斎藤美奈子のレビュー一覧
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ロッキング・オン社長、渋谷陽一責任編集の雑誌『SIGHT』(1991年〜2014年)の年末恒例特集として組まれていた高橋源一郎・斎藤美奈子対談の再録(2011年〜14年)、19年の『すばる』誌での対談、21年の語り下ろしを収録。
『サイト』誌上の書評対談といえば大森望と北上二郎の「読むのが怖い!」が名物企画であったが、当時の編集者曰く「取り上げられている本を一切読まなくてもおもしろい」つまり、「読み物を論評する」を超えて、「これ自体がおもしろい読み物である」というわけだが、この本にも十分当てはまる。副題にある「読んでしゃべって社会が見えた」気分にさせてくれる。
【蛇足】高橋「2009年に民主党政権が発足した後の言論空間は明るくてポジティブでした。支持率が70%を超えていた、信じられない時代です。」斎藤「政治の話が楽しかったですよね。」中略
斎藤「だけど、結局全然変わらない。」高橋「それで、2012年末に民主党政権が退いて、また安倍政権になって……。」
呪詛を吐いてるだけで、リベラル陣営の失敗には言及しない女々しさ。 -
戦下のレシピ 太平洋戦争下の食を知る
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試し読み
Posted by ブクログ
太平洋戦争の日本とそこに住む我々の祖先を描いた映画、テレビドラマは数あるが、その食生活に焦点を当てて描いたものはあまり記憶がない。確かに、米がない、腹一杯食べたいが食べれない、人間の食べ物ではないものを無理矢理食べざるを得ない等、その結果のみドラマの背景の中で描かれることはあるが、それらの料理を作るために、どれくらい苦労して食材を調達し、料理(と呼べるか?)していたのか、それを僕は知らなかった。
両親から、色々戦中の苦しい生活について聞いてきた自分でさえ、正直この本の内容は想像をはるかに越えていた。
戦争は、人が死ぬだけではない。国民の生活レベルが著しく低下するため、その間に子供から大人に成長した人達は本来身に付けるべき常識や倫理観、論理性、責任感等重要な人間としての要素を身につけずに社会に出てくる。それが、丁度僕の両親や学校の先生達の世代である。だから、彼等は不思議なくらい暴力的であり、自分勝手であり、論理性に欠けるケースが多かった。故に、我々世代もある意味戦争の被害者なのかもしれない。
日本は令和になって大きく変わった。我々の近い先祖の生活を、この機会に振り返ってみるのもよいのではないかと思う。 -
Posted by ブクログ
「SIGHT」年末恒例企画「ブックオブザイヤー」は愛読していた。雑誌が休刊してしまって残念至極。どこかでまたやってほしいなあ。高橋源一郎さんと斎藤美奈子さん、最強コンビの一つだろう(豊崎由美さんと大森望さんというのも好き)。お二人の場合、小説などを論じつつ、その作品が書かれ読まれる社会的意味に斬り込んでいくところに特徴がある。
後半の長い対談は、平成を(さらには昭和を)俯瞰する視点で話されていて、なるほどなあと思うところが多かった。確かに文学は社会の鏡であり、しかもそれは時間がたってから鮮明な像を結ぶものなのだと納得させられた。
個々の作家についての評がやはり読みどころ。言われてみれば本当にそうだと思うのがいくつもあった。
・西村賢太さん 「フラットに書いているようでいて、苦悩を特権化してる感じ」 そう!主人公がDV男だという以外にもなんか苦手と思ってたのはこれだ。明治の書生ものから連綿と続く「オレだけがこんなに苦しんでる」ってやつ。(しかしこんなに早く亡くなるとは…。ご冥福をお祈りします)
・山田詠美さん 「詠美さんの作品って、もともと優等生なところがあるし、じつはすごく道徳的でしょ」「根本的にいい人なんだよね」 そうなんだよね~。アンダーグラウンドを描いてもにじみ出る真っ当感がエイミーの魅力。
・伊藤比呂美さん 「今日に至るまで、一貫して子育てや家族のことを書き続けてきたわけで…」「人生の実況中継だよね」 人生の実況中継!いやまさに!そこに全然ウソがない点が伊藤さんの凄さだ。今や老いに向かう姿も「中継」してくれていて、読むとなぜか安心する。
とまあ納得した箇所は多々あるが、今回もっとも膝を打ったのは、村上春樹についての論評。私が初期作品以外の彼の小説が苦手な理由がよーくわかった。
・「これ(「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」)、読んでも小説の中に入れない人、たくさんいると思うんだよね。表面でツルッと滑って。舞台の上を観ていて、凄い熱演で、でも熱演されればされるほど冷めていくみたいな。でも、本当は、読むのはその熱演の中身じゃなくて、何か別のもの、メタ・メッセージが……。」「あるんじゃないかなってみんな思うので、一所懸命読むわけですが。」「ただ、それが何かって言われると、なかなかわからない」 私のことだよ~。
・斎藤さんが、「すごく浅く言うとさ、自分探しものですよね」と斬り、主人公を動かすのはいつも女で「結局、女に甘えてません?」と言った後の高橋さんの答えに、もう膝を連打!
