姫野カオルコのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
なんと言うかこう、必要以上に偽悪者ぶるというか、なんというか。
確かに性的な嗜好を結構リアルに描いているけど、それも大きなテーマのひとつではあるけど、それだけが姫野ワールドじゃあないんだよ。
若さゆえにとんがったコピーなのか、売らんがための出版社の営業戦略なのかはわからないけど、薄っぺらい、一面的な内容紹介なのである。
私にとって姫野カオルコって、おかしいことをおかしいって言えないのはおかしいって怒れる、至極真っ当な人。
何も考えることなく他人に言われるがままに行動して、何の疑問も持たないのはどうして?って、いい加減若くないのにずーっと気持ち悪く思っていられる稀有な人。
そう、私が言えないでいることを、私に代わってもの申してくれているありがたい人なんですわね。
“円周率とは何なのか。なぜ、だれが、どんなふうにして3.14と決めたのか。なぜ3.14を引き出せたのか。それがわからない。円周率を人類が引き出していった過程を納得しなければ、そんなもの鵜呑みに使いたくない。気持ち悪い。(中略)先生は何としても18を2で割らせたがる。もっと前の段階にある私の疑問に彼は全く気付かず、彼が気づかないことに私は気づかない。”
みんなが簡単に納得できていることが、私にはどういうわけだか上手く納得できない。理解できない。
仕切りたがりの女子。
いじめの采配を振るう人。
連れ立ってトイレに行かなくてはならない仲間。
強要されるお揃い。
円周率はどうでもいいが(え?)、そういうことが気持ち悪くてしょうがなかった。
そして一番よくわからないのが、それにやすやすと従う人たちの変わり身の早さ。
なんで?どうして?と立ちつくしている私の横を、何のためらいもなく軽やかに通り抜けていくクラスメートが、本当に不思議だった。
“ひとつのことを考え続けない、その明快な光を私は畏怖した。”
大人になった今ならわかるんだよね。
きっと、みんなも多かれ少なかれ、戸惑っていたということを。
もしかしたらまったく戸惑っていない人もいたかもしれないけど、少なくとも、私だけが世の中に適応できないわけではないということを。
というか、傍から見たらしっかり適応しちゃっているし。
多分私も誰かに、理解のできない気持ちの悪さを与えていたのだろう。
与え続けているのでなければよいのだけれど。
多様性を否定しないで。
自分の一存を押しつけないで。
みんな違って、みんないいのだから。
でも、円周率は3.14だよ。(笑) -
Posted by ブクログ
ネタバレ【本の内容】
1960年代、まだダサかった日本。
関西の田舎町。
3歳の少女はなぜ「特急こだま」の玩具を買ってもらったのか。
4歳の少女はオバサンが何をしているのを見たのか。
6歳の少女は夏休みにどんな初体験をしたのか…。
こどもだったからこそ鮮明に焼きついた記憶。
大人のためのリアルな童話とも言うべき短編集。
[ 目次 ]
[ POP ]
1960年代に子供時代を過ごしたこと、自然がいっぱいの長閑な田舎町。
都会に暮らす大人にとっては美しく懐かしいもの、古き良きものの象徴と呼べるそれらを、徹底的に否定することがこの短編集の根底にはあるように感じます。
五つの物語の主人公は、みな京都やその周辺に故郷を持ち、今は東京で暮らす40代中盤の独身女性。
日常を生きながらも、ふとあの頃…、自分の子供時代に迷い込んでいきます。
彼女たちは、過去を振り返るわけではないのです。
唐突に、子供時代のある場面が発生してしまうのです。
だから子供時代を懐かしめない、自分がなじめなかった故郷を大人になってもやっぱり好きになれないでいます。
ふと懐かしんでしまいそうになる自分をストイックなまでに戒めているようにも見えます。
感傷に浸らず過去を見つめること、それは自分の人生を尊ぶことと通ずるように思いました。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
姫野カオルコは昔読んだ「終業式」が好きで、その次に読んだ「整形美女」は内容は面白いんだけど文章が理屈っぽいのが嫌だった。
この本は多分3冊目なんだけど、裏表紙に「明るくって元気なエッセイの数々。」とあるからにはエッセイだと思って読んで、軽くて読みやすいな〜へ〜SM作家だったんだ知らなかった〜とか思ってWikipedia見たら嘘でした。
Wikipediaより抜粋
