おぉ、小林秀雄が世阿弥の美意識を論じた「当麻」ばりだな。」と思ったのですが、
読み進むと、春を愛でる人間の側の状況に言及しており「おぉ、小林秀雄を批判した坂口安吾の「教祖の文学」ばりだな。」と思い直しました。
しかし、最後まで読むと、そんな文学的な工夫に留まっているのではなく、読者へ向けた、生きる事の愛しみの表現になっている事に気付きました。
夕飯を食べながら読み終えたのですが、読み終えた瞬間に食事を中断し、しばらく感慨に耽ってしまいました。
文学は、一応芸術の分野に分類されると思うのですが本を読んで「芸術だなぁ。」と思ったのは、これが、まだ二作目です。(一作目は、別の作家の小説でした。)
まさか、エッセーを読んで感激し、芸術を感じることなど期待していなかったので、不意打ちを喰らったように、食事を中断し、しばし感慨に耽ってしまった次第です。外で食事をしていたので堪えましたが、自宅で一人でいるときだったら、感涙を抑えられなかったかも知れません。大げさなようですが。
この段の初出は日経新聞の2011年3月30日と記されています。つまり、震災で被災された方へのお見舞い&励ましとして書かれたものと推測されます。
でも、僕が、今(2013年4月25日)読んでも、
「このまま、ただ歳を取って、老いていくだけの人生で良いのかな?」
と漠然とした不安を感じていたこと、それを日々の雑事で紛らわせていた自分に気付く一方、
「うん。これでも良いのだ。季節を感じながら生きていこう」
と励まされ、生きる勇気を与えられたように感じます。
なんとなく「疲れたなぁ。」と感じている人や、
「空しいな。」と不安に思っている方には、
是非お勧めしたい一冊です。 -
Posted by ブクログ
マニア垂涎の一冊。
今まで単行本などに未収録だった作品を一堂に集めた文庫オリジナル。初期の(処女三部作以外の)作品に通じる味わいがあり、昔からのファンにとっては「あぁ、俺、こういう作品が好きでファンになったんだよな。」と再認識する形で楽しめました。
「池袋」っておしゃれじゃないし、ヘンな地名だよね。
と言う部長に突っ込む立場ではなく、突っ込まれる立場として読むのが、姫野カオルコファンの読書です。
自分が感じたことを正直に述べて笑われる事があります。笑う人が「普通は、そうじゃないだろ。」と考え無しに突っ込んだ際、カウンターとして「俺は自分が感じたことを述べたんだ。それを否定はできないだろ。」と心の中でつぶやきます。
そんな経験を持つ貴女、貴兄の心の友としての姫野カオルコ作品です。
レアと言う意味では「蕎麦屋の恋」文庫収録時に収録されず、長らく入手困難だった短編
「イーハトーブの小迪」が「秘密とアッコとおそ松くん」として、
「天国に一番近いグリーン」が「ゴルフと整形」として、
「スワンの涙」が「パソコンと恋」として、
「色つきの男でいてくれよ」が「書評と忸怩」として、
収録されました。
「ゴルフと整形」に至っては、ファンには印象深いあの作品からスピンオフで登場する人物がお楽しみなグレードアップになっています。
と、言うわけで、直木賞受賞を切っ掛けに「昭和の犬」を読んで「次に姫野カオルコ作品を読むとしたら何が良い?」と聞かれた場合には、あまりオススメしません。
この本を読んで、最近の(直木賞を受賞するような)作品との違いを認識しました。
「昭和の犬」がファースト姫野カオルコ作品だった方に、「次」をオススメするなら(恋愛小説ですが)
「ツ、イ、ラ、ク」
です。
読み応え有り。
面白いです。
すっごく面白いです。
何回でも読んじゃいます。
ちなみに「ツ、イ、ラ、ク」も直木賞候補でした。 -
Posted by ブクログ
四編の輪環形式連作小説。
「反行カノン」
「私」が藤沢さんに抱く恋愛感情がハンパない。