「まあでも、いくら批判されてもへこたれないよね。だからもしかすると、最後の父権制はここにあるのかもね」「他の人たちはやっぱり自信がないっていうか、頼れるものがない感じ。でもこのふたり(村上春樹と大江健三郎)は、自分自身の中に重力がある」「このふたりは、後期資本主義でそういうの(近代文学をバックボーンに持った父権制)がいったん切れたあと、すごい力業で自分自身の上にそれを作り上げたんだよ」
この後二人が繰り出す言葉にいちいちうなずく。「ふたりとも自己肯定感がすごいよね」「どう見ても圧倒的な肯定感!」「みなぎる自信!」「全体から醸し出される、有無を言わせぬ自己肯定感!」
本当に、主人公がどんなに「ちっぽけな何もできない自分」と言おうとも、受ける印象はまったく逆。エッセイでも(こちらは愛読している)、村上さんはしばしば、「世界とうまく折り合えない自分」「理解されない自分」を書くけれど(そしてそこに共感してしまうけれど)、自己否定感はきれいさっぱりないんだよね。高橋さんは「ぼくは(村上作品は)誤読に支えられてるんじゃないかと思ってるんです」とまで言っていた。うーん。 -
Posted by ブクログ
非常に面白く、興味深かった。「同時代小説」を俯瞰的な視点で分析し、特徴を抽出することがいかに難しいか、ちょっと考えてみればすぐわかる。その困難に果敢に挑んだ本書、なるほどねえ、言われてみればその通りとうなずくことしきり、さすが斎藤美奈子さん。
60年代から10年ごとに、売れたり話題になったりした作品をとりあげ、そこに刻印された「時代の空気」を鮮やかに読み解いていく、その切れ味に唸ってしまう。文学というのは、現実から遊離した場所で行われる営みのように思ってしまいがちだが、なんのなんの、本書を読むと、これほど「時代」の要請によって創り出されたり読まれたりするものなのかと、目から鱗が落ちる思いだった。
また、自分の読書歴を振り返るという点でも実に面白い。教科書的な「名作」ではなく、まさに「同時代」のものとして読んだ作品の数々。はっきりそう感じた最初のものは、高校生の時、刊行後しばらくしてから読んだ「赤頭巾ちゃん気をつけて」だった。それから2000年あたりまではここに出てくる作品の多くを読んでいたのだが、それ以降は急に未読のものが増える。そうだ、この辺で自分の趣味嗜好が固まって、手当たり次第に読んだりしなくなったんだなあ。特に最近の小説がどうも苦手で敬遠してしまうのは、やはり自分が旧世代に属するようになって、作家の問題意識を共有しにくくなっているからなのだろう。
多くの作品について内容が簡単に紹介されているのも嬉しいところ。食わず嫌いはやめて、気になったものを読んでいこうかと思う。
オマケ
美奈子姐さんおなじみの啖呵は、ここでは控えめ。それでも村上春樹へのピリッとした批判や、セカチューとか百田のベストセラーをバッサリ斬っているところなんか、やっぱり痛快。 -
Posted by ブクログ
民主党政権、東日本震災、安部政権など、出てくる事象は過去のものだ。でも、そこに出てくる問題意識、解決に向けた姿勢、いら立ちも含めて、今も深く共感できるものだと思う。これより後の本『忖度しません』を先に読んでいるんだけど、まったく古さを感じない。今も現在進行形の話として読み進められた。面白かったし、一方で面白がってばかりでいいのか、という意識もある。本書で紹介されていた本のいくつかは、積読のまま俺の本棚にもある、読まないとなぁ。
美味しんぼの福島エピソードとか、取り上げられた当時、俺もイタイな、とおもったものだった。あるいはエキセントリックだな、と。でも、作品を作るとは本来、エクセントリックな面もある。そんな風にネガティブにとらえてしまったあたり、自分の中にも世間の雰囲気を無批判に受けてしまった部分もあるんだろうな、と反省。部分もある、というのは、やっぱり言われる側にしてみれば、しんどい話だろうという懸念はぬぐえない、というあたりで。