随想風小説『ガラスの仮面の告白』がエッセイに分類されて発売されたこともあり、団鬼六賞の受賞をきっかけに小説家としてデビューしたと誤解されることが多かった。
なんかもっと若い人だと思ってたんだけど、今56歳だそうです。小説で例えに出てくる芸能人が全く分かんないから昔の芸能人マニアなのかと思ってたけど、世代が離れてるだけだったのか。
面白かったところ抜粋
「若い子はキライだわ。四十代が好き。心得てるから」
「愛なんて。けっきょく肉体の快楽だけが刹那の夢なのに」
の、ような、ことを頻繁に発言するという「ときどき出てくるワキ役キャラクター」じみたことをしていた。
原稿を書いた。
「彼女の肉体は喜びにふるえ、子宮までもがとろけそうだった」
書いて書いて書いてやった。
「フン、こんなこと、あるわけないだろ、バーカ」
と思いながら書いて書いた。
ここだけ抜き出すとあんまり面白くないかな。
読んでる時は噴き出しました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ字も大きくて、すぐ読み終わる。
でもこの登場人物たちの介護人生は続いていく。(ほとんど実話らしい)
絶えず身内の誰かが病気でずーっと介護に明け暮れてる大学生とか、(伯父とか叔母の世話までしてるってどんだけ血縁関係が強いんだろ)
友達と会っていても、”介護があるから”って言っても不自然な年齢じゃなくなったからそれが嬉しい、とか。
介護だけの人生じゃあ、あんまり虚しいから出合い系サイトで知り合った人にロストバージンするとか…。
ほんとに身につまされる逸話ばっか。
日本はこれから益々高齢化が進むということは、こういう人たちも増え続けるということだ。 -
Posted by ブクログ
これまでの読書歴で3大トンデモ設定の称号を与えよう。ブラックジャックやぬ~べ~でも描かれ、その強烈な存在感を知らしめた人面瘡(人のような顔つきをもった喋るできもの)。それが汚れを知らぬうら若き乙女フランチェス子の秘所に出現し、彼女を思うさま罵倒し始める。
実はフランチェス子(元モデル)、天涯孤独で修道院育ち。美人(しかもバスト109センチ)なのに、なぜか男を寄せ付けない先天的性質で交際経験ゼロ。男に求められたことがない彼女をダメ女と罵り嘲笑うオッサン顔の人面瘡。そんな彼(?)のことを、人面瘡をテーマにした恐怖漫画『のろいの顔がチチチとまた呼ぶ』の作者、古賀新一にちなんで「古賀」と命名し、フランチェス子と古賀さんの奇妙な同棲(?)が始まった。
女としての存在意義を失っているフランチェス子。だが、俗欲を抱かず信心し、質素な生活を心がけ、暇があればゴミ拾いをする等、常に人のために尽くし、55歳になれば修道院に戻ると決め日々を送る彼女は聖女のようだ。
人助けの一心からあるサイドビジネスを始めた彼女をまた予想外のアクシデントが襲い・・・
知らぬ間にバージョンアップがなされてしまう秘所、侮辱されているのにどこか前向きなフランチェス子、古賀さんとのおかしな同棲生活の行方は・・・。
解説は米原万里さん。
直木賞候補になるも受賞できなかったのはアクが強すぎたのが原因かもしれないけど、一度読んだら忘れられない。知らなかったけど、2013年には岩佐真悠子さん主演で映画化もされたそうな。ど、どんな絵面に・・・。。
ちなみに3大トンデモ、他の2例は妙齢の女性の右足親指がアレに変化してしまう、松浦理英子氏の小説『親指Pの修業時代』、愛する妻の魂がハゲデブ加齢臭のおっさんの肉体に宿って帰ってくる、阿部 潤氏の漫画『パパがも一度恋をした』である。 -
Posted by ブクログ
この作家は初読。名前からどうせバブリーバリバリだろうというイメージで読み始めたら、あら不思議、人生幸朗のボヤキ漫才かよという歌詞にツッコミ、マンガにツッコミ、映画にツッコミ。どう読んでもバブリーなモテる女性の文章と違う。途中で判明してくるんだけど、中2から同じシャツを着ている、非モテ系の女性だった。
ボヤキやツッコミということで、女宮沢章夫という感じかというと、入りはそんな感じだけど、落ちるところは宮沢章夫ほどとんでもないところに落ちないので、ダイナミックな笑いは呼ぶわけではない。でもなんだか納得してしまうのである。
この手の軽い感じのエッセイは、ブログなどのネット世代と非常に親和性は高いのではないかと思う。ただ、作家はプロなりの語彙力と展開をわきまえており、凡百のネット時代の作家よりも「読ませる」文であることは間違いない。