斎藤美奈子のレビュー一覧
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読書家である事を誇りに思っている層はベストセラー本を買わない傾向にあるが、ならば代わりに読んで概要を紹介しよう! というのがこの本。
要点をさくっと説明しつつ、ツッコミどころには容赦なくつっこんでいくのが非常に痛快。
何故その本が売れたのか、という事の分析もされている。
大多数の作品がばっさりと斬られているが、単に批判するばかりではなく、著者が良い作品だと感じたものもきちんと評価されていて、
よくある「痛烈に批判するばかりの書評本」とは違い、著者が作品に真摯に向き合った上で紹介しているのだと感じられた。
「善良な読者」(ベストセラー本をよく読む層を、文中でこう読んでいる)ではない人の中でも -
Posted by ブクログ
ネタバレ結論もいいけど、分析の過程がいちいちおもしろい。
明治以降に著された中で、
いわゆる『望まない妊娠』を扱ったものを纏めて分析・批評した本。
有名無名のいろんな作品が出てくるが、妊娠に関わる記述のみピックアップしていて、すごくドライに扱っているので妊娠に対して神秘性とか求めてる人はイラっとくるかも。
妊娠小説って基本的に男の人の優位性が滲み出るもんなのだと著者は言いたいのだと思う。
なお、最後に取り扱ったお話一覧が付いているので、読みたくなった人には便利。
いわゆる、文学の中で扱われる妊娠というのは、
(男性に取って都合の良い)道徳を説くのにとても便利というのが、
触れた小説を通して実感が -
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Posted by ブクログ
高熱の中読んだ斎藤美奈子。高熱でも読めてしまうのが斎藤美奈子のすごいところだよな。わたし、趣味は読書。なんて、これからは絶対言えない。っていうか、実際本よんでねーし。『趣味は睡眠。』っていう本でも書こうか。
斎藤美奈子の何がすげえって、これは書評じゃなくて、そんなの超えて、社会学的な分析っていうか、マーケティングっていうか、そういうレベルの本であること。何が読者に求められているのかを分類して、わかりやすく、かつ面白く書いてしまったわけ。しかし、斎藤さんが自覚的であるように、彼女の言うところの「善良な読者」は、斎藤さんの本なんか手にとらんのだというのがものがなしい。もともと斎藤さんは編集者だった -
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「週刊朝日」の読書欄「今週の名言奇言」(2013年2月~2023年5月)で取り上げた490冊の中から154冊を選び、テーマ別に分けて収録した本である。
テーマは下記の3つで、それぞれ50冊ほどとなっている。
1.現代社会を深掘りすれば (政治や社会に関連した本51冊)
2.文芸書から社会が見える (文学作品53冊)
3.文化と暮らしと芸能 (知的好奇心をくすぐる本、暮らしや人生の指針になりそうな本50冊)
著者は、「はじめに」で以下のように書いている。
「書評は映画でいえば予告編、2時間分の内容のエッセンスを1分でまとめたダイジェスト版みたいなものだ。予告編だけでもある程度内容がわかる -
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近代文学で、よく名前が上がる(もしくは読まされる定番の)作品のパターンだよな。
『こころ』にしても『舞姫』にしても、大体、女の人は幸せそうじゃない。(ってか、主人公でさえ、幸せそうじゃない)
いやまあ、別に幸せを目指すストーリーじゃなくても良いんだけれど。
なかなか女性に気持ちを打ち明けられない男たち。
そんな男たちをうまく魅了していく女たち。
女たちは、忽然と消えるか、死んでいく。
そして、残った男たちは再び生き始めるのだ。
本文で繰り返される「向き合わない男」という言葉。
今日においても、その姿が完全に変わったという気はしない。
向き合えないから、ぶつかり合う。
言葉がまとまらな -
- カート
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試し読み
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戦地に行ったのは男性だったけど、女性も「銃後」として生活のなかで戦っていた。最たるものが料理で、戦時中も生き延びた女性誌を参考に、少ない食料や燃料で、家族の栄養を補う工夫を続けていたとのこと。
戦争初期は「イケイケ」の雰囲気で、戦意を盛り上げるイベント気分の料理も掲載されていたほどだったのに、戦況が悪化するに連れて、いかに野草や茶殻を食べるかの解説が載るまでに必死になっているのが、リアルに戦争の愚かさを表していた。
そして、戦時中〜戦後の食糧難はなんとなく知っていたけど、実は戦前から、農村部では慢性的な食糧不足に苦しんでいて、都市部との貧富の差がひどかったことは、知らなかった。。
なんとなく -
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なんリベポストモダン vs なんリベフェミニズム
高橋源一郎のことはポストモダン小説を評する、どこかすっとぼけたひとだと思ってゐる。読巧者とはまったく思ってゐない。むしろズレてゐる。
池澤全集の新訳古典のときも、町田康の「宇治拾遺」訳と自分の「方丈記」訳とを比べて、なるほどそのやり方があったかと町田訳に感心してゐた。それぐらゐズレてゐる。
だいたいが、純文学で社会を知らうとするのが無理やりなのだ。純文学は、文壇村とその周辺でしか通用しない通貨みたいなもんだ。木を見て森を見ず、群盲象を評す、である。
『アンクル・トムの小屋』が、奴隷解放に貢献した偉大な通俗小説なのはまちがひない。