抑えられないほどの熱情がわき上がる感覚は貴重だと思う。
「フレンチ・カンカン」
「私」は、僕が苦手なタイプ。具体的に「ここが嫌い」と書けるのだけれど、言わぬが花と思い、詳細を記さず。こういう人って(庶民にも)ときどき居る。
「何処が嫌なタイプなの?」と疑問に思う人とも、僕は親しくなれない。
藤沢さんのタイプとは、親しくなったことが無い。
「三幕アリア」
まともな人である、と思う。藤沢さんも「私」も。
実際にこのオケージョンになった場合、僕は藤沢さんのようには振る舞えない。
「輪舞曲」
官能的だった。一生に一度、こんな経験をすると、それだけで生きていけるような気がする。
南の島のバカンスに行って、帰ってきたような気分になった。
旅行に行きたくなったのではない。
具体的に自分でこのような旅行を計画したら、「これだけ自由に使える金があるなら」と、別のことに使うと思う。そんなふうに思う自分を、つくづく小市民だと思う。
旅情は、この小説を一冊読んだことで満たされました。 -
Posted by ブクログ
いそぎんちゃくと数の子のようなオブジェ
余白たっぷりの1ページ目の冒頭からなんじゃこらというおかしな文章がつづき、古書店で読み始めずにはいられませんでした。ワタシにとってはじめての作家さんですが、また古書店で名前を見つけたら手に取らずにはいられません。
エッチな言葉や表現がいっぱいててきてこれはエロ本だなと思いながら読み進めました。でもこれは、あることを伝えるための彼女のスタイルであるということに気付きます。古賀さんのおうちにできたいそぎんちゃくと数の子のようなオブジェもオチがうすうす感じられてよく効いていたと思います。ワタシの新人作家であることと彼女のインバクトに、ファイブスター!
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Posted by ブクログ
僕が一番好きな小説です。
恋愛小説として大好きです。
今までも沢山恋愛小説を読みましたが、この小説が一番です。
他の恋愛小説と、何が違うのか。ちょっと考えてみました。
一言で言ってしまうと、それは「僕の身の丈にあっている。」と言うことです。
もちろん、傷心の海外旅行での出会いとか、クルーザーで港の夜景を見ながらのデートとか、そういう恋愛小説も好きなのですけれども、そこには「僕」がいません。
そう、「終業式」を読んで、僕が「一番好き」と断言できるのは、「たとえば登場人物の中に僕がいても違和感がない。」僕の身の丈にあった恋愛小説だと言うことです。
物語は、一九六〇年頃生まれた同級生四人の高校時代からスタートします。舞台は、静岡県浜松付近。僕が生まれた年代や土地柄とは全く異なります。それでも、「僕が登場してもおかしくない。」と思えます。何故なのでしょうか。
それが、この小説の他では読めない、恋愛小説であるポイントのような気がします。恋愛に対する四人の試行錯誤。これが、ポイントではないかと思います。
都築は行き当たりバッタリですし、悦子は雰囲気に流されやすい。島木は猪突猛進ですし、優子は考えすぎなのですけれども、みんな失敗しながら、少しずつ大人になってゆきます。
おきまりのパターンを踏まない恋愛は、試行錯誤、遠回りです。でも「恋愛」って、そういうものですよね。自分の好みの異性は、自分で見つけるしかないし「見つかった」と思ったら、相手にも「見つけた」と思ってもらえるように努力しなくてはならないのですけれども、それって、必ずしも雑誌に載っているようなテクニックがうまくいくとは限りません。もし、失敗したとしても、誰もフォロー(例えば、替わりを見つけてくれるとか?)してくれません。結局、自分でどうにかするしかないのです。たとえ、うまくいって、ドラマに出てくるような、トレンディーな恋愛になったとしても、それが幸せへの切符であると思えません。そんな僕は、登場人物の試行錯誤に励まされるのです。僕も「今は遠回りをしながら、でも前進しているのだ。」と思えるのです。
