南杏子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
エリザベス・ブラックウェルは1821年にイギリスで生まれ、11歳で家族とともにアメリカに移住した後、1849年、女性として世界で初めて医学学位を取得した。
この本は、女性医師の未来を切り開いたブラックウェルを灯火として、医療の世界で性差に抗い闘う女性たちの姿を描いた小説。ふ
主人公は、1998年、中央医科大学の解剖実習で組まれた女性だけの班に所属した長谷川仁美、坂東早紀、椎名涼子、安蘭恵子の4人と指導教授・城之内泰子だ。
4人は泰子の指導を受け、いずれも優秀な成績で卒業し、それぞれの道を歩むが女性ゆえの苦労も味わうことになる。
長谷川仁美は、大学に残り、白内障オペのスペシャリストとして活躍するが、露骨な男性医師優遇に絶望した挙げ句、職場を去り、実家の眼科診療所を継ぐ。
坂東早紀も大学では極めて優秀な循環器内科医だったが、シングルマザーとなり、認知症の父親の介護もあって、今は健康診断医をしている。
椎名涼子は、蒲田記念病院で救急医をしていたが、同病院で麻酔医をしている夫との間で子宝に恵まれず、コミュニケーションが途絶、海外で急病になった日本人を迎えに行くエスコート・ドクターの道を歩む。
安蘭恵子は、日星医療センター新生児内科医として、NICUを統括する立場にいるが、その激務に加え、家庭でも脱サラの夫の仕事がうまくいかず、いらいらがつのり、体調に異変をきたす。
この4人を指導した城之内泰子は、1996年に中央医科大学初の女性教授になった優秀な人物だが、4人に対して、ある贖罪の意識に苛まれていた
その根底には、昨今、明るみに出た医科系大学における女子受験生一律減点の不正入試問題が据えられている。
家庭では介護や夫婦間の問題を抱え、職場では男性優位の風潮にさらされながらも立派に働く優秀な女性の姿が実感でき、彼女らに対するエールが強く伝わってくる小説だった。
解剖学上の男女の脳の違い(脳梁の太さ、海馬の大きさ)があるかどうかという議論が興味深かったことを追記しておく。 -
Posted by ブクログ
いのちの停車場を読み、南杏子さんを知りました。他の作品も読んでみたいなと思っているとき、ブック・オフで見かけたので購入。
女性教授と4人の女性医師の話です。大学初の女性教授の葛藤と苦悩、中堅医師となった4人の葛藤と苦悩が描かれています。事実、女であるということでたくさん苦労されてきたことがよく分かりました。そして、現在やこれからは女であるということで理不尽な偏見や差別が無くなることを願うばかりです。
ちょうど、私もアラフォーで仕事について振り返り、決断する時期にきているので、彼女たちの悩みに共感しました。最後の章で城之内教授が「どんな道を選んだにせよ、間違った選択なんてない。自分を信じてあげましょうね。」という言葉に救われました。 -
Posted by ブクログ
ブラックウエルとは、世界で初めて医師として認められた女性のことだそうだ。
数年前にあった医学部不正入試問題、それを踏まえて著者はこの作品を著したのだろう。
書中、ひとりの女医が言う。
「つまり大学受験での女性差別は、私たちにとってささいな始まりでしかなかったともいえますね」
入学試験での女性差別は、ほんのスタートにしかすぎず、入学後さらに医師になってからも、医療分野は女性蔑視が甚だしい。
そんな男性社会で奮闘する4人の女医たちを描いた医療小説。
解剖学実習で女性だけの班を組まされた彼女たちが、卒業後医師となり女性ゆえに苦労する医療界の現実を、現役の医者である著者がリアルに描き出す。
指導教授だった女医が、最終講義の後、彼女たちに語る。
「その通りよ。あなたたちがいる場所で、どんな医師がいればいいのか。それは自分で見つけていくしかない。その時、思い返して欲しいの。患者に役に立つ人が医師なのだ、ということを」
エピローグで、希望が見える。 -
Posted by ブクログ
読み始めた途端、テレビドラマで観た作品であることを思いだした。主人公役が誰だか忘れたが、陽子役と座間役が印象深く、記憶に残っている。
現役の医師による、過酷な医療現場の実態を小説化し、現代の医療を告発した作品と言えようか。
主人公千晶の先輩医師陽子が語る「良心に従って仕事するだけで精一杯です」に、先に読んだ夏川草介『神様のカルテ』の「良心に恥じぬということだけが、確かな報酬か」を連想した。
『神様・・・』が、過酷な医療の実態をオブラートに包んだ手法に対し、本書は肉体の限界を超える過酷な勤務や患者からの暴力、訴訟リスク等々をストレートに描き出している。
訴訟問題で命を絶った医師を惜しむ患者たちが語る場面では、涙腺を刺激されずにはいられない。
診療所に医者でもある千晶の父が語る言葉は、著者の思いでもあるだろう。
「ここでたくさんの人びとを看取ってきた。それでわかったのは、人はいつか必ず死ぬということだ。だから、治すための医療だけじゃなくて、幸せに生きるための医療を考えてきた。たとえ病気があっても、その病と共存して、最後まで心地よく生きられるような治療を誠実にやってきた。その先に死があっても、それは受け入れる」