自分の恋愛観を「遠回りが趣味」とは思いませんが、こんな登場人物たちに共感がもてる人とは、きっと仲良くなれる。そんなふうに思える恋愛小説でした。
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角川書店から新たに刊行されたので、買ってみました。今回読んでも「やっぱり、保坂の気持ちがよく分かる。」なのですが(^_^;) 今回は、都築が終盤に悦子へ送った手紙(角川文庫ではp328~)にも注目しました。悦子が、相変わらず別れた男へ自分の欲求を訴えている(同p308~)のに比べ、都築のこの手紙は、悦子への接し方(つまりは女性への接し方)の変化が伺われます。男三兄弟の真ん中ッ子として育った彼が、遅まきながら、女性への接し方を学んだ様子が伺えます。僕も、男三兄弟の真ん中なので、今後(ていうか、今、ちょうど、ラストの都築と同い年(^_^;)だから、今こそ!)彼の後に続こうと思います。 -
Posted by ブクログ
驚くべき才能。
直感的で 徹底した 価値観へのアプローチ。
オンナは ダカレル。オトコは 抱く。
オトコは ヤル 存在で オンナは ヤラレル存在。
徹底して見せつける。
性に対する ピュアーで 乙女ティックな願望。
おもろいヒトもいるのですね。
名前の付け方からして オヤジダジャレ風。
主人公は フランチェス子。
悪女で聖女。処女で耳年増。
変なところに棲んでいる人面瘡が 古賀さん。
マゾのフランチェス子とサドの古賀さんの会話が秀逸。
古賀さんは 完全に オジさん。
フランチェス子は 清純ムクナ 30歳の女子。
古い価値観にとらわれながらの 現状肯定と否定。
テレビやその流行が 何気なく登場する。
ガッテン、ガッテンと言いたくなる 雰囲気。
米原万里の解説を読みたいがために 読んだ本。
米原万里の 抱腹絶倒 が 目に浮かぶ。
オトコなんて 銅像で いいのだ。
チンチンが 懺悔しているのだ。 -
Posted by ブクログ
なんと激しい純愛小説か!?
全編肉欲にあふれている。こんな恋愛モノははじめてだった。しかもそれが純愛とは(笑)
物語も登場人物もいきいきと、そしてなまなましく、ときに乱暴に描かれる。
言葉があふれてほとばしるとはこうゆうことかと思いながら読み進めた。
一章、二章の子供時代がちょっと読みにくかったけどその後の物語のスピードは凄かった。
内容的にはこれはR指定ではないのか?
表現だけじゃなく、この話は子供には解るめぇ~って感じ。
今自分の過去を振り返っても中学時代が色鮮やかにきらきらと思い出すのはこうゆうことなんだよな、と納得のお答えをもらった気分。
カオルコさん面白すぎです!! -
Posted by ブクログ
読んでみて、いや、読み始めてすぐに
「これは好きな感じ」と夢中になりました
泉(セン)ちゃんの小さな頃の不遇には
いたたまれない思いをしたりしながらも
その考え方、受け止め方に、心が震えました
そして、ずっと心を震わせ、静かに読み終えました
がっかりすることは、正直に生きている者には
必ずあるから、そのときは、気配を消せばいい
泉(セン)ちゃんの周りにいた人たちの
告白を元に作られた小説ですが
周りの人たちの、傲慢さも優しさもみんなみんな
一生懸命に生きているからだと思える
ただ、どうしても泉(セン)ちゃんがいじらしくて
仕方がない気持ちを捨てきれないわたしは傲慢だ
だって、泉(セン)ちゃんは、とても幸せなんだから
いまは、何をしているのだろう
どこかで静かに笑っている筈だと信じている
すごく思い入れてしまう小説に出会ってしまいました